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「あっ、いやっ! 俺は何も言っていないっ! あっ」

「そっかー。ねぇ、法力解放ってどうやってたのー? なんか手組んでたよねー?」


 勝手に一人で自己完結しているところにアンシェちゃんが身を乗り出すようにして尋ねてくる。

 このへんじゃ東法術はめずらしいらしいもんね。アンシェちゃんにとっても東法術は新鮮なのかも。


「あっ、えっとね。こうだよっ!」


 僕はぱっと印を組んで見せると、アンシェちゃんも見ながら組む。でも、いまいち指がずれてる。


「……なんか違うー?」

「えっとね、右手と左手で狐を作って耳とおでこをごっつんこさせるんだ」


 僕は片手ずつ人差し指と小指を立てて親指、中指薬指を合わせて前につきだすとそのまま両方を合わせる。

 アンシェちゃんもそれにならってゆっくりやってみる。


「……できたっ! で、次にどうしてるの?」

「どうしてるって言っても、法力解放の業は印をお臍に当ててね。じっとするの」

「え、それだけっ?」


 驚いて目を丸くするアンシェちゃん。

 まぁ、無理もないよね。じっとするだけなんて僕の最初母さんから聞いた時驚いたもの。


「うん、印を組んでるところに意識がいくからそれでいいんだって。それで身体中の法力がぎゅうぎゅうに集まった時に反動でわっと広がるんだって」

「へー、意外と簡単ー?」


 なんとなく肩すかしをくらったようなアンシェちゃん。

 ふふ、僕もそう思っていた時期がありました。


「そんなことないよ、僕これを毎日時計蘭の長いほうが一回転するまでやってるけど出来ないもん。その間動いちゃダメだし喋っちゃダメだしだよ」

「えっ、時計蘭の長いほうって一時間? うわー、それはきついねー」


 そう、一時間もじっとしてるだけってのはキツイ。だから僕はこの業はちょっと嫌なんだ。もう少しでできそうって母さん言ってるんだけどね。


「一回できたらさっきの姉ちゃんみたいにすぐでるし、慣れたら印も法力解放って言うのもいらなくなるみたいだよ」

「へー、圧縮詠唱とか無詠唱みたいー。ねぇ、カイトくんちょっとやってみせてよー」

「えっ? 多分できないよ?」

「いいからー、見せてー」


 うーん、本当にまだできないんだけどなぁ。

 アンシェちゃんから出た聞きなれない言葉も気になったけど、言われるままにやって見せることにする。

 僕は靴を脱いでベンチテングダケの上で印を組ながら正座をする。


「――法力解放」


 印に意識をおきながら、気持ちはむしろ外に向けて分散。そして僕は目を半眼にして地面をみつめた。

 ――僕はひとつ大きく深呼吸をする。

 ……ゆっくり外から中へぎゅうぎゅうに法力が集まると、おへその辺りで丸い塊がぐるぐる自転してるような感じがする。

 ここまではいつもと一緒。

 ――僕はもう一度大きく深呼吸をする。

 気持ちがなんだか落ち着いた気がすると、僕の中の法力の自転が急に速度を落とす。

 ゆっくりゆっくり、やがて回転が止まる。

 集めた法力がさらさらさらと砂になって散っていく。

 ――緩やかに。

 ――静かに。

 ――そして凪いだ海の波にさらわれるように。


 ……解けちゃったかな?

 印に集まってた法力が消えたのを確認すると、僕は印を解いてアンシェちゃんの方を向く。


「うーん、やっぱり失敗かな」

「えー? ……カイトくん、目の色が変わってるけどー?」

「へ?」


 僕は回りをキョロキョロ見渡す。

 ふむ、アンシェちゃんは突然変な事を言う。例えば僕が目の色を変えることって言うと、ミズキリペンギンの事くらいだけども。水路はこの辺にないしなぁ。確かにここまでペタペタ歩いてきたら、僕鼻血を吹きだしながら目の色を変えて飛び付きそうだけどねぇ?

 あっ、でもそれだと先にアンシェちゃんが目の色話するのはおかしいね。

 僕はうーんと首をかしげると。


「よしっ、決まりっ! あたしの勝ちなんだからっ!」

「ぐっ……」


 声のした方に目をやると、竹刀をしまう姉ちゃんと竹刀を落として膝を付くラークくん。

 勝負が決まったみたい。


「カイトっ、ちゃんと見てた? って、遠ぉぉいっ! 何ちゃっかりベンチテングダケに座ってるのよっ!」


 姉ちゃんが目を三角にして走ってくる――

 けど、途中で何かに気がついたように失速する。


「……カイト、目どうしたの?」


 姉ちゃんも僕の目の事を言う。

 目が充血してるのかな?

