黒い桜は花見の宴で優雅に舞う 【中編】
「呆れた、本当にやって来たよ」
マヤ社長に呼ばれて社長室へと入るとニコニコ笑顔の真守会長が、ソファに座り寛いでいた。助手君がいないのは、イチャイチャよりも女の友情を取ったのか、サイキッカーの能力で瞬間転移でもしたのかな。哀れ助手君は置いていかれて、電車移動って所だろう。
「ジーコ君、やってくれたね」
ニコニコ笑顔なんだけど、圧が凄い。私の想像が全て図星だったのが丸わかりだ。のほほんとして、私の入れたお茶を愉しんでいるマヤを見習いなよね。
マヤの使う社長室は、金魚の入った水槽だらけだ。金星人でも金魚人でなくても、癒やされる水色の空間になっていた。
「ちょっとマヤ、水槽また勝手に増やしたね」
観葉植物を植えていた鉢がなくなって、小さめの新しい水槽が増えていた。
「だって、この子がひとり暮らししたいって言うから仕方ないんだよ」
口を膨らませて抗議するけど、可愛らしいだけだ。とりあえずマヤの頬を突付いて黙らせる。
「私を無視するとはいい度胸だね、白幡 由希子」
「アポなしで直接社長室に乗り込むような人は、輩扱いされても仕方ないですよ」
ひと昔前のパワハラ上司みたいなセリフを楽しそうに言うから、輩扱い仕返したら何故か嬉しそうだ。このオカルト好きの変人は、ちやほやされ慣れているので雑な扱いを喜ぶ。
「誰でもいいわけじゃないんだぞ。君だからいいんだよ」
ハァ〜……キモいよ会長。距離の詰め方下手くそかよ。てか、やはり会長はおじさん臭い。どうしてこの会社の上層部の人間はオカシイのだろう。
同僚との花見旅行に、権力を行使して割り込むわけにもいかず、頼み方がおかしいのかもしれない。
「拾ってくれた恩があるし、嫌いじゃないので仲間に加えてもいいけどさ」
桜子と話し合って決めていた。真守会長に癇癪をおこされてもトラブルに発展する。結局私と桜子で面倒を見るしかないのだ。
「ふふん、さすがだよジーコ君。みなまで言わなくても察してくれる」
手のかかる御嬢様だよ、まったく。たかが花見、されど花見。私と桜子に対して余計なお節介はいっさいしないと言質を取る事が出来た。
◇
スポンサーがついた事で、私と桜子の予定は近場で行う花見の宴を断念した。
「マヤと会長がセットでいたんじゃ仕事と変わらないね」
桜子はマヤが来ることも言及していた。いろんな理由で人付き合いの苦手な面々が集まっている。そんな面々がアウトドアを満喫する事など、なかったと思う。
「やっきにく〜やっきにく〜バーベキュー♪」
真守会長とマヤが御機嫌で即興の歌を唄う。仲良しなのはいいけどさ、花見する気ないよな、この二人。
「バーベキューしにリムジンで移動とか、そっちの方を突っ込みなよ」
桜子……現実を直視出来るなんてタフなやつよ。私は無理だ。花見の出来るキャンプ場に高級リムジンで乗り付けバーベキューとか、庶民に喧嘩売りに行くようなものだ。
花見をしながら肉が食いたい、そう伝えただけなのだが、高級料亭のお重弁当とか、有名店のステーキ丼とか、そういうの期待するよね。
「そんなにがっかりする事はない。この最高級のお肉の輝き具合を見たまえ」
ふぉぉぉ゙美しさすら感じる牛肉。まあ真守会長のスマホの画像なんで、お肉の光沢は演出なんだけどね。そのせいで逆に私は大事な事を見落とした。お肉を用意した相手は御嬢な真守会長だということを。
キャンプ場は空いていた。会長に気を利かせて貸し切りにしたから当然だ、というわけじゃないよ。単に平日、ひと雨来そうな空模様、見事なまでの枯山の風景。花見に来て花が咲いてない……だと。早めに出発したからまだお昼前、それなのにキャンプ客はほぼゼロ。
キャンプ場を管理しているログハウスがあったので、私は人数分の利用料を支払う。オフシーズンなので格安だ。
駐車場へ戻ると────20キロはゆうにある大量の肉。そうか、画像だと遠近感つかめなかったよ。
「助手君がいないと本当に真守会長は雑だよね」
気苦労の耐えないモブ顔の青年が、この御嬢様には必須だった。マヤの会社での仕事中は私がフォローするから問題なかった。
「とりあえず運んで食べましょう。ノルマ一人五キロね」
桜子は前向きだね。私はその半分だって食べ切れないので焼いた肉を片っ端等から包んで持ち帰る事になりそうだ。マヤと桜子は大食いだから会長が一応配慮したのかもしれず、責めるのは止めた。金塊の時もそうだったけど、社長とか会長とか立場が偉くなると、豪快に大雑把になりがちなのかね。
事務員として頑張って来たけれど、肉を焼く職人として頑張って来た事はない。能力も授かっていない。それに今欲しい能力は肉を焼く能力ではなくて、筋力だ。だって肉のみじゃなく、他の食材や容器に、燃料やら水やら、運ぶのだけでひと苦労だからだ。
車体の大きさに対してトランクの大きさは普通なのによく積めたよね。車内よく見てなかったけど、乗車席にアウトドア用のカートにテントやテーブルセットやクーラーボックスまで積んでいたのかな。
カートが意味ないくらいパンパンの大荷物。キャンピングカーで乗り込めるキャンプ場の方が早くね?
