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小さな町が見えてきた。
王都の西側、大河の下流方向へしばらく高速飛行した先にある河沿いの森林地帯の一角。あれが依頼のあったゴズルの町に違いない。
――町と呼ぶほど栄えていないが村と呼ぶほど長閑でもないといった規模の町のようだ。
依頼の詳細は『町の近くで度々タウロスが目撃されている。探索して討伐して欲しい』という内容である。
一見普通の内容に見えるが、実はこの程度の内容ならば中級の依頼なのだ。
それが上級の依頼として提出されているということは、原因が突き止められておらず、突き止められるほど安全に探索できるような状況ではないことが透けて見えるのである。
依頼の受注に慣れた者ならば提供された情報量の少なさに危機感を刺激される部類の依頼というわけだ。
ギルドのツェシカ嬢は3パターンを想定して欲しいと言っていた。
1つ、群れから逸れたタウロスが数体徘徊している。
1つ、タウロスの群れが集落を作っている。
1つ、タウロスを産出するダンジョンが発生している。
『タウロスを産出』という言葉に強い違和感を覚えるわけだが、そこはそういうものらしいので今は受け入れておく。そのうち当たり前になってくるのであろう。
とりあえずは依頼主に話を聞いて最新の情報を集め、探索をして討伐。この流れで間違いない。
ただ、原因がダンジョンだった場合は、普通はダンジョンの外に魔獣が居るということはありえないため、既にダンジョンから魔獣が溢れてしまうほど充満しているという意味になるそうだ。
最悪のパターンだと国軍が総出で対峙するような大事になるらしく、当然犠牲も被害も多発する。私に回されるのも大変遺憾ながら納得である。
町の入り口の少し手前で地上に降り、徒歩で接近する。
門番に誰何されたので依頼書を提示し依頼者の名を告げた。町の名と同じゴズルという名なので恐らく一番偉い人であろう。
門番はすぐに納得し依頼者の家の場所を教えてくれた。
「ところで少しでも情報が欲しいのだが、タウロスはこの辺りでも見かけることがあるのか?」
「この辺にはまだ姿を見せていないですね。あっちの――森の奥の方で何度か見たという話です」
門番は左手で河の反対側に広がる森の方を指した。
なるほど、まだ被害らしい被害は出ていないようだ。手遅れになる前で良かった。
「1体でも倒した者は居るか?」
ダンジョンから抜け出たばかりの魔獣は死骸を残さず消えるらしい。そこで判別できるとツェシカ嬢が言っていた。
「いえ、タウロスが複数だったようで、気付かれる前に退いたそうです」
ふむ、賢明な判断だな。狩人だろうか。
貴重な情報に感謝し門を離れた。多少手間はかかるが自分で調べるしかなさそうである。あとは追加の情報が無いか依頼主を訪ねてみるとしよう。
◇ ◇ ◇
「……まさか1人か?」
想定より筋骨隆々であったゴズル氏は私を見るなり愕然とそう漏らした。
一番偉い人かと思っていたが開拓の功労者などの線が濃厚である。
「女王の指示で来た。依頼の情報を頼む」
「――待て待て! さすがに少なすぎる! 国はこの町を見捨てたということか!?」
ふむ? 確かにその通り。想定される最悪に対して1名という数字はあまりにも無力だ。だが別に国はこの町を見捨てたわけではない。
「落ち着け。1名で充分だということだ」
「国が独自に調査を進めていたということか?」
1名で問題無い程度の規模かはまだ誰も把握していない段階のはずである。その調査が終わっているから1名で来たのか、という質問であろう。
それどころか質問したいのは私の方だ。
「違う。私だけで充分なほど私が強いというだけだ」
「は……? えっ。そうは見えんが……」
「本当かどうかは結果で示そう」
「そういえば女王の指示と言っていたな……」
ゴズル氏は半信半疑ながら一応納得してくれたようだ。いつ被害が出るかも分からない状況では焦るのも仕方のないことだろう。
「資料を持って来る。案内するから客間で待っててくれ」
私は頷き歩き出す彼に続いた。
客間で待っていると紙の束を持ったゴズル氏が入ってきた。
「待たせたな。依頼内容の説明をさせてもらう」
「頼む」
「まず最初の目撃は10日ほど前だ。狩人たちがタウロスを発見し報告を上げてきた。すぐに王都のギルドに依頼を掲示してもらったが誰も受けてくれていない状況のようだな」
