「資格があるんじゃ」
「なぁ、お前たち。シイ様とエリンのことは好きか?」
藪から棒に父さんが聞いてくる。
実はこれは今日初めてじゃなくて、なんか頼んでたのが出来上がったって聞いてからずっとこの調子。
「もっちろん、大好きだよっ!」
って、姉ちゃんが答えるから僕もコクコクコクって頷いて続いた。
「そっかそっか。だよなっ!」
父さんと母さんは見合わせてニコッて笑った。
どうしたんだろうね?
◇◆◇
貯めていた恵みを形にする土月。
緑色だったキャンパスが一面黄色塗り替えられる。
虫たちもチリチリチリと鳴いてはその実りに感謝の宴を繰り広げ
麦は緩やかな風で波を作ってはその演奏に喝采を送る。
村の人達は忙しく働き土の集大成を収穫していた。
◇◆◇家の外◇◆◇
あつい季節も終わって、すっかり涼しくなったよ。
葉っぱが黄色とか赤色になったりして、秋ってやつだね。
今日はどうしているのかっていうと。
「それじゃあ、じっ様。ソーラとカイトを宜しく頼んだ。やんちゃ盛りだけど大丈夫だよな?」
父さんが立派な長い髭を蓄えたおじいさんに言う。
「ふぉっふぉっ、お前の面倒も見ていたワシに言うか? ワシのもて余した子は、ワシの言う事も聞かずに一人で森に行って迷子になってたやつくらいじゃもんよ」
おじいさんは髭を揺らして笑う。
「うへっ、耳がいてぇなぁ」
父さんが苦笑いしながら頭をぽりぽり掻く。
あぁ、なるほど。それでシイ様に送ってもらったんだね。
「ソーラもカイトもヴォルクス様の言う事をちゃんと聞くのよ」
「うんっ、大丈夫だよっ」
「よしっ、んじゃ行ってくるわ」
そう言ってお父さん達が出掛けるのを僕と姉ちゃんは「いってらっしゃい」って手を振った。
父さんは意気揚々と進んでいったけど、母さんは心配そうに何度か振り返った。
もうっ、大丈夫だってば。
「では、ワシのところへ行こうか。今はひ孫もうちに居とるんでな。お前達と年も変わらんからいい友達になれるじゃろうしな」
「へぇー。カイトっ、楽しみだねっ」
「うんっ」
どんな子なんだろうなぁ。
そう思いながらヴォルクス様の後をついて歩く。
ヴォルクス様は青狼族最強の剣士って言われてる人なんだ。
もう歳は八十近い歳らしくて毛も髭も真っ白なんだけど、背筋がピンと伸びててお父さんよりもいくらか背が高い。
そういえば村の人は父さんの事を青狼族最高の戦士って言ったりするんだけど、最強と最高が一緒に居てもいいのかな?
姉ちゃんもヴォルクス様の背中を見ては何かを考えているようだ。
「ねぇ、ヴォルクス様とお父さんってどっちが強いんだろうね」
姉ちゃんは僕にこっそり耳打ちする。
「うーん、どうだろうね。僕も同じような事を考えていたけど」
「カイトもなんだ。ヴォルクス様っておじいさんだけど、あの感じはやっぱり毎日の積み重ねなのかな? 並大抵のものじゃないと思うの」
「そうだね、うーん。気になるね」
「ふむふむ、ワシも最近気になったりするんじゃがな。リックのやつ手合わせしてくれんのじゃもん」
「そうなんだ、じゃあ比べられな――うわぁっ!」
僕はびっくりして思わず飛び退いた。こっそり話してたつもりなのにいつの間にかヴォルクス様の顔も並んでるんだもん。
「ふぉっふぉっ、良い反応をするな」
そういいながら髭を撫でて笑う。
「ワシの腰がしっかりとしている間に、もう一回くらい手合わせしたいがなぁ……」
ヴォルクス様が目を細めながら遠くを見る。
ヴォルクス様は何を思っているんだろう。僕にはちょっと分からなかった。
「ねぇ、ヴォルクス様」
姉ちゃんが背の高いヴォルクス様を見上げながら声をかける。
姉ちゃんは何かに気がついたのかな。
ヴォルクス様は姉ちゃんと同じ目線まで降りてきて、ゆっくり優しい声で「どうした?」と返した。
僕は、それを静かに見る。
「あのね……」
姉ちゃんが一瞬だけ目線を下げて、もう一度ヴォルクス様を真っ直ぐ見る。
「あのね……、お髭さわってもいいかな?」
「ぶほっ」
僕は思わず吹き出した。
もう、姉ちゃんってば。そんな流れじゃなかったでしょっ!
