王宮2
私の姿を見た者は、目の下にクマを作り、食事をあまり摂らず、病的な痩せ方をしている女の姿を見ることだろう。
「陛下……香をくださいませ」
「香? ……ああ、あれか。そうか、しばらくやってなかったか」
「そうです。あれが欲しくて欲しくて欲しくて、気が狂いそうでした」
「恐ろしい香だな。その前に聞きたいことがいくつかある」
「香は……?」
「しつこいぞ。先に質問に答えろ。お前のために時間を作ってやった意味を見せてからだ」
質問をしたのは、脇に控える宰相からだった。
「まず、王都を脱出する前に、貴方のもとへやった三人の男の行方が知れません。知っていますか?」
従兄弟達のことか。私が浚われる際、ポリーは見ていた。だから知らないふりをすることはできない。サディアス様と決めていたとおりに私は答える。
「香をいただけるなら何でも答えます。三人、というと、ああ、私を連れて行った従兄弟たちですね……よくわからない小屋に連れてきて、私を人質にする、という陛下のお考えは聞いたのですが……その直後に侯爵が現れて、そうすることはできませんでした。どうやら私を乗せた馬車を追ってきたようです。人質とするにしても、侯爵の味方だと思わせなければなりませんから、表だって三人の味方をすることもできず……彼らは侯爵の剣により死にました」
「三人がかりで、侯爵を倒せなかったと?」
「まあ……私も侯爵の味方につきましたので、正確には三人対二人でしたけど」
「敵側についたのか!?」
激高したのは将軍だった。
「……あのときの私は、侯爵の暗殺を命じられたわけじゃなかったんです。命じられていたのは監視。それから人質。侯爵に疑われては意味がない、そうするしかないでしょう? ……はい、答えました。これで香を……」
「次の質問です。あなたは反乱軍とともに動いていたようですが、侯爵の身を守っていたとか?」
ポリーが報告する前から、そのことが知られているとは。やはり、私たち以外にも間者はいるようだ。
「それも同じです。逆にそうしなくちゃ、私が疑われていました。私が助けなくても、他の人間が助けてましたよ。けれど私が動かない、というのは疑われます。監視して、重要な情報を手に入れるためです。ああ、そうです、重要な情報を手に入れたんです! これで香が手に入るって、そう思ってこうしてここに来たんです!」
「その重要な情報とは?」
「反乱軍が平原での決戦のさなか、王都を奇襲するという作戦を立てていました」
「ほう……」
「王都の東側から、森にまぎれて奇襲をしかけるとか!」
将軍たちは反乱軍の作戦にざわめいている。
「これで反乱軍の裏をかけますよね!? 陛下、香をくださいませ」
「ふむ」
そう言いながら、香を用意させようとした国王に、「お待ち下さい」と宰相が止めた。
「それは本当の情報でしょうか」
「どういう意味だ?」
「彼女は侯爵と仲むつまじかったと聞いています。ほだされたのでは、と思っているのですよ」
宰相が疑いの目で私を上から下まで眺める。
「何を言うんですか? まさか、言いがかりをつけて、香を渡さない気ですか!? 私の香、香を……」
勝手に私は歩き出す。慌てたように、私の動きを護衛の兵が止めた。
「なんだ、この女……無礼にもほどがある!」
「お、お許しください! この人は香の禁断症状でドランスフィールド領を脱出したあたりから、香のことばかり話すようになっておりまして……」
後ろで控えていたポリーが私の弁護をする。
「聞いたところによりますと、香の効き目が切れるとこうなってしまうようでして……これでもまだ、理性的です。旅の途中では幻覚を見ていたり、もっとひどいものでしたから」
「そういえば……前に宰相がひどい中毒に悩まされる、破滅の香だと言っていたな?」
国王が宰相に聞くと、宰相はしぶしぶという様子でうなずく。
「あの一族の香は、確かにそういうものでございます」
「ふん。しかし、そんなおかしい奴の言うことでは、信用ができるかというと……」
「い、いえ! 東というのは私も聞いております! そこの者が陛下へ報告したのは本当の話でございます」
ポリーがそう言うと、将軍達が話し合い始めた。
「決戦のさなかの奇襲となれば、それぞれに対するために兵を二分しなければならぬ。いっそのこと、籠城戦としては?」
「ふむ。籠城した方が有利だとは古来より言われているな。確かに」
「いやしかし、籠城戦となると、反乱軍は策を変えるのでは? この情報を生かすとすれば、相手の思惑通りに平原に打って出ることは必要かと思われる」
敵の裏をかけるという旨味に、将軍達は惹かれたようだった。
「策というのは失敗すれば精神的にもダメージを与える。平原で戦いながら、王都の東側にも兵を隠して置いておく、というのが順当な対応策でしょう」