「発見した位置はどの辺りだ?」
「町の北東に2時間ほど歩いた森の中だ。その周辺での発見が今まで3件発生している。一番近いところでは町の北に1時間ほど歩いた辺りだな。徐々に生息域を拡大しているようで、町が見つかるまであと10日ほどと見て警戒を強めているところだ」
「……なるほど。おかげで範囲がだいぶ絞れた。確認だが森の破壊はどの程度まで許容できる?」
「は……? いや……森は町の生命線だからな。派手に破壊されても困る。木を数本倒す程度なら問題無いが、あちこち更地が出来るような真似はできれば控えて欲しい。あと火事を起こすのは勘弁してくれ。下手をすれば町が滅びる」
「ありがとう。把握した」
そんな疑わしげな目をしなくてもちゃんと分かっている。木を1本も倒してはいけないなどの特殊なルールが無いかを確認したかっただけである。
「では早速行ってくる」
「おいおい、今から行ったら着く頃には日暮れだぞ。明日にしたらどうだ」
「――私は空が飛べるのでな、移動に時間がかからないので大丈夫だ。最悪夜になっても帰って来られる」
「そうか……。だが夜の森は危ない。自信があっても早めに切り上げて帰って来た方がいい。別に今日中に片付けなければいけないほどには切迫していないわけだからな」
どうやら心配してくれているらしい。町の名に採用されるだけはある、流石の人格者だ。
私は忠告に感謝しゴズル氏の家を後にした。
◇ ◇ ◇
確か町の北東と言っていたな。
まずは一番近い目撃情報の北から探してみよう。
家を出た私はすぐに高速飛行で飛び立つ。そしてすぐさま町の北に向けて魔力の探知波を放った。
動物程度の弱い魔力反応を除外すると町からそう遠くない辺りに魔獣のような反応がある。
おっと――ゴズル氏の予想より町への到達が早かったようだ。危ないところだった。
高速飛行でそのまま反応のあった地点まで急行し、地面が見えているところなど無かったので物理障壁を展開しながら強引に森の中に突っ込む。
小枝を粉砕しながらの登場だったので当然気付かれている。フンゴァと理性の感じられない声を発しながら魔獣がこちらを振り返るのが分かった。
――間違いない、牛頭人身の魔獣タウロスだ。
人間に近い体を持ってはいるが筋肉量からして異質の存在。知能は低く、同族以外は敵か食糧かの区別しかない凶暴な魔獣である。
身に付けているのは太い木の枝で作った棍棒と腰に巻いた何かの皮だけ。
こういう生きとし生けるものの敵だと罪悪感が刺激されず助かるな……。
とはいえあまり苦しませる趣味は無いので氷の槍を生成してタウロスの背後に飛ばし、死角から胸を貫いて処理する。なかなか素早い動きをしていたので、恐らく正面から攻撃すれば防がれてしまう。そのためのひと工夫というわけだ。
タウロスの死体を空間収納に放り込む。素材として売れるかは知らないが撃破報告の材料にはなるだろう。
だがこれで討伐完了というわけにもいくまい。
続いて西方向に探知波を放つ。
西方向にはまだ進出していないようだ。
さらに続いて北方向に探知波を放つ。
かなり離れた辺りに2体の反応、その少し東寄りにまた2体の反応があった。
高速飛行と物理障壁を発動してガサガサと森を真上に突き抜け移動開始。
また森に突入してタウロスを処理。
探知波を放って次の場所へ。
東寄りのタウロスを処理してまた探知波を東に向けて放つと、今度は多数の反応が有った。どうやらタウロスたちは東方向に集まっていたようだ。
端から順に倒していく。移動距離が短いのでこちらの方が楽かも知れない。
東に居るということは王都と町を結ぶ街道方面に居るということになる。きっと魔獣も水を必要とするのだろう。
――これは片付けておかないと想定より早く被害が出てしまうな。討ち漏らしの無いよう丁寧に探知を続けながら各個撃破して回ろう。
……私は今とても冒険者らしいことをやっているはずなのだが、私がやると単調な作業になるのはなぜだろう。本の主人公は仲間たちと悪戦苦闘しながら物語を紡いでいたものなのだが……。
私に足りないのは仲間の部分か苦闘の部分か。
悪戦苦闘するのは難しそうなので次の依頼にはアリシアでも連れて来てみようか。
いや、それだとフロッサを放置することになる。
いっそ連れて来るか?
