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「言わないであげてっ!」


 喜樹の根に腰をおろして足を組むシイ様に、父さんがこれまでの経緯を話す。

 シイ様はうんうんとうなずいて話を聞いてくれた。


「ふむー、魔力と法力が両方ともあるのか。なかなか珍しい子じゃの」

「珍しいってことは前にも居たんですの?」


 感想を漏らすシイ様に母さんがほっぺに右手をあてながら訪ねる。

 シイ様が長いロングスカートの中で胡坐をかくと、両手で下になってる足の足首を掴んでちょこっとだけフワフワ浮んで、顔だけ母さんの方に向けた。


「居るのは居るらしいよ、魔力と法力両方あるものはの。純妖精の中でも感知能力の高いものから聞いた話じゃけど、一万人に一人くらい見かけるっての」

「へぇー」


 数字の大きさにぴんとこない僕。

 珍しいのわかったけど僕だけじゃなかったんだ。ちょっと残念。


「んー? でもよ、シイ様。ギルドマスター会報土月号によ。“このたび冒険者登録者数が二十万人を超えました。今後もますますの発展を目指してがんばりましょう。”って感じのがあったんだ」


 二十万ってすごいなぁ。

 でも、どうやって数えたんだろう。僕の指だけじゃちょっと足りないよね?

 指の数は両手で十本。僕は十まで片手で指を折って立ててで数えれるから両手で二十。あっ、そうだ一万人いたら指を使って僕でも数えれるかもね。


 ……あれ? 僕ってば、今どう計算したの?


 僕は一人で首を捻っていると父さんは続ける。


「ってことは冒険者だけで単純に考えて二十人はいるんだよな? 他にも、獣人の森の狩人連中とか治癒師。森の外でも帝国やら女王国やらの西魔騎士団とか。それだけでも西魔術を生業にしたやつが居てたら、両方使うやつの噂くらいは聞きそうなんだが?」

「確かにの。リックの言うことももっともじゃ。ただの、魔力や法力があるだけじゃ使い手とは言われんのも道理じゃろ? ん?」


 シイ様は一度父さんの言葉にうんうんと頷いた後に、からかうように目を細めて笑いながら父さんを見た。

 頭をかいて苦笑いしながら「違ぇねぇ」って小さく言う父さん。

 そっか、父さんは西魔術の才能があったはずだもんね。


「大抵のやつはお主らのようにどっちかしか無いものじゃと思っとるしの。で、カイトの力はどの程度じゃ?」

「えっと、確か魔力はしちゅりょ……。えふんっ! しゅちゅりょ……。えっと、七かな?」


 なんと誤魔化す僕だけど、姉ちゃんが隣で僕のほっぺたを突っつきだす。


「ぷっぷーっ。カイトぉ! 出力なんだよっ? わかる? しゅ、ちゅ、りょ……。あれ?」


 何度か繰り返すけど言えなくなっちゃった姉ちゃん。うぷぷぷ、僕の気分を味わうといいよ。


「もうっ、カイトのせいっ! カイトのがうつっちゃったんだからっ!」


 ちがいまーす。


 心のなかで否定してニヤニヤと返す僕。ふふっ、姉ちゃんってば必死に練習してる。

 さっ、今のうちに話を進めないとね。


「七です」

「ほぉ、なかなかじゃな。で、法力は?」

「えっと、法力は?」


 僕は母さんの方を見て、シイ様が僕に投げ掛ける視線をそのまま母さんにパスをする。


「うーん、カイトはまだ法力解放できてませんから具体的には……。おそらく強い方だとは」

「まぁ、見た目はそっち系じゃしの。ふむふむ、どっちも強いってさらにレアじゃな」


 見た目でわかるの? 狐の尻尾みたいなものかな? 僕のどこでわかるんだろ。


 僕はとりあえず自分の体を見回す。尻尾が無いくらいしか代わりがないような。

 みんなにあって僕にあるもの……? ココ?

 僕はズボンの紐を引っ張ってなかのものを覗き見る。


 なぁんてねっ、父さんもついてるじゃない。父さん魔力のほうだし。

 姉ちゃんと母さんが法力のほうだし、むしろついてないほうじゃない。


 えっ? ついてないほう?

 まさかっ! 小さいから無いものとみなされてたりするんじゃっ!

 大丈夫っ! これからおっきくなるよっ! 背もココもっ!


 僕は一人でうんうんと自分に言い聞かせて紐を直してちゃんとしまう。風邪を引いてしまうといけないからね。


「……カイト、何してるの?」


 僕の耳のすぐ近くから姉ちゃんの声がしてびっくりしてそっちをみる。


「きゃあっ! 姉ちゃんいつの間に」

「さっきからずっといたじゃないっ!」


 すっかり姉ちゃんを置いといて話を進めようとしてたから忘れてたっ! もう、声をかけるのが遅いよっ! まるでずっと見てたみたいじゃないっ!

 ……まるでじゃないのか。

 唖然としながら顔を正面に戻す。


「でな、エリンさっきの。――仮にシメジと言っておこうか」

「……。」コクコク


 僕のすぐ近くで話すシイ様とエリンちゃん。って言うかシメジって!


「ひゃあっ! いつの間にぃっ!」

「まぁ、せっかくじゃから。……の?」

「……。」ウンウン


 「の?」っじゃないのっ!

 もうっ、何がせっかくなのさっ!

