55 王子のしあわせ 大団円その2(終)
最終回、長文です。
私の血の気がひいた。
鯉のように口をパクパクさせた。
「フランカは、テムノの行く末を守りたい、と。
騒動によって、王家に嫁ぐ資格がない。修道院も考えたが、領民の声に応えたい、産業を興して、天候に左右されない安定した生活をもたらしたい、と。
それから、
エミリオは、長男の対応に激怒した。何せ初めから邸に居たのに、何の手立ても取れなかったのだから、と。
エミリオは、分領して、長男に与え、跡継ぎをすげ替える。
……まあ、私でも、そうするかな」
「え、じゃ、フランカは」
「公爵家の嫡子になる可能性も出てきた」
う、ううーん。
綺麗なフランカ。
花のようなフランカ。
彼女との未来は無くなるのか……
そうか。
私は、鼓動が落ち着くにつれ、冷静になれた。
正門前の彼女の凛々しさを思い出す。
あの見事な礼。
そうか。
あの時既に、彼女は、その想いを私に告げていたんだ……
「で?」
祖父と同列の怖さで、ずん、と、伯父上は睨んできた。似ている。
「ウチの娘をどうしてくれる!」
「お義父様!」
ロゼッタが、真っ赤になって止める。
「お止め下さい!
私が悪いのです
無理を言って、付いて言ったのです!
私、私」
「無論、お前が悪い」
公爵は、振り返りもせず、ロゼッタを叱る。
「自分の目でジェイを見なければ、収まらなかったのだろう?
誰よりも、義父よりも、自分自身よりも、ジェイが大切だったのだろう?」
「……え」
(は?)
いやいや、気のせいだ。
ぬるい空気を感じたが、違う。公爵は変わらず、鬼の様な……ん?
「……っ、ぐ……
目に入れても痛くない愛娘が……
こんな、ポンコツ……
この誰よりも愛している私より
……ポンコツを……ぐすっ」
「お、お、お義父さまっ?」
ロゼッタも義父の変化を見とって、オロオロしだした。
「ジェイぃぃ
お前、どうなんだ?
我が娘ロゼッタを二度も、二度も、人前で、だ、抱いて、くっついて、
婚約者が居たくせに、
うちの「お義父さまっ!」
手で顔を覆って、グズグズする伯父上に、ロゼッタは真っ赤なまま、伯父の背中に取り付いて、イヤイヤを繰り返す。
「兄上、もう、その辺で赦してやってくれ。
ロゼッタが憤死しかねない」
くくく、と、父が嗤って止める。
「貴方も、空気が足りないみたいに、パクパクしててないで、エラントの男の矜恃を見せなさい、情けない」
と、母が不機嫌な声を出す。
「あんなに見せつけられたら、流石の私でも、お察しだな。
伯父上、私は辞退しますよ」
と、ヒラヒラ手を振るデュラン。
「お家の為に、お互いを察しようとは、なさらなかったのでしょうけど……
お二人とも、もう少し素直になりましょうね。
宜しかったわ、フランカが引いてくれて」
セリア様、貴女まで……
父は、伯父上の襟をネコのように引っ張って、
「さあ、あちらで呑むぞ。
デボラ、セリア、
君たちも、お相伴下さるな?
デュラン、浴びるほど呑ませてやる。父の情けだ。
そうだ、エミリオも呼ぼう。
さあ、さあ」
と、率先して、部屋を出ていった。
私とロゼッタを残して……
それから。
一刻ばかり後に、私とロゼッタは、酒宴の王族に、求婚とその受理を報告した。
無論、伯父上の号泣と、皆の冷やかしが、波のように繰り返されたことは、言うまでもない。
1週間後、父は王宮前広場に面したテラスから、集まった民衆に語りかけた。
父らしい、穏やかな語りだった。
それでも、威厳と存在感が、以前とは格段に違っていた。
民衆は、混乱への謝罪に驚愕し、
法の下の粛清に、息を呑んだ。
新王による新しい時代を感じたのだった。
そして、祖父は隠居を決め、
晩夏の某日、国外からの賓客を迎えて、父の戴冠式と私の立太子式が同時に挙行された。
まだ未成年だが、いち早く、国の内外に、エラントの威厳を知らしめる必要があったからだった。
残暑が過ぎて、虫が鳴き出した夕刻。
私は、見たことのある場所で、着たことのある礼服で、立っていた。
そして、私の周囲は、好奇の眼と空気が膨らんでいた。