「おそらく王都を押さえるまでの辛抱だと思って、敵の大多数は平原で戦う。それが為されなかった、失敗したときのダメージは大きくなることでしょうな」
しかし、宰相の低い声がその話の流れを遮った。
「侯爵夫人の言葉が本当なら、という条件がつきますがね」
香をくださいと繰り返していた私に、視線が集まる。
「お待ち下さい。私も聞いております」
そうポリーは言うが、宰相は疑いの目をゆるめない。
「それすら、策だとしたらどうですか? 元々、彼女はドランスフィールド侯爵の従者でありました。前回の内乱時にはこちら側についたようですが、どうしても私はその点が気になります」
「あえて東に兵を集めさせ、本当は別の策をもちいる、というわけか?」
「ただ、それを嘘だと断じ、彼女の語る策が真実だとしたら、逆にこちらの不利となるでしょう」
「おい、コーネリア。何か言うことはないのか」
イアン王が私に声をかけるが、私は首を傾げた。
「香を、くださるのですか……?」
「先程の証言、本当であると実証してみせろ。できないなら、香はやらないぞ」
「そんな! 本当の、本当のことです! 香を手に入れるために、必死に情報を手に入れたんです! 嘘じゃございません! 香をください!」
「侯爵にほだされ、裏切ったのではないか?」
「侯爵は香を持っていなかったんですよ! 私が誰に従うかなんて、簡単な話じゃないですか!」
「――ええ、確かに侯爵は香を持っておりませんよ」
闇に溶けるような妖しい声が、玉座の間に響いた。
ぞわりとする悪寒。杖を持つ老人が奥にいた。一族の者、だった。私に何度も暗殺を命じてきた、上位の者だ。それも、強い。
「侯爵にもお売りしようと思ったのですが、断られましてね。どうやら嫌われているようなのです。今あの反乱軍にいる方で、我が一族から香を買った方はおりませんよ」
一族は先王派についたのか。その内心を隠し、私は彼へ身体を向け、懇願する。
「ああ、ああ! どうか香をください! どのような方でも暗殺します!」
「残念ながら、お前に頼む依頼はないのだ」
「そんな!」
国王はぽつりとつぶやいた。
「香のために本当になんでもするのか、コーネリア」
「はい!」
「では、」
サディアス様の暗殺でも命じるか、と思っていると、まったく思いもかけないことを言われた。
「この場で全裸になってみせろ」
玉座の間が一瞬静まりかえる。
「へ、陛下……さすがに、侯爵夫人にそれは……」
「問題は、本当に香のためになんでもするのか、ということだ。人として、女として、このような命令を聞けるはずが――」
私はすぐさまドレスのボタンを外していく。袖を抜き、上から順に脱いでいく。うまく脱げないところは剣で切って、すとんとドレスを落とすと、コルセットの紐を後ろ手でほどき、取っていく。靴下もドロワーズも取り去り、私は言った。
「香をくださいますよね?」
その場にいた者がみな、私を見た。ある者は下卑た視線を向けて、ある者は醜悪なものを見る視線で、ある者は困惑の視線で。
国王は笑い声を上げた。
「ははは! この女! こんな人がいるというのに、裸になったぞ? 信じられん、庶民であろうと躊躇うだろうに!」
――笑えばいい。見たければ見るがいい。
サディアス様のためなら、この程度のこと、何ということもない。
居心地が悪そうに、宰相が国王を止めた。
「へ、陛下……もう、よろしいのでは……」
「タダで見せてやるっていうんだから、じっくり見てやればいいのに。まあ、品がなかったな。だが証明したぞ、この女は香のためなら本当に何でもするってことをな。香を持たないあの男には御すことはできないだろう」
「ええ、それはよくわかりました。とてもまともな神経を持つ婦人にはできません」
「問題は、香を手に入れるために嘘をついた、という可能性だが……ポリーが聞いているからな。あの男と結託していないことは証明されたのだから、真実なのだろう」
「香は……」
裸のまま近づく私に、国王は何かを投げつけた。
「見せ物の褒美だ。用済みだ、行け」
投げたものを私は獣のように四つんばいで取りに行く。周囲にいる男達は、笑いながら私を見ている。
「コーネリア様、こちらに」
ポリーが旅で使っていたフードを私にかぶせ、そのまま私を抱えるようにして、玉座の間を出て行った。
私は王宮の一室に入れられ、ポリーがどこからか持ってきたドレスを着せられそうになったが、それを拒否した。
「香を吸うのが先です」
そう言って、香炉に入れる私に、ポリーは苦り切った顔で、香を吸わないために外へ出て行った。
一人きりになって、作っていた表情を消した。
香を握りつぶす。
裸のままソファに沈み込み、ふう、と息をついた。
これでサディアス様の策は成功するだろう。
そのためなら私が人前で裸になることくらい、簡単なことだ。私の忠誠と覚悟を、見たいのならいくらでも見ればいい。彼らに待つのは、崩壊だけなのだから。