アンナが心配するだろうから止めておくか……。
思考が脇道に逸れつつ討伐を続けていく。
◇ ◇ ◇
これで40体目。なかなかの数だ。
居場所がそれなりに分散していたので数から受ける印象ほどの危険度では無いのだが、これが集まると少々マズい。私はともかく一般人にとっては途轍もない危険地帯となる。集まるほどの知能があるかはともかく。
最初の目撃情報があった北東方面を後回しにするよう移動してきたが、ついに怪しい地点が探知に引っかかった。
――魔獣の反応とは違う魔力の塊のような反応が返って来たのだ。
群れの中心に魔力の塊がある状況というのが想像できないので、恐らくダンジョンというやつだろう。
さてどうするか……。
ギルドのツェシカ嬢は新しいダンジョンは発見次第破壊して構わないと言っていた。特に今回はあるとすれば深い森の中で、かつ王都に近すぎるので旨みよりも危険の方が大きい事例と判断されるそうだ。
破壊する方法だが、最深部にある巨大な宝石を破壊すれば活動を停止するとのこと。破壊してもすぐに構造が崩壊したりはしないので遠慮なく壊して大丈夫だそうだ。
だがゴズル氏も町の安全が第一とは限らない。
もしかすると町の発展のために残して欲しいと言うかも知れないな……むむむ……。
では、双方の間を取るか。
ダンジョン周辺と中身のタウロスは倒して回ろう。
せっかく森の中を文字通り飛び回って倒したのだ。また拡散されてはかなわない。タウロスの殲滅だけはひとまずしっかり行なうことにしよう。
そして最深部の宝石だけ残した状態で一度ゴズル氏に確認を取れば大丈夫であろう。さすがにその状態から一気に元通りになったりはしないはずだ。
――うむ。これで行こう。
反応があった方向へ飛んでいくと、森の一部が拓けておりその中心に家ほどの大きさの不自然な岩が鎮座しているのが遠目に見えた。
森の一部が拓けているのも不自然だがあの岩自体もかなり怪しい。
河から流されてきたにしても大きすぎるし河から遠い。
まぁあれがダンジョンとやらなのだろう。予想よりも小さい。
氷の槍を作成して岩の周囲に居るタウロスたちに放つ。
その場に居たタウロスはダンジョンから出てきて間もない個体だったのだろう。貫かれると同時に黒い煙のような姿に変じて風に溶けてしまった。
おお……アリシアが言っていたのはこれか……。
そして今回の件にダンジョンが関わっているのは確定のようだな。
タウロスの居た辺りに到着すると、地面に薄紅色の透明な石が散乱している状況であった。この石が魔力石と言っていたものだろう。
……魔獣本体が消えてしまったので討伐の証明になりそうなものはこれくらいしかない。若干面倒だが拾って回るか。
こう――遠くに落ちているものを拾ってくれる魔術があればいいのだが、そんなものは無い。
厳密に言うと物を指定して自在に動かす魔術は存在する。
しかし動かしたいものの場所に行って対象に触れなければならない。
つまり重たいものを運搬する用の魔術なのである。
対象が小さいものならば触れた時点でそのまま掴んでしまえば良い。わざわざ魔術を発動する意義が存在しないのだ。世の中というものはままならないものだな。
仕方ないので手のひらほどの大きさの石を1つ1つ拾って回った。
ちなみに15個あった。
◇ ◇ ◇
さて、改めてダンジョンである。
大きな岩をぐるりと回って観察すると、南向きの方向に階段が1つ口を開けておりそこから地下に入っていける構造になっているようだ。
そうか。家ほどの大きさで小さいなと思っていたが早計だったようだ。
そういえばアリシアも階層式だと言っていたな……。
あまり地下には良い思い出が無いのだが、ツェシカ嬢も簡単には崩壊しないと言っていたのでそれを信じて入ってみよう。
〈ダンジョン内への初侵入の個体を認識しました〉
〈ダンジョンシステムの適用を開始します〉
〈脅威度の計測を開始――失敗しました〉
〈数値化システムの適用を開始――失敗しました〉
〈経験値分配システムの適用を開始――失敗しました〉
〈成長補助システムの適用を開始――失敗しました〉
〈ダンジョンシステムの適用を終了します〉
なんだ……?