今宵は、卒業パーティ。
そして、目の前には
「おめでとうございます
ジェイ・サンドランド・アルマイル・エラント王太子殿下」
フランカの微笑み。
元婚約者同士の対面だ。
皆は
(お互い、どう思っていらっしゃるのかしら)
的な想像で、興味津々なんだろうが、お生憎。
私は、丁寧に礼を返す。
「貴女こそ。
エミリオ領主代行、ですね」
「父が、財務大臣を拝命いたしまして、以前より多忙となりましたので」
閣下は、父に税制改革を全うしろ、と、押し付けられた。
降格処分に、閣僚や貴族は、一部溜飲を下げたらしいが、浅はかだ。
国の金庫番ほど、力のある者がいるかい。
「……貴女の式には、呼んで下さるでしょうね」
フランカは、少し恥じらった。
恋する乙女だぁ。綺麗だねえ。
エミリオ公爵も、娘が教授と、幾度も文を交わし、現地調査に同行していたことを知り、激怒と嘆きを繰り返し……
(修道院か領地開発か、私の人生をお決めくださいまし)
と、娘に脅され、
(撤回とはいえ、傷物の令嬢です。幾つ傷がつこうと、同じではありませんか)
と、開き直られた。
平民ではあるが、グレシャムが取り込みたかったマルベルは、矢張り脅威で、それなら公爵家に取り込んでくれた方が、好都合である。
合理的なデレク新王は、さっさとマルベルをさる侯爵家の養子にして、エミリオに詰め寄った。
「新しい研究所立ち上げで、矢張り忙しいようですわ」
マルベルの知識と技術は、今やエラントの財産である。
「蒸気機関を動力とする工業が南で盛んとなっておりますが、これからは、彼の電力機関が発達することでしょうね」
フランカは、行く行くは、女公爵となり、夫の成果で開発を進めるのか。
(この娘も、烈女、だね)
一度目の人生で、この女性を断罪したなんて、ジェイ、お前は矢張りポンコツだったな。
そして、和気あいあいと二人で話しているので、周りは拍子抜けのようだ。ざまぁみろ。
だって私には、
「ジェイ、フランカ」
「まあ、ロゼッタ、貴女、綺麗よ」
そう。
愛しい人がいるから。
今夜のロゼッタは、可憐な、ボールガウンドレス。綺羅綺羅した銀糸を縁どったレースが幾重にも重なっているのに、空気のように軽やかだ。
どこを切り取っても、
今夜のロゼッタは、公爵令嬢。
そして、将来の王太子妃、だね。
「いいわよ、お世辞は」
と、ロゼッタは肩を竦めたが、
「本当よ。
貴女、本当、綺麗になったわ。
……前はどこか不安をまとっていたけど。
貴女、輝いているわ……」
とのフランカの褒め言葉に、ロゼッタは薄化粧の頬を染める。
……ホント、可愛いよね。
私の心の声が、漏れたらしい。
フランカは、クスクス笑った。
その時、
「ジェイ!ロゼッタさん!
フランカさん!」
キンキンした声が突っ込んできた。
(……アボット?)(リルよ……よくまあ)
周りが先程より、ざわめいて、その後、息を呑む。
「まあ、アボット嬢」
「リル、でいいのよ。
ジェイ、おめでとう」
変わらないね。リルは。
大怪我から生還して、聴取と裁判に耐え、卒業まで物にした。
リルには誘拐計画の咎があったが、グレシャム一派の計画や、組織のメンバーを暴露する事で相殺された。
なんたって、元、叛乱の女神だからね。
「ロゼッタさん、お礼が遅くなったわ。救助に来てくれて、ありがとう。
それから、フランカさん、貴女の演説、聞いたわよ。
お二人とも、女性として、誇らしいわ!」
リルの表情から、毒気や攻撃性がすっかり抜けていた。男性に示す蠱惑の仕草もなくなった。
今のリルは、年相応の、言葉は礼儀知らずの、女の子だ。
「……私ね」
リルは、穏やかに話す。
「自分の責任から、逃げないわ。
私の過去を人がなんと言おうと、受け入れる。
明日、王都の修道院に入るの。
シスター・リルよ。
そして、虐げられた女性や、孤児の避難所を作るわ。
自分の手で、弱き人々に尽くす人生を歩みたいの。
お二人も、オトコなんかに負けないで、頑張ってね!」
フランカが、深く頷き、ロゼッタは目を丸くしていた。
「だから、煌びやかな所は、今夜でおしまい!
思いっきり楽しむわ!