 でも目は痒くないし、擦ってもないんだけどなぁ。


「僕の目どうかなってるの? 赤いの?」

「赤くないけど。なんか瞳の色が黄色っぽいような橙色のような」

「母上の持ってた琥珀って宝石に似てるかもー。キレイー」


 えっ? 僕の瞳の色が変わっちゃったの? これって変身?

 ってことは――


「僕法力解放出来ちゃってるんじゃないっ?」

「え? あっ!」


 勢いよく立ち上がる僕。

 そして勢いよく割れる法域。

 膝の力ががくんと抜けて前のめりになる。


「あららら?」

「あぶなっ! あー、あー。急に動くんだからっ」

「ありがと、姉ちゃん」


 ベンチテングダケから転げ落ちそうになるところを受け止めてくれる姉ちゃん。


「あ、目の色戻った。なぁんだ、カイトも今日中に法力解放できちゃったのかぁ」


 姉ちゃんががっかりしたように言う。


「姉ちゃんにばっかりいいかっこうはさせないよ」

「まぁいっか。カイトの地味だし」

「ごふっ……」


 姉ちゃんの言葉が僕の心をいい角度で抉る。

 確かに……、地味でした……

 ベンチテングダケに座らされると僕は真っ白になりながらうなだれた。


「……カイト、元気出せ。よくわからないが成功したのはいいことじゃないか」


 いつの間にか僕のとなりに居たラークくん。

 そのラークくんがポンと肩に手をおいて慰めてくれる。ほんと、優しいなぁ。


「それにしても、ラークと勝負してたら髪が邪魔かなぁって思っちゃうなぁ。短くしちゃおうかなぁ?」


 長くて青い髪を弄りながら姉ちゃんが言う。


「いいと思うよーっ! ソーラちゃんかわいいから絶対ショート似合うよー」


 と、アンシェちゃんが身を乗り出す。女の子同士ってショートにしようかなって言ったらすごい背中を押すパターンが多いような気がする。


「ふんふん、カイトはどう思う?」


 そう思っているところに姉ちゃんが僕に振ってくる。女の子の髪はデリケートな問題なだけに僕はちょっとだけドキッとするけど冷静に答える。


「僕は、ちょっと勿体ないかなって思うかな。せっかく法力解放したときに変身してかっこいいし、ちょっと母さんみたいだった」

「なるほどね、確かにそれもあるわね」


 僕が二つ思ううちのひとつだけ話すと姉ちゃんが満足そうに頷く。

 ……もうひとつは、姉ちゃんってばそこらへんの男の子よりもヤンチャだから、短くすると男の子に間違われそうだからね。近所の男の子にきっとソーラ“くん”ってからかわれて、怒った姉ちゃん全員伸しちゃうんだ。

 だから被害者を出さないためなんだけど、これを言うと僕が真っ先に……ね?


「カイトくんと意見が分かれて一対一だねー。ラークはどう思うー?」

「おっ、俺かっ?」


 アンシェちゃんに話を振られて急に慌て出すラークくん。顔が赤くなったような?


「おっ、俺は……。えっと、ソーラの長い髪はいいかな……。あっ、ほらっ。カイトも言ってた通りせっかく変身するんだしなっ!」


 いつも歯切れよく話すラークがすごくヤワヤワな話し方になる。

 どうしたんだろうね?


