「出たわね。魑魅魍魎っ! せいっ!」
店を出てお腹をまーるくする僕と姉ちゃん。
今度は一直線に華樹にある母さんの実家に向かう。
「きつねうどんおいしかったねっ! あたしイッペイさんの大ファンになっちゃった」
「そうでしょう? イッペイさんのは特別なのよ。お母さん三食おやつまであの油揚げでいけるわぁ」
ご満悦な表情の姉ちゃんと母さん。確かにイッペイさんの油揚げはウルブ村で食べたペラペラのものとは違って、まるで厚揚げのようなボリューム。きつねうどんだったけど、下のうどんが見えない大きさ。
さすがに大きすぎるからこれ厚揚げじゃないかな? って聞いてみたけど、サンさんがとりあえず食えと言うから食べてみる。すると、やっぱり油揚げ――。いやいや、あれはもはやお肉のようです。
これはからあげよりも……。いや、からあげもやればできる子だよっ。……だけど、あのボリュームは反則だった――。
きょ、今日のところは引き分けにしといてあげる。からあげの本気だってあるかもしれないからねっ。
「うへー」
父さんだけはげっそりしている。父さんはあの後別室に連れて行かれていた。
「そういえば、父さんは食べてないの?」
「食ったよ。だがなぁ、イッペイさんがジーッと目の前にいてよ。一口目は良かったんだ。素直に美味いって言えた。――でも、一口かじるたびにイッペイさんが「どうだ?」って聞いてくるから次に言う事考えながら食ってたから食った気がしねぇ……」
うーん、確かにそれはつらそう。
イッペイさん口をへの字に曲げたままであんまりしゃべらないし無表情だからなぁ。
「でも、イッペイさんったらリックの事気に入ってたみたいよ。あいつは気骨のあるやつだってサンちゃんに言ってたらしいわ。……また行ったらつれていかれるかもしれないわねぇ」
「うぉぉぉぉ。普通に食わせてくれぇぇぇっ!」
「ふふふ。――さって、そろそろ来るかしら」
「来る?」
母さんの顔を見上げる。その時、母さんが息を一息吸う。
――一瞬息を止めると母さんが眉間に少しだけ皺を寄せて無言で法力開放をする。尻尾が五本、手には四枚の式を書いた東紙――式紙を握って構える。
「え? 母さん?」
「チィィィハヤァァァアッ!」
突然の母さんの本気の構え。何事かと思うと、遠くの方から母さんの名前を大声で呼びながらすごい勢いで駆けてくる男の人がいる。
こんなに寒いのに白い前合わせの服に紫の袴で防寒具は一切着ていない。
「出たわね。魑魅魍魎っ! せいっ!」
「えっ、ちみもーりょーっ! ……って何? カイト」
えっと、おばけ?
って考えているうちに母さんは式紙を三枚投げる。式紙はそれぞれ母さんの手を離れるとグンと加速する――。
【甲は切り裂く乙の剣】
【甲は貫く乙の槍】
【甲は打ち砕く乙の槌】
式紙は駆けて行く人の所まで飛んで行きながら無機質に式を読み上げる。
式を読み終えた式紙は三様に――斬、――貫、――打の攻撃へと変化して襲う。
「ふっ、このエボシ。その程度の攻撃で止まる情熱は持ち合わせておらぬっ!」
駆けてくる人はニヤリと笑うと同時に法力開放して自分の式紙でそれぞれ迎撃する。
――――うわぁっ! おばけ強……。
いやいや待って、エボシって確か母さんのお兄さんだよね?
「フハハハハ、おかえりチハヤ。さあ、お兄ちゃんの胸に飛び込んでおいでぇ!」
言ってる事とは真逆に両腕を広げて母さんに向かって飛び込む。
【甲は守護する乙の城壁】
母さんがあっかんべーっと舌を出すと超密度の防御壁が四枚目の式紙から紡がれた。
「危な――」
「上級障壁っ! ぶはぁっ! ……無念」
僕が出した声が空しく空を切る。
その人はのりにのった勢いのままゴスンと鈍い音を鳴らして顔から壁に激突。
……うわー、痛そう。
男の人はそのまま法力の壁伝いにずるっと地面に落ちてそのまま目を回した。
母さんは静かに手を下ろすと法力散開する。
「……母さん。こ、これって大丈夫なの?」
「大丈夫よ。さっ、これは雪に埋めてしまいましょう。春には芽吹き、夏には花を咲かすでしょう」
「――――埋めるんじゃあなぁいっ!」
半分まで埋まりかかったところで目を覚まして立ち上がる。
「ちぇっ! おしかったですわっ」
「まったく、久々の再開だと言うのにチハヤはかわらないな」
「ええ。兄さんは少しだけおとなしくなりました?」
これでおとなしく……?
