「いい天気ねぇ」
うー、姉ちゃんがずっと狙ってる気がしてね。僕、鼻押さえながらご飯食べてたから味がわかんなかったよ。
まぁ、あんまり気にしても仕方がないか。あれから特に何かしてきそうな事もないしね。
そう思っていると、時桂樹のほんのり甘くてホッとする香りが鼻をくすぐってきた。もうお昼の香りのピークは過ぎてるけどまだまだよく香る。
そんなわけで、僕は姉ちゃんと村の六角広場に来たんだ。六角形になってるから六角広場なんだって。道が集まるところに広場を五角形に作ろうとしたら、なんか知らないけど出来上がったら六角形になっちゃったらしいよ。
案外テキトーなんだね。
よくここは月の末に商隊が来たときとか、祭りがあったらお店がいっぱいの人がいっぱいになる。
ま、それはいいとして。アンシェちゃん達いるかな?
時桂樹は村のあちこちにぽつぽつ生えてるけど、六角広場には一本だから大丈夫だと思うけど。
「あっ、アンシェちゃんとラーク居たよ。ヤッホーっ!」
「ほんとだ。って、待ってぇ」
見つけるのと呼ぶのと走るのが一体になった姉ちゃんの動きに追い付けない僕。
息を切らせて僕が着いたときにはとっくに和んでる姉ちゃん達。
「あらら、ソーラちゃんに着いていこうと思ったら大変ねー」
「はぁはぁ、やあ、あんしぇ、ちゃん、らーく、くん」
「やあ、カイト。いきなり一仕事だな。母上が作ってくれたレモネードを飲んで落ち着くといい」
「あ、ありがと」
ラークくんが持ってた袋の中から水筒を出すとコップに注いで渡してくれた。
優しいなぁラークくん。
レモネードってでも不思議。レモンの風味なのに甘いんだからなぁ。僕には美味しいってことしかわからないよ。
そう思いながら僕はコクコク喉をならす。
「よしソーラ、俺と勝負だっ」
「……っ! ゲホッゲホッ」
いざ尋常にと言わんばかりに凛々しい目を姉ちゃんに向けるラークくん。それを見て吹き出すのはギリギリ我慢できたんけどむせてしまう僕。
今のは危なかったっ! だってアンシェちゃんのやった物真似とあまりにそっくりそのままだったんだから。
すごいなぁ、それにしても言葉までアンシェちゃんの真似た通りだね。
「む? どうした、カイト?」
「いやね、アン――わぷっ」
「あー、あー、あー。カイトくんったらー、母上のレモネードがあんまりにも美味しかったからー。ダメよー、ゆっくり飲まなきゃー」
慌ててアンシェちゃんがハンカチを出すと僕の口を拭くふりをしながら押さえる。
「ぷはっ。え? いやっ――、んーっ!」
「シーっ! ナイショーっ! ラークへそまげちゃうからー」
抗議しようとする僕の口を無理やり閉じて小声で耳打ちするアンシェちゃん。
なるほど、確かにラークくんものすごく嫌がりそうだね。
「なにをこそこそしてるんだ?」
「何もないよー。ね、カイトくんー」
「う、うん」
ラークくんすごく怪しんでこっちを見るのを笑ってごまかす僕とアンシェちゃん。
「まぁいいか……、では気を取り直して」
「まった! 今回はちょっと趣向を凝らしましょ?」
「趣向?」
姉ちゃんの提案に首を捻ながらこっちを見るラークくん。
これに関しては僕も首を捻って返すことしか出来なかった。
何をするつもりなんだろう?
◇◆◇
場所を移して村の中にある短い草が生えてる、あまり手のつけられてない空き地。
そこを僕と姉ちゃんが歩く。
「いい天気ねぇ」
「そうだね、姉ちゃん」
ナンダコレ? って思いながらも答える僕。
「おほほほ、こんなところに居たのねー。探したわよソーラーハニー」
そこに現れる二人組。ソーラーハニーは今の姉ちゃんの名前。
「あ、あんた達は」
「おほほほ。私はー、悪の女幹部アンシェリオン」
「えっと、オレはヤミの剣士ダークラーク……だ?」
ノリノリのアンシェちゃんと戸惑いながら棒読みのラークくん。
ラークくんが台詞を言い終えると僕の腕を引いて僕をさらう。っていう体。
ちなみに僕の役の名前はカイトギュロス・レ・マルマルシェ。姉ちゃんが付けたんだ、長いけどなかなかカッコいいでしょ?
