エメラルダス
レールの保守を終えた三河は、クリーニング車両を三条神流に返却した。
その時、
「松宮さんが言っていた、クイーンエメラルダスって誰のことですか?」
と聞いた。三条神流は銀河鉄道999のヘットマークの携帯ストラップをハンカチで拭きながら、
「長野の旅の途中で出会った、永遠の旅人。長野で「クイーンエメラルダス艦隊」って言う部隊を指揮している。連合艦隊とも、一戦を交えようとしたよ。」
と言った。
「違う。三条君の好きな人よ。」
と、いつの間にか来ていた芽衣子が言う。
「三条君より2歳年上の女の人で、長野に住んでいる。出会った時、三条君は「クイーンエメラルダスに会った」って言っていた。それ以来、連合艦隊ではその人を「エメラルダス」って呼んでいるわ。無論、会ったことはないけどね。三条君は心を奪われたんだけど、彼氏が居るって理由で思いをぶつけられずにいるの。」
三条神流は溜め息をついた。
「まあ、これには色々な事情があってな。」
第3艦隊が三条神流を連合艦隊へ加入するにあたって、餌にした部隊があった。話は、その頃にまで遡る。
「俺達は上信越方面隊だ。特に、長野方面へよく進出している。その最中、奇妙な奴の噂を聞いた。「クイーンエメラルダス艦隊」女海賊エメラルダスと飛行船が網羅している場所が長野にあるとな。」
「ふん。」
三条神流は金剛の話に鼻を鳴らした。
「それで、どうしろと?」
「上信越方面隊は来年2月、再度長野へ行き、エメラルダスを燻し出すつもりだ。その際、お前の力を借りたいのだ。要するに、この遠征で連合艦隊に入るか決めて欲しいのだよ。この遠征は連合艦隊全員参加だ。これを見てから連合艦隊に入るか決める分にはいいだろ?」
と、比叡が言う。
「そうだな。」
三条神流はその場では納得したが、連合艦隊全員参加と言うのは不確定であった。
当時、連合艦隊の手元には「クイーンエメラルダス艦隊」の活動拠点が安曇野であること以外に情報はなく、更に安曇野は連合艦隊にとっては未知の場所であった。
「エメラルダスはどんな奴か分からない。下手に艦隊を動かして資金を浪費するより、情報を更に集め、大艦隊で一気に攻め込む方が効果的であろう。それに安曇野は行ったことのない無知の場所。闇雲に動けば、エメラルダスの餌食になるだけだ。」
と、霧降は出撃を拒否する理由を言い、三条神流と共に出撃しようとした霧島はそれに納得し、連合艦隊全員の都合が良い2月中旬に連合艦隊全員と三条神流は安曇野に出撃するということになった。
2月10日。三条神流は連合艦隊に先立ちアルピコ交通の高速バスで松本を目指し出撃した。後から来る連合艦隊は新幹線で追跡してくる予定だが、三条神流は前日入りして夜の南松本貨物駅に停車するEF64の重連を撮影しようと考えていた。
しかし、三条神流のこの早まった行動が、彼の運命を変えた。
南松本駅に隣接する南松本貨物駅で終電ギリギリまで撮影し松本に戻り、宿泊するゲストハウスにチェックインした時、霧降からの緊急連絡が来た。
「三条。緊急事態が発生した。連合艦隊は長野へ出撃出来なくなった。」
「緊急事態?どうしたんだ?」
「重大事故か事件か解らないが現在、連合艦隊は状況確認のため遠征を中止している。」
「そんな。では俺も直ぐに―。」
「いや、お前は動くな。そのまま松本での遠征を単独で実施しろ。」
「ふざけるな。単艦でエメラルダスと対決は危険だ。」
「三条。お前に偵察任務を与える。エメラルダスと対決するのは夏頃に延期するが、今お前がエメラルダスのお膝元に居るのなら、エメラルダスに気付かれないよう、安曇野方面の偵察を実行せよ。」
「気付かれないようにって。」
「とにかく、飛行船が現れたら地下にでも潜れ。」
「安曇野に地下鉄なんかねえって。」
かくかくじかじかで訳が分らないがとにかく、連合艦隊本隊の長野遠征が中止され三条神流は一人、アウェイの安曇野で偵察任務を行うことになった。
「傭兵の次は、スパイ活動かよ。」
と、三条神流は溜め息をつき、寝ることにした。
この緊急事態というのが、キリシマ艦隊遭難事件であった。
三条神流は手元にある地図と携帯時刻表のみで、列車の撮影地を探し結果、大糸線の一日市場―中萱間の直線区間と併走する農業用道路からなら、北アルプスを背景に、大糸線の列車を撮影できると判断し、そこを目指して出撃した。
天候は快晴。雲ひとつ無く、更に風もない。撮影には持って来いという天候だった。だが、風も無いという天候状態は、クイーンエメラルダス艦隊にとって好都合だった。
撮影を開始して1本目の特急「あずさ3号」を撮影した時、三条神流の目に入ってくる太陽光が遮られ上空を見ると、そこには飛行船が高度を下げながら接近していたのだ。
