それは十分ど真ん中じゃ
「……どうしよう」
僕はぽつりとつぶやくと階段の雪を払ってストンとそこに腰をかける。涙なんかは流れない。大吹雪のように頭が真っ白になっているだけ。目の前に広がる庭は太陽が出て澄み渡っていると言うのに。
僕は目線を下に落とすと足元の雪を両手で掬った。そして、ただ無心にその雪を握る。
「……どうしよう」
またぽつりとつぶやきながらその手もとの雪を少しずつ大きくして雪玉を作る。何気なくやっていたけれどふと我に返って雪玉を眺める。
「これは結構いい雪玉ができたんじゃないかな」
どうしようかと考える。……よし、雪だるまにしよう。
そうときまれば手もとの雪玉を脇に置いてもう一つ小さめの雪玉を作って乗せて眺める。我ながらなかなかいい具合にできたと思うとほんの少しだけ頬が緩んだ。
雪だるまと言えば顔が大事。何か周りに顔のパーツになりそうなものはないかなと見てみるけれど、あんまり良さそうなのはなかった。
「じゃあちょっと探してみようかな。雪だるま君ちょっと待っててね」
誰かに踏まれないように隅の方に雪だるまを置くと庭の中央に向かって行ったのだった。
◇◆◇
改めて庭を見てみる。広いし結構な人がぼちぼちと自由にやってくるから、やっぱり庭ってよりは公園のほうがあってるなあと一人思った。やってくる人たちは何か道具を持ってきたり、押し車でどこからか雪を運んできたりしては雪の山を作る。
なんだろう、みんなですごく大きな雪だるまでも作るんだろうか?
一旦はそう思ったけども、良く見るといくつかグループに分かれてるようにも見える。良くはわからないけど、みんな寒さも忘れるくらいに活気があったりして楽しそうな雰囲気だ。
そんな中で雪山の前で一人でポツーンと首をかしげる後ろ姿を見つけた。背の高さは姉ちゃんと母さんの間くらい。十歳くらいかな? それにしてはずいぶん幅があって貫禄のようなものがある気が……。それに他の人と違って尻尾がない。獣人の人じゃないんだろうか?
僕は何となく興味が出て声をかけてみる事にした。
「こんにちはお兄さん」
「うーん」
声をかけても返ってくるのが悩んでるような唸り声。無視してるって感じじゃないけども。僕は少し首をかしげる。
「……んあ?」
「あれっ!」
その人が振り返ったところで僕は驚きの声を上げてしまう。振り向いた顔はところどころを編み込みにした艶のある立派な赤毛の髭を蓄えていた。
てっきり子供だと思っていた僕はあまりのギャップにビックリすると一歩後ずさりした。
髭で表情が少し読みにくいけども、不思議そうに片眉を上げるとその人は僕に聞き返す。
「どないしたんだわいな? なんか用か?」
「いや、えっと……おじさんだったんですね」
僕から声をかけたのに黙ってるのも失礼だと思ってなんとか返事をする。
「むっ。失礼な子だわい。オイはまだ四十六だわいな」
「えっ? あっ、そうなの? えっと……あれぇっ?」
それは十分ど真ん中でおじさんなんじゃない? そう思って声に出すよりも早くその人が続ける。
「まったく、傷つくわい。オイのこのおしゃれ髭でわからんか? って言っても、ドワーフ以外はまぁわからんわいな」
「あ、いや。ごめんなさい。でも、そのお髭はすごく立派ですね。カッコイイと言うか、手が込み方でマメさがわかると言うか」
少し不機嫌そうに話す髭の人を前に、僕はあたふたしながら髭を褒める。その人の目がニィ―っと細くなって髭から歯を見せて笑う。
「ほほぉ。ものは知らんでもオイのこの髭の良さはわかるか。これがいまドワーフ族の若者の間で一番流行ってるスタイルだわいな。オンシなかなか気に言ったぞ。オイはオルゲルト・ジャギレフ」
「オルゲウウウト……」
「ガハハ、言いにくかったらオルでええわいな。で、オンシの名は?」
「僕はカイト。ウルブ村のカイトです」
「ん? 獣人式? オンシは曲島の子じゃないんか?」
オルさんが目を少し大きくしながら驚く。僕は何の事だかさっぱりで首を傾げた。
「きょくとう?」
「……いや、良く考えたらオンシみたいな小さい子が曲島からの長旅は辛すぎるわいな。ああ、それはそうとしてドワーフ族みたいな半妖精は普通の人の三倍は寿命が長いわいな。オイの歳はオンシらじゃ十五、六といったところだわい。だからオイみたいなんはまだまだひよっ子みたいなもんだわいな」
「そうなんだぁ」
僕はうんと頷いて納得する。確かに髭は別にしても顔つきとか若々しい気がする。
「そういや、カイトはどうしてオイに声をかけて来たんだわいな?」
「雪の山見てボーっとしてどうしたのかなって思って」
「雪祭り用の雪像を作ろうと思ったんだわいな。ドワーフ族として物作りで他のもんに負けるわけにはいかんが、いざここにきて周りを見てみるとみんな大作を用意しとるみたいでな。どうしたもんかと案の練り直しをしておったところだわい」
「雪祭り? なにそれっ! そんなのあるんだっ?」
祭りと聞いてはしゃぐ僕。オルさんはきょとんと目を丸くする。
「え? 知らんとキュービ村にきたんか?」
「うん、母さんがこの村の出身なんだ」
「……なんか複雑そうな子だわいな」
オルさんが僕には聞き取れないくらい小さい声で呟いた。
「え? 何か言った?」
「いんや、なんもないわい」