ダンジョン内に1歩入った瞬間、指向性の高い念話で色々言われたのだが。
要約すると全体的に失敗して諦めたようだ。諦めないで欲しい。
機械的で理性的な声だったので喋るタウロスなどではなさそうであったが、では何の声なのかという話になる。
まぁタウロス以外が生息している雰囲気は無いので消去法で『ダンジョンの声』ということにはなるのだが、ダンジョンとは果たして生き物なのだろうか。私と同じく魔力生命体の可能性があるのか?
色々失敗したのは私が端末に過ぎないからであろう。端末の強度を計測したところで本体の強度の計測はできないし、システムの適用を端末にだけ行なっても意味が無いからだ。
と、いうことはここに私の本体があれば話が変わってくるのだろうが、私の本体は巨大な光の玉である。恒星並みの大きさを持つダンジョンの入り口があれば試せるのであろうがさすがに無理がある。
――帝ランクたちを強くしたと思われるダンジョンシステムには興味があったのだが非常に残念だ。仕方がないので後でフロッサにでも頼んで色々試してもらおうか。
残念ながら適用してもらえなかった謎のシステムのことはひとまずさておき。
それらに依存しない恩恵に関しては恐らく享受できる。
例えば魔力石であるとか、たまに獲得できるらしい肉類であるとかの話だ。
スキルに関しては分からないが、全然獲得できない類いのものらしいので光る玉を獲得できてから悩んでも遅くはない。
足音を意識しながら少し長めの階段を降りると広場になっていた。
綺麗に方形に整えられた石が整然と敷き詰められている。無骨な洞窟のようなところを想定していたので少し驚いた。
壁や天井も滑らかな素材で出来ており――タウロスが居るな。
外に居たのとは違い武器を持っていないタウロスが4体居たので氷の槍を飛ばして処理する。背後に回り込ませられるほど壁から遠い位置に居なかったので正面からの攻撃だったが上手く不意打ちになってくれたようだ。
――その場に4つの魔力石と光る玉が転がる。
むう……言ったそばからこれだ。全然獲得できないという話はどこに行ったのか。
だがまぁちょうどいい。私にもスキルが獲得できるのかの実験に使おう。
失敗したとしても勿体ないだけでおかしな事にはなるまい。
フロッサからはチャンスを逃したと苦情を言われそうなので仮に失敗したら黙っておこう。成功したら良い土産話になりそうだ。
◇ ◇ ◇
先に魔力石を空間収納に放り込み、光る玉を拾い上げる。
これを使用するとスキルを習得できると言っていたか。
ダンジョンで付与される謎のシステムに依存しそうな話なので私には効果が無いと見ているのだが、ダンジョンに入ったことの無い者でも魔力石を使えたり肉を食べられるように、同じくスキルを習得できる可能性も無いわけではないとも思っている。
では早速使ってみよう。――どうやって使うのだろうか?
――スキル『鑑定』を習得した。
むう? 声が聞こえたわけでもないが、何というか……『知識が更新された』という感覚が一番近い。使おうと思った次の瞬間には光の玉が掻き消え、私の出来ることに『鑑定』が加わったのが分かった。
不思議すぎてなんとも気持ちが悪い。
ところで『鑑定』とはなんだろう。物の価値が分かるのだろうか。
帝ランク保持者たちはスキルの発動時にスキル名の宣言を行なっていた。
この『鑑定』も似たような仕様に違いない。
「――『鑑定』」
――何も起きない。
接頭語として『スキル』を付けるべきだろうか。
いや……確か付けなくても発動していたのでそれは無いか?