「三条神流。初めまして。」
と、背後から声。振り返る。
「エメラルダスか?」
「ええ。本当の名前は南条美穂。ここまでたった一人で来てくれたとは好都合よ。」
「どういうことだ?」
「まあ、ここで話すより、一旦家に来て。」
南条美穂は三条神流の腕を掴み歩き出す。
連れていかれたのは、南条美穂の自宅だった。
南条美穂の部屋の窓から、飛行船が進入し着陸する。
「私の部屋は、飛行船「エメラルダス号」の母港でもあるの。ほとんどの場合、飛行船はここで整備するわ。それで―。」
南条美穂はベッドの下の格納庫からもう一機別の飛行船を引っ張り出す。
「飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」世界一周飛行をしたドイツの巨大飛行船にして、私の「エメラルダス号」の原型、「ロサンゼルス号」の姉妹船。」
ここから南条美穂は思いも寄らない事を言い出した。
「カンナ。これはカンナの飛行船よ。」
三条神流は言っていることが解らなかった。
「キリシマ艦隊が私に戦いを挑もうとしている事は、向こうから聞かされていた。私も向こうの情報を集めていた。そして、その最中、貴方の事を知った。連合艦隊に所属せず、過去の裏切りのため目的のためなら手段を選ばない人間となり、ただ一人で行動する孤高の鉄道マニア。この飛行船は、私の彼氏が飛ばすことになっていた。彼氏とペアで、くじ引きで当ててね。でもね、彼氏は飛ばしたくないと言い、私の家に保管されている。カンナ。この飛行船をカンナに与えることで、カンナは新たな世界へ行くことが出来る。その代わりに、私の弟になるのよ。」
「こっちの都合関係無しの急な話だな。」
「カンナ。私は、周囲の人からいじめられてきた。理由なんてない。「〇〇だからいいやー。」って言われてね。挙句の果てには「産まれて来る前に酷い事をした仕返し。」って言う。私は産まれて来てはいけないの?でもね、飛行船から見た世界はそんな事はない自由な世界。飛行船は私を別の世界へ誘ってくれた。そして私は一人、女海賊「エメラルダス」となり、長野の鉄道を空から撮影するのよ。」
「ではなぜ、俺に飛行船を与え、なぜ弟になれと要求する。」
「群馬で集団に所属せず、過去の裏切りのため目的のためなら手段を選ばない人間となったカンナは、私にそっくり。でも、孤独な海賊には限界がある。ならば、同じ者同士で共に新世界へ行きたい。」
南条美穂は言いながら、三条神流と今度は最寄り駅に行く。
「飛行船、ラジコン飛行機を操縦するには講習を受け、同時に行われる筆記試験をパスしなければならない。これからその講習を受けに行くよ。」
連れて行かれたのは信州まつもと空港だ。
ここで、ラジコン航空機操縦免許の講習を受ける事になった三条神流は強制的にラジコン航空機操縦免許を取得させられた。
そしてその日の夕方、三条神流は南条美穂と共に飛行船を離陸させた。
「どう。飛行船から見た景色は。」
「世界が違う。」
「さっ。大糸線のE127来るよ。高度を下げて撮影準備。」
三条神流は言われた通り高度を下げ始める。
「そのままそのまま。」
飛行船のゴンドラのカメラのシャッターを切る。
「凄い。こんな写真は見たこと無い。」
「ねっ。じゃあ、カンナ。私の弟になる?」
それに、三条神流は肯いた。
「随分と複雑な話ですね。」
と、三河は言う。
「ああ。だが、俺はあの人に魅せられ、あの人の技術を持ち帰り、連合艦隊に所属することにした。」
「なら、どうして好きだって言わないの?」
と、三条神流に被せるように松宮は言う。
「彼氏が居るのに、なぜ「好きだ」と言わなければならない。どうせ振られて終わりだ。」
「それでも、男なら負けると分かっていても立ち向かわなければならない時がある。キャプテンハーロックもそう言っていたでしょ?」
「黙れ!」
三条神流は怒鳴った。
「キリシマ艦隊を殺した奴が何を言う!どうせ振られたのをネタに笑い者にするのだろうが!逆に聞くが、テメエは「銀河鉄道999」を見て言っているのか?」
「―。」
「三河准尉。この前は止めたが、こいつらは結局そう言う奴等だ。容易に信用してはならん。」
三条神流は帰ろうとした。
「結局って何。」
芽衣子が言う。
「そっちこそ、私達の何知ってるの!キリシマ事件の事、私は忘れてないわ!霧島君達が叶えようとした夢のために動き出した三河君を、私は支えてあげようって思っているのに、あんたは彼氏が居るからって「エメラルダス」に何も言えずこんな所でグズグズしてて、情けないわ!」
三条神流は舌打ちをしたが、そのまま黙って帰ってしまった。