 恥ずかしいぃぃっ。


「カイト、真っ赤っかになっちゃった」

「ニッシッシ、かわいいのっ!」

「言わないであげてっ!」


 叫びながらシメジを押さえる僕。


「そ、そっちじゃないわっ! 無邪気じゃのって意味じゃっ! あー、びっくりしたっ」

「……なにやってんだか。カイト、大丈夫だ。そこはそのうち立派な山の幸になるからな。今から気にすんのは早ぇんだ」


 シイ様がちょっと顔を赤くして否定しているのを、父さんはあきれたような口調で言う。でも、顔はちょっと楽しそう。

 そっか。僕、大丈夫なんだね。

 そうホッと胸を撫で下ろすところで父さんが続ける。


「で、問題はだ、シイ様」

「ん?」

「魔力と法力どっちもあるのはいいんだが同時に使ったりしても大丈夫なのか? ……爆発とか、しねぇかな?」


 やっと本題に入る。そうだよ、今日はこれを聞きに来たんだよね。


「混ぜるな危険って事か? まぁでも、結論から言うと大丈夫じゃよ。生き物の力はいろいろあるからの。体力、活力、女子力、気力――、とな。魔力、法力もそのうちの一つに過ぎんよ」

「ん、そっか」


 へぇ、いろいろあるんだね。

 ……女子力?


「でもの、術を二つ同時に極めるって言うのは生半可ではなくての。どっちもしようと思って、どっち付かずってのはよくある話じゃの」


 父さんに説明をした後で僕に顔を向ける。


「カイトは両方の力が強いのは幸いじゃがな――」


 それはまるで諭すような顔で、僕に。


「シイ様っ!」

「おおっ? どうした? 大声だして」


 僕は大声をだしてシイ様の話を途中で切ると、シイ様が目を丸くする。

 シイ様だけじゃなくて他のみんなもびっくりしてる。僕あんまり大声出さないからね。

 でも、ちゃんと伝えなきゃいけない。


「シイ様。僕、西魔術使いたいっ!」

「へっ? ふぅむ……。思うところがあるみたいじゃな」


 シイ様が何か察してくれて理由を聞いてくれた。

 この時、母さんが少しだけ悲しい顔をした気がする。

 ごめんね、ちょっと話をさせてね。


「僕は姉ちゃんと一緒に父さんから剣を教わってました。姉ちゃんは剣がうまいけど、父さんの顔見てたら僕は……。あんまりみたいです」

「リック、そうなの?」

「むっ、いやソーラと一緒に遊び回ってるだけあって身のこなしは悪くねぇよ。ほんと。ただ、剣握った時の気迫がちょっとだけな……。しかし、わかってたんだなぁ」


 父さんが頭をガシガシ掻く。なんとなく八つ当たり気味に聞いた母さんも納得したように「そう……」とだけ呟く。

 わかるよ、父さんの癖はよく知ってるもの。


「それはいいんです。僕にもわかります、姉ちゃんは剣の訓練をしてる時の気迫はすごいんです。

 でもそれは目的があっての事だから、僕を守るためって言って剣を頑張る姉ちゃんだから――。

 だから僕は、そのために西魔術で。僕は僕にできる事で姉ちゃんを助けたいんです」

「……そう、ソーラのためなのねカイト」


 母さんがとても優しく、少し嬉しそうに、だけどほんのひとつまみ悲しそうに呟いた。


「そうか、なかなかいい決意じゃの。じゃあ、カイトは西魔術士になりたいんじゃな?」

「――いいえ、なりません」


 僕はゆっくり首を振ってシイ様の言う結論を否定する。シイ様は驚いたみたいで目をパチクリさせている。

 うん、僕はまだ全部を伝えてないんだ。


「おやっ? どう言うことじゃ?」

「シイ様と初めて会う日のここに来るまでの話です。

 母さんは姉ちゃんと僕に法力があると言ったんです。僕は嬉しかった。母さんや姉ちゃんと同じ事ができるんだって。

 あの日、僕はシイ様に言いましたね。

 ――僕は髪の色が違います。

 ――僕は目の色が違います。

 ――僕は耳が違います。

 ――僕は尻尾がありません。って」

「ああ、言ったの」


 シイ様はゆっくり頷くと僕の言葉を待っててくれた。


「そんな何もかも違う僕が、母さんと姉ちゃんと一緒だって言われたのがすっごくすっごく嬉しかったんです。もう、すごいすーっごくです。

 でもその後にシイ様と話して、そんな違いは大事な事じゃないって教えてくれました。僕は僕が姿の事で思っていた全部の事がキレイに無くなりました。

 でもです。あのときすっごく嬉しかった気持ちは無くならないです。

 僕はね、違う力で姉ちゃんを助けたい。

 でもね、同じ力で姉ちゃんと母さんと一緒にありたい。

 僕ね、きっとワガママです。

 だけどシイ様。僕はそれでも東法術も使いたいんです」


 これがありったけの僕の気持ち。

 両方やるなんてそんなに甘いもんじゃないってみんなから怒られちゃうのかな。


「カイトっ!」


 名前を呼ばれて一瞬びくっとすると、腕を強引に引っ張られて強く抱き締められる。

 これは姉ちゃんじゃなくて母さん。


「カイト、お母さん嬉しい。嬉しひ……」


 声をつまらせてぐすぐす泣き出す母さん。

 嬉しいのに泣いちゃうの? 変だね?

