「ぬぁぁぁぁにぃぃぃぃぃ?」
母さんの後ろをついて歩く僕達。大きな華樹の方に近づいてはいるけど、真っすぐ言ってる感じでもないからたぶん母さんの言う通り寄り路はしているんだと思う。
そんな母さんはと言うとすごく嬉しそうに尻尾をフリフリしながら前を歩いている。すごくご機嫌だ。
母さんはすごくいいところって言ってたから、この様子からするとかなりなんだろう。
とはいえ、それ以上は言ってくれないから見当もつかない僕。
僕としては村の様子の方が気になるところ。
キュービ村はウルブ村よりももっと寒くてみんな帽子を目深にかぶってるんだけど、すれ違う人はだいたい尻尾が見えている。
ほとんどは狐の尻尾で、色は白と黄色の人が半分半分くらい。狼族は青狼族と赤狼族は違う村で固まってるけどこっちはそうでもないみたいだね。それにたまに尻尾のない人もいる。獣人以外の人だろうか? 商売してる風でもないけども。
「カイト、あれ見て」
「え? なに姉ちゃん」
村の人たちの様子を見まわしていたところに姉ちゃんに袖を引っ張られる。
姉ちゃんが指で指す方向には雪の山が大きな雪玉を二つ重ねた雪だるまがあった。あれは大人の人より
も大きい。
「すごい雪だるまだっ!」
「違うよカイト。雪だるまもすごいけどその隣」
「隣?」
うーん、巨大雪だるまよりそうそうすごい事ってあるのかな? そう思いながら横を見る。
何の変哲のないこんもり積みあがった雪の山。その下には穴がぽっかり空いている。さっき姉ちゃんがつっこんだやつよりもちょっと大きいかな。だけど、それだけじゃあなぁ。
僕はまるで話にならないとばかりに目をそらそうとするけどちょっと思い直す。
ふむ、よく見ると結構頑丈に固めてあって。……あれは滑れるんじゃないかな? あの上から滑って降りるとちょっと楽しそうな気はする。
そう考えると雪だるまとは五分五分の勝負か……。いやっ、ギリギリ。これはギリギリ雪だるまの勝ち。結構健闘してたんだけど残念ながらここは審査員判定で雪だるまだったね。
僕の中で勝手にバトルを繰り広げていると、村の親子が七輪を持ってやってくる。
お餅でも焼くのかな? わざわざ寒い外でやらなくても家の中でやればいいのに。風邪ひいちゃうよ?
僕心配をよそにその村の人たちは雪の山の中に入って行く。しばらくしたら穴の中から火の光が少しこぼれ出す。少しのぞく中の様子からすると、どうやらあの穴の中でお餅を焼くみたいだ。
「えっ! あれすごいねっ姉ちゃん」
「すごいでしょ!」
姉ちゃんが誇らしげに胸を張る。まるであれを考えたのは自分とでも言いたげ。
それは置いといて、あれはすごいと思う。「なんてことでしょう、ふわふわの雪が匠の技によってステキな空間に――」だよ。
「あたしが思うにはあれは家だと思うの」
「そうかもだね。不思議だなぁ、雪が家になるんだな。でも、あんなところに住んじゃったら夏どうするんだろうね?」
「……どうするんだろうね?」
僕と姉ちゃんは顔を見合わせて首をかしげる。
「ふふ、どうするんでしょうね。さ、着いたわ」
母さんはそう言うと足を止める。目の前の建物は窓が少しあいていて、煙がもくもくと外に出てくる。
建物の雰囲気からするとお店のように見える。たぶん食べ物だけど。
「んー? この匂いは油揚げ屋か。……ウルブ村にもあるがここがいいところか?」
「あっ、ほんとだ油揚げだ」
父さんと姉ちゃんが反応する。
「えっ? えっ? ……へックシュン。あー」
「あらあら、カイトったら」
クシャミをした僕の鼻をハンカチで拭ってくれる母さん。
手を仰いで僕の方に風を寄せてみるけど僕にはさっぱり匂いがわからない。それどころかつめたい空気でクシャミがでちゃった。でも、鼻のいい父さんと姉ちゃんが言うなら間違いない。
確かに母さんは油揚げが大好物だけどね。僕は……、唐揚げの方が好きかなっ!
