44 王都に現れた吸血樹
「とにかく、ここから出なきゃ。でもどうやって?」
「私が鍵を開けよう」
蛇は目を閉じると、首を少し垂れる。
すぐに目を開けると、あたしに「鍵を壊した」と言った。
「やだ、力がないみたいなこと言って、こんなことができるんじゃない」
「ここの鍵は、物質としての鍵ではなく、ラタトスクが彼の魔術で掛けたものだ。そういう類のものになら、私も力を使える」
「ふーん? よくわからないけど、ありがとう! 行ってくる!」
外に出る階段を駆け上がり、扉を開こうとしたところで、蛇に止められた。
「ひとつ言っておく。ここを出た後も、お前を惑わすことを言う者がいるだろう。それは敵の姿をしているとは、限らない」
「え? それって、どういう意味……」
あたしの言葉を遮るように、蛇が再び口を開いた。
「今の『森の女王』は、お前であることを忘れてはいけない。この国のこと、未来のこと、他の誰でもないお前が決めるのだ」
「…………わかった」
あたしは勢いよく扉を開けた。
後ろを振り返ると、蛇の姿は消えていた。
+ + +
ラタトスクに閉じ込められていたのは、どうやらお城の敷地内だったらしい。
きれいに手入れされた芝生が広がり、枝を整えられた木が並んでいる。
せっかくのきれいな庭を、物々しい姿の兵士たちが走り回っていた。
(マックスが逃げ出したことが、バレたのかしら?)
太陽の位置から見るに、今は正午前後だろう。
義父さんの家の前に吸血樹の森が出来ているのを見たのが夜明けごろだから、五、六時間経っている計算だ。
とりあえず、見つからないよう近くの灌木の茂みに身を隠す。
屈んだまま、兵士たちが話していることに聞き耳を立てた。
「燃やすしかないぞ!」
「下手に火を付けたら、民家に飛び火しかねん」
「おい、あの木は人の血を吸うって本当か?」
「この間、新聞に載っていた、あれか?」
「しかし『吸血樹』なんてものが、あるわけないじゃないか」
「でも現に、一晩で王城の周りに森が生えているんだぞ」
あたしは呆然とした。
あの吸血樹が、今度は王都に生えたってこと?
ラタトスクめ、なんて奴だ!
「なにを無駄口きいている! とにかく今のうちに、あの森を切り倒して火をかけるんだ! 夜が来たら、どれだけの犠牲者が出るかわからないぞ!」
おお。
なにやら他の兵士より、制服の作りも言っていることも、格段に違う人が出て来たぞ。
そして彼らの会話から、一般兵は新聞が出るまで吸血樹のことを知らなかったらしいが、あの格段さんは知っていたようだ。
そうそう、太陽が出ているうちに切り倒して燃やしてしまわないとダメなのよ……
そこであたしは、あの子の姿を思い出す。
可哀想な、無残な殺され方をしたあの子のことを。
もう、あんな犠牲者を出してはいけない。
吸血樹のことは彼らに任せて、あたしはあたしでやるべきことをやらなきゃ。
でも王様は、マックスのお父さんはどこにいるんだろう?
「では、私は国王陛下に状況を報告してくる。お前たちは引き続き作業を進めるように」
「了解!」
おお?
あの格段さん、王様のところに行くって言った!
じゃあ、彼の後をつければ会えるってわけね?
しめしめ、とあたしは格段さんの後を追った。
……まさか彼におびき寄せられていたなんて、このときのあたしは知らなかったのだ。
+
あたしは格段さんの後を、こっそりとつける。
彼に報告する兵士たちの言葉から、あたしは彼が「司令官」という役職であることと、城の外で市民が大騒ぎで、王都から逃げようとする者や、お城や議会に抗議する者やらで大騒ぎになっていることを知った。
格段司令官は、宮殿の中へ今にも入ろうとしている。
しまった、どうしよう。
さすがにあの中に入られてしまったら、あたしでは忍び込むのは難しい。
かといって、あの司令官の目を欺きながら、横を通り抜けて中に入るのも無理。
さて、どうしたものかと迷っていると、宮殿の扉が開いて中から誰か出てきた。
ものすごーく、偉そうな男の人――正確に言うなら偉そうに見える服を着ている人。毛皮で縁取りされたベルベットのマントなんて、普通着ないでしょ――と、その奥方らしい高価なドレスを来た品のいい女性、やはり上等な服をきた若い男たち……
待って、この人たちって、まさか。
「国王陛下、ならびに王妃陛下、王子殿下がた、おそろいでございましたか」
格段司令官が、跪いて挨拶をする。
やっぱり!
