キリシマ
三河は毎日、倉賀野高校の女子たちに揉みくちゃにされていた。酷いときには、リンチに逢う程で、カメラを学校に持ち込むと壊される恐れがあり、持ち込めずにいた。
大型連休は、群馬帝国帝都防衛連合艦隊と共に上越線を走るSLを追って撮影に臨んだが、それが終わるとまた女子に弄りまわされる日々だ。
そんなある日、三河は女子達から逃れるため、放課後の空き教室に逃げ込んだ。
空き教室のドアのカーテンを下して空き教室を見渡す。
(これは―?)
空き教室のロッカーには鉄道模型が沢山あった。
更に線路もある。
コントローラーもあった。
教室には、松宮芽衣子が一人佇んでいた。
「霧島渡って、前この学校にいた男子が持っていたものよ。」
と、松宮芽衣子に言われた。
「ここは鉄道研究部の部室。今、部員は私一人だけなんだけど、ちょっと前までは5人はいたよ。」
「その人は?」
「亡くなったわ。」
と、松宮は遠くを見るような目をしていった。
三河は教室の片隅に小さな写真と新聞記事があるのを見つけた。
「群馬帝国帝都防衛連合艦隊信越方面第3艦隊、通称「キリシマ」。その指揮官であった、霧島渡以下4人。全員が死亡した事件の記事。死んだ人の中には、私の彼氏も居るわ。遭難事故が発覚したときにはもう出遅れだった。」
2010年の冬休みだった。
当時、群馬帝国帝都防衛連合艦隊に第4艦隊は無く、そして三条神流も所属していなかった。その代わりに「キリシマ艦隊」がいた。
霧島渡率いる4人の艦隊は、かつて草津温泉と軽井沢の間を結んだ草軽電気鉄道の廃線跡を調査していた。
その日、キリシマ艦隊の霧島、金剛、比叡、榛名の4人は午前中から山の中の廃線跡を歩き、夕方には下山して帰路に着くはずだった。
しかし、出発時に快晴だった天候が急変し、雷を伴う猛吹雪に巻き込まれた。
そして、道に迷ったキリシマ艦隊は、霧島、金剛、比叡、榛名全員死亡という大惨事に遭遇した。
連合艦隊始まって以来の大事故だった。
キリシマ艦隊の指揮官、霧島渡と付き合っていた松宮芽衣子の元には、彼が残した鉄道模型と、夢だけが残った。
倉賀野高校の鉄道研究部には、芽衣子ただ一人だけで活動らしい活動も出来なかった。
「霧島君は、学園祭で鉄道模型のジオラマを作って運転したいって言っていた。ほら、鉄道博物館にあるような奴。あれを―。」
「ゴメン。俺、新潟生まれだがら行ったこと無い。」
「あっそうか。じゃあ、今度の土日に一緒に行かない?」
松宮芽衣子の誘いに、一瞬とまどう。
「別に嫌なら良いよ。」
「あっいや、土曜はバイトだから日曜ならいいよ。」
「オッケー。」
芽衣子はニコリと笑って言った。
日曜日、三河は倉賀野駅で芽衣子と合流して大宮に向かう。
「新潟では主に何を追ってたの?」
と、芽衣子に聞かれる。
「えっと、C57‐180を中心に、あの辺りで活躍する機関車がメインだったな。」
「そうなんだ。」
「新潟駅や東新潟駅は撮影しやすかったからな。」
三河は遠くを見る目で言った。
春の陽射しの中、211系は高崎線を走る。
熊谷、桶川、上尾と過ぎるうちに田園地帯は無くなり住宅街が増えた。
宮原を過ぎると、新幹線と川越線と併走し大宮駅に着いた。
三河は大宮駅の規模に驚いた。
まず、次から次へと列車がひっきりなしに発着する事。
行き交う人々の多さ。
駅複合施設の規模。
新潟駅とは比べ物にならない程である。
だが、
「行き交うのは普通列車ばかりだな。新潟駅には特急もわんさか来るんだがな。」
と、言った。
「負け惜しみ?」
「違う。」
「なら何よ?」
「普通列車だらけで目が回るわ。「いなほ」はどうした?」
「来るわけないでしょ。」
芽衣子はクスクス笑った。
「あんまり言うと、他の女の子にこのこと言っちゃうからね。学校でただ一人の男子が、一人の女の子と一緒にデートしたなんて噂が流れたらどうなるか。」
「その時はあんたもボコボコにされるぜ。」
「構わないよ。三河君が強引に誘ってきたって言えば―。」
三河は舌打ちをした。