「ふーん。それにしてもみんなは何人かで作ったりしてるけど、オルさんは一人なの?」
「オイは一人で片刃の剣。刀について勉強する旅しとるわいな。今この村にドワーフ族はオイ一人よ。ま、ドワーフ族の誇りにかけてオイ一人でも村中のもんが唸るようなのを作ってやるわいな」
ごつごつした大きな手をぐっと握ってみせるオルさん。キリリとした職人の横顔を僕に見せる。でも、その直後に肩をがっくり落とす。
「でも、いい案が思い浮かばないんだわいなぁ」
「そうなんだ。でも、雪って楽しいよね。ウルブ村こんなに雪って降る事ないから僕ドキドキしっぱなしなんだ。雪の山で滑り台にちょうど良さそうって思ったら穴が掘ってあって雪の家になってたり」
「雪の家? ああ、かまくらだわいな。もっと寒くて一年中雪の解けないところだとイグルーって言ってさらに本格的な雪の家ができるらしいわいな」
「すごいっ! そしたら毎日雪だるまが増えるねっ!」
「ガハハ、そんなずっと作ってたら飽きるわいな」
大口を開けて笑うオルさん。うーん確かに、飽きるかもしれない。春の彩に、夏の日差し、そして秋の匂いがあってこその雪だるまかもしれないね。
「あっそうだ。僕雪だるまの顔を作るためになにかないか探してたんだった」
「そうか、んじゃオイもそろそろ作り始めるとするかな。カイトのおかげでいい案が浮かんできたわいな」
「うん、オルさんもがんばってね。じゃあまたねっ」
「おうっ」
僕はオルさんに手を振ってお別れすると、オルさんもごつごつした大きな手を上げて返してくれたのだった。
◇◆◇
雪だるまの顔になるようなものを探して歩いてみる。
「おい」
顔に出来るようなもの。家になら溜めてあるドングリとか使えるんだけど、あいにくそれは持ってこなかった。何か代わりになるようなものが落ちてないかと探すけども。全部雪に埋もれてしまってるようにも思える。
「おいっ、そこのチビ助」
「エンもあんまり変わらないデスよ」
「サンカうるさいっ!」
物がないとすれば色をつければいいんだろうか。でも、そう言うのもだいたいは花とか実からとれるものだし、そうでないものは簡単にはとれないし。困ったものだと頭をひねる。
「おいっ! お前、聞いてんのかっ」
力強く僕の肩を誰かが掴む。あぁ、僕に声をかけていたのかと振り返ると、僕よりほんの少し背が大きいくらいの男の子が中央に、その右には細めのひょろっとした男の子、そして左に大柄だけどぽわぽわっとした感じの男の子がいた。三人とも黄色い狐の尻尾がひらひらと見える。
「えっと、こんにちは?」
「ああ、こんにちは」
「こんにちはデス」
「こんにちはぁ」
とりあえずペコリと頭を下げて挨拶をすると、みんなでお辞儀で返してくれる。だけど、その直後に中央の子が両腕で天を突いて地団太を踏む。
「……だああっ! 違うっ! お前よそ者だなっ。何者だ? どっから来たんだ?」
「僕はウルブ村の青狼族カイトだよ」
中央の男の子は腰に手を当てて一瞬下を向いて含み笑いをすると顔を上げる。
「はんっ! 青狼族ぅ? 獣人ですらないじゃないか。いい加減な事を言うなよっ! なぁサンカ」
中央の子がひょろっとした方に顔を向ける。
「そうデスねぇ、耳に毛がなくついてる場所は顔の横デス。さらに尻尾がある形跡は見当たらないデス。何かの間違いかと思いマシてもう一度確認してみるもやはりなく、再三確認してもやはり――」
「サンカもういい、くどい。シカドはどう思う?」
中央の子はサンカと呼ばれる男の子を遮ると今度はぽわぽわした男の子の方に顔を向ける。
「んー? おいらはシカド。カイトくんよろしくなぁ」
「え? あ、シカドくんよろしくね」
ぽわぽわした男の子、シカドくんは僕のほうに握手の手を伸ばす。そこをすかさず中央の子がシカドくんの腕をぺしぺしチョップする。
「んー? エンどうしたんだよぉ」
「どうしたんだよぉじゃなぁいっ! 何勝手に仲良くなってるんだよっ! このっ、デカブツっ、このっ」
「あっはっは。効かなーいよぉ」
エンとよばれる中央の子がシカドくんを激しくポカスカ攻撃するも、まったく動じないで僕の方にそのまま手を伸ばして僕と握手をする。
その間もシカドくんの背中をポカポカ両手で叩いていたけど、ひょろっとした子のサンカくんに引っ張られ手引き離される。
「およしなサイな。エンとシカドの体格差を考えると無駄もいいとこデスよ」
「そうだよぉ。それにそもそもエンはカイトくんを仲間に入れてあげようと思って声をかけたんだろぉ?」
「ち、違うっ! 違うよバーカ! お、俺、こいつの事いじりまくって遊んでやろうと思っただけだし。べ、別に俺はこいつが一人でいて寂しいんじゃないか? なんて、お、思った事なんか全然ないし」
すごくうろたえるエンくん。それをシカドくんとサンカくんがにやにやとする。
エンくんって子は口は悪いけど実はいい子なんだろうか。
そう思っていると、エンくんは顔を真っ赤にして僕の方に振りかえる。
「あーもうくそっ! おいっ! カイトって言ったな。お前、青狼だって言う証明を俺に見せてみろよっ」
「え? 証明?」
「そうだっ。じゃないと俺はお前を信用してやんないからなっ」
エンくんはそう言うと腕を組んで顎を軽く上げた。




