「……ふぅん」
居間に通されてまず迎えてくれたのが……
首の長い蜥蜴みたいな顔に角がついてて……
ライオンのような体格の体だけど全身鱗で……
長くて太い尻尾に背中に蝙蝠みたいな膜の羽……。
……。
なんだ、ただのドラゴンだ――
「わあっ!」
僕は思わず飛び退く。
今、居間にドラゴンがいましたって?
笑えないっ!
テンパって一人でそんな事を思いながら心臓をドキドキさせて息を荒げさせる僕。
そんな僕に対して姉ちゃんがやれやれみたいな顔をしながら大げさに肩をすくめる。
そして、僕の肩に手を置くと大きく息を吐いて顔を横に振る。
ちょっとなにそれ、欧米人なの?
……欧米?
「もう、何驚いてるのよ。あれは作り物よ」
「そっ、そっか。そりゃそうだよね」
ホッと息をつく。
うーん、よくできてるなぁ。
牙とかすごいの、いかにもお肉を食べますみたいな鋭い歯が並んでるんだ。
そんな口がかぱってあけてこっち向いてる。すごい迫力だ。
「ふぉっふぉっ、本物だぞ」
「「わぁっ!」」
ヴォルクス様の発言に今度は姉ちゃんと二人して飛び退いた。
「ふぉっふぉっ、といってもあれは剥製ってやつじゃ。外側は鱗と皮は本物だがほとんど縫いぐるみみたいなもんじゃもん」
なんてかわいくない縫いぐるみなんだ。
うーん、それにしても大きすぎる。首をちゃんと伸ばしたらあの時のギガントベアくらいの高さがあるんじゃないだろうか。尻尾まで含めるとさらにめちゃくちゃ大きいことになるよね。
っていうか、そんなのが家の中に入るヴォルクス様の家って……。
「強そうだなぁ、村の狩人のみんなが力を会わせて倒したんのかなぁ」
このドラゴンが暴れているところを、ヴォルクス様を筆頭に村の人が決死の覚悟で挑む姿を想像した。
その人に歴史ありだね。
そう思いながら呟くと、ヴォルクス様がイヤイヤイヤと手を横に振る。
「いや、あれはわしが一人で仕留めたものじゃ」
「わぁっ!」
今度は隣のヴォルクス様にびっくりして飛び退いた。あれより強いんだなんて……
「こう首の辺りに継ぎ目があるじゃろ? このあたりをズバーっとやった後にドーンってやってな? それからアチョーじゃよ。アチョワーじゃったかな?」
なるほど。
さっぱりわからない。
「まっ、昔の話じゃ。大したことないよ」
そういいながら髭を撫でて目を細める。
「そんなことより座るといい」
こんな大きなドラゴンを倒した事がそんな事で片付けられちゃうなんて……。
そう思ってヴォルクス様の方をみると特に気にする様子もなくテーブルの上のお茶受けをポリポリ食べていた。
うーん、このあたりが最強なんだね。
一人そう納得しながらアインさんに勧められた席に座る。なんか椅子が柔らかく沈む。
すごいっ、ソファーってやつだっ!
「姉ちゃんすごいっ、ソファーだよっ。ふわふわだよっ」
「あっ、そっか。ふわふわだからソファーっていうんだ」
えーと、たぶん言わないよ?