「……わかってないわね、リック。確かに嫁いだばかりで不安だらけだった私は、ウルブ村唯一のお豆腐屋、エドガーさんの油揚げに勇気をいただいたものよ。私の意見を取り入れてくださって今もなお進化し続けているエドガーさんの腕は非凡と言わざるを得ないわ。でもね、やはり油揚げの本家はキュービ村よ。その中でもこのイッペイさんの油揚げはキュービ村一と名高いわ。ここの油揚げの何が良いかと言うと。……そうね、油揚げのなんたるかから説明しないといけないわね――」
一気にまくしたてる母さん。
これは長くなるかも? と思った矢先に暖簾を持って店の人が出てきた。
「うわっ、今日もさみぃね。これでよしっと。お客さん、お待ちどうさ……。んっ?」
店の人は暖簾を出すと少し高めの通る声で僕達に声をかけてる途中に何かに気がついたようにピタッと止まる。だけどすぐにこっちに走りだしてきた。
「チーちゃんっ!」
「サンちゃんっ!」
母さんをチーちゃんと呼ぶその人に母さんが答えて振り返ると、その人は母さんに抱きつく。母さんも嬉しそうに抱き返して答える。
「チーちゃんっ! オレ、会いたかったっ! 帰ってたんだね」
「ふふふ、私もよサンちゃん。村には今着いたところなの」
すごく親密そうに抱き合う二人。その人と母さんは抱き合ったまま顔を向き合わせてしゃべっている。
母さんと抱き合うその人は切れ長の目をした黄色い髪の狐族の人。中性的で恐ろしく整った顔立ちのその人は背は父さんより少し低いくらいでオレって言ってるからたぶん男の人だよね?
これは恐らく、イケメンってやつなんだと思う。
って冷静に感心してる場合でもないんじゃないか? 母さんが男の人と抱き合って?
僕は若干混乱していると、どこかから笑い声が聞こえる。
「フ、フフ……」
声を探しながら見上げると変な笑い方をして固まる父さんが居た。
「……と、父さん?」
「おっ、おっ、お、お驚く事はないぞ。たたたぶんこっちはこういう挨拶が普通なんだろろ」
平静を装ってるけど見たことないほどうろたえながら僕に言い訳するように言う父さん。いつも余裕たっぷりなのに。目の前の光景にショックで余裕が旅に出たようだ。
姉ちゃんはと言うと、ぽへーっと口を開けてサンちゃんって呼ばれる人を眺めている。
間抜けっぽいから口を開けてぽけっとするのはやめようね、姉ちゃん。そう思って僕は口を閉じてあげる。
「あっ、イッペイ兄貴にも教えてやらなきゃ。イッペイ兄貴っ! チーちゃん帰ってきてるよっ」
その人は母さんから離れて店の方へ振り返りながら良く通る声を飛ばす。
店の奥から暖簾をわけて男の人がちらっと顔を覗かと、男の人はさっと手だけを軽く上げるとすぐにまた店の奥へと戻って行った。
「ああもう、兄貴ったら無愛想なんだから。ごめんねチーちゃん」
ガシガシと頭を掻きながら母さんの方に振りかえる。
「ふふ、いいじゃない職人さんらしくってステキよ」
「チーちゃんにそう言ってもらえたら兄貴も喜ぶよ」
「ジヘイさんはお元気?」
「ジヘイ兄貴もぼちぼちってところだね。……そっちはどう? 向こうでうまくやれてる?」
「ええ、とっても」
満面の笑みで少し頷く母さん。その後になんだか固まってる父さんの袖を引っ張って自分の所に引き寄せる。
「あの時は急でうやむやだったけど紹介するわ。この人が私の夫の――」
「知ってるよ。リックさんだろ? アンタとは一回話ししたかったんだ。あの時は感動したよ。ぷっ……だけど、今はなんか面白い顔してるな」
その人はニコッ笑いながら父さんに顔を向けると、吹き出して少し笑う。そんなに面白い顔? そう思って見ると、確かになんだかどういう顔をしていいかわからないって感じで確かに面白い顔になっていた。
いつもストレートに感情を出す父さんなのにこれは貴重なシーンだなって僕は思う。
それにしてもあの時って……。何かあったのかなぁ?