ヴォルクス様もキョトンとした顔をすると、少しして膝を叩いて大笑いした。
「ブハハハハ。フー、ワシとしたことがとんだ不意打ちを食らったもんじゃわ。」
そう言いながら姉ちゃんの頭を撫でる。
「触ってもいいぞ。ただし、ワシの髭はスペシャルデリケートじゃから優しくな」
「ほんと、わーいっ! わぁ、やっぱりフカフカだねっ。痛いだけのお父さんのなんかと全然違うっ」
姉ちゃんがはしゃぎながらヴォルクス様の髭に指を沈める。
あ、そっか。姉ちゃんって最初から髭が気になってたんだね。
「あっ、あのっ、あのっ。僕もさわっていいですか?」
僕も嬉しそうに触る姉ちゃんを見てたらさわってみたくなっちゃった。
ヴォルクス様は僕の頭もよしよしって撫でながら「いいぞ」って言ってくれたから、髭に指を沈めてみた。すごいフカフカだったし、なんだかお日様の臭いがした。
「すごいねぇ、お父さんもあのチクチクするのじゃなくてこう言うのに取り替えればいいのに」
「姉ちゃん、髭は取り外しできるものじゃないと思うよ」
僕は首を小さく横に振って否定する。
でも、ヴォルクス様の髭はかっこいいね。サンタクロースみたい。
……サンタクロースってなんだろうね?
まぁ、それはおいといて、僕は父さんがヴォルクス様みたいな髭を生やすのを想像してみた。
うーん、父さんだといまいちかなぁ?
「ふぉっふぉっ、こういうのはリックにはまだ早い。四十になってちょび髭、六十になってワシみたいな髭を生やす資格があるんじゃ」
「そっかぁ、お父さん二十七だもん。まだまだなんだね。ふーん、資格がないから毎朝剃ってるのかぁ」
髭生やすのって資格がいったんだね。でもなるほどって思った。
想像していまいちだったのは、父さんの歳が足りなかったからなんだね。似合う年齢になったら資格が貰えるのかぁ。
◇◆◇
「おっ、やっときたかぁ。ソーラ、カイト、いらっしゃい」
「ヤッホー! ドライさん」
「おはようございますっ」
ヴォルクス様の家につくなりドライさんが出迎えてくれた。
姉ちゃんはいきなりドライさんのほうへ駆け寄るから、僕も慌てて追いかける。
「二人とも元気だね。さあ、上がって」
ドライさんは僕たちの頭を撫でると家の中に招き入れてくれた。
「アイン兄っ、リックさんの子供たちが来たよっ」
ドライさんが玄関から奥の方へ呼び掛けた。
それにしてもヴォルクス様の家は大きいなぁ。
そう思っていると大きい男の人が奥から出てきてこっちに近づいてきた。
「じゃあ、俺は畑のヘルプ頼まれてるから行ってくるね」
「うん、またねー」
ドライさんが出ていくと入れ違いに大きい男の人が声をかけてきた。
「ようこそ、リックの子供達よ。初めましてだな、私はアインだ。今はこの村を出てエレギッシュ女王国の騎士団で百人隊長をやっている。あと、あそこのドライの兄でもある」
奥から出てきた人は丁寧に挨拶してくれた。
それにしても大きい。大きいと思ってたヴォルクス様よりもさらに大きい。父さんと頭一つは違いそうだ。
うーん、ドライさんは小さいのになぁ。養分吸われちゃったんだろうか。
「あたしはソーラだよっ、この子はあたしの弟のカイトっ」
「あっ、カイトです。今日はよろしくお願いします」
姉ちゃんがいつも通り元気いっぱいに挨拶をするのを見て、僕もペコリと頭を下げた。
「ソーラは元気がいいな。カイトは少し大人しいんだな。でも、話は聞いているぞ。その年ながら体を張って姉を守ったらしいな」
「そうよっ、カイトスゴかったんだからっ」
僕が口を開くよりも先に姉ちゃんが答えると、僕の両肩を持ってクルンと半回転させられた。
「ほらっ」
「わっ! 何するのっ!」
姉ちゃんが僕の服を捲った。
「……なるほど、凄まじいな」
アインさんが感心したように言う。
僕の傷は結局傷痕として残っちゃったんだ。背中から腰に大きくね。自分ではよく見えないけど傷がちゃんと塞がった後に、たまに姉ちゃんが傷痕にそってさすってくる時があるからどの程度かはわかる。
それはそれとしてもうあったかい季節でもないから、まくったままでいられるとちょっと寒いんだけど……。
「あっ、これじゃ全部みえないね。こっちまであるんだから」
「えっ? ちょっと!」
姉ちゃんが僕を少し肩に担ぎ上げる。
パワフルだ。
しかし、それよりも信じられないことをしようとする。
「いやぁぁっ! えっちぃぃっ!」
僕は叫びながら抵抗する。
なんと、姉ちゃんは僕のズボンをずり下げようとするのだ。
「もうっ! カイト暴れるなっ! 傷痕がちゃんと見せれないんだからっ!」
「別にズボン下げてまで全部見せなくていいでしょっ!」
僕は猛烈に抗議するもむなしく、お尻は半分見えている状態にさせられている。
これは恥ずかしすぎる。もし、女の子に見られたら僕のモテモテドリームは始まる前に終わってしまうだろう。
そう必死に足をばたつかせていると、奥の方から人が駆けつけてくる足音がする。音の軽さからすると子供だ。そういえばヴォルクス様はひ孫が居ていると言ったな。
まずいな……。
僕は嫌な汗が流れる。可愛い女の子だったらどうしよう。
なによりそこが大事だった。
「父上、なにを騒いでるんだ?」
姉ちゃんに担がれて顔は見えないけど、男の子の声が僕のおしりに当たった。
良かった。男の子だ。
僕はそっと安堵する。
って言うかいい加減下ろして?
