「摘んで持って帰ろうか」
「ふむ、なるほどなるほどですじゃ」
マッシュ様の容体について僕たちの話を聞いたマンネさんは、腕を組んで目をつむりながら一度大きく頷いた。
「わかりましたの? マッシュ様助かりますの?」
マッシュ様の様子に期待が高まる僕たち。中でもアズサちゃんが一人身を乗り出すようにしてマンネさんに顔を近づける。僕と姉ちゃんもマンネさんを挟むように近づいて顔を寄せる。
マンネさんは僕たちの顔を見てフッと軽く笑った。
「いや、わしにはさっぱりわからんですじゃ」
肩を軽くすくめながら両手をあげるマンネさん。
……。
一瞬僕たちは何のことかわからずに互いに顔を見合わせたあとすぐに。
「「えーっ!」」
三人の声が大合唱した。マンネさんがびっくりして慌てて両手で耳を閉じる。
「がーっ! う、うるさいですじゃっ! 人を囲って大声出すなですじゃっ!」
「がーっ! じゃなぁぁぁいっ! 期待させといてなによそれっ! じゃあなんでなるほどなるほどなんて言ってたのよっ!」
マンネさんが吠えるも姉ちゃんがそれ以上に吠えたから身を縮こまらせるながら少し後ずさる。
「だ、だってあんなところに本当に住んでるなんてめずらしいなって思ったんですじゃもん。……誤解させたのはすまんかったですじゃ」
「本当? 気を付けてよねっ」
マンネさんが両手の指同士をツンツンと合わせながら少し俯いて謝ると、姉ちゃんもそれ以上は詰め寄る事もしなかった。
「じゃ……、じゃあやっぱりマッシュ様助かりませんの? ふ、うえぇ……」
興奮気味だった姉ちゃんとは対照的に膝を落として両手で顔を押さえるアズサちゃん。
期待していたマンネさんがダメだと僕たちにはもう手づまりだ。
僕もあぜんとして空を仰いだ。
雲の隙間から除いた太陽が僕たちの影をはっきりと作り出す。
そろそろ正午になるくらいかな。もう僕たちが居なくなっているのはばれたかもしれない。結局無駄に騒がせただけだった。
僕の視界もわずかに滲みだす。
「ちょっ! アズサっ! ええい、カイトも泣くでないですじゃ。わしはわからんと言ったんですじゃ」
慌てたように言いだすマンネさんに僕も顔を向ける。マンネさんは困ったようにアズサちゃんの頭をぽんぽんと撫でていた。
「どういうことですの?」
アズサちゃんが泣きやんでマンネさんに尋ねる。
「わしはまだ子供ですじゃからな。でも、うちの長老ならわかるかもしれんですじゃ――」
取り繕うように思いつくままにマンネさんが話すも、最後の方で顔が少し険しくなる。
「じゃあさっそく会わせてお話させて――」
「やっぱりそれは難しいかもしれないからなしですじゃ」
僕がそう持ちかけたところで即座に断られる。
「なんでよっ! ケチケチしないでいいじゃないっ!」
姉ちゃんが食ってかかるとまたマンネさんはビクッと身を震わせて、ひらりと空を飛んで翻ると僕の後ろに隠れる。
「だ、だってまだ寝とるじゃもん」
「もうお昼近いでしょうがっ! 叩き起こせばいいでしょっ!」
「そんなこと言っても昨日の夜遅くまで酒妖精と飲み明かしてたから無理ですじゃ。こちの眠りを妨げし者には百の呪いと千のお尻ペンペンの災いが降り注ぐだろうって常々言うとるんじゃもん」
どこの魔王? って感じだね。
でもここで引き下がるわけにはいかない。姉ちゃんが続けた。
「そんなのどぉぉうでもいいんだからっ! それよりこっちはマッシュ様の命がかかってるのよっ!」
「いやでも、軽々しく人の子を森域に入れたらわしどんなに怒られるか……。あ、そうじゃ。シイ殿のお墨付きの子ならシイ殿に聞けばいいんですじゃ」
我ながら名案とばかりに僕の後ろから飛び出して、一回翻るとニコニコしながら空中で胡坐をかく。
