旅立ち
「すまない。打ち上げだってのに。」
「いいの。いつも相談に乗ってくれたから。」
三条神流と松田彩香は高崎駅の喫茶店にいた。
今日は、三条神流が呼び出したのだ。
「私からも聞かせて。どうすれば、好きな人の好きな人になれるのかな?」
そうだ。
松田は三条神流が好きなのだが、思いを告げられないでいた。理由は明白だ。
「皮肉よね。好きな人には既に別の好きな人が居るなんて。」
「そりゃあ―。」
「でも、三条君は違う。好きな人の好きな人が、三条君。好きだって言えば、確実に成功する。」
「―。」
「それに引き換え、私は―。」
「お前、自分で自分を追い詰めるなよ。」
「分かっている。」
松田はコーヒーを一口飲んで、
「不安なら、私も付き合うよ。」
と、言った。
「いや、先方が俺一人で来いって言っている。」
「そっか。」
松田は溜め息を着く。
そして、またコーヒーを飲む。
両毛線の終電で、二人は帰る。
「大丈夫よ。三条君の想いは、エメラルダスに届くから。」
「ああ。クリスマスに行くさ。鉄路の彼方へ。」
二人は笑って、前橋駅に降りた。
またいつものように、前橋駅で二人は別れる。
松田彩香はバスの時間の関係で、今日は前橋駅から中央前橋まで歩く。
その途中で、雨が降ってきた。
予想外の雨だった。
小雨だったが冷たい雨だ。
不意に後ろから、自転車が近付いてきたので避ける。
「これ貸すよ。」
と、自転車にまたがったまま言ったのは三条神流だった。その手には、折り畳み傘があった。
「バカ。」
と、松田彩香は言いながら受け取る。
「三条君。「ありがとう」の代わりにお願い聞いてくれない?」
「なんだ?」
「エメラルダスに「好きだ」って言うまで、クリスマスまでの間だけでいい。私と付き合ってくれない?」
それに、三条神流は「イエス」とも「ノー」とも言わず、蒸気機関車が蒸気を吐くように、レインコートのフードから、白い吐息を吐いて自宅へ帰ってしまった。
「バカ。大バカよ。」
松田は涙を流した。
三条神流は高崎駅にいた。
冬休みに入ったばかり。
バイト代で買った新幹線の切符を握り締め、長野新幹線(北陸新幹線)「あさま501号」の入線を待つ。
(覚悟は出来た。)
と、三条神流は思う。
12月24日。世間ではクリスマスイブだが、三条神流は一人旅立つ。
南条美穂に想いを告げるため、長野へ。
ホームへ誰かが駆け上がってきた。
松田彩香だった。
「上手くいってもいかなくても、必ず連絡してよ。」
「わざわざそれを言いに来たのか?」
松田は首を降る。
松田は三条神流の手を握る。
ホームに「あさま501号」が入線してきた。
「私も、永遠の旅人だから。永遠に終わることのない鉄路の果てにある幸せを求めて、旅をする。」
発車ベルが鳴った。
松田は三条神流を車内へ押し込む。
ドアが閉まった。
敬礼して列車を見送る彼女の目には涙があった。
階段を、三河と芽衣子が駆け上がってくる。
「少佐は!?」
「もう、行ったわ。」
「そうですか。」
三河は、芽衣子と二人で作った御守りを持っていた。
「少佐に、渡そうと思って。でも、少佐は御守りなんか無くても、やってのけますよね。」
と、三河は笑って言った。
この日の午後は雪になった。
群馬ではホワイトクリスマスだとカップルが騒ぐ。
それを尻目に、雪の群馬の鉄路を、C62重連が駆け抜けていく。
旧型客車6両を従えて。
雪の中に、完全燃焼の証しである白い煙を吐き、上越線を登って行く。
「第1艦隊は水上発車を狙う。第2艦隊も撮影地へ向かえ。ただし、極寒故、体調には十分気をつけよ。」
霧降の声が聞こえる。
松田彩香は第1艦隊所属だが、ここからは別行動をする。
松田彩香は一人、敷島―渋川間の利根川鉄橋。通称、大正橋にいた。
雪に加え、霧も発生している。
かろうじて、鉄橋が見える。
(寒い。三条君。)
松田は震えながらカメラを構える。
霧の向こうから、汽笛が聞こえた。
シャッターを切る。その目には涙があった。