「うわっ、スゴい傷痕だな」
男の子が驚きの声を上げた。
「はじめましてよね? あたしはソーラ。よろしくねっ」
姉ちゃんが自己紹介を始めるとようやく僕は地面と再開を果たす。
僕はあわててズボンをあげながら、振り替えって自己紹介をする。
「ぼっ、僕の名前はカイ――」
僕はそこで顔を上げて止まる。そこには同じ顔が二つある。双子ってやつだね。
とは言っても、毛の色が青と赤だし雰囲気が違うから見分けがつきそう。だからそこはいいんだ。
さっきの男の子の声は青い髪の方だね。
問題は赤い髪の子。こっちの子はスカートをはいてて口許に手をあててクスクス笑っていた。
僕の顔が急速に茹であがる。
ちょっとちょっと、女の子いるじゃないっ!
おしり丸出しの姿を見られているじゃないっ!
まいったどうしよう、このままカイトと名乗ると、僕はおしり丸出しのカイトとして覚えられてしまうかもしれないじゃないっ!
僕はこの状況を打破すべく頭を急速に回転させ始める。
「……カイ?」
赤い髪の女の子が小首をかしげる。
ダメだっ、かわいいっ!
あーあー、この場をなんとかしなきゃっ!
僕は苦し紛れに服を捲って頭に被る。
「怪人。ぼく、……じゃない。私は怪人おしりマン。サラバだ、ちびっこ達よ。君たちはおしりを丸出しにしてはいけないよ。風邪を引いてしまうからね。ではっ!」
僕はテクテク外へ歩き出す。
みんながポカンとしている今のうちにできるだけ遠くまで逃げるんだ。
そう思っていたけど、姉ちゃんだけはすぐに動き出した。
「あんたが一番チビのくせに何を言ってんのよっ!」
僕がシュタッと手をあげて去ろうとしたところで捕まって引き摺り戻される。
「ほら、お腹出したらいたくなっちゃうよ」
被って顔を隠していた服をずりおろされる。僕はとっさに両手で顔を隠した。
姉ちゃんの言うことはまったくもってそうなんだけど、おしりもろもろいろいろ丸出しにさせたのは姉ちゃんです。
「もうっ、なんで顔を隠すのよっ」
「だって女の子におしり丸出しの姿を見られただなんて、お婿にいけないっ!」
「はぁー、バカねぇ、バカカイト。お婿にいけないならお嫁にいけばいいでしょ。発想の転換よ」
姉ちゃんがため息を吐きながらどっかのマリーさんみたいな事を言う。
……知り合いにマリーさんいないけどね。
「発想の転換で性別の転換までしたらたまんないよっ! ……あっ!」
思わず顔を隠すのも忘れてつっこんでしまった。みんなが僕の顔を凄く見ている。
いやぁっ、見ないでっ!
「ワハハ、カイトはおとなしい子だと思ったらなかなか元気のある子じゃないか」
「お前はカイトって言うのか。その傷に免じて怪人おしりマンはなかった事にしてやる。よろしく」
「ウフフ、私は結構おしりマン好きよー。よろしくねー、カイトくん」
男の子はえーって顔で女の子の方を見る。男の子の方にはいまいちだったみたいだけど、女の子の方に受けたならまぁよしとしとこうか。
「玄関で自己紹介もいいが、もう暖かい季節でもない。続きは中でやらんか?」
「それもそうですね。さぁ、君たちも上がりなさい」
ヴォルクス様とアインさんに進められるままに僕たちはお邪魔した。