カイトだと探せばいそうだけど、これはきっと僕だけの名前。うーん、キラキラしててカッコイイ気がするなぁ。
「ハハハ、オマエのカイト……。えっと、弟ハ預かっタ」
もう、ラークくんったらド忘れだね。僕は、カイトギュロス・レ・マルマルシェ。だよ?
ま、アンシェちゃんならちゃんと言ってくれるよね。
「おほほほ、油断したわねソーラーハニー。カイ――進撃もここまでのようねー」
あれっ? 今、別の言葉に置き換えられたことない?
むむむ、アンシェちゃんも覚えてなかったんだね。せっかくかっこいい名前なのにっ!
でも大丈夫。次は名付け親の姉ちゃんのセリフの番だから。さぁ、僕はカイトギュロス・レ・マルマルシェだって事を二人に教えてあげてよねっ!
「カイト……、えっと。カ、カイトンが捕まったっ! このおっ、悪い奴らめっ!」
カイトンっ!
ちょっとちょっと、姉ちゃん名付け親でしょっ! 忘れたあげく適当な名前つけちゃったっ!
「おほほほ、カイトンが奪われて悔しいねー? ソーラーハニー」
「カイトンを離しなさいっ」
ええっ! まさかのカイトンで固定しちゃったっ!
呼べない名前って悲しいね……。
まあ、カイトンでいっかぁ。次はラークくんの台詞だよって思って、顔をラークくんに向けようとしたところで、アンシェちゃんが僕の顎をもってアンシェちゃんの方に向かされる。続けてアンシェちゃんの白い人差し指が僕の喉元からツツーッと顎の先まで走ると、そのまま僕の顎をあげさせられる。
そして、アンシェちゃんが口を開く。
えっ? アドリブっ?
「ふふ、かわいい子。アジトに持って帰ったら、たっぷり可愛がってあげる。全身に吸盤をくっつけたり剥がしたりしてねー」
イヤッ、それイヤすぎっ!
さすが悪の幹部、なんてすごく嫌な事を思い付くんだっ。
それにしても、アドリブまで出来ちゃうなんて、アンシェちゃんったらなんてはまり役なんだ。
ラークくんなんか固まって台詞言えなくなってしまってるし。
「助けてっ、ソーラーハニー。僕、吸盤まみれにされちゃうっ」
台詞にないけどラークくん固まってるし僕もアドリブをいれてつないでみる。
すると姉ちゃんが握り拳を作ってワナワナとふるえている。すごい、迫真の演技だっ!
「なんて楽しそ――、なんて面白そ――。なんて酷いことをっ! カイトンにそんなことをしていいのは、この正義の使者ソーラーハニーだけよっ! さあ、カイトンを返しなさいっ」
ソーラーハニーもダーメ。
自分で酷いと言ったことを正義の使者がやっちゃいけないよ。でも流れが戻ってきたね。
ラークくんもやっと動きをみせる。
「カイトンをカエシテホシカッタラ、オレとショウブだソーラーハニー」
ラークくんが竹刀を握って片手で一振りして剣先を姉ちゃんに向ける。
台詞は固いけど動きは流石の迫力だ。
「……そう。あたしを怒らせたようね」
そう言うと姉ちゃんは竹刀を抜……。
あれ? 抜かずに目を閉じた?