この人たち、王様とその家族だ!
庭木に隠れながら、あたしは少しずつ王様たちに近づいた。
「両陛下、街では暴徒が騒ぎを起こしており、この王城にも詰めかけようとしています。侵入を阻止してはおりますが、万一のことを考え、宮殿内にお戻りくださいますよう、お願い申し上げます」
格段司令官が進言する。
やばいやばい、あの中に戻っちゃう前に話をしなくっちゃ!
「国民を危険に晒してきたわたくしたちが、安全な場所に隠れるなど、もはや許されません。逐一の報告はここで聞きましょう」
凛とした女性の声が響いた。
あれが王妃陛下か。
なかなか、かっこいい。
「しかし、王家の皆様にもしものことがあれば、国が乱れます。安全な場所に避難されることもまた、王家の仕事と存じます」
格段司令官が食い下がった。
うーん、そういわれればそうなのかも知れないけど、釈然としない。
特にあたしは、マックスが危険な炭坑にも足を延ばしていることを知っているから、なおさらだ。
そこに若い男、つまり第一王子か第二王子の声がした。
「母上、フレドホルムの言う通りです。我々はまず、安全な場所に移動いたしましょう」
線の細い優男だから、多分第二王子だな。
がっしりした体つきの方が、きっと第一王子だろう。
体の弱い第三王子は、車椅子で移動しているとマックスが言っていたから、ここにはいないようだ。
それに杖をついた第四王子も……
ラタトスクが取り憑いている第四王子トールビョルンは、今どこだろう。
彼に見つかる前に、王様に彼がこの騒動の首謀者だと訴えなければ!
「まったくこんな騒ぎが起きたのも、マクシミリアンが新聞に吸血樹のことを書かせたせいだ!」
え? 今のが王様の言葉?
ちょっと待ってよ、吸血樹が生えたのもマックスのせいだって言うの?
あたしが王様を悪く言うたびに、マックスは王様を庇っていたっていうのに!
「全部が全部、あの子のせいとは言い切れません。吸血樹の存在を隠そうとするあまり、対応が後手後手に回ったのは、わたくしたちにも責任があります」
王妃様の言う通り!
頷いていると、体が大きい方の王子が口を開いた。
「母上、どちらにしろマクシミリアンにはけじめをつけさせなければいけません。今呼びにやっておりますので、お待ちください」
うん、こっちの王子もヤな感じ。
マックスのお兄さんたち、皆そろって感じ悪いなあ。
唯一優しいと聞いたエスビョルンさんに、早く会ってみたい。
そんなことを考えていたら、ひと目で兵士ではないとわかる、スーツ姿の男の人が第一王子の元に走ってきた。
「報告いたします。マクシミリアン様の部屋の扉が、ビクともしません。中にいらっしゃるのかどうかも、確認ができません」
「中にいるかどうかわからないとは、どういうことだ?」
第二王子が皮肉げに、第一王子に質問する。
とそこに、格段司令官が代わりに王様に話しかけた。
「私から報告いたします。実は昨日の夕刻、王城裏門の門番と、マクシミリアン様が軟禁されている塔の見張りが持ち場を離れるという失態がございました。報告が遅れたこと、誠に申し訳ございません」
「そなたらしくもないミスだな。なぜすぐに知らせなかった」
王様は不満そう。
そこに第一王子と第二王子が、口々に格段司令官――フレドホルムさんて言うらしい――を責め立てた。
「フレドホルム司令官殿は、マクシミリアンに肩入れする傾向が度々見られたな」
「まさか、わざと逃がしたのか?」
「いいえ、そのようなことは」
ん? もしかしてマックスが言っていた「王立軍の中に少し協力的な人がいる」って話、もしかしてこのフレドホルム司令官なのかな。
マックスがこの事件を起こした犯人みたいに言われていることと、マックスの数少ない協力者が責められているのを見て、あたしは思わず飛び出した。
「お、王様! あっ、あのっ! 申し上げたいことがございます!」




