「あまぁぁい!」
「ふー、肩凝るのぉ。」
「ふふ、お疲れ様ですシイ様」
母さんは東紙の束を板で挟んで風呂敷に包む。
「チハヤもごくろうさん。とはいえ、特に疲れた様子もないのがいつもながらさすがじゃの」
シイ様はニシシと笑ってからこっちを向いた。
「お主らなにキョトンとしとる、ちゃんと見とったか?
まぁ、はじめてならこんなもんかの?」
「そうですわね、私もはじめてのときは雰囲気の違いに圧倒されましたし。
……そういえばこの子達の前で全力の法力解放したのもはじめてかもしれませんわ」
「なんじゃ、てっきりリックを折檻するのに何回かしとるかと思うたわ」「まぁっ! そういうときは村に被害がでないところまでちゃんと連れていってからに決まってますわ。淑女のたしなみでしてよ。」
「ニッシッシ、淑女が聞いてあきれるわ」
母さんとシイ様の和やかにする物騒な話に、僕たちはようやく我に返った。
「す、すごい……」
「お母さんもシイ様もかっこいい」
「……。」コクコク
僕たち三人は口々にそんなことを漏らす。正直、まだ圧倒されていたから今はちょっとそれが精一杯だった。
「はは、かっこいいか。照れるの。まぁ、様式美ってやつじゃよ。一つの作法じゃな」
「東法術士をやるならあなたたちもする事になるわ。ある程度一人前にならないと法力が足りないけどね」
あれをやるのかぁ、難しそうだなぁ。僕にできるのかなぁ。
姉ちゃんなら……?
姉ちゃんの顔を見てみると、姉ちゃんもまだ口を開けてぽかんとしている。
うーん、やっぱりあんな雰囲気出せそうにないね。
「法力はともかく、この手順についてはたぶんもうちょい気軽にできるとは思うがの。
なんていうか、喜樹もチハヤが法力をもう覚えとるみたいでな。いつもチハヤがここについたとたん、もうウキウキして東紙作りはじめとる。逆にチハヤが東紙もらわずに帰ったときなんかがっかりしとるがの」
喜樹ってそんなフランクなんだね。村の村長さんとかよりももっと頑固なおじいさんみたいな感じなのかと思っていたよ。
「作法と言えば、茶でも飲むか? もうちょっとゆっくりしていくんじゃろ?」
「ええ、そのつもりです別に急いで戻る用事もありませんし。散開した分の法力が帰ってくるのも時間がかかりますしね。さ、あなた達もこっちにいらっしゃい。シイ様のお茶をいただきましょ」
「あっ。シイ様」
姉ちゃんがお茶の準備をしようとするシイ様を止めた。
「ん? なんじゃ?」
「あたしね、エリンちゃんと遊びたいなって思うんだけどダメかな? せっかく知り合ったんだから、あたしおともだちになりたい。ね、カイトもそうだよね?」
僕もうんと頷く。でもちょっとだけ気になるところが。
「うん、ぼくもエリンちゃんとおともだちになりたいです。ちょっとこのへん見てみたいですし。んー、でもエリンちゃんってぼくと同じくらいに見えますけど。歳は赤ちゃんですよねぇ?」
僕の言葉に姉ちゃんが「あっ」っていうと顔を見合わせる。
赤ちゃんならあんまりお母さんと離れない方がいいよね?