どうしたのかなって思っていると、お腹の辺りで両手で印を組んでるのが見えた。
「姉ちゃんっ! まさかっ――」
僕が叫んだところで、姉ちゃんが目を開いて呟く。
「――法力解放」
姉ちゃんから渦を巻いて漏れた法力が領域を区切って法域を編み出す。
区切ったあとからは姉ちゃんの足元が薄く煙りが放出されて法域を法力で満たす。同時に姉ちゃんの毛の青と白が反転していた。
法域はすぐに小さく高い音をキンと鳴らすと法力が満たされたことを知らせた。
足元から螺旋に立ち上がる白い法力が白くなった髪と色の反転した尻尾をゆったり持ち上げてうねる。
「ね、姉ちゃん?」
僕は静かに驚いた。
姉ちゃんが法力解放出来たことじゃない、ただ目の前にいる人に。
その人を僕は、美しいと思った。
その人を僕は、儚げだと感じた。
その人に僕は、きっと捕らわれた。
「カイト、いらっしゃい」
その人は姉ちゃんの顔、姉ちゃんの唇、そして姉ちゃんの声で僅かに微笑みながら僕を呼び掛ける。
……本当に姉ちゃん?
僕はそんなことを思うと近寄りがたく感じた。
けれど僕の足は吸い込まれるようにその人の元へ一歩二歩と近づく。
そして完全にその人の腕の届く所まで行くと、僕の髪を優しく撫でる。
「あ……、え。姉ちゃん? ですか……?」
僕の問いかけにその人はたおやかに微笑んで返すと、僕の髪を撫でる手をおろし。
「どうしたの? 狐につままれた顔しちゃって?」
「いだだだだだっ!」
僕は鼻を思いっきりつままれた。
んがーっ、やっぱり姉ちゃんだった!
すっごくドキドキしたのにっ! なんか台無しだよ、もうっ。
「あははは、驚いた?」
「驚いたよっ。法力解放もだけど、変身しちゃってっびっくりしたよ」
「カイトったら、姉ちゃんですか? っていっちゃてたもんね。鼻つまむ前に吹き出しそうになっちゃったんだから。作戦失敗するところだったじゃない」
あっ、鼻ってこのことっ?
「でもどお? 白いあたしもなかなかいいんじゃない?」
「うんっ、すっごくかっこいいよっ! あ、でも尻尾は増えないんだね?」
「法力増えたら尻尾も増えるってお母さん言ってたよ」
「へぇー。あっ!」
大興奮のままに姉ちゃんと話す僕。
ふと二人の事を思い出して振り返ると、二人とも唖然としたままだった。
僕の視線を追いかけた姉ちゃんがラークくんの方を見ながら、眉に力をいれる。
「さあ、ラーク」
「あ――」
唖然としてたラークくんが名前を呼ばれて生返事をしたところで、姉ちゃんが軽く僕の肩を押し退けて一歩歩く。
「覚悟はでき――」
姉ちゃんが話しかけたところで法域に一瞬ヒビが見えると、短くピキンと高い音をだしながら割れてなくなる。
……姉ちゃんの毛の色がもとに戻っちゃった。
「あっちゃ。やっぱ動くとダメだ。へへへ、法力切れちゃった。ラーク、ちょっとタンマね」
腰を抜かして照れ笑いする姉ちゃん。
「ぷっ、あははは。なんなんだそれは」
大口を開けて笑いだしたラークくん。
ちょっとクールなラークくんの様子に一瞬呆気にとられたけど、それで緊張が一気にほぐれた。
そしたら妙におかしくなって、僕がつられて笑いだすとみんなも笑いだしてここは一旦休憩になった。
◇◆◇
少しして法力が戻った姉ちゃんは、ラークくんと勝負をはじめだした。
相変わらず姉ちゃんがものすごいスピードでかき回して、ラークが華麗にさばいている。
さながら闘牛士って感じ。
じゃあ姉ちゃんは猛牛さんなのか?
ふふ、コメントは控えさせていただきますですねっ。
「ねぇ、カイトくんー。あのものすごいおっきいキノコってなにー?」
僕が一人失礼なことを思いながらほくそ笑んでいたところに、アンシェちゃんが大きな木の下に二つ生えてるキノコを指差して尋ねる。
「コシカケシイタケとベンチテングダケだよ? 知らない?」
「うんー、知らないー。なんかおっきくてー、ちょっと怖いかなー」
村だとよく生えてるから、みんな知ってると思ってたよ。
生えない村もあるのかな?