……そうだ。鑑定する対象が無い状態だから発動しないのかも知れない。
何か適当なものがあっただろうか。
私は空間収納から先ほど拾った魔力石を取り出して再度スキル名の宣言を行なってみる。
「『鑑定』」
今度は脳裏に文章が浮かんだ。
『タウロス偵察兵の魔力石』
ほう……! これは便利だ。
――便利だが……情報量が少ない。
できれば用途や組成などのもう少し詳しい情報が欲しいところだが、もしかするとスキルとしては弱い部類なのかも知れない。
確かに派手さに欠ける名称ではある……。
ともあれこれで光る玉の中身が何のスキルなのか分かるようになったわけだ。それは助かる。
中には『習得した瞬間に強制的に種族が変更される』というような身体構造の変化を伴うスキルも有るかも知れないので、無防備にフロッサに使わせるのも問題があると思っていたのだ。
あとはダンジョン外でも使用が可能かどうかだが、システム適用外らしい私でも習得できたところを見るに可能と考えるのが恐らく正しい。ダンジョンに入ったことの無い者でも習得が可能な仕様になっているのだろう。
原理は分からないが魔力石と同じく道具や宝物という扱いなのかも知れない。
さて、スキルについては次手に入った際に都度『鑑定』して使い道を決めるとして。今はダンジョンの攻略に戻ろう。
見ると天井に弱い光源が一定間隔に設置してあり、地下にもかかわらず暗闇というわけではない。こういう冒険者寄りにも思える謎仕様を見ると首を傾げてしまうのだが、きっと何らかの理由があるのだろう。
――自宅に照明を設置するようなものだと考えると当たり前のような気もすることであるし。
◇ ◇ ◇
見回してみると降りてきた階段の他に3方向に通路が伸びていた。
ただの通路ではなく装飾の付いた柱が半分壁に埋まりつつ左右の両側に等間隔に設置されているような不思議なデザインをした通路だ。何かを模しているかのようでもあり、ただの飾りのようでもある。
入口階段の正面にある他より広い通路には、少し入ったところに見上げるほど大きな扉が設置されていた。
――順路としてはこれが正解な気がする。いかにも大事なものが安置されていそうな雰囲気だ。
しかし今回の目的はタウロスの殲滅なので他の通路から探索しよう。
右に行くか左に行くか迷ったが、ここは左に行くことにする。
特に理由は無いが強いて言うならば私が左利きなので左に行く方が若干剣を振りやすい。
剣の存在を思い出したので左手に剣を持ち通路を進む。広間とは違い天井の光源の数が少ない関係でやや通路は薄暗い。
もしダンジョンがあれば中はタウロスで溢れ返っているはずと聞いていたが今のところそんな様子は無いようだ。
先ほどの広間1つ分くらい進んだ辺りで次の部屋に到着した。
部屋の中にタウロスが数体見えているので先制攻撃を仕掛ける。
通路が薄暗いのでこちらに気付いてはいないようだ。
氷の槍を4本作製し発射する。
氷の槍には気付かれたが先方が対処する前に直撃し4体が消滅。
しかし部屋に別の個体がいたのか巨大な咆哮が響き渡った。
通路から見えない位置に隠れていたか――。
部屋の死角からゾロゾロとタウロスが現れる。
……思っていたより多いな。探知しておくべきだったか。
通路を少し戻ってタウロスたちを誘引する。
私についてきて1列になったところを雷撃魔術で貫通した。――バラバラと散らばる魔力石。
雷撃魔術は便利なのだが使用に伴い轟音が発生するのが難点である。
先ほどの咆哮があるので今更ではあるが……。
散乱した魔力石を拾っていると背後の方からドスドスと重たい足音が多数聞こえてきた。轟音を聞きつけてやってきたのだろう。
大きな人影が近づいてきた辺りで再度雷撃魔術を発動。
白光が長い通路を貫通し大量の魔力石と1つの光る玉を残した。
……またスキルが出たな。
確率的にどうなのだろう。
試行回数が少ないので何とも言えないが頻度が高くないだろうか?