二人でうーんと唸っているとシイ様は手を横に振る。
「あーあー、いやな。さっきも言った通りエリンは赤ん坊というより分身というかそんな感じじゃから、歳こそまだ2週間じゃし知識も知恵もまだまだ足りぬ。妖精としての力もまだ大してないのじゃから未熟なのは間違いない。
ただの、腹に宿した子とは成長の仕方が少し違うての。んーまぁ、簡単に言うとエリンは自分で考えれるし、自分で動き回れるからおぬしらとそう変わらんよ」
本当不思議だなぁ。でも、一緒に遊べそうだね。よかった。
「お主らがエリンの友になりたいという申し出はわしとて非常にうれしい。むしろわしからお願いしたいほどのことじゃった。ほんに、ありがとうな。
エリンもお主らのことは気にいっとるみたいじゃし、しゃべれんからちょっと表現が拙いがよろしくしてやってくれ」
シイ様がにっこり答えた。姉ちゃんが両手を飛び上がるとそのままエリンちゃんに向けて手を差し出した。エリンちゃんは姉ちゃんの人差し指を両手で握る。
あぁ、大きさが違うから握手するとそうなるね。
「やったねっ! エリンちゃんよろしく! あ、まだ名前言ってなかった気がする。あたしソーラだよっ!」
「ぼくもよろしくねエリンちゃん。ぼくはカイトだよ」
「……。」ニコニコ
エリンちゃんは嬉しそうに僕たちの頭の上を飛び回った。エリンちゃんもすごく喜んでくれているのがよくわかる。小さい体ですっごく大きな表現だね。
「あ、でもあなたたち。森は危ないわ。うっかり迷ったら戻れないわよ?」
「まぁ、そのあたりはエリンとて未熟なれど妖精の子じゃからな。この森の中ならどこからでもここなり村なり行けはする。が、問題は魔物じゃな」
そういうと、シイ様は土筆みたいなのをどっからか出して握るとむーんって小さく唸る。
「……今、仲間に聞いてみたところでは100メートル四方くらいは特に危ないのはおらんそうじゃし大丈夫そうじゃの」
あの土筆みたいなのでお話できるのかな?
「そうですわね、さっきの感じでは半径50メートルに魔物はいてませんでしたわね」
母さんがシイ様に続けると、シイ様が驚いた顔をして母さんの方を見た。
「む? おぬしいつのまに見たんじゃ?」
「いいえ? 法力開放した時の話ですよ?」
「な! そんなの聞いたことない! どうしてわかるんじゃ!」
「ふふーん、淑女のたしなみですわ」
「はぁ、淑女って何じゃったかのぉ」
母さんは鼻を高くして胸をドンっと叩く。シイ様は小さい体で大きなため息をする。
シイ様にも淑女って言葉がわからないようだ。千年生きててもわからない事もあるんだね。
「本当にでたらめなやつじゃ。……まぁ、お主も言うならそのあたりは大丈夫じゃろ。
ソーラっ! カイトっ! 森に入ってもいいが少なくとも喜樹の下に居るわしらが見える位置までにせいよ。
だったら大丈夫じゃ。絶対遠くにはいくなよっ! 絶対じゃぞっ! 約束じゃぞっ!」
「あと川には絶対に近づいちゃだめよ。絶対よ」
「はーいっ、じゃあカイト、エリンちゃんいこっかっ」
「うん」
「……。」コクコク
僕たちは姉ちゃんを筆頭に藪の中に進んだ。
その時なぜか、母さんたちの念の押し様にすっごくおっきくて足がすごく速い鳥の事が思いうかんだ。
なんでなんだろうね?
◇◆◇喜樹の広場近くの藪の中◇◆◇
――広場から少し離れた木々の間。
光月の恵みを貯めておくために葉が生い茂っている。
黄色や赤色の大きな花を咲かせている低木や小さな実をつけているものもある。
いろんな色、いろんな香り、いろんな音。
森にはたくさんのものの息吹が感じられる――
◇◆◇
「うわー、村からここに来るまでにも思ったけど全然見たことない花とかいっぱい!」
姉ちゃんが大きな声ではしゃいでエリンちゃんと一緒に花のにおいを嗅いだりしている。そんなのをよそに何気なく地面にある石をひっくり返してみる。
うわっ! ここのダンゴムシでっかいっ!
拾った木の枝でつんつんするとダンゴムシがくるんと丸まる。面白いよねダンゴムシ。
木の枝にダンゴムシを乗せたりしたりしていると、エリンちゃんが何か探しているみたいだった。
「……。」キョロキョロ
「……。」!
エリンちゃんがなんか見つけると姉ちゃんの服の袖を引っ張っている。
僕は枝にのせたダンゴムシを斜めになってる石の上に乗せようとする。
「エリンちゃん。どうしたの?
