「え? 一度こっち見たよね?」
村から出た僕たちは村から続く街道に居ていたら、すぐに門番さんに見つかるかもしれないかと思って急いで森の中に入る。
雪の積った灌木の隙間を掻きわけ入っていく。入っていくとはいっても、物陰を隠すくらいでまだまだ森の浅いところだ。
「森に入ったらマンネさんすぐ見つけれるって言ってたけど、もう僕たちが来てる事わかってるのかな?」
門番さんからは十分見つからないだろうと思うところでアズサちゃんに聞いてみる。
「さあ? どうなんでしょう? 試しに呼んでみるですの」
ちょこんと小首を傾げて答えられる。
確かにそのほうがいいと僕は頷く。
「そうだね。おーい、マンネさーん」
門番さんの方を一度ちらっと見てから、口に右手を添えて森の奥の方に向かってこっそり声を出して呼び掛けてみる。
僕の声だけが控えめに飛んでいく。
……森の中に小さく風が吹く。木の枝に積っていた雪がハラハラと手で掬えるほどの量だけこぼれて散った。
「来ないね?」
「来ないですの」
「カイトの声が小さすぎるんじゃない? あたしが呼ぼうか?」
言うや否や姉ちゃんが大きく息を吸い込む。
「ちょっ! ちょっとっ! ダメだよっ!」
「むがっ! はんへ?」
僕はあわてて姉ちゃんの口を両手で閉じた。
「門番さんに聞こえちゃうかもしれないでしょっ! もし出てるのがばれたらすぐに連れ戻されちゃうよっ」
「ほっは。ほへもほうへ」
姉ちゃんが納得してくれたのを見て僕も手を降ろすと、一緒に胸もなでおろした。
危ない。あと少しでまた振り出しに戻るところだった。
少し落ち着いてもう一度周りを見て見る。
僕につられて二人もキョロキョロ見渡す。
「木ばっかで見にくいね。こう言う時お母さんだったら楽勝なんだろうけど」
「そうだねぇ」
「そうなんですの?」
アズサちゃんがきょとんとしながら僕と姉ちゃんの顔を交互に見る。
僕と姉ちゃんは二人してうんうんと頷き返す。
「お母さん、普段両目閉じてるけど見えてない感じじゃなかったでしょ?」
「そういえばそうですの。段差とかあっても何も問題ないかのように歩きますし、物のある位置だってわかる感じですの。一回本当は閉じてるように見えて薄眼を開けてるんじゃないのかと思ったくらいで、少し前に思わずチハヤ叔母さまの前にこっそり回り込んでお顔を覗きこんで見たくらいですの。そしたら「どうしたの?」って聞かれたんですの。私の事がわかるって事は、やっぱり開いてるんだっ! って思ってよくよく見たらやっぱり開いてませんでしたの。……あれは不思議でしたの。両目が千里眼だと目を閉じててもすごいんですの」
アズサちゃんが感慨深く頷く。
「あれは千里眼は一切関係ないみたい。法力の反射で分かるんだってお母さん言ってたよ」
「は? え? 反射? どういう事ですの?」
「さぁ? あたしもわかんない。修行したらできるんだって」
「え? お父様もおじい様もそんなこと出来てなかったような」
混乱するアズサちゃんに、両手を広げて肩をすくめて見せる姉ちゃん。姉ちゃんから今度は僕の方に顔が向く。
うん、僕もわかんない。
僕も姉ちゃんと同じようにポーズで示すしかなかった。
「それよりもうちょっと奥に行かないとダメなのかもしれないわね」
「ああ、そうかもだね」
姉ちゃんの提案に頷いて僕たちはもう少し森の奥に向かう。
先頭を姉ちゃん、そして僕が続いた。
「法力の反射? 一体どういう理屈で……キャッ!」
さっきの事で考え事をしているのかぶつぶつ言いながら最後に続いたアズサちゃんが、足を取られてこけそうになる。
僕はとっさにアズサちゃんの体を支えた。
「大丈夫? アズサちゃん案外おっちょこちょいだね?」
「ち、違うですのっ! 前ならこんなことはあり得ませんでしたのっ! 千里眼を封じるために片目を閉じてからたまに遠近感が狂うだけですの。きちんと気をつければ問題はありませんの。見くびらないで欲しいですのっ!」
「そっ、そっか。ごめん」
一気にまくしたてられて、僕はたじたじとしながら謝る。
「わかればいいんですの。わかれば」
そう言いながらも僕の手を握ったままのアズサちゃん。
まぁ別に良いかなと思ってそのまま姉ちゃんの後に続くと、姉ちゃんがちらっと背中越しに僕を一度見る。
「何? どうしたの姉ちゃ――わふっ」
姉ちゃんが顔をそむけると、姉ちゃんが尻尾で僕の顔を軽くはたく。
「あ、ごめーん。そこにカイトの顔があるって思わなくって」
「え? 一度こっち見たよね?」
僕が聞き返してみるも、姉ちゃんはそれ以後特に何も返して来ないで黙々と歩き続けたのだった。
アズサちゃんだけが妙におかしそうにクスクス笑っていた。
◇◆◇
本来の葉はなく雪の葉を生い茂らせる喬木が不規則に立ち並ぶ。姉ちゃんがザクザクザクと派手に雪を踏み固めながら歩く。森の中の雪はもちろん誰も足を踏み入れていない綺麗な雪ばっかりで、そこに初めて自分の足を入れるって言うのは何とも楽しそう。
「姉ちゃん、ちょっと僕が先頭になるよ」
「ん? いいけど、大変だよ?」
大変? 何を言ってるんだろう。大変楽しそうにしか見えない。
僕は意気揚々と前に出て雪を踏み固める。
なにこれ、やっぱり楽しいっ!
