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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第2章 双子編

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第28話 可能性

「オレとあいつで、何が違うんだ」



 蓮はジッと黎明を見て、ふとつぶやいてしまった。背丈や年齢はほぼ同じ、しかし、別次元の実力を黎明は持っていた。



 その事実を目の当たりにし、どうすればあの領域の強さになれるのか。疑問と悔しさが交差し、言葉が出てしまった。



 ジッと、黎明だけを蓮は見据える。どれだけ見ても、その背中が遠い気がした。


 その距離ではなく、実力に凄まじい差があった。



 そんな蓮の葛藤など知らず、黎明は一通り話を聞き終えると、屋敷の中の二十人を見回した。




「よし。じゃあ外に出よっか」

「おっしゃ! さっさとこんな場所からおさらばだ!」

「俺達ならいけるだろ!」

「さっさと帰ろう!」



 さっきまでの絶望が嘘みたいに、歓声が上がる。




 ――黎明の術は傷だけではなく、精神的な回復にも効果がある。



 まるで、テーマパークに行くように全員が足取り軽く家から飛び出した。



「……落ち着いて。走らないで。列を乱さないで」



 紅が必死に声を張る。彼女の誘導により、全員がゆっくりと列をなしながら進んでいく。


 そして、外は霧が白い壁のように立ちはだかった。



「うわ……外、こんな濃いか!? いや、でも進み続ければ道は切り開ける!」

「なにこれ、迷子になるやつじゃん……いや、迷子になどなろうはずがない! 行ける、行けるぞ!」



 全員が外の霧に対して、わずかな不安を持つ。しかし、黎明の術の効果が残っており、全員がプラス思考で士気は落ちなかった。



 それに、外は霧で前が見えないが、それも一切問題はない。


 なによりも黎明は霊力の感知、感霊が優れている。



 だから、迷子になることはほぼあり得ない、怪異が近づいてきた場合、すぐさま気づいて対処が可能である。


 それゆえに安全に外まで運ぶことが可能だった。




「俺についてきてねー」

「出口わかるのか?」

「MPが感知しづらいけど、大体分かる。出口に俺の知り合いが居るからね」




 黎明は外にいるはずの白妙詩の霊力を辿っていた。その詩は結界の外、更に距離的にもかなり離れているはずだった。



 だがしかし、黎明はそれを辿ることを可能としていた。この村の結界のレベルが、黎明からしたら低いからでもある。


 ただ、以前の黎明ならばこれは不可能だろう。山神との戦闘を経て、彼も凄まじい成長を遂げているから可能なのだ。



 そして、黎明のしていることは常識的な技術ではない。普通の陰陽師であれば、外の人間の霊力を辿るなど絶対に不可能である。


 



「……どうやって感知できるんだ? オレには何も感じねぇ」





 そう、蓮や紅のような普通の陰陽師からすれば何もわからない。ただ単に、黎明が闇雲に動いているかに感じてしまうこともあるだろう。


 だが、そう感じていたのは最初だけ。蓮も紅も、もう黎明の言うことを疑っていない。




「……感霊の技術が高まると、これほどの結界内でも迷いなく動けるのか」



 蓮が歩き続ける黎明の背中を見つめて、そう呟いた。


 その言葉通り、前を歩く黎明の足は止まらない。彼が歩き、二十人の一般人、蓮と紅もそれについていく。


 一般人全員が少し不安を抱く中、黎明はテンション上がっていた。なぜなら、とんでもない行列、その先頭を歩いているのが気持ちよかったからだ。


 



 ──どれほど歩いたか。霧がふっと薄くなり、冷たい空気の圧が抜けた。






「……嘘、抜けた」



 紅が呟いた瞬間、目の前の景色が変わる。視界は霧ではなく、村の入り口が広がっていた。


 しかし、後ろにはまだ霧が広がっている。霧の壁が、背後で閉じるように揺らめいた。そこから先は、もう村が見えない。



「う、うそ……出れた……」

「帰れる! 帰れるぞ!」

「助かったぁ……! うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」




 膝をつく者、泣き出す者、抱き合う者。それを見て紅は、ようやく息を吐いた。


 しかし、黎明は休息を取ることもない。なぜなら、さっさと霧の中に戻りモンスターを探したいからだ。


 すぐさま黎明が、全員に向けて声を発する。



「もう、戻らない方がいいね。あとは俺に任せて、みんなは帰りなー」

「え?」

「この村、危ないからねー。俺は大丈夫だけど」



 その言葉に、一般人たちは納得したように頷いた。黎明はマイペースだが、自信に溢れており、村の出口まで彼が先導をし運んできた。


 つまり、実績も含め、言葉に説得力がある。



 そして、彼らを送り届けると、黎明は再び霧の方向に向かい始める。

 


