番外編 何でかな?
本編ベースの番外編です!
ランダード王国の王侯貴族の令息・令嬢が通う学院内には、第2王子セリウス殿下専用のサロンがある。
今日もセリウス王子は、そのサロンに野猿こと婚約者のリーリアを呼び出し、笑顔で愛でる。
「ふふふ。今日も僕のリーリアは、とても可愛いーね!」
「ひぇっ、えへ、へへ……」
セリウスは、輝かんばかりの笑顔なのに、全く目が笑っておらず、それにちょっと怯えて、苦し紛れに笑うリーリア。
もちろん、セリウスから絞められる5秒前であった。
「ふふ、そんな笑顔すら可愛いって、何でかなー?」
「な、何で、でしょー?」
「そ、れ、は、ねー」
笑顔でリーリアに近づくセリウスに、ゴクリと唾をのみ込むリーリア。
セリウスは、笑顔を崩さないまま、ガッとリーリアの両方の柔らかほっぺを右手で挟み掴んで絞めつける。
まさに物理で絞められるリーリア。
「リーリアは、僕の愛しい愛しい伴侶だからだよ~。
だから、本当に何やっても僕のだから、可愛いと感じるんだ。
わかるかな、僕のリーリア?」
「しょ、しょう、でしゅか……。
まだ、はんりょじゃないでしゅが……」とひょっとこみたいな顔で答えるリーリアに、セリウスは手を緩める。
「くくくっ、リーリア?
まだ、そんなこと言うの?」
「えっと、本当のことですし……」
「ふぅん、懲りないな。
今すぐ、僕の伴侶と認めざるを得ないようなことをしようか?ん?」
「いえいえ、結構です!」
「うーん、じゃあ、どうしようかな~?」
セリウスは、そういった次の瞬間、輝く作り笑顔からスッと無表情に変わる。
「……よし、ちょっと、こっちにおいで」とやや低い声で脅すように声をかけるセリウス。
その声に、リーリアは嫌な予感がして、背を向けて逃げようとするが、セリウスにガシッと腰を後ろから抱え込まれた。
そのまま、セリウスは、近くに置いてあるソファにリーリアを持っていこうとする。
「ちょっと、セリウス様!?
はなしぃてー!」
ジタバタと抵抗するリーリアであったが、セリウスは放してくれない。
まずセリウスはドスンと自分がソファに座り、そのセリウスの膝の上にリーリアを背面のまま乗せて、腕できつく拘束する。
端からみると、まるでリーリアがセリウスの膝に座って抱きしめられて、イチャイチャしているようにもみえる格好である。
「さて、リーリア」
「は、はい?」
「何で僕が怒っているか、わかるよね?」
「えっと、……どど、どの件でしょうか?」
リーリアは、正直、心当たりがそれなりにあるが、下手なことを発言するとやぶ蛇になると学習したので、直で聞くことにしている。
そんなリーリアにため息をつくセリウス。
「リーリアはさぁ。
僕が子供の頃から、あのグズとは絶対接触を持つなって言い聞かせたのに、どうして今日、手なんか握られていたのかな?」
「え?あのクズとは……。
あ、イーサンお兄様のことですか?」
イーサンは、リーリアの母方の従兄で、同じ学院に通うイルマリー侯爵令息である。
イーサンの見た目は、リーリアの兄アーサーに似ているが、女たらしのせいで、子供の頃から男性陣、特にセリウスやアーサーに嫌われている。
今日は、イーサンにバッタリ出会ってしまったリーリアは、リーリアの母親への伝言を頼まれて、承諾したついでに、確かに手をとられた。
しかし、それのせいでセリウスから呼び出されるとは思っていなかったリーリア。
「へぇ、あのクズがお兄様ねぇ。
あの下半身野郎が、僕の可愛いリーリアのお兄様なわけないでしょう?」
「えっと、従兄なので……」
「そうだね~、大変残念ながらリーリアの親族だね。
だからって、そんな親しげにしていいなんて、誰が言ったの?」
今度は、凍らせるほどの冷たさで言われ、ちょっと涙目になるリーリア。
「お、お母様が、仲良くしないまでも、失礼な態度は良くないと……」
「なるほど~、リーリアは、僕よりもメナード公爵夫人の言うことを優先させるんだ」
「そんなつもりは……。
ただ、その、イーサンお兄様をお見かけして、一応、避けようとしましたが、イーサンお兄様に大きい声で呼び止められまして……」
「そういう時は、呼び止められても、全力で逃げるように言ったよね?」
「うっ……確かに全力では逃げなかったです」
「そう、逃げなかったよね?
