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「あーっ! あーっ! あーっ!」

更新スピードだいぶ遅くなると思います

 ◇◆◇



 ところかわって広場の近くの小川に移動。

 太陽は結構下ってきてるけど光月の日の入りはまだまだ先だし、ぜんぜん暑い。でも小川の澄んだ水の音が涼しげ。

 さて、今僕が見ているのは小川じゃなくて黒っぽい岩。僕の背より少し小さいくらいでそんなに大きくはないけど、その岩の上でシイ様がふわふわ浮かんでいる。

 岩をぺたぺた触ったりコンコンと叩いたりして何かを調べているみたいだ。


「フムフム。よし、リック。ここの辺りをええ感じに叩くのじゃ」


 シイ様は岩の頭の方をペンっと叩いて凄くアバウトな指示を出すと、手をグーに握ってフックの素振りをする。

 シイ様、そのフォームじゃ岩の頭は叩けないよ。


「よっしゃ」


 父さんは腕をぐるぐる回してから手をあてて狙いを定める。シイ様は少し離れた。

 って、父さん素手で大丈夫なのっ?


「あちょおっ!」


 父さんが変わった掛け声と一緒に岩を手刀を降り下ろした。


 ……。

 なにも起こらないね?

 僕は自分の手をさする。

 なんだか見てたら自分の手が痛くなっちゃった。

 父さん大丈夫なんだろうか。

 そんな心配してたらピシピシッて音がなって薄くキレイに割れて、ガランって転がる。

 スゴい、まるで剥がしたみたい。


「フフン、なかなかうまくいったな。よし、わしもちょっと準備をしてこよう。あとは頼んだぞ。

 エリンや、こっちへおいで」


 シイ様はエリンちゃんと喜樹の方へ戻っていった。


「よおっし、ドライ。そっち持て」


 そう言うとさっきの男の人、ドライさんと先に用意してた足場のところに割った岩を乗せる。


「お父さんスゴーい」

「鍛え抜かれた俺の体はもはや全身凶器だぜっ!」


 姉ちゃんが拍手して褒めると、父さんも得意になってグッと力こぶを作ってポーズを決める。


「へぇー……。カイト、危ないからお父さんに近寄ったらダメみたいだよ。これから気を付けようね」

「ええっ! そりゃねぇぜっ! 特にソーラにとって父さんほど無害な男は居ないんだからっ」

「えー、こわーい。近づかないでー」


 父さんがすごく焦り出して近寄るとその分姉ちゃんが離れる。父さんがまた近寄って姉ちゃんが離れる。おいかけっこが始まった。


 いつもなら一緒になっておいかけっこに参加ってとこだけど、今日は僕は見てるだけ。


「ハハっ、仲良しだなぁ」


 ドライさんは手に赤い光る珠を出すと枝に種火を作って石の板の下に火をいれた。


「それにしても、カイトくんは勇気があるね。ギガントベアを前によく前に出れたね」

「うーん、夢中だったから……」

「何も考えずにソーラちゃん達を守らなきゃって感じたってことだろ? すごいことだよ。

 でも、ごめんな。俺にもうちょっと魔力があったら背中の傷痕残さないで治せたんだけど……」


 ドライさんの顔の曇り方を見る限り結構な傷痕残っちゃうんだね。自分じゃみれないけど、やっぱりかなりのものなのかな?


「いや、いいよ。僕、男だもん」

「そっか……。パルドレオさんなら治せるんだろうけどなぁ。俺もあの人くらいになりたいけど」


 ドライさんが火をいじりながら言う。

 へぇー、パルさんってパン屋さんなのに傷を治したりもできるんだね。

 そう言えば「パンは肉、血はワイン」ってなんかであったっけ?

 傷にパン生地でも塗り込まれちゃうんだろうか?

 うーん、それはちょっとあれだねぇ?


