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Arca  作者: あばんじゅ


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第1話 薄氷を割く

感想お待ちしております

 殺さなければならない存在がある。

 この世には人を殺《あや》めることを厭わず、それを良しとする存在がいる。そんな邪悪は討ち果たさなければならない。


 だから――俺は刀を握るのだ。


 ◇


「アルカ、構えろ」

「はい!」


 アルカは教官に呼ばれ、指定された場所に立つ。そして、訓練用の木刀を構え、教官と相対する。


「我々騎士団は職務上、《《創生使い》》との戦闘は避けられない。これから創生使いとの戦い方を教えるが、その前に改めて《《創生》》について説明しよう」


 対峙するアルカと教官を囲むように、他の訓練生はそれを眺める。そのとき、教官の手からどこからともなく、槍が現れた。


「創生はこのように、無から物体を作り出せる。形は十人十色で、俺の場合は槍だった」


 アルカや他の訓練生は、教官の手の中にある槍の創生に見入る。


「そして、創生は自由に出し入れできる。が、生成できる回数には限界があり、これも個人差がある」


 教官は槍を何度か消したり出したりする。槍はモヤが掛かった見た目をしており、輪郭は炎をように揺らめいている。


「そして、創生使いの中には《《顕現》》という異能を会得する者がいる」


 教官が槍の穂先をアルカに向け、構えた。アルカも同様に構える。一拍置いて、教官がアルカの腹部めがけて突きを繰り出す。アルカは防御するが突然、槍の穂先が鈍角に折れる。腹部に至るはずの槍はいつの間にかアルカの首筋を捉えていた。


 教官は槍を寸止めし、そっと離す。そして、槍の創生を霧散させ、他の訓練生を見回す。


「このように、顕現使いは通常ではありえない動きを見せる。だがこれはまだわかりやすい方で、もっと理不尽な顕現使いもいる。つまり、だ。創生使いと戦う際は、顕現を持っていることを想定し、十分に注意しなければならない」


「お前たちは創生を持っていない。その時点で劣勢を強いられる。少しでも勝率を上げるために観察力を身に付けろ。それが生き残る方法だ」


 創生と顕現のデモンストレーションが終わり、アルカたち訓練生は、創生使いの教官と模擬試合を行うのだった。


 ◇


 訓練が終わる。アルカたちは暫時、休憩していた。


 その雰囲気は暗く、ほとんど全員が疲れ切った表情だった。それは模擬試合で教官にコテンパンにされたからだった。


 試合の相手は、槍の創生使いの教官とは別だった。そして、実戦を想定し、創生や顕現の内容は伏せられた。そのため、為す術もなく、初見殺しに遭ったのだった。


「俺も創生使いだったらな〜」


 と、アルカの隣に座り込む訓練生――サタが、そんな淡い期待を口にした。


「でも、幼少期を過ぎて創生を会得する人はごく稀って聞いたぞ」

「そうなんだよなー、やっぱこの世の中、才能だな。でもアルカ、お前だけは教官に勝ったんだよな?」

「うん」


 アルカだけは劣勢を覆し、無傷で勝利を収めていた。


「お前も剣の才能がレベチだもんな、やっぱ才能だな。アルカならよ、創生がなくてもテッペン目指せるんじゃないのか?」

「テッペン…か」


 ここ、王国で名を馳せる戦士の全ては創生使いだ。やはり、戦士であれば、語り継がれるような存在になりたいと思うのだろうが、アルカはそうではなかった。


「そこに興味はないかな」

 

 サタが妬ましいように睨んでくるが、そのとき、教官から集合の号令がかかる。遅れれば、なんらかのペナルティが課されるため、二人は急いで向かうのだった。


 ◇


 アルカたちは教官に連れられ、洞窟の中を歩いていた。洞窟の中は涼しく、夏の暑さを忘れさせてくれるようだった。


「この先にはあの不死身の怪物、“ヘリク”が封印されている」


 教官の声が洞窟内にこだまする。


 ここ“スズラ山”は、騎士団の訓練生を育成する場所だが、さきほど教官が口にしたように“ヘリク”という存在を封印する場所でもある。


「お前たちも知っているだろうが、ヘリクは肉体の創生と、不死身の顕現を有した人間だ。そして――大量の人間を虐殺した殺人鬼だ」


 ヘリクは五百年前に実在した、不死身の人間だ。その存在はおとぎ話にもよく登場するほどで、演劇においても圧倒的な力を持つ悪役として登場する。物語の中でヘリクは災害と同列視されるほど、恐ろしい存在として描写される。


 先頭を歩く教官は、淡々と話し続ける。


「ヘリクは封印され、今もこの洞窟の最奥に安置されている。五百年経過した今も、封印はなんの不調もなく維持されている。上は五百年も続けば、もう大丈夫だろうということで、ヘリクの警戒ついでにお前たち訓練生の育成所にここを選んだ。予算の都合だ」


 教官の言葉には、上――つまり軍務大臣に対する不満が見て取れた。確かに五百年間封印を維持しているからと言って、警戒を緩めるのは杜撰と言える。


 教官が立ち止まる。前にはいかにも厳重そうな鉄扉《てっぴ》がある。教官が鉄扉を開くと、先にまた鉄扉があった。また開けると、その先にもまた鉄扉が。再び開けようとしたとき、教官はアルカたちのほうを振り向いた。