「あと、ここで見たことは、できれば言いふらさない方がいいね。変に広まったら、もっと人が来るし、それはそれで面倒だからさー」



──黎明は軽く言い放つ。しかし、全員がその言葉に異を唱えることはなかった。




 先ほどと同様、彼の言葉には説得力があったからだ。そして、全員が外に出たことを確認して、再び黎明は霧へと向かおうとする。



「さて、そろそろ行こうかなー」



 その、一切の迷いなく、躊躇いもなく、死地に向かう姿。



(恐ろしいわね……)



 紅はそれに、恐怖を抱いてしまった。それは当然だ。死ぬかもしれない、その恐怖を生物が克服できるはずがないからだ。


 しかし、黎明にはその恐怖がない。


 生物として、異様であり、それを紅は理解をすることができなかった。




 ──そして、蓮はそんな彼の姿を見て、感化されている。



 それに対して、彼女の中で危機感が湧いていた。彼女からしたら、家族といえるのは弟しか残っていない。それもいなくなってしまったら、自分は本当に生きる気力をなくしてしまうだろうと、彼女は考えていた。



(できれば、これ以上彼と蓮を関わらせたくない……)



 そう、考える紅の横を一人の女の子が通り過ぎた。一般人の中から、恐る恐る中学生の少女が前に出ていったのだ。


 榊原澪(さかきばらみお)――


 セーラー服の袖を握りしめ、髪が乱れている。さっきまで陰のある目をしていたのに、今はまっすぐ黎明を見ていた。



「あの……」


 澪は、深く頭を下げた。


「……ありがとう、ございました」

「ん? 別にいいよ」

「いいよ、なんて軽いことじゃないと思います……私、怖くて、もう……動けないって思ってた。……でも、あなたが来てくれました」


 澪の声が震える。ただ、黎明はまた話が長くなりそう、と考えていたが空気を読んで黙っていた。


「私、実はこの村の出身みたいなんです。とは言っても、物心つく前に両親が都会に引っ越しちゃったみたいなんですけど」

「ふーん」

「それで、両親はもう、色々と精神的に病んだりしてて、喧嘩もするんです。その喧嘩の時に、この村の呪いとかの話もあって。それで、それも気になって来ていました」

「へぇー、それは大変だったね」

「いえ、もう、大丈夫です。なんか、私もずっと暗い人生だったのですが、さっきの光のおかげで何か色々変わったような気がしました。呪いが解けたような……」





榊原澪(さかきばらみお)。彼女には確かに呪いがついていた。しかし、すでにそれは解呪されている。




「あの、私の両親も色々変なのがあって、それも呪いかもしれなくて。もし、今度お時間あれば、相談に乗ってくれませんか?」

「あー、いいよ。暇があればね」

「え、い、いいんですか?」

「まぁ、サブクエスト、お使いみたいなのも面白いからね。連絡先あるー?」

「あ、えと、今携帯番号書いて渡します」




 榊原澪(さかきばらみお)は紙に自分の携帯番号を書いて、黎明に手渡した。それをしまうと黎明は、また霧の方へと進んでいく。



「おっけ。それじゃ、時間できたら連絡するからー」

「は、はい」



 彼女と別れ、黎明は再び前を向いた。そして、もう一回進もうとする黎明を蓮は呼び止める。


「──待ってくれ、頼む、オレも連れて行ってくれ」

「嘘でしょ!? 蓮!」


 黎明はこれまで、双子が話し出すと話が長くなり、その場で待機し、足踏み状態が多かった。