 もう、泣かないでよ。……僕まで泣きそうになってきちゃうでしょ。


 僕は腕を伸ばして母さんの背中をぽんぽんって撫でてあげた。


「カイト……、一緒にがんばろうね」


 姉ちゃんも後ろからそっと抱き締めてくる。

 ふふ、今日はいつもの姉ちゃんと母さんと逆だね。


「ふ……、あははは。すごい……、すごいのぅ! いやぁ、すごい。おかしいな? わしすごいしか言えんてん。いやでも、すごいぞカイト。わし、すごい何回言ったんじゃ?」

「うふ、シイ様。最後の合わせて六回ですわ」


 手をパチパチ叩くシイ様に、母さんが左手で自分の涙を軽くぬぐいながら答える。


「へへ、そうだろ? カイトはすげえんだぜ」


 なぜか背中を向けながら顔を上にあげて指で鼻をこする父さん。


「ああ、全くじゃの、ふふ……。

 カイトよ、わしはの。今歩むべき道を決めろと言いたかったわけでは無かったんじゃ。まだ決断を迫るべき年齢でもあるまいからな。それにお主は両方の力がある、両方の力を試してみたいのも当然じゃ。

 じゃからな、最初は両方学んだ上で、そのうち両方は無理じゃとさとったらその時絞ればええよって言うつもりじゃったんじゃ」


 えっと、えっと。じゃあ。僕ってば早とちりしちゃったの? あちゃー、姉ちゃんな事言えないね。


「――僕、気が早かったかな?」

「ん? まぁそうかもしれんが、カイトはわしの話を聞いて決意が揺らいだかの?」


 僕は首を横に振る。

 そんなわけない、僕の気持ちは全然変わらないんだよ。


「じゃあ、ええじゃないか。カイトの決意、見事じゃ。その決意を持ってなら東法、西魔の両術を使いこなせるかも知らん。カイト、知っとるか? 両方を使いこなす人の事をなんと言われとるか」


 えっと、東法術に西魔術を使う人でしょ? たぶん言葉をくっつけるんだ。


「わかったっ! 東西の人ですっ」

「そう、その有能さゆえに東へ西へひっぱりだこ。それゆえ人はその使い手を東西の人と――。


 ちゃうわっ! 言わんっ!


 あー、ごほん。

――それを人は“魔法使い”って言うんじゃ」


 なるほど、そっちのパターンだったんだね。

 なんか魔法使いってでもあれかな。


「シイ様、魔法使いってあれか? おとぎ話とか伝説とかでよく勇者と一緒に出てきて変な術を使うって言うやつか? 実際に居たのか?」

「あぁ、そうじゃよ。ああいう話は脚色はされとるが実際にあった話をベースに作られとる。お主らの二つ名が吟遊詩人に作られて広められるのと似とるの」

「そっか、じゃあ≪魔法使い≫カイトってわけだな。へへ、いいじゃねぇか。お前ならなれるぜ。二つ名どころか伝説になっちまえ」


 ニカッと笑いながら僕の頭をわしわし撫でる父さん。

 ちょっとだけ乱暴にだけど、嬉しいな。


「いやー、いいもんだな。我が子が立派になっていくところを見ていくのはよ。くー、酒でも飲みながらパルに自慢してぇ。俺は伝説の始まりを見たぞってよ」

「あはは、父さんってば。大袈裟だよ」

「大袈裟なもんかよ。≪魔法使い≫カイトの起こりはここだ。それはソーラを助けるための西魔術に、そしてソーラに加えてチハヤと共にあるための東法術。さらに喜樹付きのシイ様の助言を得て、大いなる一歩を踏み出すんだ。

 かぁーっ! めちゃくちゃいいじゃね――ぇか?」


 酔ってるかのようにものすごくご機嫌で、オーバーアクションで話す父さん。

 ……なんだけど、最後に大きく腕をあげたままピタッと止まる。

 しばらくしてなぜかシイ様がニッシッシと笑い出す。


「おやおや、どうしたんじゃ? リック」

「? 父さん、どうかしたの?」

「いや……、な……」


 ゆっくり腕を下ろす父さん。


「俺の分がないなぁって……」

「ニッシッシ、まさかの西魔術サボったツケがここにきたの」

「うわぁぁ、昔の俺のバカぁっ! ちゃんとしてたら教えれたのにぃ!」


 鉄砲水のように涙を吹き出しながら膝をついて頭を抱える父さん。


「あっ、そうだ。カイトっ! やっぱり剣もやろう? なっ? そしたら≪魔法剣士≫だ。やっべぇ、めちゃくちゃカッコいいじゃねぇかっ! スゲーだろ? ≪幻双剣≫にも負けねぇんじゃね?」


 うーん、それはカッコいい気がするけどねぇ。


「ダメダメですわ、リック。西魔術をやって東法術もやって剣術までやったらカイトが壊れちゃうわ。それに、三つもやって極めれるほど東法術は甘くありません」


 父さんに抗議する母さん。

 そういいながらもギューって強く抱き締めながら、ほっぺたを僕の額に押しあてる。


「そうだよっ、剣はあたしの担当なんだからっ! お父さんの席ないんだからっ!」


 イジメ?


 姉ちゃん……。さすがにそれはどうかなぁ?

 僕はそう思いながらほっぺをちょっとひきつらせているところで目に入る。エリンちゃんがプンプンってほっぺたを膨らましてた。

 えっと……、怒ってる?