「大丈夫だよ。私に任せたまえ」
重たい水や燃料などはカートに積む。一纏めにした荷物を持てるだけ持とうとして運びかけると、なんだか軽かった。真守会長がニヤニヤしているので、彼女が何か能力を使っているのは間違いない。
「人目がなくて良かったわね。ジーコの体格でその大きなリュックを背負うのは、なかなかシュールな光景だわ」
確かに自分がまるまって入れてしまいそうなリュックと山のような荷物のカートを押す小柄な女性がいたら、頭がバグる。
桜子は細い見た目より、筋力はあるので肉20キロくらい軽く持ち上がる。いや軽々持っちゃ駄目な重さだよ。脚力は知っていたけど、どうやら全身に力が漲っていたようだ。そういやマヤの首根っこを猫をつまむように持ち上げていたな。
……私は自分の目を信じたくなくて、記憶を封印して忘れていた。
「どうしてこの化け物と奇人の中に私はいるんだろうか」
「ジーコ、なにか言った?」
「空気がうまいって言ったの」
「そうだね。お天気が少し心配だけど、いかにも高原って感じがしていいよね」
人体の不思議は置いておくとして、やっぱり桜子はいいね。なんだか会長が褒めてほしそうに待っているけれど、こんな大荷物になった原因を私は忘れてないよ。
「むぅ、君はなかなか芯が強くてブレないね」
今度は拗ねて私と桜子の周りをウロウロしだした。マヤが真似をして荷物と一緒に回りだす。
「人がいなくて本当に良かったよ」
正確にはいる。たぶん、あれはたまごの護衛と和菓子屋のリーさんだ。それに顔色の良くない男に圧のおかしな少女が助手君と運転手さんといるみたい。大荷物は彼らの慰労も兼ねてるのかもしれない。
食べ切れないのを見越して呼ぶつもりなのだろうけど、たまごの護衛とリーさんは桜子にブッ飛ばされる可能性がある。
「私が頃合いを図りますから、会長は大人しくしていて下さいよ」
社会的な交友関係を築くのは得意でも、友達付き合いは苦手な会長は頷く。通じたようで何よりだ。あとは肉を焼きつつ、マヤに手伝ってもらおう。
「先客いたんだね。あれ、でも運転手さんに助手君よね」
会長にテレパシーを使わせて、会長の陰の護衛達を誘導してもらった。物を運ぶ時といい、携帯機器なしで連絡出来る事といい、一家に一台あると便利なやつみたいだよね。
「私の能力を知りながら、便利な家電扱いするのはハラスメントに該当するぞ」
「口に出してないのでセーフです。だいたい先に心を覗き見る方が悪いですし」
能力ある事を隠していきなり追及すれば、冤罪だ。便利な能力を持っていようといまいと、他に事例がなければ信用されない痛い女だ。能力なんざ、私のようにぼやくぐらいがちょうどいい。
「うごっ」
急に荷物が重くなった。
「ちょっとジーコ、会長に何を言ったのよ」
「何も言ってないよ。客観的事実をソフトに思い浮かべただけよ」
これでもサイキッカーの会長に配慮して、柔らかマイルドな言葉で思考したんだよ。ダメージ負うなら、勝手に人の頭を覗き見る癖を止めればいいだけ。ちょっと特殊能力あるくらいで世間ズレしてるようじゃ駄目人間になるよ。
「くっ、容赦ない追撃と追言。さすがだよ、ジーコ……いや白幡 由希子」
また何かツボったのか、あだ名ではなくて、フルネームで呼んだ。御時世的にあだ名はよろしくないから、名前で呼んで、愛称で呼ぶつもりだろうね。
「ちょっとジーコ、やめなって。せめて到着するまでぼやくの禁止」
私が一方的に心を抉ったようで、会長は泣きそうだった。桜子が止めるなら仕方ない、マヤと話して気分を変えよう。
したたかな会長の計算通り、桜子が会長を慰めて、名前で呼び合いたいと言い出し了承を得ていた。
まったく、世話の焼ける上司を持つと苦労する。会長は親会社のグループの会長であって、上司じゃないけどね。
私達はこの日から互いに名前で呼び合うようになった。私も事務員ではなくなったのでジーコを卒業する、ちょうどいい機会だった。
私は由希子。マヤと桜子はそのままマヤと桜子。会長は葉摘になった。海外では普通でも、なんか距離感が縮まり過ぎて変な感じだ。
そして意を汲んで会長……じゃなくて葉摘をぼやき倒した私は、なぜか葉摘にいままで以上に信頼された。助手君、ヘルプ!




