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「ああっ、そんなっ……。なんてワイルド……」


 年が明け、始まりの月。闇月。

 闇月は太陽が最も早く沈んで闇の最も長い月。それは水月に降った水や雪を蓄えて、新しい命を芽吹くための準備期間。

 無情に思える漆黒は全ての誕生を送り出し、全ての最後を受け入れる慈悲深き終の寝屋。

 暗い黒の世界彩るは白の雪の舞台。その下では次のステージの準備が粛々と進められている。


 ◇◆◇


 馬車の中で寝ていた僕はまだ外が真っ暗な時間に目を覚ます。今僕たちは夜行馬車に乗って母さんの生れた村に向かっているところだ。

 隣では姉ちゃんが寝息を立てる。姉ちゃんより僕が早く目が覚めるのは稀なんだけど、枕が変わると眠りが浅いってやつなのかな?

 ほんのり御者さんの方から漏れてくる光を頼りに姉ちゃんを見てみると、姉ちゃん毛布の中で自分の尻尾を抱きかかえながら寝ていた。

 あったかそうだし、抱き心地良さそうだしでちょっとうらやましい。だけど、いつもの勝気な感じとは違っていてこれはこれで……。僕は無性に頭を撫でてみたくなった。

 僕は手を伸ばして頭を少し撫でる。サラサラでさわり心地が良い。

 ……ついでにフワフワの耳もちょっと触ってみる。


「……んっ」


 姉ちゃんが小さく呻くと反射的に僕は手をひっこめた。

 姉ちゃんの眠りを妨げると僕の身に恐ろしい事が起こる。これはいにしえよりの決まりごと。

 勝手にそんな事が頭をよぎると、このへんにしとこうともう一度眼を閉じる。

 聞こえてくるのはシャーって言う滑る音。車輪の音はもうしない。フゴフゴと、馬車をひくホバーボアの鳴き声がたまに聞こえる。

 車輪がソリに変わってるって事は雪の上を滑っているって事なんだろうね。真っ暗だから何も分からないけど。

 いろいろ考えてると、姉ちゃんが僕の方に手を伸ばしてきた。

 起きた感じはないから寝ぼけてだろうけど、僕はその手を握り返す。姉ちゃんの手はあったかくて心地よかった。

 不思議な安心感を覚えた僕はもう一度眠りに落ちた。



 ◇◆◇


 どこか現実でない空間。そこは自分の家のような気がするけど、なんだかちょっとぐにゃぐにゃ。

 おかしいな? 馬車の中にいた気がするんだけど……。

 そう思ってると突然姉ちゃんが黒い鉄製の調理器具を持って現れた。


『あっ、姉ちゃん。どうしたのそんなの持って』


 僕が声をかけるや否や、姉ちゃんは僕の方に向かってニコッとする。


『これフランスパンだよ。底の焦げたところが香ばしくておいしいんだから』


 そう言うと、大きく口を開けてその手に持つものを口に入れようとする。


「違っ、ダメだよ姉ちゃん……。それはパンはパンでも食べられないパンなのに……。ああっ、そんなっ……。なんてワイルドな……」

「あたしになに食べさせてんのよっ!」

「あふえええぇっ!」


 姉ちゃんにおもいっきりほっぺを引っ張って伸ばされる。

 僕は見てたはずの姉ちゃんとちぐはぐになった事に戸惑うものの。今はこの僕のほっぺを引っ張ってる姉ちゃんの手のほうが重要なので、急いでタップする。


「あれっ、姉ちゃん? ……あれ? あっ、夢だ」

「全く。何がワイルドよ」


 目覚め一番にほっぺが大変な事になったけど、僕はホッと胸をなでおろす。

 よかった。フライパンをフランスパンって言い張って食べようとする姉ちゃんはいなかったんだ。

 似ても似つかないのにね。フランスパンはもっとこうフランスを発祥とする――。

 ……フランスってなんだろうね?