 気づいたシイ様が話を聞く。


「エリン、どうしたんじゃ?」

「……。」ヒソヒソ

「なになに? エリンの出番もないじゃないかって? ふふ、心配するなエリン。こういうのは大抵、小さな妖精さん枠が空いとるんじゃ。わしはもう、ちょっぴり大きめの妖精さんじゃからな、その席はエリンのもんじゃよ」


 シイ様の言葉でエリンちゃんの顔がぱぁっと明るくなる。

 さすがシイ様だなぁ、物語って小さい妖精さんよく出てくるよね。そっか、そういうシステムだったんだ。


「うっ、みんなしてっ……。父さん悲しいっ! うおーん」


 父さんが尻尾をまくと、カッコ悪い遠吠えが喜樹の広場を揺らした。


 父さんからは術とかそういうのじゃないけど、大切な何かをいっぱいもらってるんだよ。




 たぶんねっ!





 ――― おまけ ―――


 ウルブ村から少し離れた森の広場。その近くの石橋はリズミカルな音を鳴らす。

 コツ、コツ、コツ。

 その足音は、一足先に広場に客の来訪を知らせを走らせた。

 来訪者は長い髭を揺らしながらやってくる一人の老人。

 その老人は喜寿を迎えたところだろうと言う年齢だ。だが、上背のある体格にピンと延びた背筋からは見た目ほどの年齢を感じさせない。

 腰には彼の相棒だろう鞘にしまわれた剣が携えられている。片手剣より長く両手剣より短い、所謂バスタードソードとも呼ばれる片手半剣。ただ腰に携え立っているだけで、まるでそれが一体であるかのような統一感は、老人が並々ならぬ剣の使い手である事をうかがわせる。


 老人は広場に入ると足を止め、森の長老と向き合う。その長老は七千七百七十七年以上の時を刻む、苔の髭を蓄える長老樹。その幹は雄壮さ持って腰を据え、その根は力強く大地を掴み、その枝葉は空を制圧する。

 長老はゆっくり風で枝をゆらすと友人の到来を歓迎した。

 老人は軽く。しかし、ゆっくりとお辞儀をする。と、顔をあげて右腕を掲げた。

 お茶菓子の入った風呂敷を持って。


「シイ様やーぃ、茶菓子持って来ましたぞぃ」

「おう、ヴォルクスいらっしゃい」


 老人の身長の半分くらいの大きさの緑の妖精が出迎える。その手には白と黒の模様の入ったチェス盤を持っていた。


「うへぇ、さっそくじゃなぁ」

「あったりまえじゃあ。さっそく始めるぞヴォルクス。席も用意して待っとったんじゃから」


 子供の妖精がシイの影からひょっこり顔を出してヴォルクスを見るとびっくりした顔をしてまた隠れる。


「おおっ、噂のシイ様の子ですなっ。愛らしい子じゃて」

「お主に驚いとるようじゃの。エリンや、隠れる事はない。あやつはヴォルクス、変の達人じゃ。心配ないから出ておいで」

「そう、ワシはヴォルクス。これでも知る人ぞ知る変の達人と呼ばれ――。て、たまるかっ! 違うわいっ」

「ニッシッシ」


 プッと吹き出してちょこっと顔を出すと、しげしげとヴォルクスを眺めてからシイに耳打ちをする。


「……。」ヒソヒソ

「ふむふむ、顔がでかくてびっくりしたって?」

「ワシ、そんなに顔でかいかのう?」

「ふむ? 腹の近くまで顔があるから一口で食べられそうじゃったって?」


 うんうんと頷くエリン。なんの事かと首をかしげるシイ。

 ヴォルクスも髭を撫でながら見上げて考える。たしか、ちまたは小顔ブームじゃな……と。

 ヴォルクスの動作に手を打って気づくシイ。


「あっ、それじゃ。エリン、あれはな。髭じゃ」

「おお、これか。ふぉっふぉっ、ワシの顎はここじゃよー。ほれ」


 顎を指差してから、髭を束ねて持ち上げる。

 エリンは目を真ん丸にしながら驚く。


「ニッシッシ、あの先が顎ならびっくりおちょぼ口じゃの」

「……。」ヒソヒソ

「髭って村長のじゃないのかって? エリン、あれはな髭じゃなくて禿って言うんじゃ」

「ぶっはっは、あやつは耳以外ツルンツルンじゃもん、神経質すぎるんじゃ。ワシとは反対じゃな。エリンや、髭さわってみるか?」

「……。」コクコク


 よほど興味があったのか、エリンはヴォルクスのところまで飛び出していく。

 ヴォルクスは目を細目ながらエリンを指先でそっと撫でる。


「子ってもんはいいもんですじゃ。ワシも曾孫まで恵まれました。シイ様、今日は子の話で盛り上がりましょうぞ」

「ふっ、それもええの。お主の髭を真っ黄っきにしたあとにの」

「ぬあっ! ワシの目論見がっ!」

「子をだしに逃げようなどこすいわっ。さっ、あっちじゃ」

「ぐぬぬ。しかし、今日こそは髭を真っ黄っきにはされませんぞ」

「ニッシッシ、そうはいかんの。すでに、真っ黄っきにする予定が入っとる。これについてはキャンセルは無しになっとるんじゃ。さ、向こうじゃ」


 二人はシイが顎で指し示した場所へ移動した。



 ◇◆◇



 二人は同じ形をした腰をかけるのにちょうどいい形のキノコの椅子に腰をおろし、チェス盤を間にはさみ向かい合う。その近くでは小さな妖精エリンが空中に浮かびながら盤を覗き込み、その様子をうかがっている。


