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「……え? 練習なの?」


「ああもうびっくりしたなぁ。いきなりお巡りさん呼ぼうとするんだから」


 怪しい男の人は冷や汗を拭う仕草を取る。僕たちは一旦お巡りさんを呼ぶのはやめにしたもののジトーっと疑いの眼差しを崩さないまま見つめる。


「……なんだいその目は。ボクのどこが怪しかったって言うんだい」

「何言ってんだ。どうみても怪しさ満点じゃねぇかよっ。花マルでくれてやらぁっ」

「た、たまたま、ああやって物陰に隠れてサンさんを見つめていただけなんだよ? たまたまだよ。うん、今日は偶然なんだ」


 エンくんが問い詰めるように怪しい男の人に近づくと、男の人も慌てだす。やっぱり怪しい。だけど、僕の後ろでシカドくんがほっと息をつく。


「なぁんだそうだったんだぁ。たまたまだったんだなぁ。じゃあ怪しい人じゃないんだなぁ」

「そうだよっ! そうなんだっ! うんうん、そこの大きい子はよくわかってるなぁ。アッハッハ」


 怪しい人は急に得意げな顔になって腰に手を当てて笑いだす。エンくんはシカドくんの方に向き直るとため息をつく。


「……はぁ、シカドは人がよすぎるんだよなぁ」

「そうデスよシカド。第一たまたまだったとしても隠れてサンさんを見る必要はないデス」

「あっ……。それもそうかもだなぁ。サンカは賢いなぁ」


 シカドくんがサンカくんの話に納得してうなづく。また形勢の悪くなった怪しい人はウッと一瞬呻いた。エンくんは改めて怪しい人に向き直る。


「なぁ、変な兄ちゃん」

「ううっ。変な兄ちゃんはやめてくれ。ボクはシキイ。狩人のシキイだよ」

「え? 変な兄ちゃんがあのシキイだったのか。狩人のおっちゃんたちがよく言ってた」

「ええっ? ボクってもしかして有名なのかい? ふふーん。ボクなんかたいした事ないのになぁ。困るなぁ。十七歳のルーキー狩人の中でもエースって言ってたりしてた? いやいやいや、はっはっは」


 全然困った様子もなく鼻を高く上げてふんぞり返って空を仰ぐシキイさん。


「ああっ! へたれのシキイって言やぁ有名だぜ」

「グハァッ」


 エンくんが親指を立てて何故かすごくいい顔で言うと、そのまま反り返って後ろに倒れ込むシキイさん。


「初めての狩りでパーティーターキーに仲間のうちで一番最後に飛び出したのに一番最初に蹴っ飛ばされて気絶したり」

「グフッ」

「せっかく気付かれないように潜伏しながらラピッドラビットに近づいたのに、スッポンポンカメに尻尾を噛まれて悲鳴を上げて台無しにしたり」

「ダフゥ」

「ガルゼブラを追いたてる役をしたら逆に追いかけまわされてケツかじられたり」

「……ガクッ。シクシク」


 シキイさんはエンくんの追い打ちにすっかり力を無くしたようにうなだれて涙を流す。

 うーん、少し気の毒。


「でもおじさん達は手先の器用さは褒めてマシたね。へたれって言ってた方が多かったデスけど」

「罠の腕はひよっ子にしてはなかなかだって言ってたんだなぁ」

「そうそう言ってたなっ。でもその後は倍くらいへたれ話がついてくるんだけどなっ」


 そう言って三人盛り上がる。この村に来たばっかりの僕はその辺はわからなくて、すっかり蚊帳の外って感じで少しつまらない。

 僕は倒れ込んで涙の小川を作るシキイさんの近くに行くと、しゃがみ込んで顔を覗く。

 

「ねえシキイさん。ちょっといい」

「シクシク。……うん? 君は?」

「僕はカイト。ねえ、シキイさんはどうしてサンさんの事を見るのに隠れなきゃいけないの?」

「えっ!」


 シキイさんはビクンと身体を起こして座るとほっぺを少し赤くする。


「い、いやね。別に隠れなきゃいけないってわけじゃないんだけど……。えっと、その……」


 頭をポリポリと掻きながら言いよどむシキイさん。ほっぺはますます朱に染まっている気がする。

 はっはーん。これって。


「シキイさんサンさんの事が好きなんだね」

「カっ、カイトっ! す、好きってそんなっ! ちがっ!」


 腕をぶんぶんと振って必死に否定する。だけど、顔をゆでたこのように真っ赤にされては説得力もあまりない。


「へー、違うんだ? で、どこが好きなの?」

「好きっていうか、なんていうか。

 ……あのさ、サンさんはちょっとツッパッたところがあって男顔負けに芯の強い人なんだけど。……去年の春にさ、一回だけ、ふと春に咲いた花を見て気を緩めた笑顔を見たんだよ。あはは……、それがなんて言うかすごく清らかで美しい聖女のように見えたと言うか。……ううん、違う。そういう風に飾るのもおかしいね。僕はその時ね、“綺麗”――と、それだけ思ったんだよ。

