王宮3
用済みだと言われたのに、私を使いたいとのことで、私は宰相の護衛となった。
国王の護衛であれば命を狙う機会もあるだろうに、と思ったが、イアン王が嫌がったらしい。私のようなおかしい奴は近くに置きたくないのだとか。
「いいですか。香は私も陛下も持っていません。ですから、奪い取ろうとしても無駄です。代わりに、無事に護衛を果たせたときに香は褒美となります」
宰相の説明に私は承諾した。
宰相の側にいると国王側の情報も手にはいるし、サディアス様側の情報も手に入った。
「反乱軍が向かってきているが……どうやら、内部統制がうまくいっていないということです」
サディアス様の軍の情報を、その日も宰相と間者からの連絡を受けた文官が話していた。私の役目は、黙って後ろに立っていることだ。
「どのようなことがあったのですか?」
「反乱軍に参加したはずのステリー騎士団と侯爵との間で、戦後の統治方法で壮絶な口論が起こったと。そしてあろうことか、騎士団を全員、侯爵が処刑したのだとか」
サディアス様が……。
「侯爵に最も忠実だと言われたステリー騎士団を?」
「ええ。そしてそのまま、その死体を埋葬させないまま、行進させたのだとか。反乱軍は恐怖で震え上がり、逃走する兵もいるということです」
宰相は背後にいた私を見る。
「あなたは反乱軍にいたでしょう? どう思います?」
「……ステリー騎士団は侯爵と親しくしているように見えました。そのようなことになるとは……自ら処刑するというのは、侯爵なりの優しさだったのではと思います」
「優しさ、ですか。他の人間はそう思わないでしょうけれどね。ステリー騎士団はあの軍の中でも最も強い騎士団。これが自滅で消えてくれるならしめたものです。戦力では我らが不利ではないかと内心思っていましたが、これなら五分に戦えるでしょう……。更に、このまま反乱軍が崩壊すれば良いのですが。――ところで、軍は分離した様子はありませんか?」
宰相が文官に問うと、否定で返された。
「いえ、全ての軍が王都の西を向かっています。分離した隊はございません」
宰相が気にかけているのは、奇襲を仕掛ける隊のことだろう。
「そうですか。もしかしたら、手を読ませないため、戦闘直前か、もしくは戦闘中に分離するのかもしれませんね。それか、まだ合流していない他の援軍を差し向けるのか」
その答えを私は知っていたが、当然ながら、沈黙していた。
* *
それから日時が経って。
サディアス様の軍は想定よりも早く、王都近くまで到着した。騎士たちは予定より早く、出陣していく。
「敵方はどういう状態だ」
玉座の間で国王が騎士の一人に問いかける。
「は。前線にてドランスフィールド侯爵が兵を鼓舞しているため、士気は高く、我が軍は苦戦しているとのこと!」
「ちっ……。――王都への奇襲は?」
「今のところ、東側にいる兵からは敵影はないとの報告を受けています」
「奇襲する隊はまだ向かっていないのか? これからか?」
私は宰相から離れたところで、何も口に出さず、話を聞いている。
耳を澄ますと、玉座の間にいるというのに剣戟の音が聞こえてくる。
私以外にも耳がいい人は他にもいたようで、騎士が慌てたように周囲を見回す。
「剣の音!? 敵か!?」
玉座の間へ兵士が走ってきた。
「王宮に敵兵が侵入しました! お逃げください!」
「なんっ……どこから入ってきた!」
「北です! 北の城門を突破し、そのまま王宮へ入ってきました!」
王都は北側に王宮がある。つまり、北の門を突破すれば、すぐそこは王宮だ。
「北……ばかな、王宮の後ろは険しい山だというのに、そこから奇襲をかけてきたのか!?」
「反乱軍の動きは追っていたはずだろう!? どこからその兵は現れた!?」
「そんなことはどうでもよい! 陛下を逃がさねば!」
混乱の極みにある中、宰相が呆然とするイアン王を連れ、玉座の間を出ようとした。
させるか!
私は『風巻の影の剣』を床へ突き刺す。その瞬間、宰相と国王の動きが止まる。
最初にこの玉座の間に入ったときから考えていた。この部屋に、どのように光が入り、どのように影ができるのか。ここにいれば絶対、玉座の間を出ようとする人間を足止めできる、という場所に私は立っていた。
「その女を殺せ! 裏切り者だ!」
誰かの声に、兵達が私めがけて剣を振り上げる。
影を縫い止めた剣は使えない。しかし、素手であっても敵を倒すことはできる。
蹴り上げて剣を落とさせ、体当たりして倒した敵を、そのまま足を振り下ろし、動けなくする。
次の敵とその次の敵は、タイミングを見計らい、同士討ちさせた。
時間をかせがなくては。奇襲した兵たちがここにつくまで、国王をここで逃がすわけにはいかない。
しかし、寒気が背後から襲ってきた。そして、気付いたらうつぶせに私は倒れている。
何、が……?
