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truth story  作者: Cy


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1-1「終わりから始まる救済」



始まりは、冷徹な静寂に支配されたたからばこの中だった。

抱きしめた伝説の剣は、体温を吸い尽くす氷の楔のよう。

重い瞼を押し上げるたび、網膜を焦がすのは決まって、灰色の瞳を持った一人の幼い青年だった。


少女に課せられた運命は、峻烈に、残酷なまでに美しく定められている。

世界が何度終焉を迎え、灰塵に帰そうとも、魂は必ず同じ闇の中で産声を上げる。

夜空の深淵で、星々が軌道を一度も違えず巡り続けるように、命の鼓動もまた、終わりと始まりが溶け合った永劫の輪廻をなぞり続けた。


最初は、小さき「祈り」だった。

――どうか、この慈悲なきことわりに、この手が届きますように。

ただ、純粋に救いたかったのだ。

力尽き、傷だらけの勇者の手を取り、崩落する地平に一筋の光を灯したい。

それは朝露のように儚く、何よりも眩しく輝く無垢な切望だったはずなのだ。


やがて、祈りは逃れられぬ「使命」へと変質していく。

――救わなければならない。救わなければ、終われない。

繰り返される無数の世界を歩くうち、少女は世界の骨格をっていく。

重い剣を握る掌の痛み、頬を伝う涙が枯れ果てる理由、誰もが背負いながら言葉にせぬ「痛み」の形。

祈りは誓いへ、誓いは逃げ場のない義務へと姿を変え、いつしか少女は「救いたい」という欲求を捨て、「救わねばならない」という呪詛にも似た言葉を唱えるようになった。


最後は耐え難き「罰」となった。

――救えなかった世界の重みが、少女の精神を音もなく押し潰していく。

文明が滅び、砂へと還るたび、心もまた目に見えぬひびを増やし、壊れてゆく。

それでも足は止まらなかった。

夜空に瞬く星のひとつひとつは、彼女が諦めなかった、けれど救えなかった生命の記憶そのもの。

背に深く刻まれた、目に見えぬ十字架。

世界を救うための代償として支払われたのは、数えきれないほどの手遅れの後悔と、冷たくなった無数の犠牲。

誰にも語られず、誰からも裁かれず、ただひとり、胸の深淵に沈められた血塗られた神話。


誰よりも世界を愛し、誰よりも人を信じようとし、誰よりも勇者を想い続けた。

何度でも死を賜り、何度でも惨劇をやり直し、何度でも最愛の隣へと這い戻った。


――どうか私を、赦さないで。


これは、眩い英雄の伝説ではない。

勝利の賛歌でもない。

ただひたすらに愛を捧げ、己という存在を磨り潰し続けた、名もなき少女の孤独な神話。

夜空に瞬く、誰もしらない





truth story






私には、たったひとつだけ、捨てられない思い出がある。


『いつか、君を必ず迎えに来る。』


星の瞬きさえ遠く感じる、深い、深い夜のこと。

高熱に浮かされ、凍てつく孤独に喉を焼かれ、すべてを投げ出して逃げ出したいと泣きじゃくっていた夜。

誰かが目の前でかしずき、大きな、温かな掌で私の手を包み込んでくれた。

朧げな意識の中で、ひどく鮮明に残っている、あの慈愛に満ちた感触。


何も持たず、価値のない煤けたガラクタ同然だった私を、「迎えに来る」と肯定してくれた言葉。

どれほどの救いになったか、その主は知る由もないだろう。

名も知らぬその人は、私にとっての「奇跡」だった。

あの狭く暗い檻の中から連れ出してくれる約束があったから、今日まで辛うじて人間でいられた。


言葉では形容できないほどの感謝と、手が届かぬ場所への憧れ。

私の王子様。

早く私を迎えに来て。早くここから連れ去って。

貪欲な心が、絶望という名の黒い炎に焼き尽くされてしまう前に。







ルミーナ王国国境付近、湿り気を帯びたダンジョンの最深部。

骨まで凍てつく岩肌の冷気が肌を刺す場所に、周囲の無骨な風景とは明らかに一線を画す、異様な存在感を放つ大きな宝箱が沈黙を守っていた。


