第39話:至高の休日・総集編
魔王軍最高幹部全員の調律が完了し、城下町の秩序までもが盤石となった今、魔王城「パンデモニウム」は、かつてない平和の絶頂にいた。
この完璧に整えられた現状を維持し、さらなる「主従の絆」を深めるため、アルベルトは一つの提案を口にした。
「……皆様。たまには公務も訓練も忘れ、城の全リソースを『安らぎ』のためだけに投下する休日を過ごしてはいかがでしょうか」
その提案に、真っ先に飛びついたのは魔王ルナリスであった。
「うむ! 良い提案だ、アルベルト! 余も、貴殿と片時も離れずに過ごせる時間を求めていたのだ!」
もちろん、その休日には将軍バルバラ、参謀メルヴィ、諜報員ゼノビア、そして筆頭カサンドラも当然のように「同行」を表明し、いつもの如き「執事争奪戦」が勃発したのは言うまでもない。
アルベルトが休日の舞台として選んだのは、魔王城の最上層に位置する「天空の回廊庭園」であった。
そこはアルベルトの魔力制御により、魔界の荒々しい風が心地よい微風へと変換され、天空に浮かぶ雲を間近に眺めながら、人間界の最高級リゾートをも凌駕する絶景を独占できる場所である。
「……アルベルト。この『バスケット』とやらに詰められた料理、すべて貴様が今朝一人で用意したのか?」
バルバラが、普段の鎧を脱ぎ捨てた軽装のワンピース姿で、驚愕の声を上げた。
テーブルに広げられたのは、冷めても風味が損なわれぬよう調理された、色とりどりのテリーヌ、魔界鶏のハーブロースト、そしてメルヴィの脳を活性化させる特製ブレイン・サンドウィッチ。
「はい。主人の休日を彩る料理に、一片の妥協も許されませんから。……さあ、皆様。まずはこの私が選び抜いた『安息の食卓』を堪能してください」
アルベルトは、屋外であっても完璧な執事の礼装を崩さず、一人一人のコンディションに合わせた飲み物を、寸分の狂いもなく給仕していく。
「あはは……。空の上で、執事さんの淹れたお茶を飲むなんて……。僕、もうここから一歩も動きたくないよぉ……」
メルヴィが、アルベルトが用意した「雲のように柔らかいクッション」に身を沈め、とろけるような笑顔を浮かべる。
「……あたいも。……影が薄いのは苦手だけど、アンタの隣にいるなら、太陽の下も悪くないねぇ」
ゼノビアが、アルベルトの燕尾服の裾を、誰にも見えぬ速さで握りしめ、安らぎを独占しようとする。
だが、その平穏な食事の最中でも、ルナリスの「正妻のプライド」は燃え上がっていた。
「アルベルト! バルバラばかりに肉を切り分けるな! メルヴィのクッションを整えるのは後だ! 早く、余の隣に座って、あのお菓子を食べさせてくれ!」
「ルナリス様。焦らなくても、時間はたっぷりございます。……本日は、皆様全員の心身を、この青空の下で一滴の澱みもなく『リセット』すると決めておりますので」
アルベルトが指先を鳴らすと、庭園の周囲に張り巡らされた魔導スピーカーから、精神を安定させる至高の旋律が流れ出した。
食事は終わり、ここからが「総集編」の本番――最高幹部全員を同時に、かつ独占的に満足させる、アルベルトの『多重メンテナンス』の時間が始まろうとしていた。
「さあ……。どなたから『お世話』されたいか、規律正しく順番を決めなさい。……もっとも、最後はルナリス様の『特別室』が控えておりますがね」
アルベルトの不敵な微笑に、最高幹部たちは一斉に、期待と執着を込めた熱い視線を返した。
「天空の回廊庭園」を渡る風が、最高幹部たちの熱を帯びた吐息を優しく浚っていく。