 

「カイト、外すごいよ。ほら、出た時と全然違うんだから」

「え?」


 姉ちゃんに引っ張られるまま馬車の前の方から顔を少しのぞかせて外を見る。


「うわっ、冷たっ! あれ?」


 一瞬冷たい風が僕の顔に襲いかかって来たと思ったけど、直後に何も感じなくなる。むしろ、ちょっとあったかいくらい。

 不思議に思うものの目の前の景色がそれ以上のインパクトを僕に与える。


「うわー、真っ白っ。木の上も山積みだね。地面が見えないよ」


 ウルブ村でも夜に雪が降った次の朝一では地面が一面白い事はある。でも、人が歩いた後でもすぐに地面が見えちゃうくらいになるから、今僕達が乗ってるような馬車が通った後でも地面が白いままってのは考えられない。


「おはようだッポ。嬢ちゃん坊ちゃん」


 御者さんが僕達に声をかけてくる。

 フードを目深にかぶってるからあまり人相がわからないけど、しゃべり方とは違って声はちょっと低めでダンディー。

 こげ茶色の太くてフワフワの尻尾が服から出てるけど。先っぽが丸い狸の尻尾をふらふら揺らす。

 尻尾にはちょっとだけ雪が付いていた。


「おはようっ! おじさんっ」

「元気な嬢ちゃんだポ。雪が積もるのが珍しいッポ?」

「うん。ウルブ村あんまり積らないんだよ」

「そうかポ。ウルブ村じゃそうだポな。じゃあ、次行くキュービ村は楽しいかもだっポン」

「そうなの? やったっ! 楽しいってカイト」


 姉ちゃんが嬉しそうに僕の方を向くと、僕と姉ちゃんの頭の上に大きな手が乗っかる。


「こらっ、あんまりはしゃいでっと、御者さんにも他のお客さんにも迷惑だろ?」

「あっ、お父さん」

「そうだね。ごめんなさい」

「はっは、そのくらいの歳の子は一番かわいい盛りでいいッポ」


 背中越しに肩と尻尾を揺らして笑う御者さん。


「うちの年頃の娘なんか、お父さんフケツとか言い出す始末だッポン。……嬢ちゃんくらいの歳は時はパパっ子だったのにッポ」

「あれ。冷たっ?」


 一瞬冷たい風が僕のおでこを撫でる。だけどすぐに何事もなかったようになる。


「おっと、悲しい気分になったら西魔術が解けそうになったッポ。嬢ちゃん達、キュービ村までそんなかからないからもう少し待っててッポ」

「「はーい」」


 僕と姉ちゃんは返事をして馬車の中に戻った。



 ◇◆◇



「ご乗車ありがとうございましたッポン。キュービ村、キュービ村でございますポ。お忘れ物のないようにご注意下さいッポ」


 さっきの御者さんとは違う高めの声で違う御者さんがアナウンスをする。

 夜通しで馬車を動かすから二人で交代しながらやってるみたい。


「着いたっ! 降りなきゃっ! 早くっ!」

「待てソーラ。みんな降りんだから順番だろ」


 我先にとばかりに飛び出そうとする姉ちゃんを片手で捕まえる父さん。


「この壁の向こうに、もう母さんの育った村があるんだね」


 そんな姉ちゃんをよそに僕は馬車に耳を押しあてる。


「ええ、そうよ。カイトは気にいってくれるかしらね?」


 母さんも心なしか嬉しそうに笑う。僕はそれに頷いて答えると目を閉じる。

 馬車の壁伝いに外の音が伝わってきた。

 小さい子の遊ぶ声、いろんな人の雪の地面を踏みしめる音。何か重たそうなものがどさっと落ちる音。

 母さんの生れ育った村が織りなすいろんな音。

 この壁の向こうにはどんな風景が広がっているんだろう。

 そう思うと、ちょっと間も待ちきれない姉ちゃんの気持ちがよくわかったのだった。



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