「ねぇ、ドライさん。ドライさんってよく父さんと組んでるの?」

「うん? そうだなぁ。村では一番俺とよく組むかな?」

「へぇー、若いのにスゴいね」


 父さんとちゃんと組むのは結構熟練者じゃないと厳しいって近所のおじさんが言ってたんだ。

 たしか……。


『えっ? 狩りの時のリックがどんなだって?

 そうだなぁ、まず足が速いのもそうなんだが動きがはやい。敵の数とか種類とかによって群れの後ろから追い立てるとか、ど真ん中に切り込んで混乱させるとかいろんな事しやがる。これもあいつの判断が早いから出来ることなんだがな。

 パッと見はめちゃくちゃだから、リックが教育がてら指揮に徹してない限りは新米はたちまち置いてかれちまうよ。

 まっ、はやいはやいって言っても一番手が飛んでくるのが早いのはうちのかあちゃんだけどな。ガッハッハ。この前だってな――』

『アタシの何が早いって?』

『ゲホっ! かあちゃんっ!

 い、いやっ、かあちゃんはいつも仕事が早くて気立てがいい。うちのかあちゃんみてえな最高の奥さんをカイ坊も見つけるんダヨって話をしてたんだ。なっ、カイ坊』

『……アンタ、変わり身の早さは青狼族一だよ』



 ……えっと、なんだったっけ?

 たぶん、気の早さなら姉ちゃんが一番だね。

 なんか考えてるうちによくわかんなくなっていると、ドライさんが思い詰めた顔で僕に問いかけてくる。


「……カイトくん。俺いくつに見える?」

「えっと? 十六か七くらい?」


 ドライさんは背も母さんより少し高いくらいで、顔も男の人っていうか、男の子っていう感じが残っている。

 僕からするとどっちにしろ大人の人だけどね。


「俺一応二十一なんだよ。落ち着きとかないのかなぁ。あーっ、チハヤさんにも子供扱いされてるしっ!」


 頭を抱えて唸った後にしょんぼり肩を落として地面に手をつく。尻尾もペタンと寝かしたりした姿はやっぱり落ち着きとかは……、ねぇ?

 で、どうして母さんが出てくるの?


 そう思いっていると姉ちゃんの方から悲鳴が聞こえた。

 姉ちゃんは父さんに捕まったみたいで父さんからジョリジョリ頬擦り攻撃を受けていた。

 姉ちゃんは父さんの顔を必死に剥がそうとするけど、父さんはまったく意に介さずにスッゴく楽しそう。

 でも、父さんのちょこっとのびた夕方のヒゲはまた痛いんだよね。

 僕、あれだけは間違いなく凶器だと思うんだ。


 ひとしきりした後に父さんは満足そうな顔をして姉ちゃんを解放する。

 やっとこさ解放された姉ちゃんはほっぺたに手を当ててへたりこんでいた。


「よし、次はカイトだな」


 父さんが僕の方を見てニカッと笑う。

 えっ、次は僕? 何が?

 まさかっ、あの頬擦りをって事っ?

 そんな、走れない僕になんて残酷なっ!