身体を起こそうとしても、あまりに重い何かに背中を押さえつけられている。
「裏切り者は殺さねばならん。それが一族の掟」
老人のしわがれた声。前に玉座の間にいた、一族の者だった。
彼は私の背中に剣を横にして置いていた。あまりに、重い。息をすることすら苦しくなってきている気がする。手足を動かすが、どうあっても立ち上がれない。
「無駄だ。これは徐々に重くなる。とても起き上がれないだろう」
重さを変えられる剣か……!
「じわじわと、殺すつもりですか……趣味が悪いですね」
「いいや、儂も悠長ではない。動けぬお前を一息に殺すだけのこと」
そうして首に別の剣を当てられる。
……時間は、かせげただろうか。国王を逃がしてしまうけれど、少しでも追いかけるための助けとなれば。
サディアス様。
目をつぶり、まぶたの裏に、彼の笑みが浮かんだ。
そのとき、風が起こった。私の首筋にあった剣が舞い上がる。
「誰だ」
老人は私の背にあった重い剣を取り、後ろへ退く。
小さな竜巻はいくつも玉座の間にわき起こる。その隙に立ち上がった私の横に、黒ずくめの誰かが立っていた。
「お助けします」
そう言って、私に誰かの剣を握らせる。女の声だった。聞き覚えのある。
彼女は……パティ?
あの、花売りの少女? どうして彼女がここに……。
「あなたと同じような仕事をしているだけです。まずは、ここを乗り切りましょう」
私は考えるのをやめ、剣を構え直し、老人とは思えぬ素早い動きについていく。
パティも竜巻を起こしながら、敵兵を蹴散らしていく。
「剣を下ろせ! 下ろさん奴は、切り捨てる!」
怒号が玉座の間に響く。
北側から進入した兵が雪崩を打って玉座の間へと到着したのだ。
正直、ほっとした。
ようやく、終わった……。サディアス様の王位が手に入るのだ……。ようやく、ようやく……。
動けなくなっている宰相の顔色が青を通り越して白くなりながら、縛られていく。国王は憤怒で怒りに燃えながら縛られていった。
他の兵は、抵抗する者もいれば、降参の意を示すものもいる。気付いたら、一族の老人は姿を消していた。
もう戦いは終わりも同然だった。
王宮から、サディアス様の旗が掲げられることになった。この旗を見れば、王都の外で戦っている先王派も、戦意を喪失することだろう。
そして半日後、サディアス様が正面から入城した。
そしてそのまま、ためらうことなく、玉座へと座る。
「みな、よくやってくれた。そなたたちのおかげだ。礼を言う」
膝をついて見上げながら、感極まって思わず涙ぐむ。
「いいえ、サディアス様のお力です」
「謙遜するな。コーネリア。お前もよくやってくれたと聞いている。ずいぶんとつらい思いもしたことだろう。そんな目に遭わせた俺を、恨め」
「そんな……サディアス様のせいではございません」
サディアス様が思いやってくださるだけで、十分だ。
「ところで、このパティに助けられたのですが、以前から彼女を雇っていたのですか?」
私の隣に膝をついているパティは、そばかすの顔でにっこりと笑う。
「ああ。前回の内乱のときに雇い、王宮に潜入させていた」
「言っていただければよろしかったのに」
おかげで急に現れて驚いた。
「まあ、お前も妙な誤解をしていただろう? 俺とパティがどうだと。ただの客と花屋ではなく、以前からの知り合いと言ってお前の誤解を残しておきたくなかったからな」
「……お二人の間には本当に何もないのですね?」
「もちろんでございます。奥様、花を買っていただくフリをして王宮の情報を書かれた紙を渡す、ただそれだけの関係ですよ」
パティとサディアス様の顔を見て、とりあえず今はそれに納得しておこう、とうなずいた。
「……心から納得してなさそうだな。だから言いたくなかったんだがな……。まあ、この話は後でしよう。――イアンたちはどうした?」
「は、こちらに」
兵が縛られているイアンたちを連れてきた。ただ縛られているだけでは剣を呼び出して逃げ出されるから、掌がにぎれないように手全体が後ろで拘束されている。
イアンだけでなく、先王や王太后イヴェット、それから宰相や将軍も同様に縛られている。
王太后は呆けたような顔で、ほほ、ほほほ、と笑い続けている。ショックでおかしくなってしまったのかもしれない。
「どうやら多くを生かして捕らえられたようだな。腕が良いことだ」
「いいえ。彼らの多くは即座に降伏したのです」
「……国の中枢を担う者の多くが、か。悲しいものだな、イアン」
イアン様は憎悪に目を光らせた。
「この薄汚い簒奪者め!!」
「落ち着け、イアン」
それを諫めたのは、隣にいた先王だった。
「サディアス。なあ、取引をしないか?」