「ほれ、ヴォルクス。チェックじゃ」

「む、むーん。やむ無しか……」

「ニッシッシ、じゃあナイトいただき」

「ぐぬぬ」


 グランドマスタードの種を使ってチェスを興じる二人。敗色が濃厚なのだろう、ヴォルクスの顔色は真っ青になる。


「ほい、ビショップいただきっと。どうする?≪幻双剣≫よ」

「あーあー、どうもこうもなかろうて。キングだけになってしもたら無理ですじゃー」


 盤に突っ伏すヴォルクス。呻きながら黒のキングを指で転がして遊び始める。


「文句なしの詰みじゃの。真っ黄っきのニッシッシじゃ」


 シイはキング以外の黒の駒をフワフワ空中に浮かべながらゆっくりお手玉をする。


「……このキングがのー、ワシじゃったらのー。一人で全員倒せちゃうんじゃよー?」

「子供かっ! じゃあ、わしのキングはリックじゃっ!」


 シイが同じレベルでヴォルクスに対抗する。

 ヴォルクスは盤上に残ってたシイの白い駒をちらっとみる。


「そんだけ駒がおって、リック相手じゃキッツいかのう」

「ふふん、それだけじゃないぞ。リックがキングなら当然クイーンはチハヤじゃの」


 ヴォルクスが少し身を起こすとあきれたような目でシイを見る。


「ジトー」

「なっ、なんじゃジトーって」

「……シイ様大人げないのうって」

「ぶっ! あほたれっ! そっちが最初に言い出したんじゃろうがっ! まったく、何てやつじゃ」


 憤るように言うシイに対して、ヴォルクスが起き上がり何故か両手剣を持っているかのような上段の構えをとる。流し目でシイを見ると、隙のない不敵な笑みが浮かぶ。


「ふっ、これぞワシ流“つばめ返し――」

「やかましいわっ!」

「ワーオ、冗談ですじゃ」


 シイのツッコミに上段の構えを解くと、腕を広げて肩をすくめた。


「ふぉっふぉっ……。あー、あー、チハヤまで出てきたら逆立ちしても無理ですじゃ。煮るなり焼くなり好きにするがいいんじゃー。――じゃけどなっ、ワシは吐かんぞ、仲間の事は絶対吐かんぞっ!」


 観念したかのように両手を上にあげて叫ぶヴォルクス。


「……いきなりなんの役に入り込んでるんじゃよ。

 じゃが、吐かんというのはええ心がけじゃの。ほれエリンや、パスじゃ」


 シイはフワフワお手玉していた駒をゆっくりエリンに飛ばして渡す。エリンは両手で一生懸命シイと同じようにお手玉するが、ポーンの駒がひとつ高く上がると、エリンの頭にコツンと落ちる。

 まだシイほど力を使うのがうまくいかないようだ。

 ヴォルクスが盤の上に片肘をつきひげをなでる。


「かわいらしいのう。まるで邪気がない。そうやって遊んでる姿を見ていると心のささくれがとれるようじゃな」


 その様子に目を細めるヴォルクス。

 すると、突然エリンは翻って喜樹に向かう。


「おっ、どこへ行く?」


 ヴォルクスが声をかけると、途中一度止まってヴォルクスの方を見る。

 ニヤリ。

 僅かに口角をあげた笑みを覗かせるとフワフワと去っていった。


「なっ!」

「ニシシ、エリンはグランドマスタードを練りカラシにしに行ったんじゃ。ヴォルクスめ、おおかたエリンを遊ばせておいて罰ゲームを逃れようと思ったんじゃろ」

「なんとっ、バレておったのかっ!」

「小賢しいわっ! 我ら樹妖精族、嫌がらせ――、イタズラが最優先に決まっとるっ!」

「嫌がらせっ! 今、嫌がらせって言いましたなっ?」

「たいして変わらんしこの際ええじゃろ」


 立ち上がってつっこむヴォルクスに、口を尖らせて開き直るシイ。ヴォルクスは力なくキノコに腰を下ろす。


「おお、なんと恐ろしい。ガクガクブルブル」

「口でいうなっ!」

「テヘペロー」

「やかましいわっ! そう言うのはな、見目麗しいわしがやってこそじゃぞ?」


 胸を張って親指で自分を指差しながら言うシイ。


「そう言うのを自分で言うのもどうかのう……」


 ため息混じりにポツリとぼやく。

 シイが席を立ち上がる。


「……ふむ。ヴォルクスや、わしは少しだけ席をはずすが。いいか?」

「ほい、いってらぁ」

「わしとしたことが、エリンにグランドマスタードの辛味を存分に引き出す超スペシャルな練り方を教えるのを忘れておったわ……。ククク、これで赤くなって三倍は辛くなる――」

「シイ様っ! ワシの元を片時も離れてはいけませんぞっ! シイ様の見目麗しさに狂ってどんな不届き者が襲ってくるかわかりませんからな。しかーしっ! お任せくだされ、このヴォルクスが身命をかけてお守り致しますじゃっ!」


 ガタッと立ち上がってシイを止めるヴォルクス。

 シイは背を向けてニヤニヤしだす。


「でものぅ、大丈夫じゃないかのぅ。所詮、見目麗しいって言ってもわし、自分で言っとるだけじゃしの」

「いやいやご謙遜を。ワシも村の者々もシイ様の美しさについては、日夜熱い議論が交わされておりますほどですじゃ」

「そうかそうか。しかし、法力を触媒に強力な喜樹の結界を張っとるからのぅ。変なやつが来てもヴォルクスの手を煩わす事はないの」

「いけません、いけませんなぁシイ様。ちまたではそう言うのをフラグと言いまして、そういうことを言うと大抵大変なことが起こってしまうんですじゃ。ささ、どうか今だけでもワシのそばを離れずに居てくだされ」