……だけど、そう思ったのは最初のちょっと間だけで、すぐに僕の足は止まった。
「カイト? 進まないんだけど?」
「……疲れちゃった」
「ぶっ、あはは。だから言ったでしょ。結構大変なんだから」
そう言うと姉ちゃんは僕のほっぺを両手で挟んでけらけら笑う。
僕も今回ばかりはばつが悪くておとなしく笑われる。
しかし、こんな結構しんどいのをずっとやってる姉ちゃんは大丈夫なんだろうか?
「姉ちゃんは疲れないの?」
「あたしは全然平気。だって、カイトのお姉ちゃんだもん」
理由になって無い気がするけど、妙に納得をして僕は頷く。
姉ちゃんの体力は無尽蔵だ。
そうこうしてる間に、ある程度森の奥に入ったところで、ほんの少しだけ開けたところに出た。
「マンネさーんっ!」
僕はもう一度、今度はもう少し大きな声を出して呼んでみた。
……雪を乗せた枝からの木漏れ日がじんわりと僕を温めた。
きょろきょろ周りを見渡す。
「来ないね」
「来ないわね」
僕と姉ちゃんが口々にそう言うと、アズサちゃんが俯く。
「……うう。もしかして嘘だったんですの? 森の中で呼んだら来てくれるって言うのは」
消え入りそうな声を絞り出すと、アズサちゃんは目の端に涙を浮かべた。
僕はどうしようかとおろおろすると、姉ちゃんが僕とアズサちゃんの肩に手を置いて口元に人差し指を立てて当てて静かにのポーズをとって僕たちにしゃがむように促す。
どうしたの? って思って聞きたかったけど、姉ちゃんの真剣な表情からはそれは憚られた。
もしかして魔物? 僕はごくりと生唾を飲み下すと、姉ちゃんが手早く雪玉を一個作りだして即座にどこかに向かって投げた。
「ぬあっ!」
雪玉の飛んでいった方からする声がするや否や姉ちゃんがその方向へ跳ねて行く。
「雪だるまのお化けとはね。少し前から着いてきてた気配はしてたけど、とうとう正体を現したわね」
「ご、誤解ですじゃー」
雪だるま? それにこの話し方は。
僕はアズサちゃんと目をまん丸にして一瞬顔を合わせる。
間違いない。
「姉ちゃんっ! その人マンネさんだよ」
「え?」
姉ちゃんがきょとんとした声をしながら、雪だるまになったマンネさんの首根っこを掴んで出てくる。
「だって、マンネさんって樹妖精でしょ? これ雪だるまのお化けじゃないの?」
「今は雪だるまのお化けだけど、ちゃんと樹妖精なんだよ。雪に当たると雪だるまになっちゃうんだ」
僕はそう言いながら雪だるまになったマンネさんの雪を払い落す。
中からはちゃんとした樹妖精のマンネさんが出て来た。
「わっ! ほんとだっ」
姉ちゃんは中から出て来たマンネさんを見てびっくりしたように手を離した。
マンネさんは腕を組んでジトーっと姉ちゃんを見る。
「まったく、呼ばれていきなり雪玉をぶつけられるとは思わなんだですじゃ。樹妖精でもそこまでは……、しなくもないけど相当なイタズラですじゃぞ?」
「す、すぐに出て来ないのが悪いんだからっ! 少し前から等間隔で着いてくるから何事かと思ったじゃないっ」
「気配消しとったのに恐ろしい子ですじゃ……。しかし、わしの樹妖精のおまじないのある子とはいえ、わしの知らん子がおったら警戒もしますじゃ。まったく、わしの事は言ってはならんと言ったはずですじゃ」
今度はマンネさんの顔が僕とアズサちゃんの方に向く。
「ご、ごめんなさい……」
「とはいえ、いささかびっくりしたですじゃ。まさかこんなすぐに森に来るとも思ってなかったですじゃ。会いに来てくれるのは嬉しいですじゃけど、もう少し大きくなってから来いと言ったですじゃろ? 今の時期は強い魔物は出なくても、冬の森はそれ自体が魔物みたいなもの、そこの強い娘でさえどうにもならん事がたくさんあるですじゃ。さ、このリンゴをやるからもう帰るんですじゃ」
マンネさんは僕たちに諭すように言うと、どこからかリンゴを出してアズサちゃんに手渡そうとする。
「どうした? ほれ。リンゴは嫌いじゃったか?」
「ううん、リンゴは大好きですの。でも、今は帰るわけにはいきませんから受け取るわけにはいきませんの?」
「ほぉ? どうしてですじゃ?」
「マンネさんに、助けてほしい事があるんですの」
「わしに? ふむ、聞こうか」
マンネさんは空中で胡坐をかくと、僕たちは華樹のマッシュ様の事を説明を聞いてくれた。




