「えっと、あの。違うの。……すごく元気です」
「あっ、カイトくんー。西魔術のお勉強終わりー? あっ、リックさんこんにちはー」
「オッス、アンシェ」
表の門から出て帰ろうとするときに、アンシェちゃんが母家の方から父さんに挨拶しながら出てくる。
来たときはヴォルクス様に抱えられて直接道場に行っちゃったけど、帰る時は表からでないとね。あと肩車ももうおしまい。靴を履かなきゃだしね。
「やっほ、アンシェちゃん。僕が来てたの知ってたんだね?」
「知ってるよー、道場の方からコーンって音が響いてたしー。母上がカイトくん来てるけど邪魔しちゃダメよぉって言ってたんだー」
確かに西魔術の氷の槍、結構すごい音してたもん。普通何事かと思うよね。
「ドライ先生のだね? ドライ先生かっこよかったんだよっ。ナントカ・カントカーって言ってなんかすごいの」
「ぷっ。なんだよナントカカントカーって」
手で槍を投げる真似とかで表現してみると、父さんが吹き出す笑う。
僕、ちょっとムッとしちゃった。
「仕方ないでしょっ! 表現が難しいのっ! 上級者向けだからよくわからなかったのっ! でもスゴいのっ! おっきい槍なのっ!」
「悪ぃ、悪ぃ。怒んなってカイト。へへっ。……槍だとレイト・ジャベリンか? ……でも、カイトの手の角度とあってないなぁ?」
地団太踏んで抗議する僕の頭をグリグリ撫でながら謝ると、父さんがなんか一人で考え出した。
「ドライ先生? カイトくん、ドライさんに教わるんだー?」
「うん、初めはヴォルクス様にって思ったけど。……ちょっと僕にはね」
「あはは、私もラークもひいお祖父様が何言ってるか全然わかんないよー」
口に手を当てて笑うアンシェちゃん。僕と一緒だね。よかったみんななんだ。
……あれ?
「えっ? ラークくんはちゃんと分かってるってヴォルクス様もドライ先生も言ってたよ?」
「あー、ラークは取り合えず話聞くのをやめて動きだけを見て覚えてるんだって。後で必死に思い出して考えてるみたいー」
「スゴい、えらいなぁ」
「真面目過ぎるだけかもー。それに、“剣はいいけど西魔術は……”って悩んでたー」
「……大変だねぇ」
うーん。ラークくんは後継者って言われてるだけあって、ヴォルクス様の話もよく聞かなきゃって感じなのかな。
「カイトくん今日お昼の予定はー?」
「えっと、帰ってご飯食べるよ」
「そのあとはー?」
「うーん、西魔術の復習をしようと思ったところで姉ちゃんに邪魔されてって予定……かなっ!」
きっと珠出したりしてるところに後ろから脇腹をつっつかれたり。あたしつまんないっ! とか言って外に引っ張り出されるパターン。
簡単に予測はできるけど、時にどうしようもないときがあるんだと思う。
僕は五歳になって悟ったんだ。
「あはは、すごいっ想像できるっ! じゃあ空いてるのかな? お昼から遊ぼうよー、ソーラちゃんも一緒にー」
「いいよ、ラークくんも一緒だよね?」
「うん、一緒だよー。たぶん会ってすぐにソーラちゃんに「よしソーラ、俺と勝負だっ」とか言っちゃうと思うけどー」
「あはは、すごい似てるっ。竹刀持って行くように言っとくね」
さすがに双子だね。真面目でりりしい目付きまで完全コピーだよ。すごいなぁ、これって逆にラークくんもアンシェちゃんの物真似できるのかな?
……ダメだ。想像するのは止めとこう。
「待ち合わせどうする? ここまで僕たちが来ようか?」
「あっ、ううん。私ね、ちょっとこの村の事覚えたんだよっ! 六角広場どおー?」
「オッケー、でもあそこ結構広いから、六角広場の時桂樹でいいかな?」
「えっと、時桂樹ってどんなのー?」
首をかしげて聞いてくる聞いてくるアンシェちゃん。そういえばスイドウタンポポの時もちょっと考えてたよね。
うーん、どこにでもあるもんだと思ってたけど、アンシェちゃんの村には無いのかな?
「えっとね、見た目は普通の木なんだけど、ちょうど昼過ぎだと木の香りが強くなるんだけどね。匂いを追っていったら分かりやすいかも」
「どんな香りー?」
「えっと、爽やかな感じでちょっと甘い匂いで。でも花とか果物じゃなくて……」
僕は身ぶり手ぶり一生懸命説明してみるけど、とんと僕の説明が通じてないようで首をかしげたままのアンシェちゃん。
まいったな、これは難しいっ! 匂いの説明ってどうすれば……。
「ん。アンシェ、アインさんから匂い袋もらってないか?」
僕が頭を体ごと捻って考えてると父さんがアンシェちゃんに聞く。匂い袋?