 しかし、逃げることもかなわない僕は目をギュッと瞑って運命を受け入れることにした。


 父さんの砂利を踏む足音が一歩近づく。


 僕は喉をならして生唾を飲み込む。


 父さんの砂利を踏む足音がまた近づく。


 僕のギュッと握る手のひらがどんどん汗ばんでいく。


 ――さようなら、僕のほっぺの皮。


「やめてぇーっ!」


 僕がほっぺの皮にお別れを済ませた時、姉ちゃんの声が僕と父さんの間に割って入った。

 僕はうっすら目を開けると姉ちゃんが両腕を広げて僕をかばうように立ちはだかっていた。


「姉ちゃんっ!」

「カイトにそんな事しないでっ! あたしなら、あたしならどうなってもいいから」


 姉ちゃんが怪人ヒゲジョリジョリマン(とうさん)に訴えかける。


「んなっ! 何言ってんだソーラ。ソーラにやったようにカイトにするだけじゃねぇかっ!」

「いいんだ、姉ちゃん」


 ヒゲジョリマンがなんか言っているのはよそにおいといて、僕は後ろから姉ちゃんの肩に手をかける。

 姉ちゃんが振り向いて答える。


「いいことないよ。カイトにあんな思いをさせたくないんだから」

「ありがとう。でも僕にはわかるよ、姉ちゃんのほっぺはもう限界だって……

 これ以上は姉ちゃんのほっぺが無くなってしまうよ。だから、いいんだ」


 僕たちがお互いかばいあっていると父さんがものすごく狼狽える。


「……オオイオイ、俺のほっぺスリスリはそんなに嫌だってのか?」

「「うん、スッゴく痛いからイヤ」」


 あれはスリスリなんて生易しいもんじゃないんだよ。決して。


「なんてこった、そこまでだったとは。効いたぜぇ……」


 父さんが地面に手をつくと、ドライさんと肩を並べる。

 ヒゲジョリマンの野望はやぶれた。


「あらあら、いい感じに暖まってるみたいね。こっちの準備もいいわよ」


 そうこうしてたら母さんが来た。

 大きな葉っぱのお皿にはお肉がてんこ盛り。スゴいなぁ、なんの肉だろうなぁ。





「ほいっ、ほいっ。よっし、カイトこれいけるぞ。こっちはソーラだ」


 父さんが石板の上で焼いた肉を名誉挽回とばかりに手際よく取り分けてくれる。

 父さん張り切りすぎて、僕の取り皿は山盛りからぜんぜん減らない。


「カイトこのお肉美味しいねっ」

「う、うん。そうだね」


 姉ちゃんはこのお肉が気に入ったみたい。父さんが取り皿に分けたそばから一瞬で口のなかに消えていく。

 さすがというか、姉ちゃんの取り皿のなかは常に空だ。

 僕はたまに姉ちゃんは味を感じる前に飲み込んでるんじゃないかと思ってるんだけど、そんなことはないみたい。

 そのお肉の味はというと、ちょっと癖があるけどギュッギュッと噛むたびに口のなかに旨味が広がる。岩塩をちょこっとつけるとまた旨味が引き立つんだ。確かに美味しい。ちょっとだけ固い気もするけど、それも姉ちゃん好みだ。

 でも、美味しいけどあんまり食べたことのない味かも。


「うふふ、喜んでくれてよかったわ」


 母さんがせっせと岩塩を削りながら言う。


「ねぇ、お母さん。これなんのお肉なの?」

「これはね、熊のお肉よ」


 へぇー、熊かぁ。熊ははじめてだなぁ。

 熊、熊ねぇ。今日のあの魔物も熊だっけ?

 えっ?


「このお肉ってあれなのっ?」

「ええ、あれよ。カイトとソーラをいじめたからちょっと母さんがおしおきしてあげたの」


 母さんがウフフと笑う。


 わーお、ちょっとおしおきしたらお肉になっちゃうんもんなんだねぇ。


「ふーん、あいつって美味しいんだね。あたしがカイトを守れるようになったらいっぱいとってやろっと」


 守るはずが逆に攻めていくつもりの姉ちゃん。

 うーん、頼もしいなぁ。

 僕はちょっと驚いたけど、こうしてみたらやっぱりお肉だしね。

 エリンちゃんはというと、全くそんなことも気付きもしていない様子。小さな一切れのお肉をガフガフと悪戦苦闘しながらかじっていた。


「さてお前ら、そろそろ肉ばっかりもあれじゃし、野菜もやろう」


 シイ様がそういうと、小さな樽を二つとキャベツを出した。


「うっ」


 姉ちゃんが一瞬顔をしかめる。


「なんじゃ、ソーラは野菜が嫌いか?」

「嫌いじゃないけどキャベツとか苦手かな」


 姉ちゃんは実は葉っぱものの野菜があんまり好きじゃないんだ。


「ふむ、カイトはどうじゃ?」

「僕は好きです」


 好きと言うか好きにさせられたというか。

 姉ちゃんがいつも隙をついて、自分のお皿にある葉物野菜とか僕のお皿にのせてるうちね……。


「ふむ、そうかそうか。じゃあカイトにはわしがスペシャルな食べ方を教えてやろう」


 そう言ってシイ様がキャベツの葉っぱを丁寧にむしる。水玉が剥いたところから飛び散ってコロコロ転がる。

 なんだか、少しだけ涼しくなったような?


