第四十八話 たまもひめ
「妖狐の始祖?まじっすか……」
「知ってるの?真登」
「もちろんっすよ。有名っす!あのたまもひめは、一番最初に生まれた妖狐っす!だから、妖狐にとって、神のような存在っすよ。千年前から、生きてるっす」
妖狐の始祖と聞いて、真登は驚きを隠せない。
どうやら、彼女の事を知っているようだ。
柘榴は、真登に尋ねる。
真登は、たまもひめの事について説明した。
千年前から生きている妖らしい。
彼女が、九尾の命火と化して、妖狐達を守ってきたのだろう。
「そのたまもひめが、姿を現したというのは、どういう事じゃろうか」
「わかりません。ですが、柚月様を思いを受け取ったと話していました」
春日は、たまもひめに対して、疑問を抱き始める。
なぜ、たまもひめは、柚月の前に姿を現したのだろうか。
彼を認めたという事なのだろうか。
夏乃も、はっきりとは、答えられないが、柚月の想いを受け取ったという事は、彼の事を認めたのではないかと予想していた。
「ま、まさか、貴方様が、出てくるとは……」
「この男は、強い意志を持っているという事よ。我を目覚めさせることができるほどにな」
炎尾は、驚いた様子で、たまもひめに語りかける。
たまもひめが、柚月の前に姿を現すとは、炎尾にとっては、予想外の事だったようだ。
たまもひめは、冷静に説明し始めた。
九尾の命火と化したあと、彼女は、眠りについていたのだ。
妖狐達を守るために。
だが、柚月の意思を感じ取り、目覚め、姿を現した。
「この者達は、我らが、想っている以上に、妖の事を大切に思うておる。これで、分かったであろう。炎尾よ」
「はい」
たまもひめは、柚月を認めていたのだ。
信じるに値すると。
彼女も、柚月が本当に信じるに値するか、疑っていたらしい。
だが、仲間達が、柚月を支え、柚月の強い意志を感じ取った事により、たまもひめも、姿を表わそうと決意を固めたのだ。
彼らと共に、和ノ国を、人間と妖を守らなければならないと。
炎尾は、静かにうなずく。
ついに、彼も、認めたのだ。
柚月達は、信じるに値すると。
「柚月よ、そなたに、この九尾の命火を分け与えてやろう。持って行くがよい」
たまもひめは、両手を自分の胸の高さまで上げ、掌から炎を出現させる。
これこそが、九尾の命火だ。
九尾の炎の中でも、最も強く、美しい。
母親の妖狐は、おなかに子を身ごもった時に、たまもひめから、この九尾の命火を受け取ると言われている。
おなかの子を守るために。
長く生きられるように。
まさに、命火だ。
その命火をたまもひめは、柚月達に授けてくれるというのだ。
九十九を復活させるために。
「ありがとうございます」
柚月は、九尾の命火を手に取る。
先ほどとは違って、痛みを感じない。
とても、暖かい。
柚月は、たまもひめたちに、感謝し、九尾の命火を八尺瓊勾玉へと封じ込める。
これで、九十九は、復活を遂げられるだろう。
柚月は、そう、確信していた。
「必ずや、我が同胞を復活させるのだぞ」
「はい」
たまもひめは、柚月達に託す。
人も、妖も、和ノ国の運命も。
そして、九十九の事も。
託された柚月はうなずく。
朧達は、嬉しそうに、柚月の元へと集まっった。
「良かったわね、柚月……あら?」
「どうされましたの?綾姫」
「火傷が……ないわ」
「ほ、本当ですね」
綾姫は、嬉しそうに柚月に語りかけ、火傷を治そうとする。
だが、柚月の手は、火傷を負っていなかった。
あれほどの高熱の炎を素手で触れたのだ。
火傷になってもおかしくなかったというのに。
初瀬姫も夏乃も、驚いた様子で、柚月の手を凝視する。
だが、柚月は、火傷を負わなかった理由を知っているようで、自分の手を見て、微笑んでいた。
「たまもひめのおかげなんでしょうね」
「うむ、その通りだ。朧」
朧も、柚月が火傷を負わなかった理由に気付いたようだ。
おそらく、たまもひめが、柚月の火傷を治したのだろう。
彼を認めてくれたから。
柚月は、害をなすものではなく、自分達を助けようとしてくれていると。
光焔は、うなずき、答える。
柚月と朧の予想通りのようだ。
九尾の命火を手にした柚月達は、喜びを分かち合っている。
その様子を明枇は、炎尾と共に遠くから見守っていた。
「……私達は、間違っていたのかもしれないな」
――お父上?