だから、しょうがない、お仕置きだね!」
そういうと、座って抱っこをされているためか、無防備なリーリアのうなじにガブッと噛みつくセリウス。
「いだ!痛い、噛まれた!?ちょっ、何するんですか!?」と噛まれたリーリアが騒ぐが、セリウスはさも当然でしょう?とした感じで「ん、そこに美味しそうなうなじがあったから?」と答える。
リーリアはすぐにセリウスから逃れようともがくが、がっちりホールドされていて、なかなか逃れられない。
そうしている間にも、セリウスが噛んだところを癒すようにペロッとなめたり、こめかみにちゅっちゅっしてくるので、リーリアは、「ムガー!」と全腕力で抵抗する。
そんな攻防をしているところ、実は同室にいて、二人の攻防を壁に寄り掛かりながら傍観していたアーサーが、真顔でソファに近づいてきた。
「……セリウス殿下、私の妹に、気安く触らないでください」
「アーサーお兄様!ありがと、……え?ちょっと!いただだだー!!」
いつもなら、べりっとセリウスからリーリアを引き剥がしてくれるアーサーであったが、今日は一味、違った。
リーリアの額を片手で掴み、力一杯握りながら、セリウスから引き離してくれた。
いわゆるアイアンクローで、引き剥がされたうえに、持ち上げられた。
がっちりホールドしていたセリウスも、アーサーのいつもと違う様子に、思わず腕をはなしてしまった。
「いだー!額が割れるー!!
アーサーお兄様、何で!?
手、はなしぃてー!!」
「ふぅ、リーリア?
あれだけ忠告したのに、イーサンに近づいたね?」
「なっ、アーサーお兄様まで!?」
「……全力で避けるだけでなく、奴に見つからないように、奴の気配を感じた瞬間に離脱しろって言ったよね?
それに、用事を言いつけられただと?」
そう、アーサーはセリウス以上に怒っていた。
実は、アーサーはイーサンのことを、将来、始末するリストに載せる位、イーサンを敵認定していた。
何故かというと、イーサンは、アーサーに似た容姿を生かして、アーサーのふりをして名前を騙り、女性に手を出したことがたびたびあった。
そのせいで、アーサーはその騙された女性達や関係者に刺されそうになったり、スージーと婚約破棄をされそうになったり、さらに、知らない女性と無理矢理結婚させられそうになったこともあった。
以前、リーリアは、イーサンがアーサーのふりをするのに必要なアーサーのスケジュールなどの情報を、意図せずにイーサンに流してしまったことがあり、リーリアは特に、イーサンと絶対接触禁止にされていた。
そして、メナード公爵家としてもイーサンと関わらない方針であった。
でも、イーサンは女たらしなだけあって、女性陣からはあまり嫌われず、メナード公爵夫人やリーリアからも、あまり嫌われていないので、対応が甘かった。
「リーリア、また、余計なことを言った?」
「いえ、何も言ってません!
声すら発していません!
お母様への伝言を頼まれて、頷いただけです!!」
「ふん、そうか。
じゃあ、今回、情報源になりそうなのは母上か……」と、アーサーはやっとリーリアをおろして、手を放した。
手を放されるやいなや、リーリアは額をおさえながらも、俊敏に扉に向かい、サロンから逃げ出した。
「あ、待って、リーリア!」とセリウスが止めるが、アーサーの怒りにも身の危険を感じたリーリアは、必死に逃げて、今度は捕まらなかった。
「あーあ、逃げちゃった。
アーサーまで、リーリアを怒るせいだぞ。
野猿の躾は、僕だけの専売特許だからな!」
「我が妹ながら、あまりに愚かなもので、つい。
あんなに俊敏に動けるなら、奴からも逃げられるだろうに……」
「確かにそうだよね。
たぶん、リーリアはまだうぶだから、下半身野郎のひどさが、よくわかっていないんだろうね」
「……ふぅ、そうでしょうね。
奴は、あれだけのことをしでかしておいて、女性の人気度がいまだに高いのは、それだけ上手く立ち回っているからですよ」
「うーん、全体的な能力は高めなのに、残念な奴だね。
もっと自分の欲望が抑えられるなら、使えたかも知れないのに、惜しい人材だった。
でも、あれだけ脅迫しても、僕のリーリアにぬけぬけと近づくとは、寿命を縮めたな……」
「……そろそろですかね?」
「まだ実行には、早いよ。