「ふふーん、ヴォルクスがそうまで言うならしょうがないのっ」


 あわてふためくヴォルクスを見て満足したシイは腰を下ろす。当面の危機の去ったヴォルクスは、静かに。そしてゆっくり、息を吐いて胸を撫で下ろした。


「あっ、そういえばそのペンダントどうしたんですじゃ?」

「なんじゃ、今ごろ気づいたんか。……やっぱり、エリンに――」

「待ったっ! ストップっ! ストォォォップっ! 気付いてましたぞ、最初から気付いてましたぞっ! じゃがいきなりチェススタートじゃったからすっかり機会が――」

「ニッシッシ、冗談じゃ。苦労させよる。ようやっとイニシアチブ握れたわ」


 胸にあるペンダントは、木陰から差し込む光を緑の光の雫にして散らす。輝くそれは、トランプのクラブの形によく似た緑玉石(エメラルド)のペンダントだ。

 ヴォルクスをからかうシイは、満足げに笑ってそれを揺らした後に目を細めて手に取り眺める。


「ふう、恐ろしいお人じゃ。ふぅむ、緑玉石はこの辺りでもとれますがこれは――」

「わしにぴったりの拵えじゃろ?」

「ええ、恐ろしく精巧な作り。しかも耐久力上昇の(まじな)いをありったけ付与されてますな。ここまでの仕事はおそらくドワーフの職人ですかな?

 樹をモチーフにした意匠じゃし。なるほどシイ様にぴったりですな」

「ふふーん、そうじゃろそうじゃろ」


 称賛するヴォルクスに座った姿勢のままふわふわと浮き上がるシイ。

 十メートルほど浮かび上がると、慌てて手でかいて泳ぎながら降りてくる。


「おおっ、いかんっ。ええ気分になりすぎて浮いてってしもた」

「ふぉっふぉっ。それにしても珍しいですな、妖精方はあんまりそう言うのはお求めになりますまいのに」

「ふっ、まあの。貴金属の放つ光やどんな宝石の輝きよりも、木々から零れる光や清水の作りし輝きに貴ぶ物はないと考えるのが樹妖精よ。そういうのはすぐ曇って輝きを失ったり壊れたりするしな」


 シイは誇らしげに語る。しかし、そのあとに慈しみながらペンダントを手に取り見つめる。


「これはな、リックとチハヤからもらったものなんじゃ。わしをな、本当以上に姉と慕って、そして家族として贈りたいって言ってくれたものでな。わしとエリンにくれたものなんじゃ。ふふ、何物にも勝るキラキラ光る宝物なんじゃ」


 シイの小さな口が言葉を紡ぐ。その姿は普段とは違い穏やかで、慎ましやかであった。

 ヴォルクスはいつの間にか魅了されるように見つめていた。

 シイは目線をヴォルクスに流してふっと柔らかく微笑む。


「なんじゃ? ヴォルクスや」


 自身が見入っていた事に気付いたヴォルクスが少年のように照れてそっぽを向く。


「いや、別にぃ……」

「物欲しそうに見よってからに……。

 そんなに見られたらヴォルクスビームでペンダントに穴が開いてしまうじゃろ?」

「いまじゃっ! ヴォルクスビームっ! ズビビーっ――」


 目元に指を二本当ててウィンクするヴォルクス。

 なにも起こらずゆっくり手を下ろす。


「そんなの出ませんわいっ。させんでくれっ。まったく」

「ニッシッシ、ノリがええのう」

「ふぉっふぉっ、シイ様っていう師匠に鍛えられてますからな」


 ヴォルクスが笑いながら髭を撫でるところで、頭に鉢を乗せてエリンが戻ってきた。練られたグランドマスタード香りにヴォルクスが一瞬渋い顔をする。


「おお、エリン。なかなかうまくできた――、ふむ? あっ、そうじゃヴォルクス、問題をだそう。これに正解したら罰ゲームは勘弁してやる」

「おおー、さっすがシイ様ですじゃー。話がわかりますのう」


 手を叩いてシイを誉めるヴォルクス。


「ふふ、調子のいいやつめ。さて、ヴォルクスはわしのペンダントを見て樹をモチーフって言ったじゃろ?」

「確かにいいましたな」

「それもひとつの形じゃが実はエリンのペンダントとセットでもまたひとつの形と意味を為すものなんじゃ。わかるか?」

「ふむ、どれエリンのもワシにちゃんと見せとくれ」


 ヴォルクスがそう言うとパッと両手で隠すエリン。


「これこれ、流石にそれじゃわからんよぅ」

「そうじゃぞ、エリン。ヴォルクスに見せつけてやるくらいで――」

「……。」ヒソヒソ

「なになに? ヴォルクスビームで穴が開く? うーん、エリンやそのくだりはもうやったんじゃ」


 シイに諭されてしょんぼり頭を垂れるエリン。

 

「……流行っとるんか?」


 目を白黒させるヴォルクス。


「そう落ち込むなエリン。よっしっ、ヴォルクスっ! ヴォルクスビームを一発頼むっ! とびっきり面白いやつじゃ」

「いやいやいやっ、シイ様それハードルが天を突いとる。絶対飛べんやつじゃっ。それ実際に凄いビーム出さんとウケんパターンじゃからっ! その無茶ぶり受けてしもたらワシ大火傷の真っ黒黒じゃっ!」