「ところでそのキャベツなんか色が赤っぽいんですね」

「あぁ、ムラサメキャベツじゃ」

「へー、ムラサキキャベツかぁ」


 紫色だからムラサキキャベツっていうんだね。そのままだなぁ。


「この葉の柔らかいところを使ってじゃな」


 シイ様が手際よく更に葉っぱを切ってその上にお肉をのせる。


「そして、わしの秘伝のアブラナタブラの蕾のグランドマスタード漬けをちょこと乗っけてっと」


 え? あぶららたぶるあ? 言ってるうちに舌が玉結びになりそうな名前の花だけど、菜の花に似ている。それのカラシにつけたようなのを乗せるとクルクルクルと巻いた。


「ほれ、食うてみ」


 シイ様から差し出されたものを受けとる。

 ふんふん、これはおいしそうだ。正直お肉だけばっかりってのもなんだったしね。


「いただきます、あー……ンッ!」


 かぶり付いてシャキッとした歯応えの瞬間一瞬冷気が口のなかに満ちたけど、すぐにあつあつのお肉の肉汁がその冷気を埋めつくし出す。さらにちょっと辛い花の蕾の漬け物がアクセントを効かせてさらに美味しさをひきたさせると言うか……。

 ガフガフガフ、僕は夢中でかぶり付いた。


「ニシシ、カイトのお気に召したようじゃの」

「……、カイトそんなに美味しいの?」

「ン? ンーッ! ほれっ、すごっ。……ンーッ!」


 僕は口に頬張ったまま頷いた。ちゃんと口で説明したかったけど、僕は途中で諦めた。

 だけど姉ちゃんには伝わったみたい。


「ニシシ、ソーラも食うてみたくなったか?」

「えっ、うーん、でもぉ」

 姉ちゃんが迷っている。食いしん坊の姉ちゃんに僕の姿を見せられたらたまらないはずだ。


「ふふふ、ソーラや。なぜわしが千年たっても若々しい姿なのか教えてやろう」

「えっ? なんでなの?」


 ずいぶん脈絡のないシイ様の問いかけに姉ちゃんがなんの不思議もなく聞き返す。


「それはな、野菜をしっかり食べるからじゃっ!」

「なっ、なんていうことなの」


 シイ様が胸をそらして答える。もし効果音があるならババーンだと思う。効果音ってなんのことだろうね。


「えっ、それじゃあお母さんが近所の人によく若いわねって言われるのも?」

「ええ、お野菜をしっかり食べてるからよ」

「それじゃあ、お父さんのヒゲが固くていたいのも?」

「……俺はなんて答えりゃいいんだ?」


 姉ちゃんの奇妙な問いかけに父さんは答えられずに渋い顔をしているけど、姉ちゃんなりに納得したみたい。

 僕はドライさんをちらっとみた。ドライさんはきっとお野菜を食べ過ぎたんだね。何事もバランスなんだね。


「あたし、お野菜を食べるよ」

「お、その粋じゃ。ソーラがずっと若さを保つことが出来たら、きっとカイトも大喜びじゃろうて。の? カイト」

「えっ? う、うん」


 シイ様はさっき僕に作ってくれたように作りながら話をふってくる。

 突然話をふられて僕は反射的に頷く。


「ほれ、ソーラや」

「ありがとうシイ様」


 姉ちゃんがシイ様から受けとるも、一瞬食べるのを躊躇する。


「姉ちゃん、ガブッといってごらん」


 僕は姉ちゃんを励ます。


「わかった、カイト。もしダメだったらカイトつねるからね」


 ねぇ、どうしてそうなるの?