でも、めんどくさいから口に出さずにしておくね。
それはそれとして。
「じゃあ、自己紹介するわね」
赤い女の子が話を切り出す。
「わたしの名前はねー、アンシェルって言うの。アンシェでいいよー。年はね、六才なのー」
「俺はラークハイドだ。ラークでいい。同じく六才」
なんだか二人ともハイカラな名前だね。
それにしても双子っていっても性格は全然ちがうんだなぁ。
「へー、アンシェちゃんにラークくんね。よろしくっ!」
姉ちゃんがアンシェちゃんと握手する。
「私が姉なのよー、ソーラちゃん一緒ねー」
「……不本意ながら俺が弟だ」
ラークくんが腕を組んでブスッとする。
「もう、不本意ってなによー。ラークったらいけずねー」
「あっ、こらアンシェやめろっ」
アンシェちゃんはラークくんのほっぺたを柔らかくつんつんつつき出した。
……その様子を見た瞬間、僕はハンマーか何かのようなものでガツンと頭を殴られるかのような感覚を覚える。
これは、――衝撃。
それを感じたのが先か立ちあがったのが先かわからない。でも、気がつけば僕は立ち上がって拍手を送っていた。
もしかしたら、涙すら流していたかもしれない。
もしかしたら、それは鼻血なのかもしれない。
――感動。
今の僕ではこの言葉でしか表わせなった。
「カイト、どうしたの?」
みんながキョトンとしている中で姉ちゃんが聞いてきた。
「姉ちゃん、これだよ……。これなんだよっ!
このアンシェちゃんのような感じっ! これが、かわいい女の子じゃないかなっ!」
「……ふぅん」
声のテンションとは別に顔はニッコリの姉ちゃん。僕の腕を引っ張って着席を促すと。
「こう?」
「おごっ!」
座った瞬間、突然右ストレートのようなつっつきが僕のほっぺに打ち込まれる。なんてことだ、予備動作すらなかった。
無防備なまま姉ちゃんの攻撃を受けた僕は、ソファーから転げ落ちてそのままコロコロ転がっていくと、壁にバシーンってさかさまに張り付く。
「あふんっ」
「これでいい? それともカイトの言うかわいい女の子らしさってやつの出し方、あたしにはいまいち分からないしもう一発練習していい?」
「いえっ、十分ですお姉さま。お姉さまの溢れる魅力は骨身に沁みたので勘弁してください」
危険を感じた僕はすぐさま姿勢を正して謝る。
姉ちゃんはフンッて鼻を鳴らして指を納めた。
「ひゅー、なかなかやるのう」
アインさんとラークくんがぽかんとしていると、ヴォルクス様が髭を撫でながらあっけらかんとしていた。
「ソーラちゃんったら、かっわいいのー。うふふ」
あれを見て、なおそんなこと言っちゃうアンシェちゃん。
なに? 大物なの?
そう思いながら僕はペタペタこっそりソファーに戻る。
「でも、ソーラちゃんかわいいのにスカートはかないの?」
「動きにくいからね。今度はあたしがカイトを守るんだから。いつでも戦えるようにしないとっ」
姉ちゃんはムンッと胸を張ってみせる。
大事なお知らせです。
僕が大変な目にあう大半は、この守ってくれる人からのものなのです。
「だからって、村の中でズボンでいることはないと僕は思うんだけど」
「ふぉっふぉっ。いやいや、カイトよ。ソーラのその意気、あっぱれじゃよ。剣士たるものそのくらいの気概でなくてはな。ソーラはいい剣士になれるのぅ」
ヴォルクス様はおっきな手で僕と姉ちゃんの頭を撫でた。
「へぇ、剣をやるのか?」
剣と聞いてラークくんの目の色が変わった。
「うん、そうよ。お父さんから教わってるの」
「俺も父上から剣を教わってるんだ。ソーラはけっこうやるのか?」
「ふふーん。まぁまぁ、ってとこじゃないかなぁ?」
姉ちゃんがまぁまぁどころじゃない自信を出しながら言う。
さらに身を乗り出すラークくん。
「自信があるようだな。俺と手合わせしないか?」
わおっ、男の子だね。
「いいよ、オッケーっ」
姉ちゃんも遊ぶ約束みたいに軽く受ける。
「ちょっとちょっとラーク、悪い癖だよそれー。剣の事になるとこーなんだから」