 単純かもしれない。でもね、実感したよ。ボクは心を奪われたんだなって。それからはもう頭の中はサンさんはいっぱいだったんだ」


 少し視線を右下の方に落としながら口元をほころばせて語るシキイさん。なるほど、……これは好きじゃないね。好きどころじゃなくて、すっごい好きなんだから。


「へー、シキイの兄ちゃんサンの姉ちゃんにコイン? してるんだな」

「違うんだなぁエン。コインじゃなくて鯉だよぉ」

「恋デスよ。じゃあ、恋なら告白しなきゃいけないデスね」


 いつの間にかこっちの話を聞いていた三人。サンカくんが告白といったあたりでシキイさんの体がビクンと跳ねる。


「や、やや。む、無理だよボクはまだそんな……」

「何言ってんだよ。シキイの兄ちゃんはほんとにへたれだなぁ」

「まぁまぁ、おまちなサイなエン。こういうのは女性へのプレゼントと言うものもつきものなのデスよ。それを準備してなかったらやはり今すぐはむずかしいカト」

「……プレゼントはあるんだ」


 そう言うと懐から横長の少しだけ装飾した木の箱を取り出すシキイさん。ふたが付いていて中身がプレゼントなんだろうけど、僕は少し違和感を覚える。


「……あれ? その箱、横に鍵穴ついてるんじゃない? 失敗?」

「失敗だな」

「失敗デスね」

「失敗なのかぁ」

「ははは、違うよ」


 僕がキョトンとしているとシキイさんはふたを開ける。そのふたの裏側には綺麗な花と蝶の浮き彫りがしてあり、その中には良くわからない機械仕掛けのようなものと、折れ曲がった金属の棒が入っていた。

 シキイさんは折れ曲がった金属の棒を取り出すと、箱の横の鍵穴に刺す。

 へぇ、それが鍵なのか。……あれ? もうふた開いてるのに?

 僕はますます良く分からなくなって首をかしげる。シキイさんは僕の様子に少しだけフッと笑うと、鍵穴に刺した棒をゆっくりグルグル回して抜いた。

 すると機械仕掛けはゆっくり動きだして音が鳴り始める。ただ、音がなるだけじゃなくていろんな音程の音が合わさって曲になっていた。


「すごいっ! 何これっ」

「これはオルゴールって言うんだ。まぁ、器用さだけは自信があるからね」


 そういうとシキイさんは少し照れたように頭の後ろをポリポリ掻く。器用さにちょっと自信があるどころじゃない精巧さに見える。


「すっげぇじゃんっ! じゃ、ちゃっちゃっとこれ渡しに行こうぜっ」


 エンくんはぐいぐいとシキイさんを引っ張る。


「ちょっ! ちょっと待ってっ! 突然これ渡してはい終わりってわけにはいかないんだよ」

「そうデスよエン」


 サンカくんがたしなめるとエンくんは唇を尖らせてシキイさんから手を離した。


「でも、シキイさんはこれを持って来てるって事は今日告白するつもりなんだよね?」

「いや……。えっと、その……」

「どうかしたの?」

「実は今日は特別持ってきた訳じゃないんだ。ちょっと前からいつでも告白してもいいように何回か持ってきてるんだけど……。やっぱ今日はやめとこうかなぁ……っと」

「このへたれっ!」

「うっ」


 エンくんが尻尾の毛を逆立てて怒鳴る。シキイさんも図星をつかれて顔を顰める。


「そう言って明日になればまた明日って言って言わないままジジイになるつもりかよっ!

 好きだって伝える事なんか簡単じゃねえか。へたれた事言うなよっ!」

「……ではエン。見本を見せる必要がありマスね。ちょっといますぐアズサちゃんのところに行って告白してみまショウ」

「おっ、俺がっ?」

「簡単デショ?」

「……今すぐ?」

「今すぐデスね」

「……えっ、えっと心の準備が。ちょっと時間くれねぇ? いや、明日でもいいか?」

「ほら、エンも困るデショ」

「うっ」


 図星をつかれて顔を顰めるエンくんに対して、サンカくんは両腕を広げて肩を竦めると大きく息を吐いた。


「いや、でもボクは自分でもへたれなのはわかるよ。でもサンさんの前に出ると頭が真っ白になって何をいったらいいかわからなくなるんだ……。はは、ほんと困ったもんだよ」


 シキイさんは少しだけ俯いて笑う。僕はシキイさんの笑ってる姿を痛々しく感じた。


「……ねぇ、僕たちでシキイさんのお手伝いできないかな」


 僕はすごく応援したくなってぽつりと口にする。


「カイトっ! いいこと言うなっ。冒険者たるもの困ってる人は助けるべしだ。冒険者になるための練習として俺たちでシキイの兄ちゃんを助けようぜっ!」

「「おーっ」」


 エンくんが力強く右手を上げると、それに賛同してサンカくんとシカドくんも右手を空に突き上げる。

僕も少し遅れて右手を空に突き上げた。

 なんかこういうのっていいかも。そう思うと頬が自然と緩んだ。


「……え? 練習なの?」


 シキイさんだけはぽかんと口を開けているのだった。



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