 だからこそ……またか。話長くならないでくれと思いながら足を止める。



 ただ、蓮は黎明に足踏みをさせたいなどとは思っていない。純粋に黎明の強さの秘密を知りたい、自分も黎明のように怪異を倒したいと思っていた。




「うん、まぁ、ついてくるのは別にいいよ。でも、大丈夫? 疲れてそうだけど」

「まだ、何もしてねぇ。オレ、初めて見たんだ。こんなあっさり、怪異から人間を救うやつを」

「あ、そう」

「オレは、怪異を倒せるようになりたい。だから、弟子にしてくれ」





 弟子にしてくれ。



 そう言われて、黎明は思わず固まった。弟子とか、とったことないし。と色々と迷いが浮かんでいる。


 そして、安倍紅も同時に悩んでいた。やはり、こうなってしまったのかと。このままでは弟は死地に自ら行くようになってしまう。


 それは避けたかったからだ。本当ならばもう、陰陽師すらもやめて一般の生活に戻りたいとすら、彼女は思っていたのだ。



 しかし、弟である蓮は人のために、陰陽師を続けたいと願う青年。


 だから、辞めさせたいと言う願望は叶わないと彼女は思っているのだ。


 だとしても、密かに辞めさせることを諦めてもいない状況だったのだ。


 それなのに、黎明という化け物についていけば、もうやめる等という事態ではない。


 もっと酷く、危険な行為なのは間違いない。それは姉として止めなくてはならないのだ。



「……だめ、待って」



 紅が声を絞り出す。そして、蓮の肩に手を置いた。




「ワタシ達じゃ、足手纏いよ。辞めましょう」

「嫌だ。絶対に。こいつなら、オレ達がいても問題ない。それぐらいの強さだ」

「……そうかもしれないけど」

「オレは、ずっと諦めてたんだ。怪異は封印をするしかない、人に出来ることは限られてると。でも、違う。そう思った」




 蓮の霊力がかすかに漏れ出す。それを見て、以前とは違う変化を紅は感じていた。




(なに……? 以前よりも霊力が増している? しかも、前よりも出力も多大になっている?)




(どうして、急に。これも黎明くんと関わったから? でも、どうしてここまで出力が……?)





「──オレは怪異を倒せる人間になる、安倍晴明を超える。黎明についていけば、その理想にも手が届く気がするんだ」





 そう語る蓮の瞳は強い意志が宿っていた。それを、紅も悟る。しかし、なぜ急に蓮が強くなったのかは謎のままだった。




(ここまで強い意志の蓮は、初めて見た。こうなると、止めるのは難しいわね)





 蓮の目が、燃えていた。羨望ではない。執念に近い。こうなってしまうと、テコでも動かない弟であると彼女は知っている。




「姉ちゃんも同じだろ? 十年前の京都で、俺らは何もできなかった。……安倍家は消えて、家族は完全に消えた。そんな想いを他の人に味あわせたくない」



 蓮は、黎明を見た。一方で黎明も蓮を見て、目をパチパチさせている。早く行きたいけど、あっちの話がまとまってないからかぁ。と気を使って黙っている。



「オレも、あの世界に行きたい。怪異を倒せる世界に」

「……蓮、お願い」



 紅の声は、心配の形をしている。だが蓮は、首を振った。



「姉ちゃんだけでも、無理についてこなくてもいい。……でも、オレは行く」



 紅は、言葉を失った。最後の生き残り。黎明は二人を交互に見た。




(やっぱり話が長くなった。もう、なんでもいいからついて来てもらった方がいいかな。話は歩きながらとかしてもらって)