「そうだぞ、ラーク。それに相手は女の子だぞ」
アンシェちゃんとアインさんがラークくんをいさめる。
アインさんの相手は女の子だぞってあたりに姉ちゃんが一瞬ムッとするけど、ヴォルクス様が姉ちゃんの肩を抑えてニヤッとした。
「ふむ、一回やってみてもいいじゃろ」
「しかし、お祖父様」
「いやいや、アインは村から出とるから知らんのも無理はないけどな。
実はあいつの道場の年少組は全員ソーラにコテンパンにやられとるくらいじゃもん。強いんじゃよ」
そうそう、見くびってもらっちゃ困るよアインさん。姉ちゃんは同世代じゃ敵なしなんだよ。
「なんですってっ! 父上の道場がっ? まったく父上は何をやってるんだ」
ヴォルクス様の話を聞いて少しうろたえるアインさん。
むふふーん。少し得意になる僕。
「まぁ、そういうな。あいつもようやっとるよ。
んまぁ、ソーラの強さはわしが保証するよ。わしの剣じゃないのが残念じゃが、リックのスタイルはソーラによくあっとるよ」
「しかし、ラークは私が良く仕込んでますし。親の欲目を差し引いてもお祖父様の二つ名を引き継げそうなほどの才能ですが……」
二つ名かぁ、ヴォルクス様の二つ名は“幻双剣”だったかな。
二つ名ってなんだか左手がうずきそうになるよね。なんでかよくわからないけど。
うん、でもカッコイイと思う。
「それもようわかっとる。ま、心配するな」
「ふむ、お祖父様がそうまでおっしゃるなら」
アインさんがしぶしぶ了承する。ラークくんってそんなにすごいのかなぁ。
「なんだかわかんないけど決まったみたいね。勝負よっ!」
「楽しみだっ」
◇◆◇
場所は変わってヴォルクス様の古い道場。古いって言っても、広い板の床はスゴく綺麗に手入れがされてて埃がひとつもない。
道場の中央に姉ちゃんとラークくんが少し離れた位置で向かい合う。
二人は練習用の竹刀を持っている。姉ちゃんは少し短めので、ラークくんは長め。
「時間制限なしの一本勝負だ」
アインさんが二人の間に入る。審判をするみたい。
「ふふん、ラークくん準備はいい?」
「ああ、いつでもいい。後、くんはいらない。俺たちは戦うんだからな」
「そっかっ」
姉ちゃんの顔はいつもみたいに楽しげにほんのり笑っているし、ラークくんは無表情。
だけど二人の間に独特の緊張感が感じられる。
「ふぉっふぉっ、二人とも幼いのに中々の気迫をぶつけ合っとる。将来が楽しみじゃなぁ」
僕の横でヴォルクス様が嬉しそうに髭を撫でる。
「じゃあ、二人とも構えて」
姉ちゃんは剣を片手に持って半身に、ラークくんは両手でしっかり握って正面に構える。
「始めっ!」
「いっくよぉぉぉ、ラークっ!」
「来いっ!」
姉ちゃんが矢のように飛び出し先制攻撃をかけた。
「ねぇ、カイトくんは剣はしないの?」
ラークくんが姉ちゃんの攻撃をしっかり防いで弾いたところでアンシェちゃんから声がかかる。
「うーん、僕はあんまりかなぁ」
興味なくはなかったんだけど、姉ちゃん見てたらちょっとかなう気がしないしね。
「私も剣はよくわからないんだよねー、西魔術のほうが好きかな。
ふふん、私けっこうできるんだよ。カイトくんは西魔術はどうー?」
西魔術って確か、なにもないところから火を出したりするやつだ。この前ドライさんもやってたけど、あれは便利そうだよね。
「うん、いいと思う」
「えっ、じゃあ私がいっぱい見せてあげるー」
僕はうんうんと頷いて答える。するとアンシェちゃんがスゴく嬉しそうにすると、ぐいぐい僕の袖を引っ張りだした。
「お庭の方に行こーっ」
「あっ、うん。ヴォルクス様お庭いいですか?」
「オッケーじゃ、行っておいで」
ヴォルクス様は試合の方を見ながら人差し指と親指で丸を作ったのを僕たちに送った。
「アンシェよ。火の術は使うんじゃないぞぃ」
「はーい、わかってるよー」
アンシェちゃんがそう返事をすると、アンシェちゃんに引っ張られて試合をよそにこっそり庭に向かった。