「あら? あの時にサンちゃん居てたかしら?」
「チーちゃんにばれる範囲の外からこっそり見ていたんだよ。軟弱そうな奴が最後まで勝ち上がってたらオレがそいつをぶっ飛ばしてチーちゃんを攫ってでも阻止してやるってね」
「まあっ! サンちゃんったら。うふふ」
母さんは両手を口に当てて驚くと嬉しそうに笑う。
「……あの時については文句のある奴も多いだろうけど。でも、オレはアンタでよかったと思ってる。アンタなら、チーちゃんを泣かすような事はしないだろうって思えたよ」
その人は穏やかに笑う。この人は本当に母さんの事が好きだったんだろうなぁ。
あの時の事ってのはよくわからないけど、きっと壮絶な何かがあったんだね。
「サンちゃん、私本当に今とっても幸せなの。この子たちは私達の自慢の子供たち。娘のソーラに息子のカイトよ」
母さんは僕と姉ちゃんの肩を抱いて紹介する。
「あたしは姉のソーラ、こっちは弟のカイトよ」
「そうかそうか、オレは――」
その人は姉ちゃん、そして僕へと目線を映したところで僕を見て目の色を変える。直後に整った顔を崩して歯を剥き出しにしながら食らい付くように父さんの胸ぐらつかむ。
「アンタァッ! さっそくチーちゃん泣かせてるじゃないかっ!」
「なにっ? ちげぇっ! 誤解――!」
父さんは弁明しようと言いかけるとその人は言葉をかぶせて遮る。
何がこうなって――。
……そっか。
「何が誤解だっていうんだ! 上の子はともかく下の子はっ! アンタならって――」
「違うんですっ!」
今度はその人の声を僕の怒鳴り声が遮る。僕の声に驚いたようにその人は僕の方を見る。
注意がこっちに向いたところで僕はその人の方へ行ってその人の服の裾を引っ張る。
「ねぇその手を離して、そして良く見て。この僕を――。
僕は耳が違います、尻尾がありません。髪も目も黒です。僕は母さんにも、父さんにも似てないです。でもね、僕はウルブ村青狼族のカイト。父はリック、母はチハヤ、姉はソーラ。僕の大切な家族です」
「あっ……、そうか……」
その人は父さんから手を離すと眉をしかめて顔を曇らす。
「姿は違っても、家族なのは違わない。カイトが弟だから、あたしはお姉さんなんだからっ」
いつの間にか僕の後ろにいた姉ちゃんが僕を後ろから抱きしめて、僕の頭の上からその人に言った。
そうだね。僕もまた、ソーラが姉だから僕は弟なんだね。
なんだか当たり前なんだけど、その当たり前を嬉しく思うと僕は抱きしめてくれる姉ちゃんの手を握った。
「あの……。ゴメンな……、オレ昔っから短気なとこあるから……」
「ホントよっ、サンちゃんは昔っから早合点ばっかりっ」
「そんなっ! チーちゃんだって昔は――」
「さっ、そんな事よりカイト。サンちゃんの事許して上げてくれる?」
しょぼんと大人の人なのになんだか小さくなるなるその人に対して強く出る母さん。そしてその人の言い分をしれっと無視する母さん。
この人は本当に母さんと昔から仲良しなんだな。そう思うと、なんだろう。自然に頬が緩んだ。
ちなみに母さんの早合点は今もだからねっ。僕は喜樹の事を覚えてるからねっ!