ご都合主義の物語でもあるまいし偶々であろうが……。
魔力石を拾い終え、最後に回した光る玉を拾い上げた。
「『鑑定』」
『怪力のスキルオーブ』との情報が脳裏に浮かぶ。
これはスキルオーブという品名だったらしい。
情報量が少ないので予想になるがきっと力が強くなるのだろう。
元々人間離れした力を振るえる私には無用の長物である。
ご都合主義にしては無駄が多いな……現実はこんなものか。
『怪力』のスキルオーブを空間収納に放り込み向き直る。
先ほどの部屋に入ると正面には壁があった。
しかし行き止まりではなく右の壁にまた通路が続いている。行き止まりでもおかしくないと思っていたので少し驚きである。
……最近できたはずだが意外と広いダンジョンだな。発生からの時間経過と内部構造の複雑さは比例しないのかも知れない。
◇ ◇ ◇
結局真っすぐ行った先の部屋に右の通路。
また真っすぐ行った先の部屋に右の通路と、どうも外縁部を1周させられているようだ。
長かった通路を目測すると結構大きな敷地面積を持つダンジョンであることが分かる。これが森の下に広がっているのかと思うと不思議だ。元々あった土などはどこに行ったのだろう。
ダンジョン内で倒したタウロスの数は3桁に突入しつつある。今階段のある最初の広間に戻ってきたが、途中で6部屋ありそれぞれ多数のタウロスが常駐しているような状態だったのだ。
通路が静かで戦闘が一瞬なのであまり緊迫感が無かったのだが、数を見ると事態が思ったより切迫していたことが分かる。少なくとも一般の冒険者に処理できる数ではない。
もう1周するのはさすがに無駄なので次は大きな扉の向こうを調べるとしよう。
――物語などではこういう豪華で大きい扉の向こうには巨大な敵が待ち構えており、最後の試練とばかりに激闘を繰り広げるものなのだが……。
外縁部を巡った身としてはあの面積が1つの部屋だと思いたくない。
仮にそうだとすると途轍もなく広い部屋ということになる。
そしてその面積いっぱいにタウロスが詰まっていたとしたら凄い数になりそうだ。負ける気はしないが魔力石を拾うのが大変そうである。
気を取り直して大きな扉に手を当てる。
私の手に反応して自動で開いてくれたりはしないようだ。残念。
これはこちら側に蝶番の金具が見えないので恐らく押して開ける扉である。
力をこめると想定より小さい力で扉が開いていく。意外と手入れがこまめにされているらしい。
扉の向こうは予想通り1つの大きな部屋になっているようだった。
扉のすぐ内側は数段の横幅のある階段になっており、そこを降りた向こうには綺麗な石畳が再び続いている。大部屋は巨大な8本の柱が天井を支えており、それらの柱が大部屋の真ん中に広い通路のようなものを形成していた。
それよりも特筆すべきは天井の高さである。
――明らかに私が降りてきた階段よりも高いのだ。
つまりここの天井は上の森に突き抜けているということになるわけだが、こんな大きな石製構造物を見逃すなどありえない。
それはこの空間が実際には森の下になど存在しないことを示唆している。
別空間か、外の石の中の空間を拡張しているのか。
どちらにせよダンジョンが魔力生命体である可能性を考慮した際、少なくとも空間に干渉する能力を持っている前提で考えた方が良さそうだ。
タウロスはというと、柱の周囲に多数たむろしている集団がいくつも居る。
一番奥には祭壇のような段があり、その上に玉座と一際大きい強そうなタウロスが座しているのが見えた。
――これは神殿を模しているのだろうか。それとも謁見の間か。
どちらにせよ整列して待ち構えるべき近衛兵たちは知能が足りず自由に過ごしているようなのであまり恰好がつかない形になっている。
……もしかすると外の森に居た連中も実は命を受けて王都に向けて進軍中だったのかも知れない、統率が取れず軍列が崩壊していただけで。
最悪の想定ではこの大部屋いっぱいにタウロスが詰まっているのを想像していたので少し安心した。魔力石を拾う作業だけで日が暮れる心配はしなくても良さそうである。
◇ ◇ ◇
剣を納め、両手に魔力を収束させていく。
ゆっくりと段を降りながら両手の魔力を風属性に変換、雷へと昇華しつつ周囲との電位差を急激に上昇させていった。
魔力に指示を与え放出方向を絞る。絶縁体である空気を貫けるまでに上昇した電圧を前方に開放した。
――大部屋の下段を轟音と共に雷光が埋め尽くす。