アンシェちゃんがポケットからキレイな花の刺繍の入った袋を取り出す。
「これかなー? いつも持ち歩いてるの。リックさんよく知ってるねー」
「まぁな。青狼族の慣習でな、親が自分の娘に持たせるもんなんだ。その中に入ってるのが時桂樹の皮だ。それと同じ匂いをする木が時桂樹なんだ」
「へー、そうだったんだー。お守りだって持たされただけだったから、いい匂いがするしかわいい袋だなーって……。あっ、だからこの村に来て何となく懐かしい気持ちになったのかな? 私の住んでるところと全然違う世界なのに、同じ匂いがするから……」
そう言って袋を鼻にあてて大きく息を吸い込むアンシェちゃん。その後にとびっきりの笑顔が溢れた。
嬉しそうだなぁアンシェちゃん。アンシェちゃんの住んでるところはこの村と全然違うのかぁ。
あれ?
「父さん、娘に持たせるんだよね? 姉ちゃん持ってるの見たことないよ? あげてないの?」
「あげたんだがよ。あいつ持ち歩かねぇんだよ。自分のハンカチすら持たねぇし……」
確かに、何度僕が姉ちゃんのハンカチ代わりにされたか……
「ま、ソーラなら変な男は自分でぶっとばすだろうし。カイトにべったりだから、カイトがお守り代わりみたいになってるな」
ふふ、兼ハンカチ……、かな? でも僕守られてる方みたいなんだけどねぇ?
僕が首を捻ってると、父さんの手がぽんと僕の頭の上に乗る。
「腹減ったし帰ろうぜ」
「うんっ、僕もお腹ペッコペコかも。じゃあ、アンシェちゃんまたお昼ね」
「うんー、またお昼ねー」
アンシェちゃんに手を振って別れる。
なんか長い朝だったなぁ……。でも、これでかっこいい男に近づいたはずだよねっ。
帰り道にそう思っていたらお腹の虫がそうだと返事した。
……うーん、しまらないなぁ。
まあいっかっ。ご飯何かなっ!
◇◆◇
「ただいまーっ! うわぁっ」
「お帰りっ! カイトっ。あははは」
父さんと一緒に家に入るなり姉ちゃんがいきなり抱きついてくる。しかもかなりご機嫌で、満開のお日さま笑顔。尻尾が左右に揺れる。
きっといいことあったんだね?
でも僕だって。
「姉ちゃん、僕ね。ちゃんと一人でヴォルクス様のとこまでいけたんだよっ」
「あははは、見たから知ってる」
「えっ? 知ってる? 見たから?」
「あっ――」
姉ちゃんの顔が満開お日さまから固まる。
えっと? どういうこと?
「見たから知ってるじゃなくて。顔見たから知ってるっ! ……じゃなくて、顔見たらわかるっ。なんだよっ」
必死に訂正する姉ちゃん。
ふむふむ、ちょっとした言い間違いかな。一瞬ずっとついてきてて見てたのかと思っちゃった。あー、ビックリした。
「あ、あたしくらいになるとねっ。カイトの顔見たらすぐわかっちゃうんだから」
「へー、さすが姉ちゃんだね」
「そうよっ、レベル百カイトのお姉さんなんだからあったり前でしょっ」
胸を張って威張る姉ちゃん。レベル百はすごいなぁ。でもどこでわかるんだろ?
まぁいっかなって思ってると、母さんも奥から出てくる。
「お帰りなさいリック、カイト。カイト、ちゃんとお昼ご飯前に帰ってきて偉いわぁ」
「えっ? ――うわぁっ、お父さんいつの間にっ!」
「ソーラ……、俺はちゃんと最初からいましたよ……」
しょんぼりする父さん。飛び退くほど驚いたからか、ちょっと気まずそうにする姉ちゃん。
わ、話題を変えなきゃっ。
「姉ちゃん、あのね――」
「あっカイトっ、聞いて――」
僕のあとに半拍遅れてしゃべる姉ちゃん。
こう言うときは先に姉ちゃんからしゃべってもらうのが僕のセオリー。
これは生活の知恵。
「さっ、姉ちゃんどうぞ」
「あっ、カイトが先にどうぞ」
「ええっ?」
姉ちゃんが? 僕に譲る……?
これは……、新しい種類の風邪……?