アルベルトの「多重メンテナンス」は、もはや一つの演武のごとき神聖さと、見る者を圧倒する機能美を兼ね備えていた。
まず、アルベルトは将軍バルバラを芝生の上に座らせ、彼女の屈強な背筋へと指先を滑らせた。
「バルバラ様。……一国の将が、休日であっても剣の重みを肩に残している。……それは規律ではなく、ただの『不潔な強張り』です。解きなさい」
「……あ、ああ…………っ!!」
指先から放たれる衝撃波が、バルバラの筋肉の深層に眠る疲労を粉砕する。バルバラは鎧を脱いだ無防備な身体を大きく反らせ、魔王や同僚たちの前であることも忘れ、官能的なまでに蕩けた叫びを漏らした。
その隣では、参謀メルヴィがアルベルトの膝を枕にし、脳内に溜まった情報の澱を執事の魔力パルスによって強制的にリセットされていた。
「あはは……。頭の中が……白く、清らかな霧に包まれていくよぉ……。執事さん、君がいれば、僕は無限に正解を導き出せる気がする……」
メルヴィの指先が、アルベルトのズボンの裾を愛おしげになぞる。その瞳は知性の煌めきを失い、ただただ管理者に身を委ねる悦びに潤んでいた。
「……あたいも。……忘れないでおくれよ」
影の中から伸びたゼノビアの手が、アルベルトの首筋を冷たい指先で愛撫する。アルベルトは動じることなく、影の住人の精神を鎮めるための「魂のブラッシング」を、空いた左手の魔力だけで完璧にこなしてみせた。
ルナリスは、その光景を「正妻」の特権を持って見つめていた。
「……カサンドラ。貴殿はどうした。……貴殿も、あやつに『規律』を直してもらいたいのではないか?」
ルナリスの皮肉な問いに、筆頭カサンドラは顔を真っ赤にし、軍服の襟を正しながら答えた。
「……い、いえ。私は筆頭として、この不適切な屋外メンテナンスを監察しているだけで……。……ですが、アルベルト。……あとで、私の部屋の結界の再調整(という名の密室お世話)を忘れるな」
全員が、一人の執事という「絶対的秩序」に跪いている。
かつて孤独だった魔王軍の幹部たちは、今やアルベルトによって「一人の幸福な女性」へと再定義され、この空の下で、かつてない平和と依存を分かち合っていた。
陽が傾き、魔界の空が深い紫紺へと染まり始めた頃。
アルベルトは幹部たちに「おやすみの給仕」を終え、ようやく最後に残ったルナリスへと向き直った。
「ルナリス様。……お待たせいたしました。……皆様の『乱れ』はすべて整いました。……さあ、今夜の仕上げを」
アルベルトは、ルナリスを庭園の端、最も月が美しく見えるバルコニーへとエスコートした。
二人の影が、月光の下で一つに重なる。
「アルベルト。……余は、貴殿を信じてよかった。……貴殿は余の城を、民を、そして余の誇りである家臣たちを……すべて救ってくれたのだな」
「滅相もございません。……私はただの執事。……主人の資産を、あるべき形に磨いただけです」
アルベルトは、ルナリスの手を取り、その手の甲に深く、誓約を刻むような接吻を落とした。
「ルナリス様。……貴女様が望む限り、私はこの城の掃除(管理)を止めません。……明日の朝も、その次の朝も。……私は貴女様を、世界で一番美しく、幸福な『魔王』として目覚めさせることを誓いましょう」
「……うむ。……ならば、余も誓おう。……貴殿が余を磨き続ける限り、余は、世界で一番美しき支配者として、貴殿を余の隣に繋ぎ止めてやる」
魔王城「パンデモニウム」に、再び甘美な静寂が訪れる。
一人の完璧な執事と、彼に身も心も委ねた魔王軍の女たち。
彼女たちの物語は、この「至高の秩序」という名の、終わらないお世話ループの中に永遠に刻まれていくのである。




