黒い桜は花見の宴で優雅に舞う 【前編】
「この空気感、久しぶりだな」
雪深い町にようやく暖かな風が届き、私は呟く。去年は本当に色々あったからさ、長い冬が更に長く感じたものだ。
去年……私は勤めていた会社で、営業の英男から告白された。地味なぼやき事務員の事務子が────だよ。
白幡 由希子という本名で呼ぶものは会社にはいなかった。地味子か事務子、まあ蔑称だ。
五年勤めて一切色恋沙汰に縁がなかった女が、どれだけ舞い上がったものか見せてやりたい。いや冗談だよ、そんな醜態を見ないでね。
浮かれた私はそれが企まれた罠だと気づかず、会社を自主退社してしまったんだ。ホントに何様だよ、私ってやつは。
会社を辞めた後に英男からは、好きな人が出来たから別れてくれと言われた。異世界なら婚約破棄だ、逆玉ざまぁだ、なんだと盛々だというのに。現実は世知辛く惨めなだけ。
ぼやき事務員が、幸せを夢見て何が悪いのさ! ……って吠えたい。
────でもね、悪い事ばかりじゃなかった。
自棄酒に溺れる私を救ってくれたのは金星人のマヤだ。……待った、最後まで聞いて。私も自分で自分の事を話していて、やべぇ、いかれたヤツみたい────って思ってるから。
……自称金星人のマヤは私の地元のビール会社の社長だ。このマヤ社長もグループ企業の会長令嬢に救われたらしい。
今時の不景気なご時世会社にも関わらず余力があるためか、野良猫を拾っては飼う感じだ。
そして扱っている主力商品が金魚人の大好きな金魚ビールなわけだが────いろとツッコミを入れたい気持ちはわかる。
マヤ社長に誘われてビールを造る会社に入ったは良いのだけど、仕事の大半は社長や会長のお守りだ。
お守りというか子守に近いよ。マヤ社長は経営より研究に向いている。放っておくと、金魚ビールに合う新たなツマミを開発して製品化まで行ってしまう。
温玉缶は確かに凄い発明かもよ。缶の蓋を開けた瞬間、湯気が立ち温玉が温まるのは嬉しいものだ。だけどね一気に蓋を開けると激しい科学反応を起こして缶の中身が破裂する欠陥品を、製造ラインに乗せるんじゃないよ。
……マヤ社長は無駄に行動力があるので、しつこく注意する必要があった。
お給料を金塊で支払う問題の時も私は泣いたよ。肩書きは社長秘書とは言ってもだ、地方の会社のいちオフィスレディ────いわゆるOLが、現相場数億云々な金塊を渡されれば事案になるに決まってるだろ。
金星人の癖に金に疎いってギャグはいらない。真守会長が手を回してくれなければ、私は各国のエージェントや公安や国税局から追い回されていたよ。
マヤ社長はとにかくアホだ。断っておくが、頭が悪いとか社長をバカにした悪口じゃないよ。一般的常識が欠落しているって意味での、アホという意味だ。
研究者に向いているくらいだから、学校のお勉強は出来ると思う。マヤ社長を見ていると、金星人って言うのは本当かもしれないって考えさせられる。
そのマヤ社長の警護も兼ねて、黒いコスモスと呼ばれた女、黒里 桜子を私と同じ社長秘書に抜擢した。私と同じ男に振られ、居たたまれなくなって会社を止めた和美人だ。私が騙されて前の会社を辞めたように、桜子も罠に嵌められて辞める事になった。
あぁ、ちゃんと私も桜子も前の会社は潰して、思いっきりざまぁを堪能したからいいんだよ。
桜子を私の会社に雇い、私は彼女と親友になった。困った時に手を差し伸べたから感謝してくれるけれど、その気持ちは懐の深いマヤ社長に向けてほしい。
桜子は武術を嗜むのせいか異様に強い。本人は自覚がないのだが、酔った時に蹴りで岩を割ったときはビビった。色々と狙われやすいマヤ社長なので、私より桜子が側にいた方が安心だ。
「それって社長秘書じゃなくて、専属護衛じゃん」
私が強引に社長秘書に加えて、再入社したてで以前のお給料の三倍以上とボーナスまで貰う事に、桜子は抵抗した。彼女は常識人だ。だからこそ、マヤ社長の秘書に向いている。
このハイスペックな女を辞めるように仕向けた連中の無能さぶりが、自分達の会社を滅ぼす原因になったんだと改めて思う。
私は所詮しがない事務員が適任だから、桜子には幸せになってもらいたかった。お見合い企画を画策したんだけど、めっちゃ桜子に怒られた。当分は男は懲り懲りで、私とくだ巻いて酒を飲んで騒いでいるのが良いんだそうだ。
もったいないとは思うんだよ。でも親友と居られるのは私も歓迎だ。だけど私は最悪の人物に、一連の騒動を見られている事を忘れていた。
そう……真守葉摘会長だ。会長は大学を出たばかりのオカルト好きの変人だ。マヤ社長を拾い社長に据えるとか、たとえ大企業だろうと普通なら有り得ない。
「でも現実的にマヤの会社は、この地方一の会社になったのよね」
私と桜子はお気に入りの居酒屋で、いつものように管を巻いていた。会長が我が社に頻繁に訪問しに来るのも、マヤ社長と彼女を取り巻く金星人の金魚人との友好が目的だ。