「二対一だね。じゃあ残そっか。うーん、なんかないかなぁ?」

「……よかった。ソーラの髪は美しいのに、切ってはもったいないしな」


 姉ちゃんがうーんと頭を捻ってるところ、ボソッと言うラークくん。


「えっ? ラークなんか言った?」

「あっ、いやっ! 俺は何も言っていないっ! あっ」


 ラークくんが姉ちゃんの頭の上を指差す。

 僕の頭くらいある大きくて丸い毛玉がひとつ木の枝に引っ掛かる。


「わっ、かわいーっ! カイトくんあれスイドウタンポポの種ー?」

「ううん、あれはケサパサランの種。スイドウタンポポのは種が下についてるけど、あれは綿の中なの」

「へー、取れないかなー?」


 手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねるアンシェちゃん。

 なんか和むなぁ。

 それにしても、村のど真ん中でこんな木に引っ掛かるような低い位置で見ることなんてあんまりないんだけどなぁ。

 なんか変だと思いながらも見上げていると。


「わぁぁ、待ってくれぇぇっ!」


 ケサパサランの綿毛がたくさん声のするほうから飛んできた。

 その後ろからは息を切らせながら走ってくる村のお兄さん。手には大きい藁の袋を持っている。


「大変だ、あのお兄さんのだっ!」


 お兄さんを指さして言ってみたもののそのまま佇む僕。

 どうしよう。低い位置を飛んでるって言っても、背の届く位置じゃないし。虫取網でもあれば取れると思うけど……

 頭を捻ってると、ラークくんとアンシェちゃんがアイコンタクトをとる。


「アンシェ、やるぞ」

「そうねー、ソーラちゃんにラークのいいとこ見せないとねー」

「へっ? 見せて見せて?」


 驚いた顔でアンシェちゃんの顔を見るラークくん。よくわからないけど見せてくれるなら何でも見せてって感じの姉ちゃん。


「なっ! ソーラは関係ないだろっ!」

「はいはいー。じゃあ、闇五、風十五ねー。始めるよー」


 アンシェちゃんに軽くあしらわれて不満げだけど黙って従うラークくん。

 二人が向かい合って両手の平を上に向ける。


「「闇五、風十五」」


 二人の声が完全に合わさりながら二人とも黒と緑の(たね)を出して混ぜる。二人でそのまま両手を重ねてさらに珠を混ぜると、さらに珠が倍に膨れる。


「「吹くよ、吹くよ、荒ぶ風。闇の口へ飛び込み帰れ」」


 二人は全くずれずに合わさる声は、まるで歌うように詠唱(しかけ)る。

 二人は詠唱(しかけ)終わると肩並べて腕をつき出す。腕の先には握りこぶしくらいの球の穴が開いて、あたり一体の空気が二人の方に抜けていく。

 ふわふわと、ケサパサランの種が集まってくる。


「カイトくんーっ! 今のうちに種を捕まえてー」

「ハっ! うんっ!」


 アンシェちゃんの声で我に返る僕。

 いけないっ! 僕見とれちゃってたっ!

 恥ずかしいなあと思いながら二人の前まで降りてきた種のを抱える。

 すごいっ、いっぱい降りてきた。でも、これ抱えきれない。袋があれば……

 あれ? 姉ちゃんは?


 そう思いながらふと袋を持ってたお兄さんのほう見ると、姉ちゃんがお兄さんから引ったくるように袋をぶんどるとあっという間に戻ってきた。


「さぁ、パンパンに詰めるわよカイト」

「うんっ」


 一旦抱えた種を全部袋にいれると、僕と姉ちゃんは次から次に降りてくる種を数えながら必死に詰めた。


 ◇◆◇


「いやぁ、助かったよ君たち。ありがとね、ほんと」


 走ってきた時の悲壮感とはうって変わってスッゴい笑顔のお兄さん。


「どういたしましてー、でも全部はよせれなかったけどー……」


 アンシェちゃんが空を見上げる。見上げた方にはケサパサランの種がいくつか村の外にゆっくり飛んでいっていた。


「いいよ、九割は取り戻せたし。あのままだと全部ダメだったし、親方にこっぴどく絞られるところだったよ。ほんとね」

「でもー、空いっぱいにあったように見えたのにその袋に全部入ってるのねー」

「そよ風でも飛ぶようにふわふわになってるだけだからね。束ねたらかさばらないんだ。ほんとね」

「かわいいのにスゴいねー」


 アンシェちゃんが感心したように言うと、みんなも確かにと頷いた。

 藁の袋は僕の体がすっぽり入るくらい大きいけど、ケサパサランの種も僕の頭くらいある。

 僕が入れながら十まで数えるのを姉ちゃんが十一回数えたって言ったから、えっと……

 いっぱいあるよねっ!