 そして、二人に対して折衷案を提案する。



「うーん……まぁ、取り敢えず二人で来たら?」

「……そうね。ワタシもまずはついていくわ。蓮一人にしておくわけにもいかないわ」

「そうか、分かった」




 そうと決まれば、と三人は霧の方に踵を返した。



──そして、三人は霧の壁へ戻る。


 一歩踏み出した瞬間、世界が沈む感覚に陥った。湿った冷気。音の消えた森。皮膚の裏を撫でる霊力。


 その全てが、二人の気分を害する。




「……やっぱり、ここはおかしいわね」

「あぁ、寒気がするな。不気味な霊力に溢れてる」



 紅が呟く。それに対し、蓮も同意をした。この場がいかに異様な場所かは先ほどでわかっていた。



「いやー、モンスターが他にもいそうな感じがするねー。テンション上がるね」

「嬉しそうね。もう慣れたけど」

「すげぇ、そんなふうになれるか? オレも」

「ならないでね、蓮は」




 黎明は相変わらず、マイペースに進んでいく。歩きながら思い出したかのように蓮の方向に顔を向ける。



「で、蓮。強くなりたいんだっけ?」

「あぁ」

「どうしたら強くなれるか。俺なりに考えはある」

「……教えてくれ」




 蓮の声が真剣になる。その答えが彼にとって大きく人生を変えるかもしれなかった。


 しかし、黎明は特に考えることなく、あっさり答えを言う。



「戦うしかないよ」

「……戦う?」

「うん。モンスター倒して経験値貯めて、レベル上げて、魔法覚えて……これ最速にして真理だね」



 黎明はそう語る。かなりいい加減でざっくりとした言い方だが、彼からしたらそれが真理である。


 しかし、その言葉に紅が眉を寄せる。



「……それ出来るの貴方だけよ」

「そう? 俺も最初はダメージくらったから、あんまり変わらない気がするけど」

「……私たちの今までの人生の常識は、怪異を倒せないの」

「みんなそれいうね。本当かな? 倒そうとしてないだけじゃない? 戦いきる前に逃げてるとか?」



 黎明の返しが、雑すぎて恐ろしい。ただ、彼が言っていることは間違いではない。


 なぜなら、それを実行して来たからこそ黎明は強いからだ。



 それをようやく理解した蓮は拳を握った。




「……オレが、戦えば……強くなれるのか?」

「たぶんね。やらないと始まらない。戦わないと経験値はないよ」

「……戦わないと経験値はないか。確かに、オレは今まで怪異に人間は勝てないって言葉に惑わされ過ぎていたのかもな。一度も戦ったことはなかった」




 雑な提案、そんなので弟で命を賭けさせようとする黎明。それを危ないと感じた紅が即座に割り込む。




「ダメ。蓮、戦うなんて――」

「姉ちゃん」



 蓮は、紅を見た。真剣な眼差しで弟を見つめている。彼女が自分を心配していると、蓮はわかっている。


 でも、彼は変わりたいと強く願っていた。だから、紅が何を言っても蓮は強さを求めることを貫ことする。



「オレは、ずっと封印の後ろにいた。……怖かったから。でも今日、怖いままでも前に出たいって思った」

「……死ぬかもしれないのよ」

「だから、黎明が止めてくれる」




 蓮は黎明を見る。黎明は欠伸をしている、また話が混み合ってるなぁくらいにしか思ってない。




(この二人、話し始めると長いからなぁ。しかも俺はあんまり中に入れない。まぁ、RPGでも主人公ってあんまり話さないで他のキャラが話すし。慣れてるけどさ)



 本当に彼は一人だけ温度差が凄まじい。マイペースで、どこか抜けていて、あんまり他人を気にしていない。


 欠陥が多い人間だろう。


 ──ただし、彼は最強。


 それ故に、絶対に何かあれば止めてくれる、その安心感があるのだ。




「……止めてくれるか?」

「うん。危なくなったら止めるよ」




 黎明の言葉は軽い。だが、その軽さが絶対だと、紅ももう理解してしまっていた。



 その時、霧の奥で、何かが動く。



 低い呻き。そして、腐った匂い。木々の影が、形を変える。そこに何かがいるとわかり、全員が目線を飛ばす。



 そこに現れたのは、犬ほどの大きさの四つ足を持つ怪異。


 全身が泥のような黒で、背中に赤い石のようなものが埋め込まれている。目は無く、代わりに額に火種みたいな光が灯っていた。



「……怪異ね」



 紅の声が硬い。黎明がいるとしても、怪異が出たことで彼女には恐怖が溢れてしまった。



「大分弱いね。モンスターランクは【F】ってところかな?」

「モンスターランクってなんだよ」

「モンスターの強さの基準を表す基準だね。俺が作った。因みにSSSからFまでね。あれは最弱だから」

「そうかよ。お前の中じゃあれは最弱なのか」



 黎明がさらっと最弱というが、蓮からしたら弱いなんて印象がなかった。今か今かとこちらを食おうとする目が恐ろしくてたまらなかった。



「このモンスターは初めて見たね。ふむ、フレアハウンドって、名前にしよう」

泥火犬(どろびいぬ)って、名前があるんだが……いや、まぁいいけど」



 蓮はその怪異を知っていた。泥火犬(どろびいぬ)、霊格は穢れ、その中でも更に下位でもある。つまりは怪異の中では一番下の存在。



 だが、それでも、勝てる気がしない。蓮の頭の中では、さまざまな考えが交差していた。




泥火犬(どろびいぬ)は、匂いや火に寄っていく。だからこそ、逃げるときは炎を生み出し、それに誘導している間に逃げる。匂い袋なども使える場合はそれを撒いて逃げるのが鉄則)



(それが今までの戦い方。だけど、それは逃げるための選択肢だ!)