 僕はそう思っていると、姉ちゃんが目をつぶってかぶりつく。

 姉ちゃんの目がカッと見開かれたまま固まる。


「ね、姉ちゃん?」


 僕が声をかけると口がモグモグと動き出してゴクンと飲み込む。


「おいしーーーっ!」


 姉ちゃんが両手を口に添えて叫んだ。

 わかるよその気持ち。“ウマイ”っていう判子があったらポンッて押したくなるよね。


「ニシシ、お気に召したようじゃな」

「うん、すっごい美味しかった。シイ様、あたしもっとたべたい」

「あっ、僕も」

「おお、そうかそうか。ちとまっとれ、順番から言うとカイトからかの」


 そう言うとシイ様は鼻歌を歌いながら、丁寧にムラサキキャベツの葉っぱをむしる。

 シイ様の動きがゆっくりだから姉ちゃんがウズウズすると。


「よしっ、あたし、自分でするねっ」

「あっ、イカンっ! 止めるんじゃ」


 シイ様が制止するのと同時に姉ちゃんが乱暴に葉っぱをむしる。

 でも、どうしてそんなに慌ててるの?


「えっ? ひょっ!」


 姉ちゃんがすっとんきょうな声をあげると、空気中の水分が姉ちゃんに集まって姉ちゃんを氷のなかに閉じ込めた。


「う、うわぁっ! 姉ちゃんっ!」

「あちゃー」

「あらあら」

「あー、ドライ。やかんでお湯を沸かしてくれ」

「はい」


 僕の慌てっぷりとは別にみんなはいたって冷静。


「父さんっ! 姉ちゃんが姉ちゃんがっ!」

「あー、あー、落ち着けカイト。ソーラは大丈夫だから」


 父さんが僕の頭を撫でてなだめているうちに、ドライさんのお湯を沸かしているヤカンがピーってなった。


「アチチ。リックさん、湧きました」

「お、サンキュー。カイト、こういうときはなこうやって」


 父さんが姉ちゃんにお湯まんべんなくぐるぐるかける。


「お湯をかけて三分待ったら大丈夫だ」


 そう言って懐から三分砂時計をだした。

 なんてインスタントな……。

 なんだかよくわからないことが頭を過りながら砂時計を見ていると、半分くらいのところで姉ちゃんの氷がピシピシと亀裂が入って中から姉ちゃんが出てきた。


「おっ、ぜんぜんはやかったの? 抵抗レジストしとったんか?」

「そうみたいだなぁ、やっぱうちの娘は気合いが違うなぁ」


 えっ、なに? どうなってるの?


「なんて、なんて危険なお野菜なのっ」


 姉ちゃんが息を荒くしながいう。あれってムラサキキャベツのせいだったの?


「ムラサメキャベツはな、“剥けば玉散る氷の葉っぱ”といってな。葉っぱを乱暴に剥いたりすると強力な冷気が襲いかかってきて氷結状態にさせるんじゃよ。ちなみにアブラナタブラ科の仲間じゃから食べると魔力とか回復するんじゃ」