眩い金と、星屑を散りばめたような銀の装飾が丹念に施され、中央には、内側から燃え盛る執念のような、妖しい赤色の宝石が埋め込まれている。

侵入者を値踏みするかのように光る紅の石を前に、ロイたちは言葉を失った。


「……これ、どう考えても、中身ヤバいやつじゃないの……?」


クラリスの震える声が、重く湿った空気を切り裂く。

ジークは挑戦的な笑みを浮かべて肩を竦め、ナックは巨大な斧を構え、獲物を狙う猛獣のような眼光で一点を睨みつけた。

知略に長けたクロエと冷静なシルリアの横顔にも、隠しきれない警戒の色が走る。


ロイは、乾ききった喉を潤すようにゆっくりと深呼吸をし、重厚な蓋に手をかけた。

金属が擦れる鈍い音が、永い眠りの終わりを告げるように響き、蓋がゆっくりと開かれていく。


――内側に横たわっていたのは。

鮮血に濡れた、白百合のような白い衣を纏った、ひとりの少女だった。


「うわっ!?」


ロイは悲鳴に近い叫びを上げ、熱い鉄に触れたかのように飛び退いた。

一瞬にして張り詰める殺気。

魔物の巣窟の最深部、本来なら死だけが支配するはずの場所に、なぜこれほどまでに痛ましい姿の少女がいるのか。

純白だったはずの衣は、おぞましいほどの鮮血で赤黒く染まり、少女は生きた屍のように、小さく丸まって微動だにしない。


「……ロイ、アレ……一体、なんだ……?」


ジークの喉の奥から絞り出すような低い声が響く。

ロイは言葉を探したが、見つからなかった。心臓がけたたましく警笛を鳴らし、全身の血液が逆流するような奇妙な感覚に襲われる。

だが、悍ましさの奥にある何かが、足を一歩、また一歩と前へ進ませた。

抗いがたい運命の引力に導かれ、ロイの指先が、氷のように冷たい頬に、恐る恐る触れた。


……温かい。

頬からうつる体温が、ゆっくり少女を揺り起こす。

もう何度目だろうか、こうやってあなたに目覚めさせてもらうのは。

冷たい闇の中で、冷たい希望の剣を抱きしめて。

「これが最後でありますように」と、何度無意味な祈りを捧げたことだろう。


少女の、固く閉ざされていた睫毛が、ゆっくりと震えながら持ち上がった。

深い眠りから、というよりは、永い永い地獄からようやく引き摺り出されたかのように。

瞳を開ければ、そこにはいつも、優しいあなたが立っている。


不安に揺れる、美しい灰色の瞳。

戸惑いがちに寄せられた、少しだけ幼さの残る眉。

瞳に影を落とす、自信のなさを象徴するような長い前髪。


「……あ……」


ロイの喉の奥から、消え入りそうな声が漏れた。

少女の瞳は、一点の曇りもなくロイを映していた。まっすぐに、あまりにも強く。

けれど瞳の奥には、触れれば砕け散ってしまいそうなほどの絶望が潜んでいる。


(ああ……また救えなかった)


どうしても、重なってしまう。

自信に満ち溢れ、私を導いてくれたあの精悍な勇者の眼差しが。

短く整えられた、あの心地よい髪の手触りが。

絶望の淵で私を支えてくれた、あの逞しい腕が。

あなたはまだ何も知らない。これから起こる運命の残酷な筋書きを。

私はまた、この広い世界を最初から書き直さなくてはならない。

もう、きっと……あの頃のあなたには会えないのに。


堪えきれなかった感情が、大粒の涙となって溢れ出し、彼女の頬を濡らした。

その雫が、どれほどの時間を、どれほどの孤独を物語っているのか、ロイには知る由もない。

ただ、しんしんと降り積もる透明な叫びが、少年の胸を鋭く抉った。


わからない。何もかもが。

けれど、ロイは確信していた。

傷ついた、今にも消え入りそうな光を、このまま暗闇の中に置いていくことなど、自分には決してできないのだと。


「……もう大丈夫だ」


自分自身に言い聞かせるように、ロイは小さく、けれど確かな声を紡いだ。

壊れやすい宝物を扱うように、血濡れの少女をそっとその腕に抱き上げた。

頼りなく温かい腕の中で、誰にも言わぬ秘め事を少女は胸の内で呟く。


――何度でも、廻りましょう。

この残酷な世界を。

世界を、あなたを、真実ほんとうに救い出すその瞬間まで。


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