母さんはクスクスと笑うと、その横から父さんがひょこっと顔を出した。
「どうも、お義兄さん」
「む、リックくん。君にお義兄さんと呼ばれる筋合いは――あるけどないっ!」
「どっちだよ……」
プイっと父さんから顔をそむけると僕達と目が合う。
その人はふっと優しく微笑んで僕と姉ちゃんの方に少し腰をかがめる。
「久し振りソーラちゃん――と言っても覚えていないだろう。だから初めましてソーラちゃん、それにカイトくん。私はエボシ伯父さんだよ。ウルブ村に比べてキュービ村は寒いだろう? 早速家に行こう」
にっこりと緑の目を細めるエボシ伯父さん。男の人だけど、その顔にはどことなく母さんの面影があった。
しかし、変な人だなぁ。
◇◆◇
エボシ伯父さんの後をついていくと、扉のない門を抜ける。門から一直線に見える華樹が堂と胸を張ると、門の横には規則正しく整列した木が背筋を伸ばして起立する。
――――華樹は僕の遠近感を狂わせる。すぐそこにあるように見えたから手を伸ばしてみると、やっぱり僕の手は空を切った。
先に見える階段が華樹の膝元を隠す。僕はそっと見上げると雪で白化粧した華樹ははにかんで笑った気がした。
ここは華樹の公園なのかな? 幾人かの人が僕達とすれ違う。すれ違う人はエボシ伯父さんに気がつくと会釈して、伯父さんもにっこり会釈を返す。
最初は変な人だと思ったけど、伯父さんってもしかして偉い人なのかな?
斜め後ろから見上げると伯父さんは優しくも頼りがいのありそうな背中と横顔をしていた。
そのまま視線を横にずらすと、なぜか母さんはここにきて目深にフードをかぶって顔を隠そうとしている。
「あら? もしかしてチハヤちゃん?」
「……あちゃ」
一人の狐族のおばさんが声をかける。母さんは身体を一瞬ビクンとさせると、目深にかぶったフードをあけて顔を覗かす。
「え、ええ、チハヤです。ただいま帰りました」
「あんれまぁ! 八年ぶりっ? どうしましょっ!」
すごい興奮して一人盛り上がるおばさん。
「ちょっ、ちょっと奥さん。チハヤは帰ってきてすぐなので」
「ええわかってるわよ、エボシちゃん」
ウィンクしながらグッと親指を立ててるおばちゃん。エボシ伯父さんはホッと胸をなでおろす。
「そうですか、よかった。わかってくれて」
「オーケー任せて。さっそくみんなに知らせて回らなくっちゃねっ!」
「ちょっとっ! わかってないっ! あ――」
エボシ伯父さんの声を振り切って跳ねるような足取りで駆けていくおばさん。
すごい健脚っぷりで一瞬にして姿が見えなくなった。
「チハヤ……、長い事馬車に揺られてお疲れだろうけど、どうやら早々休めないようだ」
「まあ、みなさんに好いていただいているのはありがたい事ですから」
「チハヤの人気はすごかったからね」
母さんはウルブ村でもちょっとしたもんだからね。ウルブ村の三大美人って言ったらまず名前が入るんだ。
なんとなく鼻を高く上げると姉ちゃんが僕の袖を引っ張る。
「ここはいい公園だねカイト。公園通のあたしにはわかるよ」
「ほほぉ、姉ちゃんは公園通でしたか」
僕は適当に姉ちゃんの言葉にのりながらもうんと頷いて同意する。
この公園はただ漠然と開けられてるだけじゃなくて、通路から離れてある大きな石の位置一つとっても何か考えられて置かれているような感じ。
これはきっと風流ってやつ。
「ははは、ありがとう。でもここはうちの敷地なんだよ」
「えっ?」
きょとんとする姉ちゃん。
「うちの敷地って、ここ庭なの? ヴォルクス様の屋敷全部よりずっと広いよっ?」
「ありゃじっ様が一代で建てたもんだからなぁ」
「ヴォルクスって≪幻双剣≫のかい? まぁ、うちはキュービ村の始まりの王樹の守として代々続いているからね。とはいっても、維持とかにいろいろお金がかかるから≪幻双剣≫のほうがお金持ちだろうね」
「……お母さんってお姫さまだったの?」
「まあ、ソーラったら。そんなにいいものじゃないわよ」
「いいやチハヤはキュービの宝、お姫様だったよ。それをリックくんっていう悪い魔王が攫って行ったんだ」
「……そりゃねぇよお義兄さん」
「ふふふ」
意味ありげに父さんの方を見てニヤニヤ笑うエボシ伯父さん。父さん、少しだけ居心地が悪そうに片目をつぶって頭を掻いた。
「……父さんと母さんって何があったの?」
「んー、話すと長くなるなぁ」
「なんだ、リックくん。子供たちに話してなかったのか。――さて、そこを上ったらうちだよ」
「よし、カイトっ! どっちが速――よーいどんっ!」
「ええっ! 姉ちゃんフライングっ! ずるいっ!」
サンさんもあの時とか意味ありげに言ってたから気になったんだ。
でも姉ちゃんにつられて石の階段を駆け上がると、あまりのキツさに忘れてしまうのだった。