もう少し泳がして、奴等の決定打を……」とセリウスとアーサーは、不穏な会話をする。
普段はあまり、セリウスの企みに参加しないアーサーであったが、今回は、とある陰謀に関わるイーサンのせいで、自ら望んで参加していた。
何故、イーサンがそんな陰謀に関わっているかというと、ランダード王国の一夫一妻制を廃して、一夫多妻制にするためであった。
そして、イーサンの働きかけに便乗しようとする野心家の貴族達が、王族の外戚を狙って徒党を組み、更に、それを叶えるのに必要な資金確保のために、様々な汚職まで蔓延し始めている。
その貴族達の中には、リーリアを排除しようとしておいて、上手くセリウスの取り締まりを逃れた奴等が含まれている。
セリウス達は、彼らを今度こそ、一切に取り締まる計画である。
つまり、イーサンは、排除する予定の貴族達への餌であった。
ちなみに、イーサンは、計画が終結した際には、廃嫡され、ある遠方の国に留学という名の流刑に処されることが、リーリアの叔父であるイルマリー侯爵と既に取り決められていた。
リーリアには知らされていなかったが、イーサンは、既にもう、実家を始め、一族から見放されるレベルの女性問題を起こしており、すぐに廃嫡の予定であったところ、今回の計画のために泳がされている。
そんな計画の話をセリウス達がしているところへ、アーサーが信頼する後輩のディオンが、サロンに駆け込んできた。
「セリウス殿下、アーサー先輩、大変です!
リーリア嬢が、かなり高い大木に登ったまま降りてこれないようです!
どうやらリーリア嬢は、何かから逃げていたようで、新校舎近くの大木に登ってしまい、そのまま降りてきません。
しかも、その木の枝が思ったよりも、もろかったようで、足場にしていた枝が次々と折れて、そのせいか、さらに上へと向かってしまい、梯子も届かない所におられます」
「んー、リーリアが降りられない訳ないけどな~。
ほっといてもいいような……」
「しかし、その木の下で、あのイーサン・イルマリーが騒いでおりまして……」
「なるほど。
今度はちゃんと奴から必死に逃げたんだな、リーリア。
それなら、助けに行こうか、アーサー?」
「……しょうがないですね、行きましょうか」とアーサーも同意する。
「アーサーは、まずイーサンを木の下から職員室まで移動させて、ディオンは、その木に群がる野次馬どもを追い払って……」などと、セリウスが他の部下達にもテキパキと指示をだす。
その様子が楽しそうなせいか、アーサーはふと疑問が生じた。
「セリウス殿下は、どうして、リーリアにそんなに甘いんですか?
というか、野猿みたいだという以上に、リーリア自身を気に入っているようですよね。
我が妹ながら、何で殿下がそこまで気に入っているのか、疑問なのですが?」
「ん?そうだな……」
何でかな?
確かに、きっかけは、野猿だ。
それまで、何でもできる、何でも手に入るセリウスは、毎日が退屈でしょうがなかったが、初めてなかなか手に入らない野猿に執着した。
リーリアのことは、なかなか手に入らない野猿かと一瞬、思って、興味を持った。
けれども、予想以上に、その愛らしい存在に、とんでもなく強い執着を持ってしまった。
愛かな?
リーリアに出会ったおかげで、セリウスは全く退屈しなくなった。
そして、もうリーリアがそばにいないことには、耐えられない。
これは、やはり愛かな?
それとも、ただの執着か、退屈しのぎか……。
いや、間違いなく愛だ!
そう考えて、リーリアへの愛しさに、笑みが溢れるセリウス。
そんなセリウスをみて、色々と察したアーサー。
「あ、返事はもう結構です」
「えぇ、アーサー、自分から聞いておいて。
ちゃんと、じっくり、しっかり答えるよ!」
「いえ、もうお腹いっぱいですので。
さっさと、野猿救出に向かいましょう」
「しょうがないな~」と微笑んだままのセリウス。
その後、イーサンを上手く遠ざけて、リーリアは無事に救出された。
今度は、セリウスやアーサーから、ご褒美として優しく頭を撫でられ、さらに、お菓子がもらえて、ご機嫌のリーリアであった。
最後まで、お読みいただきありがとうございました!
完結となりますが、また本編ベースの番外編が浮かんだら、こっそり更新しているかも。