 ムラサキじゃなくてムラサメか。

 口のなかにいれたときなんとなく口の中がひんやりしたのはそのせいかな。

 ムラサメキャベツの特性は一見怖いけど、あの味はムラサメキャベツじゃないと出せないよね。

 危なそうなものをあえて食べてみる、そしてその先に美味いがあるかぁ。

 奥が深いなぁ。


「こうやってゆっくり剥いたら大丈夫じゃ」

「こうかな?」


 姉ちゃんがシイ様に教えてもらいながらゆっくり剥く。

 よかった野菜嫌いにはならなかったみたいだ。

 そう思うとシイ様は、また樽からさっきの辛いやつをちょこっとつけて僕にくれる。

 僕はそれを頬張る。

 んー、おいしーっ。

 あっ、そういえば。


「シイ様、あっちの樽はなんですか?」


 シイ様は樽を二つだした。ひとつはあぶらららぶr……花の蕾のグランドマスタード漬けっていうだっけ? この辛いやつね。

 もうひとつはさっきの時も今も開けて使う様子は無かったしなんなんだろう。


「あぁ、これはな。酒じゃ」

「あー、お酒かぁ」

「おおっ! やっぱ酒かぁ。さっきからご機嫌になる臭いがしてたんだよなぁ」


 少しだけがっかりする僕の後ろから、父さんのテンションがものすっごい上がる。


「ニシシ、この酒はちょっぴりレアじゃぞ」


 シイ様も楽しそうに樽をまさぐる。

 あれ? 柄杓とか使わないのかな?

 そう思っているうちになにかを取り出した。

 あれ?


「じゃーん、これじゃ」


 シイ様が取り出したのは桃。お酒は?