(今は、勝つために戦うんだろ)




 蓮が一歩前に出た。その一歩がどのような意味を持つか、今の彼はまだ知らない。



「……やってみる」

「蓮っ!」

「姉ちゃん、頼む。……止めないでくれ」



 紅の表情が歪む。止めたい。けれど、止めたとしても、止まりそうにはない。彼女の願いとは裏腹に蓮の中の霊力が溢れ出す。


 蓮は思う。


(今までは逃げるために、惑わすために、こいつが好む炎の術を使ってた。……だが【倒す】なら、それじゃない!)


「清を以て、穢れを撃て。理に背くものを穿ち」



 蓮は右手を構え、息を吸い込む。



清砲ノ槍(せいほうのやり)――!」



 言霊を発す。霊力を流す。すべての手順を踏み、彼は術を発動させる。彼の手から水が生まれ、それが槍のように一直線に怪異へと向かっていく。


 快速で迫る水の槍。それは泥火犬(どろびいぬ)の炎に直撃した。


 轟音とともに、衝撃と水蒸気が泥火犬(どろびいぬ)を包む。


 「やったかーー!?」


 ある種のフラグをたてるように、黎明の呑気な声が鳴り響く。


 そして水蒸気の煙が晴れると……

 

 完全に無傷の泥火犬(どろびいぬ)が、姿を表した。


    ーー全く効いていない。


 術は確かに泥火犬(どろびいぬ)に命中はしたが、一切効いている様子はなかった。


 水は全て犬の炎により霧散しており、蓮の術は無に帰していた。


「……っ!?」



 蓮が目を見開く。やはり、自分では太刀打ちができないと感じ、悔しさが瞳には混じっていた。




「ちくしょう、やっぱり効かないのか!!」




 泥火犬が、ぐん、と速度を上げた。四つ足が泥を蹴り、一直線に蓮へ跳ぶ。そして、一気に蓮の間合いに入るが、蓮は反応ができない。




「蓮っ!」



 紅が叫ぶ。蓮に危険が迫り、助けようと手を伸ばそうとするが間に合わない。


 さらに泥火犬の攻撃を蓮は、避けられない。


 そして、死が、目の前に迫る。その瞬間――光の速さの如く、



 黎明が、蓮の横をすり抜けた。



 この場にいる黎明以外誰も見えていはないが、刀が抜かれ、泥火犬の首が、空中で落ちた。

 

 まるで、包丁で豆腐を切るようにあっさりと怪異の首を彼は断絶し、絶命させたのだ。



 そして、切断面から霧のような黒が噴き、赤い石が転がる。



 その石は、地面に落ちた瞬間、灰になった。目の前の怪異が完全に消えて、僅かに時が止まったような感覚に二人は陥った。


 僅かに時間が経つまで蓮は、呼吸を忘れていた。




(い、今、黎明が斬った、のか……? 斬った姿は見えないが、動いていたのは、気のせいではない、よな?)




 その瞬間彼はようやく、僅かではあるが黎明の姿を捉えることができた。



 今までは恐ろしいほどの速い手刀など、黎明の攻撃を見逃すことが多かった。


 そしてそもそも、何かをしたことも理解できてはいなかった。


 だが、ようやく、黎明が【何かをした】、それが分かるほどにはなっていた。無論、動きが全部わかっているわけではない。



 ただ、完全に見切ったわけではない。具体的に斬っている姿を目にとらえてるわけでもない。


 何か、していた。よく分からないが黎明が動いていた。



 それが分かる程度に動きが見えたと言う意味である。




「……今……」

「危なかったねー」

「そうか、助けられた瞬間すら、オレには見えてなかったのか……でも、何かしてた、それくらいはわかった」



 黎明は刀を振り、鞘に収める。鞘からいつ抜いたのか、蓮には分からないが、僅かでも黎明の強さを知れて少しだけ満足はしていた。



「うーん、まぁ、最初は誰でも初心者だし、発展途上かな」

「……そうか」




 その回答に蓮の声が震える。紅は膝から力が抜け、壁に手をついた。



「よかった……生きてる……」



 紅の呟きが、霧に落ちた。黎明は、首を傾げて蓮を見る。



「ハイドロバースト、効かなかったね」

「ハイドロバースト? あぁ、清砲ノ槍(せいほうのやり)のことか。昔からそうだ。オレ、いや人間の術は怪異にそれほどの効果がない。封印以外はな。五行の神、堅牢地神(ケンロウジノカミ)だけは補助を大きくしてくれる。でも、他の神は手助けをそこまでくれないんだ」