僕は慌てて姉ちゃんと自分のおでこに手を当てる。
……。
これはっ、まずいっ!
平熱だっ!
「……お医者さん、あたし熱あった?」
「えっと、あの。違うの。……すごく元気です」
「……カイト。……吊るす」
デスよねー。さすがに僕が悪かった。覚悟はできてるよ。
僕は黙ってあきらめたような笑顔で両手首を差し出した。
「嘘よっ! 本気で諦めた顔しないでっ」
「えっ、許してくれるの?」
「今日はとびっきり気分がいいんだからね。あははは」
姉ちゃんが僕が差し出した両手を握るとブンブン振る。尻尾もブンブン。
すごい、今日はよっぽどなんだ。そんなにだと逆に先に言ってほしくなるくらいだよね。
「じゃあ僕からね。あのね、アンシェちゃんがお昼に一緒に遊ぼうって」
「ふんふん、オッケー」
「あとね、アンシェちゃんがラークくんもいくからって。多分勝負だって言い出すから竹刀持ってって言ってたよ」
「面白いわねっ、受けてたとうじゃないっ」
気合いの入った顔で笑うと、握りこぶしをパシッと手に当てる姉ちゃん。
頼もしいなぁ。さて、気になる姉ちゃんの話だね。
「僕のはこれで全部。さっ、姉ちゃんどうぞ」
「ふむ……、うーん」
僕が手を姉ちゃんに向けて話してって合図すると、腕をくんでちょっと目線を上にあげて何かを考えると。
「言うのやーめたっと」
意地悪そうな笑顔で言い出す姉ちゃん。
えーっ! ここに来てそりゃないよっ。
「ちょっと気になるでしょ、姉ちゃん言ってよ。さっきの様子だとかなりなんでしょ? かなりいいことなんでしょ?」
姉ちゃんの服の袖を引っ張ってお願いするけど、ツーンってそっぽ向く姉ちゃん。
「ソーラったら、意地悪しないで言ってあげたら?」
母さんが姉ちゃんを諌める。
そうだよ。言ってあげたら? だよ。
まぁ、母さんに言われたらさすがに話してくれるだろうね。
「お母さん、あのね? 耳貸して」
「うん?」
母さんとボソボソとナイショ話をする姉ちゃん。
すると、母さんがなるほど納得って顔をしてうんうん頷く。
「……ソーラ、その場合はこっちのほうが」
今度は姉ちゃんにナイショ話する母さん。
何てことだ、母さんがあっちサイドに堕ちた……
味方は父さんだけなのか? そう思って父さんを見ると、ふんふんってまるで聞いてるかのように頷く。じーっと見てると、父さん僕に気がついたみたい。
でも、突然そっぽ向いて口を尖らせて口笛を吹き出す。吹き出てるのは今の季節の木枯らしより切ないただの空気。なにも鳴っていない。
こういう鳴らない口笛を吹いてる時は聞いてないフリしてるとき。逆に言うと内緒話もちゃんと聞こえてるんじゃない?
……あやしい。
そのままじーっと見てると、変な汗もかいちゃってるし。
「父さん、汗すごい出てるよ?」
「いや、パーブル村ってすげぇ遠いからよ。そっから走ってきたらさすがの俺もだな?」
そういや、父さん朝から大仕事だったよ。じゃあしょうがないかも。
時間差ってやつだね。うっかりしてたよ。
そうこうしてる間にナイショ話が終わったみたいで、姉ちゃんと母さんが見合わせてにこーってする。
「これであたしもカイトの鼻を……、だねっ!」
「ふふ、そうね」
ぼ、僕の鼻に何をするつもりなんだっ!
横目でちらっと僕の鼻を見て笑う姉ちゃんと母さん。
僕はとっさに両手で鼻を隠した。
--- 図鑑 ---
《時桂樹》
植物。
獣人の森ではよく見られる木で葉が良く茂り、日差しのきつい季節はよく木陰で涼しむ光景がみられる。
時桂樹と呼ばれる由来は1日に5回、日の出すぐと日の入り前までのきまった時間に香りが強くなる。最近の各家庭では時計蘭が一般的だが、鉢ごと外に持ち歩く事はあまりしないため外に出た時は時桂樹の香りで時間を確認する事が出来る。
時桂樹の香りには虫除けの効果があり、香りの強い時間帯に剥した樹皮を利用して防虫剤を作る。
ところによっては時計樹の樹皮の入った匂い袋を娘のお守りとして持たせるところがある。
それには、最後の香りの強くなる時間までには帰ってくるようにと言う意味と、悪い虫がつきませんようにと言う意味があるという。




