「にゃにゃにゃ、にゃんだってえーっ!」
「うー、苦しいー。でも、幸せー。……きっと、この苦しさは幸せの代償」
「……姉ちゃん。……何言ってるの?」
椅子を二つ並べて仰向けになって寝転がる姉ちゃん。
パルさんったら姉ちゃんが食べたら食べた分だけ追加で持ってくるからついに姉ちゃんが陥落してしまった。
これはたぶん飽和攻撃ってやつだと思う。パルさん恐るべし。
それにしても、本当においしかった。僕はライガパンが特によかったと思う。噛んだら肉汁がフワーってパンの中から溢れてくるんだ。まるで肉まんみたいだねっ!
……肉まんってなんだろうね?
それはそれとして。
「姉ちゃん大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ちょっとだけ休んだらすぐなんでもなくなるんだから」
お腹をまるーくしながら苦しそうにしながらもにっこりして見せる姉ちゃん。
うーん。まぁ、姉ちゃんだし大丈夫かな。
「ソーラ、起き上がれるようになったらこれ飲むといいにゃー。カイトは最近変わった事ないかにゃー?」
パルさんがお茶を僕と姉ちゃんに淹れてくれながら僕の方に細い目を向ける。
うーん、変わったことかぁ。
僕は首をかしげながら視線をパルさんから逸らして斜め上にあげる。
なんかあったかな?
「例えば何かが出来るようになったりとかにゃー。何かが使えるようになったとか、何かを覚えたりとかにゃー」
出来るようになったりした事……。
あるねっ!
「聞いて聞いてパルさん。僕ね僕ね、西魔術が使えるんだよっ」
これは大ニュースかもだよ。
僕はちょっと興奮ぎみに鼻を膨らまして胸をむんっと張る。
「にゃにゃにゃ、にゃんだってえーっ! それはすごいにゃー」
パルさんびっくりしたみたいで、細い目をグッと開いて猫目を覗かせながらひっくり返りそうなほど驚いて見せる。
ふふふ、ずいぶん驚かせてしまったみたいだね。でも、ちょっとオーバーかも?
「あれぇ? いや、パルよ。俺、前に言っ――むぐぐ」
「ふふふ、リックダメよ」
お酒飲んで顔を真っ赤にした父さんが何か言いかけたところで母さんが後ろから腕を回して父さんの口を塞ぐ。
どうしたんだろう?
うーん、あれはたぶん仲良しって事かな。
「して、カイトはどんな西魔術が使えるのかにゃ?」
「えっ? えっとね、見ててね」
僕は初めに教えてもらった泡の西魔術を出して見せる。
小さな泡がふわふわっといくつかパルさんの方へ向かって飛んでいく。
パルさんは感心したように眺めると、泡の一つに手を伸ばす。
「あっ、触っちゃだめだよパルさん。消えちゃうよっ」
「ああ、そうなんだにゃー」
パルさんは手をひっこめてその手で僕の頭をワシワシと撫でてくれた。
「カイトはすごいにゃー。じゃあミーも一つ見せてあげるにゃー。水二風四」
パルさんは両手を軽く広げて青と緑の珠を出す。
「あれ? 僕と同じ?」
パルさんの出してる珠は僕とまったく同じだけの出力だ。パルさんは意味ありげにニッと笑うと珠を二つ合わせる。
パルさんの混ぜた珠はきめが細かく混ざり合って青緑っぽい珠になった。
「水は膜。風を包み封じ込め」
僕とは違う詠唱でそのまま手のひらの上に水の泡を作り出す。
これも僕のと違って僕の体の半分ほどある大きな一つの泡になった。
パルさんはそっと僕の方に泡を飛ばす。
「うわー、おっきいねっ!」
「カイト、それに触ってみるにゃー」
「え? 割れちゃうよ? もったいない」
「いいからいいからにゃー」
パルさんが僕に向かって手でどうぞどうぞと催促する。
パルさんはわかってないなぁ。こういうのはいかに割れずにいるかが面白いんだと僕は思うんだけどね。
そう思いながらもパルさんの言う通り僕の頭の上にふわふわ飛んできた泡に手を伸ばしてみる。
「えー、割れちゃうのに。……あれぇ?」
指先が触れるとプニっとした感触でちょっと上に持ちあがる。
……触れるの?
指を離すと元の位置までゆっくり下りてくる。またつっつくとプニっとして持ちあがった。
「わっわっ、すごい。どうして? やっぱり詠唱が違うから?」
「詠唱なんかイメージを助ける働きくらいのもんだからにゃー。正直何でもいいにゃー。大事なのはイメージにゃー」
パルさんの言ってた事はドライ先生も全く同じ事を言ってた。
でも、こうあからさまに違うと詠唱の違いの差なのかなとも思ったけど……。
ツンツンと水の泡をつつきながら考えていると、泡がパッと割れて消えた。
「あっ、割れちゃった」
「もう少し水の配分を大きくした方が頑丈かもにゃー。たぶん、重くてゆっくり地面にまでは降りてくるけど、蹴っても割れないから遊べるにゃー」
「へー、どう――」
「ソーラちゃん復活っ!」
どうやるの? って聞こうとしたところで姉ちゃんの声にビクっとして振り向く。
そこにはお腹がまるーくなってた姉ちゃんはもういなかった。
「さ、カイト次はあたしのターンよ」
あれ? ターン制なんだ?