 蓮は自分の掌を見る。その手は霊力が抜けたように、冷たい。


 そんな彼を見ながら黎明は、ふっと珍しく真面目な顔をした。珍しく真面目な顔をしたが、別にいつもふざけているわけではない。



「神様から補助とかオレはよく知らないけど」

「……?」

「蓮のMPが、吸収されてた。モンスターに」

「……は?」




 蓮の顔に疑問が浮かぶ。別に黎明の顔が珍しく真面目だったから、疑問が浮かんだわけではない。



「吸われてた……?」

「うん。戦ってる間、蓮のMPが少しずつ吸収されてたよ。モンスターは不思議な踊りとか踊ってるわけでもないのに」


 

 

 そして、今聞いた事実に蓮は息を呑む。霊力を消費した、のとは違う。確かに、奪われた、吸収されたと黎明は語った。


 その言葉に蓮は考えるように黙った。今までの傾向から、黎明が嘘を言うわけがないのは分かっている。


 それに、黎明には常人をはるかに超えた霊力を感知する技術が備わっている。


 だから、これは事実であると結論になる。しかし、怪異が霊力を吸収すると言うのは聞いたことがない。


  なお、不思議な踊り……? と蓮は一瞬疑問に思ったが彼は流すことにした。


 ちなみにだが不思議な踊りとは。黎明が昔やっていたゲームに出てくるモンスターが使う特技のことだ。


 そのモンスターが不思議な踊りをすると、MPが取られてしまうのだが、そんなことを蓮が知っているはずもない。


 だからこそ、流すことにしたのだ。


「それと、もう一個、思ったんだけど」

「……なに」

「俺と戦ってる時より、蓮が戦ってた時の方が……モンスター、強かった気がする」



 またしても、疑問が浮かんだ。怪異が人間によって、強さを変える。そんな事実があり得るのか?


 その話も聞いたことがなかった。



「そう、なのか? 具体的にどう動きが違う?」

「単純にさ。俺が斬る時、あいつの動きは鈍かったんだよね。……でも蓮が相手してた時は、妙にキレが良かった。攻撃の圧も上がってた気もする」



 黎明は淡々と言っているが、一切の虚偽がない。



「相性みたいなのがあったのか、もっと他の要因があるのか。分からないけどね」



 紅と蓮の間に、沈黙が落ちた。


──怪異が、特定の人間相手の時だけ強くなる。


──霊力を吸って、更に強くなる。





「……怪異にも弱点や、攻略法があるのか?」



 蓮は未だに誰も知らない真実があるんじゃないかと、可能性を持つ。黎明のようなバグがいたように、まだまだ知らない事実がこの世界にはあるかも知れないからだ。



「……蓮。もう、無茶はしないで。今のは、たまたま助かっただけ」

「……あぁ」


 蓮は答えた。だが、その目は、さっきよりも強く燃えていた。




「霊力が吸われる、オレ相手の時だけ、怪異が強くなるか」



 そして、霧のさらに奥。木々の影が、また揺れた。低級の怪異ではない。もっと、いやらしい気配。


 それが彼らをジッと見据えていた。


 その視線に通常の人間なら気づかない。だが、そこにいるのは普通の人間ではない。



 静かに、黎明は刀に手を置いたまま、ぽつりと言った。




「──そこか」




 ニヤリと獰猛な笑みを向けて、彼はようやくこの村に住まう、怪異の親玉を発見した。



 因みにその時の笑みを紅は見ていたが、一生物のトラウマになるくらい怖かった。



 これじゃ、どっちが怪異か分からないわね……と思わず彼女は思った。


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― 新着の感想 ―
黎明は「霊力を垂れ流しにしてない」って言ってたから、自分の中で霊力にロックを掛けてないとATフィールドがなくなったLCLみたいに濃度の濃い方法に流れてっちゃうのか? いやーおもしろい!こんな話自分に…
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