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サディアス

 から、から、と葉が音を鳴らす。木の枝が風に揺れていた。


 ゆっくりと目を開けたとき、窓の外に見えるのは、黄葉した木の葉だった。


「目覚めたか」


 窓の反対側に目を向けると、サディアス様が座っている。


 身体を起こそうとしても、ぴくりとも動かなかった。

 目蓋(まぶた)すらも重く感じる。


「無理をするな。大分、長い間、眠っていたのだから」

「生きて、いるのですか……私は……」

「ああ」


 死んだと思っていた。

 暗殺され、死ぬ。それこそ、多くの人を殺してきた私にふさわしい死だった。

 演技をしながら長く生きるよりも、はるかに私らしかったことだろう。


 その貴重な機会を、私はふいにしてしまった。誰に対してなのか、申し訳ないような残念な気持ちになる。


 予想以上に私の身体が頑丈だったのか、それとも治療していただいた人の腕か。


 外が黄葉しているとは、本当に結構な時間が経っているようだった。


 サディアス様は痩せたような気がする。金の瞳に陰りがあり、じっと息を殺している狼のようだ。


「ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「まったくだ。……このまま目覚めないのではと、心配していたぞ」


 からからと葉同士がこすれあい、寂しげな音を立てている。


「眠っている間に、何がございましたか……?」

「ああ。戴冠式が終わった」


 戴冠式の準備は時間がかかるということで、あのときはまだ、即位しても戴冠していなかった。


「おめでとうございます」

「貴族たちは領地へと帰り、王都の社交シーズンも終了だ。……舞踏会で踊れなかったな」

「残念ですね……」


 二度とあるかもわからない、貴重な機会だったのに。


「まずは身体を治せ。次の社交シーズンで、舞踏会を開こう。そこで踊ればいい」

「そうですね。ご迷惑にもなりますし、なるべく早く動けるようになります」

「無理をするな。ゆっくり治せ。時間はあるんだ」


 ああそうか、早く治す必要はないのか。

 私は必要とされていない。元気になったところで、無駄なのだ。


 ならば、このままずっと治らず、ここで眠っている方が良いのかもしれない。


 サディアス様は、この傷を負ったときの状況は聞いてこなかった。ハドリーが生きていて、彼から聞いたのだろうか。それとも、残った跡から全て把握したのだろうか。


 ああ、そうだ、せっかく血を洗い流したばかりだというのに、城を血まみれにしてしまった。部屋も、廊下も。最初に見たとき、きっとサディアス様は顔をしかめたことだろう。


 ……ここにいるサディアス様は証明している。

 私がいなくとも、無事に、平和に過ごしていたと。


「お前が眠っている間、考えていた」

「何を、ですか?」

「お前にどのようなことを言えば、元気になるだろうか。どうすれば生きる意思が湧くだろうか、と」


 サディアス様は私を見つめた。瞳の奥にある心を見つめられているような気がするほど、真剣なまなざしだった。


 どうすれば生きる意思が湧くかなど、自分ですらわからないことだ。サディアス様にご心配をかけたとわかっているのに、このまま起き上がらない方がいいのかもしれないと思っている。


 暗殺されて死ぬ、これこそ私にふさわしい死だったというのに、なぜ生き残ったのか。そんな思いばかりが頭を占める。


 私に生きる意思を湧かせる方法は何だと思ったのか、その答えを待っていたが、サディアス様は全く別の話題を話し始める。


「ところでコーネリア、実は困ったことが起きてな」


 急に話が変わり、戸惑いながら話を合わせる。


「困ったこと、ですか?」

「ああ。先王派の残党が、どうやら俺を狙っているらしい」

「なんですって!?」


 敵対していた貴族たちも恭順を示していたはずではなかったのか。急速に頭の中が回転していく。


「幽閉されているイアンの現状に不満を持っているようだ。何人かの同じ立場の貴族が組んでいるとの情報が入ってきた」

「どこの貴族かはわかっているのですか」

「全員はわからん。だからしばらく泳がせ、探らせる。……その間、俺の命が狙われることだろう。……コーネリア、頼んだぞ」


 私は驚きながらサディアス様の優しい金の瞳を見つめる。あまりに優しく、私に微笑んでいた。

 貴族に対する、裏切られた怒りも、恨みも、そこにはない。

 私に向ける笑みだけがそこにある。


 ……まさか、この方は。


「お前には謝ろうと思っていたのだ。イアンを生かしておいて、お前はさぞや不満だったことだろう。人前でお前に屈辱を味わわせた者だ、処刑が妥当だと思うのが当然だ。俺も(つね)であれば、そう考えたところだが……あれを生かしておけば、俺の敵を集めるのに最適だったのだ」


 敵を、集める。

 戦争は終わったのに、集める意味。集まれば集まるだけ、危険は増す。


「お前が危険なのは、しばらくの間だけのことではないだろう。イアンの脱獄を計画しているとの情報もある。もしそうなれば、俺の敵対勢力はイアンを中心に完全にまとまり、俺の命はますます狙われることとなるだろう。イアンは幽閉した俺に対して、以前よりも遙かに強い憎しみを抱いているだろう。それこそ、どれほど時間が経とうと、憎しみが消えるとは思えん。生かしておく限り、長い長い、危険な時代が続く」


 困ったことだ、と言いながらサディアス様には困った様子も、怒る様子もない。


 ……サディアス様が、イアン様を生かした理由は。


 サディアス様は自身の身が危ういというのに、私に笑む。


「言っただろう、コーネリア。生涯お前は俺の側にいるのだ。その身を危険にさせる。平穏は与えられぬ。その代わりにお前へ、一生涯の幸福を贈ろう」


 サディアス様。


 そう呼ぼうとした声が、喉の奥で音とならなかった。


 あの白薔薇の祝福を授けられた日、私たちが結婚をした日、他にもたくさんの日、私はサディアス様の側にいることを誓った。


 本来、この方は白薔薇にふさわしい王となるはずだった。


 だけどサディアス様が、それを選んでくださるのなら。

 白薔薇が血にまみれる道を選ぶというのなら。


 それこそ確かな、誰にも許されぬ、優しい私への愛。


 首を横に振ることなどできるはずがない。熱くわき出る涙をこらえ、私も笑んだ。



「私は幸せ者です。ええ、サディアス様のお側で、お守りいたします。ずっと、ずっと……」


 木の葉が舞い上がる。舞踏会のダンスのように、くるくると回りながら、それは飛んでいくのであった。

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