この部屋だけで3桁を数えるタウロスが居たようだがすべて魔力石へと変じ床へと転がった。
多数の魔力石が散乱する大通りを進む。
あとは玉座にいる1体だけだ。
王タウロスは咆哮と共に立ち上がると、玉座の横に立ててあった大剣を掴み祭壇のような場所から跳び降りてきた。そのまま凄い速さで突撃してくる。
氷の槍を10本生成――射出。
王に群がる槍たちは突撃の勢いを抑える程度の効果しか及ぼすことができないまま砕け散ってしまった。
むう、手強いな。この程度ではダメか。
私も走り寄りつつ両手に再び雷を収束、至近距離から減衰無しの雷を直撃させる。
――大剣を振り上げた体勢で硬直していた王タウロスは、全身から黒煙を上げつつゆっくりと背中から倒れていった。
そして大剣と大きな魔力石を残し黒い煙と化して一瞬で消えてしまった。
さて、片付いたので魔力石を拾う作業を始めるか……。
私は疲労しない体ではあるのだが、3桁回数ともなると話が変わってくるというか精神的な問題が生じてくる。端的にいうと飽きる。
空間収納に直接放り込められれば楽なのだがな……。
――む? そうだ。
転移門を開く要領で魔力石の下に空間収納の口を開けないだろうか。
試しに王タウロスの大きな魔力石の下に開いてみるとあっさり成功する。
――これはいい。
私は少し嬉しくなる。画期的な手段を開発してしまったかも知れない。
次は複数の同時展開はどうだろうか。広範囲ではどうだろうか。と試している間に数分で作業が終わった。
おお、もう終わったのか。なんという達成感だろう。ダンジョンの制覇よりもよほど嬉しい。
では次はダンジョンの破壊に必要だという大きな宝石を探そうか。
下段のタウロスたちを一掃した際にまたスキルオーブが1個出ていたようだがその確認は後に回す。どう考えても確率がおかしいので別の要因があるのかも知れないが、その検証も後回しだ。
ここはタウロスを産出するダンジョンである。タウロスたちに再出現される可能性が捨てきれない。
見回してみると――大広間に大きな宝石は無いようだ。
ならば別の部屋ということになる。
戦闘の余波でうっかり壊れても困るであろうし当然か。
外縁部を回った身としては側面には部屋は無いように思える。奥行きの深さは少々あやふやなので部屋があるとすれば奥だろう。
奥の祭壇に上って調べると、聖印かのような模様が刻まれている薄い石板が横にスライドできるようだ。ここだけ妙に凝っているな。
次の部屋に入ると、そこには大きな宝石しか無い部屋だった。
中央に台座があり、正八面体の透明な物体が少し台座から浮きながらゆっくりと水平方向に回転している。
当たり前のように浮くのはやめて欲しいがダンジョンが不思議なのは今に始まった話ではないので今は棚上げしておこう。
――ふむ。追加の要素は無さそうである。一旦戻るか。
◇ ◇ ◇
「――ダンジョンがあったのか!?」
なんとか日暮れに間に合ったので、そのままゴズル氏へ報告しに行くことにした。
ゴズル氏は驚愕の表情である。嬉しくはなさそうな反応だ。
「そうだ。タウロスの数はダンジョンの外が55体、ダンジョン内が245体、大きなタウロスが1体で計301体だった」
「よくそこまで正確に数えられたな……」
「これが大きなタウロスの魔力石だ」
証拠の品はひとまず今は一番奥に居る個体のものだけで充分だろう。これを持っているということは一番奥に行ったということになる。
空間収納から取り出した魔力石を見たゴズル氏は表情を厳しくした。
「これは……! どうやら本当のようだな……。いや、疑っていたわけではなくてだな。信じたくなかっただけだ。すまんな」
「ではダンジョンは破壊する方向で進めて良いだろうか?」
ゴズル氏は眼光を鋭くした。
「可能なら頼みたい。正直な話、討伐隊を組むとなるとこの小さな町では予算が足りん。――かといって国軍が来るまで放置すれば町が滅びかねない」
「――承知した。私の方で破壊しておこう」
頷く私にゴズル氏はやっと表情を緩めた。
「助かる。――ところでその魔力石はボスのものか?」
「ボス? 一番奥の玉座に座っていたタウロスのものだ」
「よく取り巻きたちの目を盗んで倒して来られたな」
「いや、その場に居たタウロスは全部倒してきたぞ」
客間の低いテーブルの上に普通のタウロスの魔力石をいくつか取り出す。