 ヴォルクスが必死に頭と手を振って拒否する。必死っぷりが受けたのかエリンが可愛らしく口に手を当てて笑うと、ヴォルクスの近くに寄ってドウゾと見せてくれた。


「ふーっ、寿命が五十年は縮んだわ。

 えっと、エリンのはまるじゃから……。緑じゃし……。

 あーっ、わっかりましたぞいっ! ひゅー、わしスゴーイっ、かっしこーい」


 異様なテンションで盛り上がるヴォルクス。エリンが一瞬ビクッと身を震わす。


「ほほぉ、自信ありじゃな?」

「昔、黒狸(こくり)族の村で食べた海ブドウじゃっ! あれは丸いのがいっぱいついてて緑じゃったっ!」

「……意味は?」


 一人盛り上がるヴォルクスに冷や水をぶっかけるように冷たく問うシイ。


「えっと……。プチプチしてておいしいよ? じゃろうか?――」

「あほたれっ! 海とかわしら樹妖精と相性最悪もええところじゃろうがっ!

 意味がプチプチしてておいしいよ? あほっ! わし頭がブチブチってきたわっ! 檄マズの解答もええとこじゃっ!」

「ひーっ、わしジジイじゃからいたわって」


 耳元まで飛んで行って捲し立てるシイに、大きな体を小さくするヴォルクス。


「まったく、いきなり老け込むんじゃないわっ! わしより長生きしそうな癖に」

「そりゃ無茶ですじゃ」

「ふんっ、まぁええわ。……わしのこれはな樹のようにも見えるがシロツメクサの葉にもな、見ることができるんじゃ。ほれ、葉が三つじゃろ?」


 シイがペンダントを軽く持ち上げる。ヴォルクスが指差しながら丸い葉を数えると、そのままエリンのペンダントを指差す。

 ガタッと立ち上がるヴォルクス。


「座っとれ。今答えても遅いわ」

「……ほい」


 出鼻をくじかれて大人しく座るヴォルクス。


「お主も気付いた通りの、二人合わせて四つ葉のクローバーじゃ。つまり、よく幸せ象徴にされとるあれよの。そうよ、エリンが居てわしすごい幸せじゃ」


 我が子に向けて腕を広げるシイ。エリンは母の腕のなかに飛び込む。


「ふふ、ほんに(いと)しいの。この幸せを形にしてくれたのがこのペンダントじゃの。リック達がわしらを家族と思ってって言ってくれた時、ものすごい嬉しかった。嬉しかったの。

 わし、声を出して泣いてしもうたわ。ふふ、まったく妖精泣かせてどういうつもりじゃってな……」


 シイが話ながら上を向く。その瞳には堪えた涙が今にも流れ落ちそうであった。それが、悲しみの涙でなく幸せのそれであることはその笑みを湛える口許が証明している。

 ヴォルクスもその様子に穏やかに微笑む。


「そうですか、リック達がのう……。おや? 紐はキレヌカズラですな?」

「おっ? すぐわかるか、さすが目が利くの」

「ワシも持ってますからな、この剣の鞘の紐がキレヌカズラですじゃ。成人前に剣の師匠からもらったものでの、よう長持ちしておりますわ。頑丈でいい物ですな」


 ヴォルクスがわきにおいた鞘に巻いてある紐を掲げて見せた。


「ああ、ええ物じゃよ。このキレヌカズラの紐がまた心憎い気遣いでの。リックが言いよるわけよ、これでならもし紐が切れてもわしなら替えがきくだろう? っての。確かに、動物の皮や金属で作られたら切れたら直せん。じゃけど、樹妖精であるわしなら草木であるキレヌカズラの調達ならなんとでもなるからの」

「しかし、あれの採取は困難を極めますからな。ワシの師匠も何度も死にかけたと」

「じゃろうな、人の子でのキレヌカズラの調達は並々ならぬ苦労をすると言うからの。普通ならペンダントの紐にも使わんじゃろ、見た目普通じゃからな。

 じゃから、この紐はおそらくリックの仕事じゃろう。たいしたやつよ」


 シイはいつの間にか涙を堪えきれず湛える。エリンがちょんちょんとシイの涙をハンカチで拭う。


「普通、キレヌカズラを使って切れたときの心配なんかせんもんじゃ。刃物では絶対切れんし、百年使い続けてもなかなか切れぬ故にキレヌカズラなんじゃよ? それをあやつらは……」

「リックは人一番情に厚いやつですからな……」

「ふふ、わし千年経とうと二千年経とうとこのペンダントを大事につけ続けるよ。砕けようと、塵になろうと一片も離さんよ。天に還るまで……、いや天まで持ってって皆に見せびらかしてやるんじゃから。こんなに綺麗なのを見たことあるか? っての」


 美しい涙を微笑みと共にこぼす小さき緑の妖精。

 その胸に暖かい想いが溢れてこぼれたゆえに生んだその光景を、ヴォルクスは深く頷いて心に刻む。


「生きる場所、生きる時が違えど共に……。ですかな」


 シイは黙って頷いて肯定した後に自分で涙をぬぐいながらヴォルクスに笑って返す。


「ふふ、すまん。ちょっとだけ自慢してやるだけのつもりじゃったのに感極まってしもうた。見苦しいところを見せたな」

「いやいや、シイ様。素晴らしい話を聞かせていただきましたわい。代わりと言ってはなんですが、ワシの持ってきた茶菓子でも食いませんか?」


 ヴォルクスは風呂敷を広げると箱を取り出す。


「今、村を出て騎士団員やっとる一番上の孫が帰ってきてましての。その孫の嫁が焼いたやつなんですがな。なんでもバンブーパンプキンって言うらしい、この辺で取れないカボチャの種が入った特製パイですじゃ」