「あっ、お礼にみんなにひとつずつあげるよ。助かったし。ほんとね」

「わー、ありがとうっ! フワフワっ、かわいいーっ!」


 一つずつ配ってくれるお兄さん。ぎゅうぎゅうに詰めたのに袋から取り出すとまたフワフワになるケサパサランの種。

 みんなお礼をいいながら受けとる。


「ありがとうございます。あっ、あのっ、でもいいの? 僕たちにあげたりしたらお兄さん親方さんに怒られない?」

「ん? あはは、いいんだよ。むしろお礼しない方が「バカ野郎っ! 身体中にケサパサランまみれにして村の外まで飛ばしてやろうかっ!」って起こられるからね。あはは、これほんとだから」

「へー、空も飛べるんだー。やってみたいなー」


 目をキラキラさせてお兄さんの話に食い付くアンシェちゃん。


「あはは、降りれなくなるから止めときなね。ほんと」

「それは困るぅー」

「困るでしょ? じゃ、もう行くね。ほんとありがとね」


 お兄さんはご機嫌にたまに振り返りながら手を振って走っていった。

 前向いて走らないと危ないよ?


「これかわいいねー」

「でも、せっかくもらったのにすぐに飛んでいってしまいそうだ」


 アンシェちゃんが嬉しそうにケサパサランを抱き締めると、ラークくんは少し心配そうにケサパサランの綿毛の端の方を持って浮き上がるのを確かめる。

 ちょっと油断したら飛んで行っちゃうもんね。えっと、なんかいいのないかなっと思ったところで木のところにいいものを見つけた。


「あっ、姉ちゃん。あれ」

「ああ、あれね。任せなさい」


 姉ちゃんが僕にケサパサランを預けると、木の方に向かう。

 木の枝を見上げて気合いをいれると、枝から垂れる蔓を持つ。


「せーのっ」


 思いっきり木の幹に足を踏ん張りながら引っ張って蔓を引きちぎると、僕の方に持ってきた。


「はい、カイト。これでいいんでしょ?」

「うん、さすが姉ちゃん。じゃ、僕の番だね」


 フフンと得意気に笑う姉ちゃんとお互い手に持つものを交換する。

 僕だとぶら下がっても千切れないのにさすがだなぁ。


「カイト、何をするんだ?」


 ラークくんが尋ねるのを笑顔だけで返す。

 まぁ見ててってね。

 僕は姉ちゃんが引きちぎった切り口から蔓の皮を剥ぐと、それを紐にして綿の中にあるケサパサランの種にくくりつける。

 僕は紐だけもってケサパサランを空に離した。


「「あっ」」


 二人がびっくりしたような声を出すけど大丈夫。紐が繋がってるから、また手繰り寄せてケサパサランを掴む。


「あーっ! いいー、それいいー。私もやってー」

「うわっすごいな、カイトなかなかやるな。俺のもしてくれないか?」


 すごく興奮する二人。僕は姉ちゃんと顔を見合わせてふふっと笑う。

 大成功だねっ。

 僕たちのケサパサランの種はプカプカと空に並べて浮かんだ。

 ――― おまけ ―――


「……っていう感じで、ただ勝負をするんじゃなくて役作りをする事でよりリアルになると思うの」


 姉ちゃんが今回のヒーローごっこのあらましを説明をする。いつの間にか考えてきたのかそれとも即興なのか全員の役名とセリフもちゃんと作ってあるみたい。


「私がカイトくんをさらっちゃうのかー。ふふ、楽しそうー。ラークもそう思うでしょー?」


 姉ちゃんの話にノリノリのアンシェちゃん。僕と姉ちゃん方に無邪気に笑顔を向けると、そのままラークくんの方を見る。

 でも、ラークくんはそれとは逆に目を瞑って首をかしげて小さく呻く。


「ソーラ。やはり、俺が悪役というのは納得がいかないんだが……」


 ラークくんが目を開いて姉ちゃんに抗議する。

 なるほど、確かにラークくんって真面目で絶対悪いことなんてしなさそうだもんね。

 そう考えたらラークくんのイメージにあわないかもって思っているとラークくんが続けた。


「それに、悪役ってのはカッコ悪いだろう? カイトもそう思うだろう?」


 真面目な顔で訴えかけるラークくん。

 あっ、そこなんだ?

 僕なんか拐われちゃうんだけどなって思っている間に姉ちゃんが代わりに答える。


「大丈夫。ラークの役は最後に正義の味方の仲間になるタイプの悪役だからっ」


 ほら、かっこいいでしょと言わんばかりに胸を張る姉ちゃん。

 ……うーん、最後って言ってもねぇ。次あるのかな?

 そう思っているとラークくんから感嘆の声が上がった。


「すごい。それはかなりかっこいいなっ! わかった。やろうっ!」


 途端にウキウキしだすラークくん。

 ラークくんが納得したところで僕たちの役作りが始まった。


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