「慧眼というか、あの会長は同類だよ。桜子とは別の意味で綺麗で強いのに、マヤと同じくらいアホなんだよ」
御嬢なだけあって、庶民の常識的な知識が欠如している。一応大企業の会長だから、マヤよりも話しは通じるんだけどね。
「アホと言うか、たちが悪いと思う」
発端は私が立てた桜子お見合い企画のせいなので申しわけなく思う。
────全国の、いや海外まで含めた真守グループ企業全てに通知された、私と……桜子のパートナー募集大作戦。
「あなたが彼とのやり取りを散々からかった意趣返しなんじゃない?」
「先にうざ絡みして来たのは会長の方だよ。ぼっちだから友達への距離感の詰め方下手っくそなんだよ」
「またそんなダメージ入りそうな芯を食う毒を吐いて」
「いいんだよ。どうせ聞かれてるんだろうから、自分から聞きたくなくせばいい」
真守会長はいわゆるサイキッカーだ。最初は大企業の令嬢だから、安全の為にあらゆる所に監視があるのだと思っていた。しかし何もない雪山で確信した。おそらく霊聴能力の類。ネット調べだから確証なんかないけどね。
超能力があろうがなかろうが、まあ私にはどっちでも良いんだよな。勝てる要素なんざ何もない。女としても負け、社会人、人間としても完敗ってなもんだ。
「会長に唯一勝ってるのは、桜子のおかげかな」
「私? なんでよ」
騙されたとは言え恋人はいた。会長も囲い込んでるに等しい助手君がいるので異性関係はイーブンだ。しかし、同性の友人はマヤ社長はお互い共通の友人になるのでノーカウント。そうなると桜子と親友である私の方が立場は上だ。
「いや、それだけを勝ち誇るのは虚しくない?」
桜子が呆れたように言う。
「ハイスペックな桜子にはわからないのよ。会長も同類だけど、人が寄り付かないでしょ?」
能力があろうがお金があろうが、関係ない。私は誇れる親友がいる、それだけで会長を倒せるのだから。
「意味がわからないから説明しなさいよ」
「ようするに真守会長のウィークポイントはぼっちって事よ。他が全て完璧なのに、友達がゼロって弱みを自分から晒して挑んで来るから戦えるのよ」
「いや、だから意味がわからないって。何と戦うのよ」
お酒の入った桜子は目が座りだすと短気になる。会長に次ぐ危険人物になるけれど、私に暴力を振るう事はないので安心している。
ただ……近いよ。そして頬が紅く染まり可愛らしいけれど────酒臭い。でも桜子だから許せる。フフッ、我が親友とのこの距離感こそ真守会長が欲するものなのだ。
「クククッ、今頃会長は舌打ちして悶えているよ」
「そんなわけないでしょうに」
「桜子はわかってないよ。ぼっちを拗らせた人間は、距離感を縮めた相手の動向が気になるものなんだよ」
構われなれてないから、下手に仲良くなると妄想の渦に呑み込まれる。ましてサイキッカーなら、感応力が仇になるはず。
「……」
なんとなく私達を覗き見る目が死んだ感じがする。これから行う企画に会長が絡むと楽しめないからね。
「お花見の計画くらいで大袈裟な」
桜子よ、花火大会の悪夢を忘れたのかい。会長に追われたたまごの花火職人の逆襲で私達の町はたまご爆弾の雨に汚された。そんな訳だから真守会長が協賛に加わると、催し物は豪華になるもののトラブルがついて回る。
だいたいグループ企業の会長として忙しいはずなのに、地方の怪しいビール会社に構ってる暇はないはずだ。副業のオカルト探偵といい、多忙と過労で倒れるぞ。いや……待てよ、真守会長の事だから、分身体でも使えるのかもしれないな。
「お〜いジーコ、戻っておいで。いくら奇人だからって、機械人間でもない限り、分身は無理よ」
「────それだ!!」
桜子ナイス。真守グループの最新技術を駆使すれば、精巧なロボ人形の一つや二つ簡単に作れる。サイキッカーの彼女は、目と耳で見て聞けるだけでいい。伝達は音声をスマホでもPCでも打ち込んで送ればいいからね。
「……というわけで、花見は極秘裏に行うしかないね。嗅ぎつけられたら会長が乱入するだけの暇があると確証がつかめたからね」
「確証って、酔っぱらいの私の戯言じゃないの」
「十中八九、当たりだよ。立場考えるとあんなに暇な時間があるの、おかしいでしょ?」
グループ企業の技術の粋を集め、サボタージュを行う真守葉摘。そこまで全力で友達の座をかけてやって来るとわかっていても、黒里桜子の親友の座は譲れない。
会長はわざわざやさぐれ庶民OL達の輪に加わろうとせずに、部下の助手君と仲良く楽しく幸せにイチャイチャしてれば良いんだよ……。
なろうラジオ大賞5、ノミネートされた方、受賞された方おめでとうございます。雑歌にてノミネート作品は紹介しましたが、大賞は御本人様やお仲間の方が伝えると思いますので、そちらを見に行くのが良いと思います。
大賞発表を持ってイベント企画も終了となりますが、個人的に加筆再掲載版、関連作品の後日作品を掲載しました。完全に個人の趣味の作品です。




