「お巡りさんを呼ぶ必要がありマスね」
証明……
エンくんに言われて顎に手を当てて少し考えてみる。
「エン。こだわりすぎデスよ。カイトさん気にしないでくだサイね。エンは引くに引けなくなってるだけなんデスよ」
「ひ、引けなくなってるってなんだよっ! 俺は別に――」
「おいらは別にカイトくんはカイトくんでいいと思うけどもなぁ」
「そりゃそうだけどよ」
二人はエンくんの頭をぐりぐりと手のひらで撫でる。エンくんは窘められて狐耳を倒してしゅんとなる。
シカドくんの言うように僕は僕。いろんなところを旅した事のある父さんは、見た目で判断とかその人に張られたラベルだけを見てその人の事について考える事をやめるのはもったいないって言ってた事がある。もっと話してみて、それ思った以上に面白い奴なんてごまんといるって。
だからシカドくんはすごいと思う。傍目から見て、見た目と言ってる事がちぐはぐなのは僕はわかる。それでもシカドくんは僕をちゃんと見てそれを言ってのけるんだから。
でも、僕は――。僕はだから、青狼族のカイトを名乗るんだ。
僕はエンくんの方を見てニッと一回笑って見せる。
「よし、エンくん。見ててね」
「お? ……おお」
エンくんはしゅんとした顔を少し上げて僕の方を見る。
こっちを見たのを確認すると、ゆっくりと一度大きく息を吸う。冷たい空気が胸にいっぱいになると。顎を引いて目を閉じる。
――集中。印を組んで意識はへその少し下。身体の全てを圧縮する。
――集中。目を少しだけ開くけど、その目で像を結ぶ事はしない。むしろ僕が僕を俯瞰するように周りを感じれるように。
準備ができた。僕はほんの少しだけスっと息を吐く。
「法力開放」
僕がぽつりとつぶやく。ほんの小さくつぶやいたその声が澄み渡るほどに僕の周りの空気は僕の作った法域で静まり返る。範囲は僕を中心にちょうど肩から手の先の四倍分。それが四方に広がって球となる。
「東法術っ! ……なのか?」
エンくんが少し困惑したようにサンカくんのほうを振り向くと、サンカくんは真剣な顔で頷く。
「わかりにくいかもデスけど、法域がボク達をすっぽり包んでます。これはボクよりも法域が広いデス」
「ほんとうかい? カイトくんすんげぇなぁ」
素直に拍手してほめてくれるシカドくん。
僕は目をゆっくり開けてエンくんを見据える。そして印を組んでいた手を離し、指で自分の目を指し示す。
少しこわばった表情でエンくんがこっちを見る。
「お前。その目は?」
「これはね、豹族弁でウルフアイニャーって言って狼の目っていう意味なんだ。そして東法術はこの村出身の母さんに教えてもらったものなんだ。……うーん、これで証明になるかな?」
「これはエンの負けデスね」
「うん、エンの負けなんだなぁ」
エンくんの両脇で腕を組んでうんうんと頷く二人。
少し緊張気味だったエンくんもフッと一瞬頬を緩ますと手と顔を上にあげる。
「あー、わかった。俺の降参だ。じゃあ、カイト」
どこか楽しげにそう言うと僕の方に右手を差し出してくる。僕もその手を握り返そうと手を伸ばす。
「うん」
「俺の子分にしてやる」
「わかっ――えっ?」
えっと、コンブ? 僕を昆布にして出汁をとってやろうかっ! って事? うーん、それはちょっとなぁ。
「昆布はちょっとお断りかなぁ」
「違うっ! 昆布じゃなくて子分だっ。――俺は大きくなったら冒険者になるんだ。だから、今のうちにできる奴は子分にしてるんだよ。サンカとシカドも俺の子分なんだぜ」
エンくんはやんちゃっぽい感じで鼻を指でこすると、すごくいい笑顔で言う。
僕は得心がいかないと言った感じで首をかしげて返す。
「んー、カイトは子分を知らないか? 子分って言うのはな親分の事を――」
「いじり倒す役の事デスよ。カイトさん」