そう思ってる間に姉ちゃんが僕の前に出てくると、アンシェちゃんからもらった髪留をはずす。
姉ちゃんのサラサラの青い髪がふわっと下りた。
「パルさん、あたしも見て。法力開放っ!」
印を組んで法力開放。姉ちゃんの青と白が逆転する。姉ちゃんから仄かに吹き出る風が姉ちゃんの髪と尻尾を揺らす。
法力開放が終わるとゆっくり一歩歩いてパルさんに近づいた。
「おおっ! ソーラ大変身だにゃー、チハヤさんみたいになって美人さんだにゃー」
「えっ! あたし美人? やったーっ! ――って、あらら?」
急に動いた姉ちゃんの腰が抜けてへたり込む。法力開放も解けて色も元に戻った。
「ソーラもまだまだ修行が足りないわねぇ。瞑想の時間増やさないといけないかしら」
「うへぇ……」
ガクっと肩を落として耳をペタンと倒す。
あらあら、姉ちゃんご愁傷様。ジッとしてるのが苦手な姉ちゃんは瞑想の時間が嫌いだもんね。
僕はほんのちょっとだけ意地悪く笑うと姉ちゃんがキッと睨んできたからすぐに目をパルさんの方にそらす。
「パルさん僕もできるんだよっ」
「カイトは地味だけどねー」
「もうっ姉ちゃん! 地味は余計だよっ!」
姉ちゃんが口を尖らせる。僕が笑ったのを根に持ってるみたいだ。
「まぁまぁ。カイトのも見せてくれるかにゃー?」
「うんっ。見ててっ! 法力開放っ!」
目を閉じて印を組むと法力開放をした。
シンと澄んだような空間が僕の周りに広がる。
研ぎ澄まされる聴覚、触角。
そしてゆっくり目を開けてパルさんを見る。
「パルさん。僕も法力開放したよ」
「おー。なんとなくカイトの法域の中にいると気持ちが落ち着くにゃー。……おやっ? カイトの目が?」
「気付いてくれた? 僕、目の色が変わるみたいなんだ」
さすがパルさん、するどいね。
なんだか嬉しくなって飛びあがりそうになったけど、ダメダメ。僕もまだ急に動いたら解けちゃうんだ。姉ちゃんの二の轍は踏まないからねっ。
でも、パルさんったら目の色が変わった事に気付いた以上に注意深く僕を見る。
「琥珀色だにゃー。これってウルフアイにゃー」
「ウルフアイニャー?」
「ウルフアイにゃー」
パルさんの言う事をそのまま首をかしげてオウム返しする。
「狼の目っていう意味にゃー」
「……おおかみ?」
パルさんはニコっとして細い目をいっそう細くするとうんと頷く。
「豹族とか虎族とかは、基本このカイト達の言うところの猫目にゃー」
細い目をぐっと開いて自分の目を指さすパルさん。
確かに、僕が見た猫耳な人はみんな瞳が縦に割れてる猫目をしてる。
「だけどご先祖様に狼族の血が入ってると、たまーにその子孫に今のカイトみたいな目をした子がうまれるにゃー。だからウルフアイにゃー」
また目を細くしてニッと笑って僕の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
そっかー、狼の目かー。なんだか嬉しくなってきちゃった。
僕はふふっと笑いをこぼしたところに、父さんがガバっと僕に抱きついてきた。
「そっかっ! 狼の目かっ、カイトさすがだなっ!」
「うわぁっ、父さんお酒臭いっ。……うんっ、ウルフアイニャーだよっ、ウルフアイニャーっ」
「狼の目だもんなー」
ずいぶんお酒がおいしかったのか父さんは相当お酒臭い。
いつもならちょっと嫌だけど。今日はなんだかとっても嬉しかった僕はそのままぎゅっと抱き返した。
「あたしもっ、あたしもっ」
僕と父さんが二人で盛りあがってるのがうらやましかったのか法力の回復した姉ちゃんが近くに来た。
「お、ソーラも一緒に抱っこしてやるぞ」
「うわっ! お酒臭いっ! やめます、やっぱやめ――」
「もう、遅えっ」
「きゃーっ」
「あははは、姉ちゃん捕まえたーっ」
逃げようとする姉ちゃんをすかさず抱える父さん。僕も父さんの腕の中で姉ちゃんを捕まえた。
姉ちゃん本当にお酒の匂いがきついみたいで嫌がるけど、残念。逃がさないもんね。
「……でも不思議だにゃー。純血にしか見えないけどにゃー」
「法力開放は心を映すともいいますから。ウルフアイって言葉は私も知りませんでしたけどね」
「あはは、そちらが猫目って言うようなもんですからにゃー」
僕たちが騒ぐ横で話し合う母さんとパルさん。
「パルドレオさん、お酌しますわ」
「おっとと、ありがとにゃー。……でもまぁ、そう言う事ならカイトは確かにこの青狼の村で育ってるって事だにゃー。いい事だにゃー」
「そうですわ。優しくってとっても仲間思いの自慢の息子ですもの」
「ソーラも元気だし、ミーの子供もいい子に育ってくれるかにゃー」
姉ちゃんと父さんの声で二人の会話は僕にはちょっと聞き取れなかったけど、二人の顔はとても優しそうで幸せそうだった。
--- 図鑑 ---
《提灯蔓》
植物。
蔓性の植物だが、その割にどちらかというと日陰を好む。多年草の植物だが、暖かい地域を好むので冬に雪の降る地域では野外では越冬できないため一年草となる。
日向でも十分に育てる事もできるため、蔓をつたわす支柱を何本か立ててカーテンの代わりに巻き付けさせて育てる事が出来る。
風船蔓の実を大きくしたような実は刺激を与えると発光する。
なぜ発光するのかはよく分かっていないが、この特性を利用して松明の代わりにしたり、室内の梁に伝わせて照明にしたりする事もできる。室内で育てると越冬させるのが比較的容易になり、日の落ちるのが早くなる秋、冬の時期に実を結ぶためちょうど良くなる。
特に毒はないが、味も素っ気もないためあまり食べない。