 察した。この先にヘリクがいるのだと。ごくりと、誰かの固唾を飲む音が聞こえた。


「これから国を守るのなら、見ておくべきだろう。王国がどんなものを抱えているのかを」


 鉄扉が開く。その先の空間は狭く、屈まなければ入れないような場所だった。そこにぽつんと、真っ黒い正八面体の物体が浮かんでいた。手に収まるほどの小ささだった。


「これがヘリクを封印する、咬合結界《こうごうけっかい》だ。一度閉じれば二度と開くことがない、特殊なものだ。咬合結界は当時の顕現使いが、自らの顕現で作り上げた」


 訓練生たちは部屋の中には入らないよう、一人ひとり順番にそれを見る。こんな間近で見れる機会はあとにも先にないと、教官から言われる。


 自分の番になり、アルカは部屋の前に立ち、じっと見つめた。


「……っ!」


 そのとき、アルカは感じた。射抜かれるような強い視線を。それも見つめる先から。


「どうした? アルカ」

「い…いやなんでもないです」


 他の者たちはなんともないのか、スムーズに見て回っていく。アルカはそれとなくサタに訊いてみたが、視線を感じなかったようだった。


 アルカは気のせいか、と処理するのだった。


 ◇


 洞窟から出ると、外はすでに暗くなっていた。教官から今日の訓練は終了だと言われ、アルカたちは宿舎へ戻る。その道中で、アルカはよく知る顔を見つけた。


「シュドー! なんでここにいるんだ?」

「おお、ひさしぶりじゃな、アルカ」


 シュドーはアルカの育ての親だ。訓練生になってからは会う機会もめっきり減っていたため、久しぶりの再会に声が少し弾んだ。


「ここの教官として来たんじゃよ」


 アルカとシュドーは宿舎まで歩きながら、話すことにする。


「それで、ここでの訓練はどうじゃ? うまくやれとるか?」

「うん、まだまだのところも多いけど、一生懸命やってるよ」

「謙虚じゃのぉ。成績良好で、素行もいいと聞いとるよ」


 そのとき、前を歩いていたサタがこちらの話し声に気づき、萎縮するようにシュドーを見た。


「アルカお前、シュドー様と知り合いなのか?」

「そうだけど…? シュドーは孤児の俺を育ててくれたんだ。俺に剣術を教えてくれたのもシュドーなんだ」

「ああ…それでか。そりゃ、誰もお前に剣術で敵うはず無いわ」

「?」

「知らないのか? シュドー様は昔、王国随一の剣士だったんだぞ? その実力を買われて、名家の筆頭騎士を務めていたんだから」


 初耳だった。アルカは言ってくれればよかったのに言うと、シュドーは何も言わず、ただ笑みを浮かべるだけだった。


 確かに、シュドーの剣は今でも目に焼き付いている。だが、まさか最初から最高の剣を間近で見ていたとは。


「じゃあ、アルカはシュドー様に憧れて騎士団に入ったクチか?」

「もちろん。実は俺、人攫いに遭ったことがあるんだ。でもシュドーが助け出してくれた。そのとき、俺も強くなって誰かを守れるようになりたいって、そう思うようになったんだ」

「……」


 シュドーは、照れるように頬をぽりぽりと掻いていた。


「へ~、俺とは正犯対だ。俺は給金目当てで騎士を目指してるからな~。あ、シュドー様、このことは内緒にしてくださいよ」

「務めを果たせるなら、動機は問わん」

「へへっ、良かった。…まぁでも、俺にも守りたいもんがあるよ」


 と、サタはどこか遠くを見るような目で、左手の薬指を掲げた。そこには指輪があった。


「俺も騎士として王国の人たちを守るけど、まず優先するのはあいつのことだな。アルカも誰か、心に決めた一人を見つけてみろよ。世界が変わるぜ」

「はぁ」


 アルカはその言葉にあまりピンと来ず、とりあえず返答だけする。


 それからアルカたちは、宿舎に着くまでしばし雑談を交わすのだった。


 ◇


 就寝の時間。訓練生二十人が一つの部屋で就寝していた。アルカは二段ベッドの上で寝息を立てていたが、突如として心臓に痛みを感じ、目が覚めてしまった。しかし、痛みは一瞬で、数秒後には何事もなかったかのように霧散していった。


 アルカは再び眠ろうとするが、全員が飛び起きるほどの轟音が外から響いた。唸るような重低音。そして、遅れて緊急事態を示す鐘の音が響いた。


 アルカたちは何事かと思うが、自主的に教官の指示に頼らず、装備と武器を手に外へと出た。すると、ちょうど教官と出くわす。


「…全員装備を着用しているな?」

「「はい!」」


 こちらの様子を見た教官に、アルカたちは素早く返事を返す。


「お前たち訓練生をここから撤退させる、ついてこい」


 アルカたちは、急ぎ足の教官に従い、ついていく。


「質問をいいでしょうか、何が起きているのですか? 撤退とはどういうことですか?」


 教官に一番近い訓練生が今、最も知りたいことを質問してくれた。


「……………ヘリクが復活した」


 教官から放たれた、たったそれだけの言葉。五百年間の平和が薄氷の上に成り立っていたことを、ここにいる全員が痛感するのだった。

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