僕と姉ちゃんはそんなマンネさんを見ると、大きくため息をついた。
「それは最初に考えたんです。だけど、ウルブ村まで遠いから会いに行くのは無理だよ」
「え? 別に直接会わんでも連絡すればいいんですじゃ?」
「手紙って事? そんなの一日じゃ間に合わない――」
「あっ、そっか。ちょっと待つですじゃ」
僕が言いかけたところでマンネさんが止めると、懐から何かを取り出して雪に覆われた地面の近くに深緑に光る粉を握り拳からさらさらと振る。
「申す申す。樹妖精マンネが北の森の老樹にかしこみ申す。その深き慈しみをもってかのものの育みを助けたまえ」
マンネさんが歌うように何かを唱えたかと思うと、粉の落ちたところの雪を割って一本、地面から何かが顔を出す。それは僕たちの膝くらいまで伸びると、成長を止めた。
ライオンの尻尾のような穂先。長く伸びた茎は等間隔に節くれだたせていた。色は茶色っぽく葉っぱは付いていなかった。
「……おっきいツクシ?」
伸びて来たそれを見て僕は呟きながら姉ちゃんと顔を見合わせる。
「ツクシンボだね。摘んで持って帰ろうか」
「や、やめっ! いきなり摘もうとするんじゃないですじゃっ!」
手を伸ばす姉ちゃんを大慌てで止めるマンネさん。
「あー、びっくりした。あー、びっくりした。まったく、ただのつくしを突然育てるわけないですじゃ。これはツウシンボウですじゃ」
「ツウシンボウ?」
聞きなれない言葉に僕たちは首を傾げてマンネさんを伺う。
でも、なんとなく父さんや母さんには思わず隠したくなるような名前だね。
……なんのことかわからないけど。
「ツウシンボウとはな。……まぁ、説明するより使ってみるのが早いじゃろう。あー、もしもし。もしもーし」
そう言うとマンネさんはツウシンボウの穂先に声をかける。
マンネさん。大丈夫?
そう思って、何となくかわいそうな人を見るような目で見る僕たち。
『あー、あー、こちら喜樹付きのシイ。そちらはどなたじゃ?』
「わっ! 声が返ってきましたの」
アズサちゃんが、少し先端を震わせて音を出すツウシンボウに目をパチクリさせてつぶやく。
それ以上にシイ様の声が聞こえてきた事に嬉しくなって姉ちゃんと二人顔を見合わせる。
『もしもーし? どなたじゃー?』
「僕っ、僕だよっ! カイトだよっ! シイ様っ!」
『へぇっ?』
「あたしもいるよっ! ソーラだよっ!」
『ええっ? どういうことじゃ?』
ツウシンボウからシイ様の驚いたような声が聞こえる。
『ははーん。わかった、これが噂に聞く俺俺詐欺ってやつじゃの。じゃが残念。わしは騙されんぞ名乗ってみい』
「だからカイトだよっ!」
「ソーラだってば」
『ほれみたことか。カイトにソーラなんて……。本当にカイトとソーラか? どうなっとるんじゃ? 今キュービ村じゃないんか?』
ツウシンボウ越しに大混乱なシイ様。マンネさんがくふふと嬉しそうに笑う。
「あー、シイ殿。こちら東の森のマンネですじゃツウシンボウを出したのはわしですじゃ」
『おお、なるほどの。それなら納得納得。……って東の森は人の子と交流しとらんのじゃなかったかの?』
「まぁ、いろいろ事情がありましてですじゃ」
「それよりシイ様、聞いてほしい事があって」
言いかけたところでアズサちゃんが僕の横からツウシンボウの前に入ると、ツウシンボウの首を掴んで自分の方に引き寄せる。
「マッシュ様を……、マッシュ様を助けてほしいんですのっ!」
『ほえ? よくわからんが並々ならぬ事態のようじゃの。落ち着いて話してみ』
アズサちゃんの涙ながらの声を察すると、シイ様は優しいけれど真剣な声を返してくれた。