「うん、許すよ。ちゃんとわかってくれたら僕はそれでいいんだ」
この事について僕が僕らしくない大きな声で怒鳴ったのも誤解を解きたかっただけだからね。
「君は強くていい子だな。ありがとう。そしてよろしくカイト」
その人は僕の目線に合うようにしゃがみ込むと僕に向かって手を伸ばす。僕もその手を握り返す。
「うん、よろしく。サンペイさん」
「サンペイさん……?」
「サン……ペイ……。ぶふっ!」
握手しながら首をかしげるその人。その横で母さんが吹き出す。母さんが吹き出す姿も貴重なシーンだけど、それ以上に僕の頭は混乱する。
あれ? ウルブ村では三歳より年上は“さん”付けで呼ぶから、僕が“サンちゃん”って言うのもおかしいし。イッペイさん、ジヘイさんって兄弟の名前が続いたらサンペイさんってなるんだと思うけど。
……もしかして、ここにきてサンダユウさん?
僕はぐるぐると頭の中でサンの付く名前を思い浮かべていると、その人は合点言ったように声を漏らす。
「あー……。カイト、オレの事男だと思ってるんだろ?」
「ええっ! ……え? 違うの?」
「オレの名前は“サン”。長男イッペイ、次男ジヘイ。そしてオレは長女だ」
「えええっ!」
ここにきてまさかの告白。あまりの衝撃に僕はポカンと口を開けて眺めていると、姉ちゃんの手が僕の口にのびて僕の口を閉じる。
姉ちゃんは冷静だ。もしかしてわかってたの?
「あーあ、オレの乙女心傷ついちゃた。チーちゃん慰めて」
「しょうがないわ。サンちゃん男前すぎるのよ。そんなので良い人いるの?」
「……いない」
サンさんは頭の後ろをぽりぽり掻きながら口をへの字に曲げて少し母さんを見てから目をそらす。
美形な顔でそんなチグハグな仕草が少し可笑しくて僕はクスっと笑う。
自分の事を“オレ”ってい言ってるのもあるけど。この人の見た目、美人過ぎて逆にかっこよかったってのもあったんだ。
なんだか僕だけサンさんの事男だと思って母さんとのやり取りをやきもきしながら見てたんだね。
……あれ? 僕だけだっけ?
そう思って父さんを見る。
「そうだな、確かに女にしとくにはもったいねぇくらいだ。俺に掴みかかって来た時の踏み込みなんか目を見張るところがある。
あっ、そうだ。チハヤの幼馴染だったんならよかったらチハヤの昔話なんか聞かせてくれねぇか?」
父さんの顔は余裕が世界一周して帰ってきた顔をしていた。
しかし突然変わりすぎたその雰囲気にサンさんは片眉を上げる。
「――んんんっ? リックさん。その変わりよう……、アンタも勘違いしてた口だろうっ!」
「なにっ? ちげぇっ! 誤解――!」
またサンさんが父さんの胸ぐらを掴むとさっきと同じ事を言う父さん。
こんどはサンさんが僕の顔をちらっと見る。
「なぁカイト。これも誤解か?」
「うーん、たぶん。誤解じゃないかなぁ」
「カっ! カイトーっ!」
「そう言えばサンちゃん。リックったら油揚げの事を軽んじてたわ」
「ぬぁぁぁぁにぃぃぃぃぃ?」
母さんが追い打ちをかけたところで、サンさんからおどろおどろしい雰囲気が醸し出される。
「イッペイ兄貴っ!」
サンさんが店に向かって声を通すと、のれんをほんの少しだけ掻きわけてイッペイさんが覗き込む。
「話は聞いてたな? どうする?」
「……お勉強の時間だ」
「よしきたっ。久々だなぁ、楽しみ――。おいっ!」
父さんをそのまま引きずって店の中に連れて行こうとするサンさんの手を振りほどいて逃げだそうとする父さん。
「へっ、俺は勉強ってやつとは相性が悪くてな――。ブベッ」
逃げようと駆けだした瞬間に見えない壁にその勢いのままぶち当たってずるっと崩れ落ちる。すかさずそこをサンさんが掴んで引きずって店へと向かう。
「さっすがチーちゃん」
「ふふ、リックは私から逃げる事は出来ないようになってるのよ」
母さんとサンさんが顔を見合わせるとニィっと同じように笑ったのだった。