あっち……? わーっ! なにあれ、赤くて小っちゃくってかわいい実だね!」
姉ちゃんは実のあるところまで駆け寄る。そしたら、エリンちゃんが「見てて! 見てて!」って言うように踊り出た。
僕はなかなか石の上に行かずに枝を伝って僕の方に上ってくるダンゴムシに悪戦苦闘する。
「……。」プチンっ、あーん、もぐもぐ
エリンちゃんは一粒その実をとる。そしてあーんと小さい口をいっぱいに広げって頬張って食べて見せた。
へー、食べれるんだおいしいのかな?
そう思いつつ僕はなんとかダンゴムシを石の上に移せた。
よしっ、やるかっ!
「えー! そのかわいいの食べれるんだー」
「……。」ウンウン
姉ちゃんが赤い実を口にいれた。
僕はダンゴムシをツンツンとするとくるんと丸まったダンゴムシが石の上から転がっていった。
「私も食べてみよ! んー?! すっぱい、あまい? あまずっぱい!
おいしいね! カーイートー! これおいしいよー!」
姉ちゃんが手招きして呼ぶ。
僕もちょうど一仕事終えたところなので姉ちゃんのほうに駆け寄ることにした。
「えー、なにー?
……あぁっ、姉ちゃんまた拾い食いしてるの?」
「なっ! カイト! またって何よ、失礼ねっ! 違うよ!」
「グエー! くるしいー! じょっ、じょうだんですぅぅ」
僕を宙吊りにして締め上げる姉ちゃん。
あいかわらず容赦がありません。僕はこうやって日々鍛えられています。
「フンダッ! ……まぁ、いいわ。
それよりもね、エリンちゃんの教えてくれたこの赤い実がおいしいのっ」
「これ食べれるんだ? へー」
僕もプチンととってみると少し眺めて食べてみる。
「んー! あまぁぁい!」
僕は赤い実を口に含みながら大声で美味しさを表現する。
さっきのシイ様の桃ほどとは言わないけどスッゴク美味しい。
僕はそんな感想を目に込めて姉ちゃんを見ると、姉ちゃんが目をジトッとさせながら手のひらを上にして腕を広げる。そして大きく息を吐きながら首を大袈裟に振る。
……僕、なにかまちがっちゃった?
「はぁーあっ、カイトはまだまだ子供ねぇ。
グルメなあたしくらいになるとね、その味は甘酸っぱいっていうのよ」
姉ちゃんは人差し指を立ててみせて鼻をみゅーんと高くする。
いやいや、いやいやいや。甘酸っぱいくらい知ってるけどね。
でもそうじゃないんだよ。
「全然酸っぱくなかったよ? シイ様の桃の次くらいに甘かったよ?」
姉ちゃんの高くした鼻がポキンと折れるととたんに焦りだす。
「あれれぇ? ウソー! もう一個食べてみよ……
っっ! やっぱり酸っぱいじゃない!
……っていうか甘さもさっきより全然ないなぁ?」
姉ちゃんが僕に噛みつきそうな勢いで言う。
さっきより酸っぱいって同じ木からなってる実なのに?
姉ちゃんとうーんと唸っていると、エリンちゃんが一粒プチンと取ると姉ちゃんに差し出した。
「ん? エリンちゃんどうしたの? この実をくれるの?」
「……。」ウンウン
「ありがとー。パクっ。―――ッ? あまぁぁぁい!」
姉ちゃんがびっくりするような声を出す。回りの小鳥とかが一瞬鳴きやんだりする。
僕は鳥の囀ずりがあった辺りを見た。
なんかごめんね?
「これ、スッゴク甘くて美味しかったっ! エリンちゃんありがとう!」
「……。」ニコニコ
姉ちゃんが喜んでくれて嬉しかったのか、エリンちゃんがひらひら八の字に飛ぶ。
ふむふむ、わかったぞ。
「この実はひとつずつ味がすごい違うみたいだね。
んー、おっきいのがいいのかな?
……んーっ! すっっっぱい!