「なんと……! そこまでとは思わなんだ。すまん、侮っておったようだ」
「気にしていないから謝罪の必要は無い。初見で見破るのは無理というものだ」
「――はっはっは! 確かに。では現状ダンジョン内にタウロスはほとんど居ないのだな?」
「そうだな。だが破壊は行なっていないから再生産されている可能性が高い。再生産の規模が読めない以上はあまり楽観的なことは言えないな」
ゴズル氏は不思議そうな顔をした。何か変なことを言っただろうか。
「ボスを倒したら次のボスが出現するまでに数日の猶予があるはずだ。――ああ確かに通常のタウロスが大量に出てくることも有り得るか……」
なるほど。ボスと呼称されているらしい個体にはそういう常識があるようだ。
要は壊滅的な損害を与えたら弱体化するということだな。考えてみたら当たり前の話ではある。
「では破壊が完了したら報告しにまた来る」
「ああ。頼んだぞ」
方針の確認が取れたのでゴズル氏の家を出る。
やはりダンジョンは取り扱いの難しい危険なものという認識らしい。
以前破壊が認められない事例があることに驚いたが、そういう事例は稀なのかも知れない。少なくとも災害と化すのに備えられる環境でないと運用など自分の首を絞めるようなものだと推測される。挑戦しようと思った者は大したものだ。
では完全に日が落ちてしまう前に片付けてしまうとするか。
◇ ◇ ◇
ダンジョンの前まで高速飛行で戻ってきた。
探知波を放ってみるが付近に魔獣の気配は全くない。
――ふむ。元通りの状態に逆戻りということは無さそうだ。
階段を降りてみると広場に10体のタウロスが居たので氷の槍を放って処理する。
知っていたつもりではあったが、こうしてダンジョンが魔獣を産出している証拠を見ると畏怖を覚える。
私も魔力生命体だが生命を創り出すことはできない。生き物と全く同じ体を作成することはできるが、それに自律する意識は宿らないのだ。
そこに存在する不可能の壁を軽々と飛び越えてしまうのがダンジョンという事になる。これが畏怖せずに居られようか。
ダンジョンの謎は気になるが今は再探索を優先しよう。
出現した魔力石を空間収納へ落とし大きな扉へと進む。
押し開くと中には同様にタウロスたちが復活していた。
数は大幅に減っておりボスも居ないが、この短時間で産出したにしては20という数は少なくない。
私を発見し猛るタウロスたちを再度氷の槍で一掃し、同様に魔力石を空間収納に落としながら前方の祭壇へ向かった。
――む? 石板が動かせなくなっている。
ここにスライドさせる扉があったはずなのだがおかしいな……。
むう、さすがに心臓部ともなると対策を変えてくるか。
もう少し詳しく調べてみると石板の枠に見えていた部分の上部を跳ね上げることができるようになっており、その状態で石板を引くと手前に倒せる仕組みになっていた。これは根気よく調べないと分からないな。
最後の部屋に侵入して剣を抜いた。
そういえば相変わらず水平方向に回転し続けているこの宝石は何という名称なのだろう。
「『鑑定』」
『タウロス神殿のダンジョンコア』と脳裏に浮かぶ。
これはダンジョンコアという名称らしい。
――そして神殿であったか。神殿に玉座を置く感性が分からないが神殿のような造りであることには異論はない。
少し離れた場所からの鑑定も可能なことが分かったところで、剣に魔力を循環させて切れ味を魔剣並みに上昇させる。
フロッサはこれを『チェーンソーみたいな感じか』と言っていたがチェーンソーとは何であろうか。彼女が元居た世界には似たような原理で切れ味を上昇させる機構があったようだ。
一般人だったらしい彼女が機構を知っているほどに一般的な道具だったのならば、そこは思ったよりも物騒な世界なのかも知れない。
剣を振るってダンジョンコアを両断する。
特に抵抗らしい抵抗もなくダンジョンコアは光を失って台座から転げ落ち、力の供給源を失った影響か天井にあった照明が徐々に光量を落としていった。
ふむ、最後の悪あがきか何かが有るかと思っていたが呆気ないものだ。
私は明かりの魔術を発動させ、ダンジョンコアの残骸を拾うとその場を後にした。
ここは一応地下である可能性が高い。
ダンジョンによる空間への干渉が失われたことによる影響がどうなるか分からない以上、長居は無用だ。
――最悪の場合森の地下にダンジョンが無理やり現出し地面の上を突き上げても何らおかしくないのである。