では、ごきげんよう」
リルは、好奇の目に晒されながらも、どこ吹く風で、ダンスホールに泳いで行った。
そのピンクブロンドのユラユラする後ろ姿を三人で見やって、
思わず三人で顔を合わせて、苦笑した。
リル。君は、本当に、ブレない。
「私も、友人の所へ参りますわ。
殿下、ロゼッタ。
今後とも、お願い致します」
国一番の淑女も、ホールへ向かった。
私とロゼッタは、何となく、取り残された気分で、視線を合わせて、肩を竦めた。
「……踊ってもらえる?」
「もうちょっと、丁寧に言えない?」
ああ、可愛いなあ。
「ロゼッタ・バルトーク公爵令嬢」
私は恭しく、胸に手をあてて、片方の手を愛しい人に差し伸べた。
「踊っていただけますか」
「……喜んで」
そしてさっきより赤くなった彼女を連れて、鳴り始めたワルツに合わせた。
周囲は、将来の王太子夫妻のダンスに、わっ、と歓声が上がる。
「……お義父様にね」
「え?」
時折ターンを交えながら、リードしていると、余裕の出てきたロゼッタが、話しかけてきた。
「長年の恋人が、いるようなの。
私が、その、嫁いだら、館に入れて良いか、と仰るの」
伯父上も、男だったか。
ちょっと安心したな。
「公爵は、その、あの、私の子供を一人貰うって……恋人とは……作らないって」
いや、君、微妙な所で、恥らわないでくれる?きゅんきゅんするんだけど。
「伯父上も、王家の男だから、ね」
ロゼッタは、キョトンとしたが、私は苦笑して、くるりとターンさせてあげた。
ロゼッタは、もう!という感じで華麗なターンを決めた。流石早駆けの淑女。
私は、即位の後、父と呑んだ時の事を思い出していた。
私は、ポンコツだけど、いつでも、ロゼッタが大事で、気持ちは最優先だったこと
王子として生きて、それぞれの人生であっても、ジェイという男は、ロゼッタを心に住まわせていくつもりだったこと
そんなことを父に話しながら、私は私の気持ちを自覚した。
ロゼッタを愛してる。
王太子は、この国に捧げるが、
ジェイという男は、ロゼッタに奉ずるんだ。
そんなことを父に言ったと、思う。
父は、
(……お前は、幸せな奴だ。
王子の幸せも、ジェイという男の幸せも、同時に目の前にある)
そう言って、父は、
(心に……住まわせる、か……
やはり、私の子だな。
でも、運は、お前の方がいい。
いや……
引き寄せたのだな、自分で。
良かった……)
と、一人語りして、優しい目を下さった。
「どうしたの?」
二曲終わった後、ホールの中央で、ぼんやりして立つ私に、ロゼッタが、くりくりした瞳で訊ねる。
卒業生達は、それぞれパートナーと談笑したり、次のお相手を求めたり、と三々五々の中、王太子と公爵令嬢が立ちつくしている。
その雰囲気は、さざなみのように学生達に伝わって、次第に、しん、とする。
「ジェイ?」
私は、跪いて、ロゼッタの手を握った。
「……ジェイ?」
「ロゼッタ。
この先、私が凶刃に倒れても、
運良く天寿を全うしても、
天に召される時、想うのは、君だ。
そして、
王太子として、王として、
国にこの身を捧げても、最後に目に映るのは、君であって欲しい。
私の人生には、残酷な場も、悲惨な場も、あることだろう。
けれど、この手を離さずに、
共にあって欲しい。
君を愛している。
王太子としても、ジェイとしても、愛し続ける幸福を私に下さい。
ロゼッタ。
……貴女を愛し続けます。
そのような、幸運に感謝します」
周囲は、
私の言葉が終わるまで、誰も声を出さなかった。
が、
私が口を閉じるなり、
わあっ!と、沸き立った。
淑女達から、黄色い悲鳴まで。
ピンク頭のリルが拍手を始めて、あっという間に周りに伝播する。
「……ジェイ、の、馬鹿っ!」
ロゼッタは、泣いた。
やっぱり。
「わ、たし、が、独り占めしたいこと、こんな、人前で、言うなんてっ」
「だって」「だって、じゃない!」
ロゼッタが、握りこぶしを上下にブンブンし始めた。君、今日の格好に似合わないよ?
「もうっ!
プロポーズも義父の脅迫だったし!
こんな人前で、求愛するし!
どうして、貴方って、こうなの?
やり直して!
やり直してよ!」
「殿下、バルコニーが空いてますよー」
「そうそう。
このままだと、次の曲が演奏できませんよー」
「何度でも、やり直ししてきて下さい。私たち同窓生は、いつでもお二人を祝福しますから」
周囲の学友達から、冷やかしの声が上がる。
共に長年机を合わせた人達。
学び舎で語り合った同窓は、温かい。
「だそうなので、行こう。泣いちゃ、お化粧が取れちゃうよ」
「……誰のせいだと」
私はロゼッタの背に手を回して、エスコートした。
「私のせいです。
愛しい人」
何度でも、何時でも、
愛の言葉は、やり直すからね。
ロゼッタ。私の人生は、今世のみ。
その人生を君と全うする喜びに、私は浸っているよ。
さあ、もう一度。
やり直そうか、ロゼッタ。
〈~完~〉
如何でしたか?
父デレクを描いた時に頂いた宿題を解いたつもりだったのですが。
ご感想、ご評価をよろしくお願いします。