エリンちゃん、これって甘いのと酸っぱいのは妖精にしかわからないのかな?」
「……。」フルフル
「ふんふん、ぼくたちでもわかるんだね」
「カイト、これはおもしろそうね! あたしたちだけで甘いのを当てれるようになってやるんだから!」
姉ちゃんが鼻息を荒くする。恐ろしい事になりそうだ。おそらく、ここらへんにある甘い実を食べ尽くすつもりなんだろう。
そう思っているそばから、端から順にひょいひょい食べ出す。
姉ちゃんが口をすぼめてすごい顔をする。端から食べて端から酸っぱいのに当たっているみたい。酸っぱいのを引く才能があるみたいだ。
とは言っても食べなきゃ分からないから僕も食べては姉ちゃんに感想を言う。
僕らがそうしている様子をエリンちゃんが僕の頭の上に乗っかりながら見てた。妖精ってほとんど重さ無いんだねぇ。
それはそれとして、なんとなくわかってきた。
「……ねぇねぇ、もしかしたらさ。おっきいのより小さめで色の濃さは関係なくて実がプリプリしてるやつが甘いのかも?」
「えー? カイトほんとー? えーと、じゃあコレとか?」
「んー、うん。それ甘いかも」
「……そう。……カイトを信じてあたしたべるよ。でも、もし……」
姉ちゃんが凄く決意の込めた顔で言いながらためる。
そういう顔については、ちょっと使いどころを間違っているんじゃないかと思うんだけど。同じように返してみる。
「もし……?」
「……もし酸っぱかったらソーラちゃん奥義カイト殺しのハグだからねっ!」
「なんて物騒な技名なんだっ!」
僕のつっこみを聞くな否や、姉ちゃんは意を決して目をつむりながらパクッと口にいれる。
そして、緑色の瞳をカッと見開くとダッと僕に向かってすばやく突撃してきた。
ヤバいっ、外れたのかっ!
僕は姉ちゃんの素早い突撃に対応する間もなく抱きつかれる。
「グエー! 姉ちゃんご無体なぁぁ。……あら?」
僕はばたばたしてみるけど姉ちゃんはびくともしない。けど、姉ちゃんも対して力を入れてないことに気がついた。
「カイトすごーい! 今のね、今のね、すごーくすごーく甘くて美味しかったよ!
カイトえらい! カイトかしこい! カイト大好き!」
どうやら僕はカイト褒め殺しのハグを受けたようだ。
――カイトは褒め殺された――
そんなこんなしてるとエリンちゃんがどっかから戻ってきて、「こっち来てー」って感じに袖を引っ張る。そういえばいつの間にか居なくなっていたね。
「なになに? 今度はどんなおいしいの?」
食いしん坊は尋ねると、エリンちゃんは一株の草を指差した。
「え? 草? この草がなにかあるの?」
「……。」ウンウン
「これ見たことあるね。カイトこれなんだっけ?」
「うーん。……ずいぶん株がちっさい感じがするけど、バジルじゃないかな?」
「あー、そうそうバジル! ……でもこれ村にもいっぱい生えてるねぇ」
うーん、庭で育ててる人も多いんだもんねぇ。でも光月ならもうちょい大きく育ってそうなんだけどなぁ。
そう思いながらエリンちゃんの方を見るとやっぱりニコニコしている。
僕は姉ちゃんの方に向き直す。
「……エリンちゃんのことだから凄いおいしいバジルなのかも?」
「カイトの言う通りね。何枚か採ってお母さんに渡してみようか」
姉ちゃんがバジルの葉に手を伸ばす。
ズボォ!
なんてことだっ! バジルは根っこごと宙に飛び上がった。根っこは人型のように見える。
僕はあっけにとられて見ていると、それは地面に足をつけると同時に一目散に逃げ出した。
エリンちゃんは満足げにニシシと笑う。
あっ、シイ様にそっくり。
僕はそんな事を思いながら我に返る。
「はっ! あれってハシルバジルだったのか! 初めてみた!」
「ぃよしっ、カイト追いかけて葉っぱもらうよっ!」
「えっ!」
驚いて姉ちゃんを見ると目をランランと輝かせている。姉ちゃんのかけっこ魂に火がついたみたい。
「あたしはかけっこでは負けないんだから! エリンちゃんしっかり捕まっててね! いっくよーっ!」
「え、待ってっ、そっちいったらダメってばっ!」
制止を聞くまでもなく飛び出す。エリンちゃんも姉ちゃんの肩に乗っかるように掴まった。
ぜったいマズイよこれっ!
僕も見失わないように必死に追いかけた。