「バンブーパンプキンか。確か、エルフの森付近まで行かんと土が合わんやつじゃの。うむ、うまそうじゃな心していただこう」

「さすがシイ様。なんでもご存知ですな」

「樹妖精じゃからな、草木のことならエキスパートよっ!」


 ニッコリすると胸を張ってドンと叩くシイ。

 ヴォルクスはシイの姿を見ると自然と顔が綻んだ。


「さっ、今日はワシが茶も淹れさせてもらいましょうぞ。お茶っ葉にジャスミンの花を加えて淹れる茶なんですがな、そのパイによくあうんですじゃ。ワシ、その茶を今ヴォルクス茶と名付けました」

「名付けるなっ! その淹れ方はそのままジャスミン茶でええんじゃよ。まっ、頂かせてもらうよ」

「ふぉっふぉっ――」

「――罰ゲームの後での?」

「ぶふぉっ!」


 席をたとうとして硬直するヴォルクス。

 その両肩をニヤリと笑うシイとエリンが抑えると、ポテンと再び席につく。


「ニッシッシ、わしがお楽しみを忘れるわけなかろ。」

「そんなー」


 歯を見せて笑うシイに大きく落胆するヴォルクス。

 その二人をよそにエリンがシイに耳打ちしにいった。


「……。」ヒソヒソ

「ん? ええキュウリの漬物が目についてせっかくのカラシじゃから付けて食ったら美味いんじゃないかって持ってきた? いやいやそれは美味いじゃろうが、これ罰ゲームなんじゃが……」

「なんじゃってっ! あっ」


 声をあげたヴォルクスは、すぐに口を紡ぎなんでもないと手を振るとシイ達から背を向ける。


「ずいぶんワシ好みの酒が進みそうな組み合わせじゃな。しかしこれはわたりに船、地獄に仏よ。

 ここは対シイ様用ワシ流奥義でそっちの方向にっ!」


 ヴォルクスはにやっとしながら一人呟くと、シイたちの方に振り返り大袈裟に頭を抱える。


「はーん、なんて事じゃ。ワシ、その組み合わせ怖い。ついでにビールも怖い」


 シイとエリンがじーっと珍獣を見るかのような目で見る。

 奥義不発かと、そのままの姿勢で滝のように嫌な汗をかくヴォルクス。


「……ふむ、エリン。どうやら効果は抜群のようじゃ。ビールも怖いらしいがビールはないから仕方がないの。キュウリの漬物付きでいこう」

「うっひょー、キュウリの漬物こわーい。ビールが無いのが残念じゃが……、じゃなくて助かったじゃ。だって怖いものなっ! こわいから、キュウリの漬物怖いから練りカラシをつけて食べてしまおう。あっそれ、そっおしよっお」


 ヴォルクスの反応にニヤニヤするシイとエリン。

 作戦成功。

 ヴォルクスはその手応えを確信した。


「さっ、エリンちゃーん。漬物はどこに持ってきたじゃー? 早くその鉢の練りカラシに付けて食べてしまわんとな。ほんと、罰ゲームは地獄じゃのう。フフフフフ」

「……。」ニコニコ


 エリンがニヤニヤから一転、可愛らしくニコニコし出すと鉢の中をちょいちょいと指差す。


「ん? それはグランドマスタードの練りカラシじゃろ? 匂いでわかる――っ!」


 鉢を覗いたヴォルクスの反応は絶句。

 確かにキュウリの漬物はあったのだ。

 ……ただし、細かく賽の目に切ってヒタヒタの練りカラシの中にちょこっと入ってるだけであった。


「なっ! ななっ? ナタデココじゃないんじゃぞっ! これじゃ、コリコリの食感がちょこっとあるだけじゃよっ!」

「ニッシシシシ、丁寧なツッコミありがとの。さすがワシの子じゃ、突き落としかたがわかっとる」

「うおーん、地獄から天国にあがってまた地獄じゃよー。落差がひどいー」


 シイとエリンが大成功とばかりに顔を向き合わせてニシシと笑う。

 シイは鉢の中に大きめのスプーンを入れるとヴォルクスの口に持っていく。


「さっ、ヴォルクスいくぞ?」

「いーやーじゃー」

「好き嫌いしてると大きくなれんぞ」

「ワシおっきいしっ! ジジイじゃもんっ!」

「世話のかかるやつじゃ、昔みたいにしてやろう。ほーれ、ヴォル坊あーんじゃ」

「うへぇ、シイ様には叶わんわ……」



 喜樹の広場の周りにヴォルクスの辛いと言う悲鳴が鳴り響く。


 ヴォルクスの髭は予定通り真っ黄っきになった。



 ――― 図鑑 ―――



《キレヌカズラ》

 植物型。

 蔓性の植物で谷などの崖の下から崖をかけ登るように生える。人里ではあまり見ない。

 古い蔓は木質性になり刃物などは一切通さないと言われるほど樹皮はとっても丈夫。言われている通り刃物は一切通さないため、採取の際は最新の注意を払いながら焼き切って採取する。根元の方ではさらに耐久力が上がり焼き切るのも相当難しくなってくるため、必然的に崖での作業となる。

 焼き切った切り口から樹皮を剥いでよく揉みほぐすと、百年は品質の保証がされる紐になるため、採取はかなり難しいが、一度採取されると親子三代に渡ってよく使われている。



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