「そうそう。エンはからかうとなぁ。おんもしろいんだぁ」
「んなっ!」
得意げになっていたところを、水をぶっかけられたように驚いた表情をしながら二人の方に振り向いて固まるエンくん。
サンカくんとシカドくんは二人楽しそうにエンくんを一度見降ろした後にたがいに目を合わすと、「ねー」っと楽しそうに二人して言う。
「楽しそうだねっ! 僕コブンになるよっ」
「歓迎するデスよカイトさん」
「うんうん。歓迎なんだよぉ」
サンカくんとシカドくんは二人してエンくんを軽く押しのけて僕の方へ来る。エンくんは一歩二歩と歩いてまだ固まっている。
「エンはまだ固まってマスね。では、カイトさん。親分はほっといて行くデスか」
「うんうん。親分はほっとこぅ」
「まてコラっ! 違うぞっ! おいっ! んーっ! 俺を置いて行こうとするなっ!」
「あはははは」
エンくんの慌てっぷりがおかしくて僕は思わず笑ってしまう。
そして僕たちは庭の外に向かった。
◇◆◇
「カイトっ! お前っ! アズサちゃんと住んでるのかっ!」
「あわわわわわ」
僕の肩を両腕でつかむとゆさゆさと激しく揺さぶる。あまりに激しすぎて返事する事もおぼつかない。
「エンはアズサちゃんの事、ほんっとぉに好きだもんなぁ」
「いつもアズサちゃん見かけた後は顔がしばらく蕩けきってマスよ」
「ば、バッカっ! そんなんじゃねぇよ! そんなんじゃねぇけどよっ、あの清楚な佇まいに。上品な仕草。虫も殺せないような優しい性格に違いねぇよ。そんなアズサちゃんと目があって微笑まれた日には……。へへ、バッキャローチキショー。まっ、ぜんぜんそんなんじゃねぇんだけどよっ」
「バカ野郎はエンデスよ……」
僕の肩をバシバシ叩きながら照れ笑いするエンくん。それをサンカくんは呆れるように見下ろしながらも、「わからないでもないデス」と言う。シカドくんもうんうんと頷いて、そのまま三人はアズサちゃん論議に入る。
どうも、僕の知ってるアズサちゃんじゃないような? もしかしたらあの家にはもう一人僕の知らないアズサちゃんが?
……これは軽いホラーだねぇ
「おいしかったわぁ。じゃあねサンちゃん。イッペイちゃんにもよろしくね」
「イッペイのやつ、また腕上げたな。一日一回は食べねぇと落ちつかなくなっちまったよ」
「ありがとうございっしたぁっ! そう言ってもらえたら兄貴も喜びますよ」
威勢のいい声がしてそっちの方に振り向くと、イッペイさんのお店から狐族の老夫婦が満足げ出てくるところが見えた。
うーんやっぱ人気があるんだね。すごくおいしかったもの当然だよね。そう思いながら眺める。
「……ああ、サンさん」
なんか呟くような声が聞こえた気がする。僕はきょろきょろと見回すと、物陰から黄色い狐の尻尾が飛び出しているのが見える。
僕は三人から離れてゆっくり後ろに回り込んで見てみる。
「サンさん。ステキだ。今日もなんてステキなんだー」
そう言いながら大人の男の人がうっとりとサンさんを眺めていた。僕は嫌な汗を背中に感じた。
僕はそろりそろりと行きしなよりもさらに慎重に三人の元に戻って声をかける。
「ねぇねぇ……、あれ……」
そうして僕は指刺した方に気がついた三人が、ゆっくり後ろに回り込んでから、僕と同じようにそろりそろりと戻ってくる。
「ねぇ、エンくん。あれは……」
「ああ、やべぇな」
「お巡りさんを呼ぶ必要がありマスね」
「あ、ちょうどお巡りさんがあっちに。おーいっ! おまわ――」
エンくんがそう言うや否や物陰に隠れていた人は猛スピードでこっちに飛び出してくる。
「ハァ! 待ってっ! 子供たち待ってっ! ボクは誓って怪しいものなんかじゃないんだよっ! ハァハァ!」
そう言って息を切らしながら、とびっきりあやしい人は僕たちの前に現れた。