「人間という生き物は、自分達の命を奪う野蛮な存在だと思うておった。だが、我ら、妖の為に命をかける者もいるようだ」
――はい。
炎尾は、考えを改めたようだ。
人間は、自分達の命を奪う存在だと信じて疑わなかった。
だが、柚月達の懸命な姿を目にして、理解したのだ。
人間と妖は、わかり合うことができるのだと。
そして、共に戦うことができるのだと。
明枇は、嬉しそうにうなずく。
炎尾が、柚月達の事を理解してくれたのだと察して。
嬉しくてたまらなかったのだ。
「さあ、行くがよい。そして、我が同胞を頼む」
「はい、必ず、救ってみせます」
たまもひめは、柚月達に光城へ戻るよう促す。
柚月達は強くうなずき、誓った。
必ず、和ノ国を救うと。
柚月達は、頭を下げ、たまもひめ達に背を向けて歩き始めた。
その時であった。
「明枇よ」
――はい。
炎尾は、明枇を呼び止める。
明枇は、立ち止まり、振り向いた。
「お前が、良ければ、いつでも、ここに戻ってくるがよい。今度は、九十九を連れてな」
炎尾は、明枇に優しく語りかける。
父親のように。
明枇の事も許せるようになったのだろう。
だから、戻ってくるように、告げたのだ。
今度は、孫の九十九を連れて。
しかし、明枇は、悲しそうな表情を浮かべてうつむく。
炎尾は、その理由が、理解できなかった。
――……それは、できません。
「明枇?なぜだ?」
明枇は、重たい口を開ける。
戻れないと告げたのだ。
炎尾は、困惑した様子で問いかける。
なぜ、戻れないのだろうか。
何か理由があるのだろうか。
――もう、私が、ここに来る事は、ないでしょう。
「お前、まさか……」
――もう一度、会えてよかった。
明枇は、炎尾の質問に答えることなく、話を続ける。
だが、炎尾は、悟ってしまったのだ。
なぜ、明枇が、里に来る事はないと言ったのか。
明枇は、優しい笑みを浮かべていたが、何か覚悟を決めたようにも見える。
九十九の為に。
明枇は、炎尾に告げた。
会えてよかったと。
炎尾は、これ以上、何も言うことができなくなってしまった。
――ありがとうございました。
明枇は、頭を下げ、そして、炎尾に背中を向けて歩き始める。
振り返ることなく、ただ、静かに。
炎尾は、ただ、彼女の背中を見つけるしかなかった。
声をかけることなく……。
「そうか、お前は、覚悟を決めておるのだな」
炎尾は、悟った。
明枇が、何をするつもりなのかを。
炎尾は、柚月達の姿が見えなくなると涙を流した。
最後に、もう一度、明枇と出会えたことに対して、喜びをかみしめ、そして、もう、会えなくなる事に対して、悲しみを覚えて。
明枇と炎尾が、そのようなやり取りをしているとは、知らない柚月達は、光城へと帰還した。
「戻ってきた」
瑠璃が、柚月達が帰還したことにいち早く気付き、美鬼達と共に柚月達を出迎える。
柚月達が、炎の力を得られたのだと察知して。
「お帰り」
「ただいま帰った」
景時は、にこやかな表情で柚月達に話す。
柚月は、穏やかな表情で、言葉を交わした。
「その様子だと、炎の力を手に入れたようでござるな」
「ああ」
彼の表情を目にした要は、炎の力を得たのだと確信を得た。
柚月も、静かにうなずく。
これで、九十九が、復活する。
誰もがそう思っていた。
嬉しそうに目を合わせる柚月達。
だが、明枇だけは、どこか、複雑な感情を抱いた様子で、うつむいていた。
「では、さっそく」
――待って。
柚月は、八尺瓊勾玉を手にして、発動しようとする。
九十九を復活させるために。
だが、その時だ。
明枇は、柚月を呼び止めのは。
驚いた柚月達は、明枇の方へと視線を向けた。
明枇は、真剣なまなざしを柚月達に向けた。
「明枇?どうしたんだ?」
――……まだ、足りないわ。
「足りない?」
――それだけじゃ、あの子は、復活させられない。
明枇は、衝撃の事実を柚月達に突きつける。
なんと、神の力と九尾の命火だけでは、足りないというのだ。
それは、どういう意味なのだろうか。
柚月達は、見当もつかなかった。
「どういう意味?九十九は、復活できないのか?」
――復活はできる。でも、以前と同じままなの。
「以前と同じって?」
朧は、明枇に問いかける。
九十九は、まだ、復活できないのではないかと不安に駆られたのだろう。
だが、明枇は、静かに首を横に振る。
復活はできるが、何も変わらないと言いたいのだろう。
だが、その意味を理解できない。
どういう事なのだろうか。
――今、復活させても、あの子は、半妖のまま。だから、九尾の炎を発動したら、同じことを繰り返してしまう。
「確かにそうだな。神の力と九尾の命火を組み合わせても、本質を変えられることはできない。いや、足りないといった方が正しいのだろう」
以前と同じと言うのは、九十九は、半妖のままだという事だ。
それでは、意味がないと言いたいのだろう。
今後の戦いは、激しさを増す。
必ずや、九尾の炎が必要となるはずだ。
だが、それを発動してしまったら、九十九は、再び、命を削って、消滅してしまうだろう。
光焔は、冷静に答える。
神の力と九尾の命火は、強力だ。
九十九を復活させる力となる。
だが、それだけなのだ。
神の力は、九十九の体を形成し、九尾の命火は九十九の寿命を伸ばすだけ。
強力な力を得て、長寿の体となる事はできるが、半妖から、妖に変えることは難しいのだ。
魂が、半妖として形成されている為に。
――でも、方法はあるわ。あの子を妖として復活させられる方法が。
「どうすればいいんだ?」
明枇は、九十九を妖にすることができる方法があるという。
柚月は、藁にも縋る思いで明枇に問いかけた。
明枇は、意を決したように、柚月達に方法を告げた。
――私の魂を吸収してください。
明枇の口から発せられたその言葉は、柚月達にとって、残酷であった。