「シイ様、それはただ酒に浸けてた桃じゃねぇのか?」

「ちがわい、これ自体が酒になっとるんじゃ。妖精の祝福を受けた桃に、酒妖精に頼んで酒にしてもらったんじゃ。さ、やってみるがええ」


 父さんがシイ様から桃を受けとると、ヘタを持ってくるくる回して眺めてから丸飲みした。


「おいおい、一気飲みは禁止じゃぞ」


 あれ一気飲みになるんだね。


「くあー、結構きついんだな。うまいっ! ドライ、お前ももらっとけ」

「いや、俺は酒はあんまり――」

「そうじゃぞリック、お前ともあろうやつがまだ成人もしとらんようなのに酒を勧めるとは」

「いただきます、シイ様。俺、大人なんで、二十一なんで大丈夫です」


 ドライさんがゆらりと立ち上がる。子供扱いされたのがあれだったみたいだ。


「へ、もう成人もとっくに終わっとったんか。人は見かけによらんのう」


 一番見かけによらない人がそう言うと、樽から桃のお酒を取り出してドライさんに渡す。

 ドライさんがしれっと母さんの横に座る。


「チハヤさん、見ていてください。これが大人の飲みっプリです」


 そう言うと父さんとおんなじように一気に丸飲みする。

 でも、父さんと同じようにいかなかったみたいで、喉を詰めたらしく、胸をドンドン叩いたあとにふらっと倒れそうになると母さんが受け止めた。


「ドライくん、大丈夫?」

「チハヤさん……、いやお恥ずかしい。チハヤさんにこんなカッコ悪い姿を見せてしまうとは思いもしませんでした」


 冒険者バッグの下敷きになって伸びてたのはカッコ悪いカウンターにカウントされてないんだね。


「俺はもう……、ダメです」


 そう告げるとドライさんの力が抜ける。

 僕は姉ちゃんに耳打ちする。


「大丈夫なのかな? ドライさん」

「大丈夫だよ、ドライさんいやらしい顔になってるんだから。ほら、鼻が膨らんだ」

「ほぉ?」

「いやっ! ちがっ! うがっ!」


 僕の耳打ちに対して姉ちゃんが大声で言う。ドライさんがそれを聞いてあわてて弁解を始めようとしたけど、父さんにガッチリホールドされる。


「旦那の目の前で嫁からのラッキースケベを狙おうとはいい度胸だ」

「誤解ですっ! 誤解なんですっ! そんなつもりはさらさらっ! あーっ!」


 ドライさんは父さんに地獄に連れていってもらっているうちに、エリンちゃんがシイ様の袖をちょんちょんと引っ張る。


「ん、どうした?」

「……。」ヒソヒソ

「この桃を食ってみたいじゃと? ダメじゃダメじゃ、お前に酒は百年早い」

「……。」ショボーン


 きっと言葉通りの意味なんだろうね。




「よし、ドライっ! なんか宴会芸やれ」


 しばらくして藪から棒に父さんが無茶ぶりをする。


「えっ? えんかいゲい?」


 父さんに振り回されてドライさんお酒回っちゃったみたいで、ろれつがちょっと怪しい。


「そうだ、こういうのだ」


 父さんが立ち上がると手首足首を軽くぷらぷらすると。


「一番、リック。川の上を走るぜっ! ウォォォォオっ!」


 言うやいなや父さんは水飛沫をあげて、川の上を走っていってそのまま帰ってきた。


「スゴーイ、お父さん」


 これには姉ちゃんもご満足、戻ってきた父さんのところへ尻尾をふりふりしながら駆け寄った。


「なに、エリマキトカゲを見て俺もできるんじゃねぇかなって思っただけだぜ」


 うーん、父さんくらいになるとまず思っちゃうもんなんだね。


「リックばかりにいいところは見せられないわね。二番チハヤ、川の上で舞います」


 え? 舞っちゃうの?

 僕は静かに見守っていると、母さんは川の水に静かに足をのせて川の中央へ向かう。トントントンと、のせたところに小さい波紋が広がるだけで、母さんは沈む様子もなく扇子を広げて舞踊を始めた。

 しばらくして舞踊が終わるとそのまま何事もないかのようにトントントンと戻ってきた。


「お母さんすごすぎっ!」


 姉ちゃんは父さんから飛び出して母さんに抱きついた。父さんはちょっと捨てられた子猫みたいになってたけど、僕にはそれどころじゃなかった。


「カイト? どうしたの」


 母さんの声で我にかえる。口を開けて母さんのことをぼやっと見てたみたいだった。


「あっ、いやっ、すごく、あの、すごいなって思っ。ふがっ!」


 僕、何をいってるんだろう。言いながら自己嫌悪に陥りそうになると鼻をつままれる。

 そのあと僕の頭を優しく撫でてくれた。


「うふふ、狐にでもつままれたかしら? でもあれはね、実はタネがあるのよ」

「あっ、そうなんだ。どんな?」


 タネがあるのかあ。たしかに父さんみたいな右足が沈む前に左足をって言う感じじゃなかったもんね。

 タネがあったら簡単なのかも。


「足のおきたいところに葉っぱを千切って浮かべるの。それを足場にするだけよ」


 へぇー。

 で、タネどこ?


「さっ、ドライ。出番だぞ」


 しかし、こうなってくるとドライさん敷居が高いなぁ。


「こうなりゃ自棄です。シイ様、桃の酒をもう一個貰えますか?」

「ほいよ」


 ドライさんはシイ様からもらった桃をがぶがぶかぶりつくとシャツを脱いで上半身裸になる。

 小さい小さいとはいっても、引き締まった狩人の体はさすがにたくましい。


「俺はこう見えても、泳ぎには自信があるんです。

 見てくださいっ! シイ様の桃のパワーのおかげでなせる俺の技をっ!」


 そう言うとドライさんは小川に繰り出していくと。


「あーっ! あーっ! あーっ!」


 ……ドライさんがゴロンゴロん転がってどんどん流されていく。

 そして、先の方の少し流されていったかと思うとズブズブズブって沈んでいった。


「わちゃー、ダメだこりゃ。チハヤ頼む」

「はい、法力開放」


 父さんが目も当てられないって感じをしながら指示を出す。

 母さんが法力開放をすると、すぐに式紙をドライさんの沈んで行った方に真っすぐ飛ばす。


【---------】


 式紙から言葉が聞こえると、水面が大きく避ける。そこに父さんがドライさんを担ぎにいったところで、そのまま足を止める。

 避けた水面が元に戻る。


「……ここ、普通に足付くじゃねぇか」


 しかも、父さんの膝上丈くらいだった。

 小川だもんね。


 父さんがドライさんを担いだままざばざば戻ってくると、ドライさんをごろんと寝かす。

 ドライさんがうめきながら目を覚ました。


「うっ、……カイトくん、良い子はお酒を飲んでお酔いじゃ駄目だよ。溺れてしまうからね……。ガクッ」


 うーん、まず良い子はお酒を飲んじゃ駄目なんだ。



 そんな感じで今日の一日は終わり。

 なんだかいろいろあってとっても長かった気がしたけど


 うん、楽しかったかな。

 