「全然怖くないよ? あれね、座れるんだ」
僕は手を横に振りながら二つのキノコの方へ向かう。アンシェちゃんの言う通り大きいキノコで、二つとも僕の腰ほどまである。
僕は傘の平べったい方のベンチテングダケに座って見せる。
「ほらねっ」
「えっ、傘の端の方でも大丈夫なのー」
「びくともしないよ? 畑仕事してる大人の人だって休憩に座ってるんだから。五、六人くらいでよく話しながらお弁当広げてるよ」
すっごく頑丈だよってのを座りながら足を揺らしたりしてアピールする。もちろんびくともしない。
ベンチテングダケは、円形になっててみんなでぐるりと座れるようになってるから、これくらいで揺れてもらったら困るしね。
「すごいっ! いいねーっ。私も座ろー」
「あ、アンシェちゃんはそっちのコシカケシイタケをどうぞ」
「え? どうしてー?」
「ベンチテングダケは傘がカチカチなんだけど、コシカケシイタケはちょっとふわふわで座り心地がいいんだ。レディーファーストニャーだよ」
前にパルさんから聞いたことある言葉を使ってみる。
コシカケシイタケはベンチテングダケよりかは小さいけど、それでも二、三人は座れるけどね。向き合った方が話しやすいかな。
「うふふ、ありがとうカイトくん。わっ、ほんとだ。ふわってしてるねー。不思議ー、あははは」
コシカケシイタケに座って足をバタバタするアンシェちゃん。
一頻り嬉しそうにはしゃいだあと少し上を向く。
「レディーファーストニャーかぁ。……あれ? 多分それニャーはいらないよー?」
「えっ! そうなの?」
「うんー、よくラークも「アンシェ、先にどうぞだ。レディーファーストだからな」って言ってる」
ラークくんそっくりの物真似をしながら言うアンシェちゃん。
「そっか、ニャーいらないんだね。それにしてもラークくん優しいんだね、さっきもレモネードくれたし。」
「ラーク優しいよー。私が言うのもなんだけど剣の修行してるときは結構かっこいいかなー。可愛いげがないのが欠点かなー」
嬉しそうにラークくんのことを話すアンシェちゃん。
クールで真面目でかっこよくてその上優しい。ぐぬぬ、なんかズルい。
「あっ、かっこいいと言えばさっきのソーラちゃん凄かったねー。同じ女の子なのに胸がドキドキってしちゃったー。あれが東法術なのー?」
コシカケシイタケから身を乗り出すアンシェちゃん。すごい興味がありそう。
「うん、法力解放って言って西魔術だと珠を出すとこって感じ」
「へー、すごいなー。髪とか尻尾の色変わっちゃうんだもん。びっくりしちゃった」
「母さんなんかね、尻尾が五本に増えるんだよ」
「えっ? すごいっ! 本当に増えてるの?」
「いや、見た目だけみたいで増えた部分触ろうとしたらすり抜けたよ。でも本当にあるみたいに見えるよ。さっきの姉ちゃんみたいに法力の風でなびくんだ」
アンシェちゃんの食い付きのよさに得意になって話す僕。
家族がすごいって言われたらやっぱ嬉しいもんね。
「そうなんだー、かっこいいなぁ。カイトくんはどうなるの?」
「うっ……。僕はまだできないからわからない……」
くやしいけど、姉ちゃんに先越されちゃったからなぁ。
でも、法力解放したら僕どうなるんだろ。姉ちゃんみたいに髪の毛の色変わっちゃったりするのかな。
金髪になって髪の毛逆立っちゃったりして。しかも目の色も緑の目になっちゃったりして「クリなんとかのことかーっ!」って言っちゃ――
あれ? なんか知らないけど、これってなっちゃったら不味い気がするな。
しかも、クリなんとかって……
多分クリキントンだね。オッケー、オッケー、セーフだよねっ。
僕は一人で勝手に慌ててたところでなんとかオチつけるのだった。