 《アブラナタブラ科》

 植物型の魔物。

 アブラナタブラ科は多種多様な特性を持つが、いずれも食べることにより魔力や法力などの回復が大なり小なり見込まれる。

 摩訶不思議な事に、アブラナタブラ科の植物からとれる種を植えるとタネを採取した品種とは違う品種のものが育つことがよくある。

 そのため、あまり人工栽培しても二期目三期目にはばらばらな品種のものが育つ畑になるため安定しない。

 原因は不明である。



 《アブラナタブラ》

 アブラナタブラ科

 アブラナタブラ科のうちもっともポピュラーな品種。獣人の森ではよく見かける。

 菜の花によく似た植物で菜の花畑にしれっと紛れ込んで咲いていることもよくある。菜の花と違って油はあまり取れないため菜の花畑の栽培者は豊作だと思ってがっかりする事もよくある。

 しかし、アブラナタブラは食べることにより滋養強壮、魔力法力などの回復、胃腸の調子の改善などがあり有用である。

 食べる部分は主に花の蕾で、菜の花から作った菜種油で天ぷらにするのが一番美味しいと言われているが学者により諸説別れる。



 《ムラサメキャベツ》

 アブラナタブラ科

 ムラサキキャベツによく似た結球を作る品種。

 “剥けば玉散る氷の葉っぱ”と言われるように、その葉は冷気を包んでいる。 この結球をなしている葉が破れると冷気を一気に放ち破ったものを氷結状態にさせる。ただし、優しくゆっくり剥くと氷結させられずに剥くことができる。

 生の葉っぱは口にいれた瞬間一瞬ヒンヤリとするがほのかな甘味があり夏バテに効く。火を通した場合は普通のキャベツと変わらず食べることができる。

 また、ムラサメキャベツは収穫したあと暗いところに置いておけば自身の冷気のせいか、かなりの長期間保存ができるため保存食になる。まわりに野菜を置いておくと他の野菜も少しだけ長持ちする。

 春の終わりから夏の始まりあたりにかけて自分の結球を破って蕾を伸ばして花を咲かせる。この時に周りに強烈な冷気を浴びせるため、生命力の弱い植物は枯らされてしまう。

 これによりムラサメキャベツの花を咲かせるために使った養分を補っているのだと言われている。

 この時に近くを通ると氷結させられてしまうのでこの時期のムラサメキャベツには気を付けよう。

 なお、ヒヤリンスが近くに生えていると、放たれた冷気を全て吸いとってしまうためムラサメキャベツの冷気攻撃は無効化される。


《グランドマスタード》

 アブラナタブラ科。

 見た目はアブラナタブラに比較的似ているが丈が高い。グランドマスタードはその種が特徴的で、大きく粒状でなく親指程度の大きさになる。形はチェスの駒そっくりのものができ、ポーン型、ナイト型、ルーク型、ビショップ型、クィーン型、キング型ができ。ポーン型が形としては一番よく見かける。さらに黒色の種になる株と白色の種になる株と別れる。

 種は磨り潰して練る事により薬味になる。これには消毒作用などがある他、活力を高め体力を補強する薬にもなる。ただし、とっても辛い。

 消毒作用を利用して漬物などに利用すると長期間保存することができる。

 辛さは種の色で若干の風味が駒の形で辛さのグレードが少しだけ変わるため、好みによって混ぜる比率を変えると仄かな違いを味わえる。

 チェスの駒に似ているだけあって、この種を使ったチェスによく似た盤上ゲームも楽しまれている。

 ただし、チェスによく似たこのゲームは負けた側は取られた駒を磨り潰して口に突っ込まれるという罰ゲームを受けるため、駒は消耗品である。

 なお、取られた駒の数によるが最大で三日程度は食べたものの全ての味が激辛になり寝込んでしまう。

 薬も過ぎれば毒である。

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