第26話 大量NPC
「あー、ごめんごめん。すっかりバインド状態を解くのが遅れちゃった」
黎明は軽い感じで二人に謝った。その言葉と同時に、二人の体が優しく光に包まれた。硬直していた筋肉が一斉に解け、関節がぎこちなくであるが動き出す。
「……っ、は……っ」
紅が咳き込む。肺が久しぶりに自由を思い出したみたいに、空気を欲しがった。蓮も膝に手をつき、荒い呼吸のまま地面を見据える。
黎明はそんな二人を見て、石化の呪いから解けたみたいだなぁって思ったが、気を遣い何も言わなかった。
二人は黎明とは違い、呑気ではない。恐怖や理解不能と言う感覚が頭にあるが、すぐに言葉にならない。それぐらい混乱しているのだ。
「……お前、オレ達のこと忘れてただろ」
やっとのことで蓮が言う。少しだけ、ジトッとした目で見るが、黎明は特に気にしていない。
寧ろ、堂々としていた。
「あーうん、忘れてた。ごめん。でも今思い出したんだよね。だから許して」
「いやまぁ、助けてくれたから怒ってるわけじゃないが」
「あ、そうなんだ」
「ただ、ずっと怪異を狩ってたな……いつまでやってるのか疑問だったんだよ。こっちは話せないし、気分が複雑なんだ」
「あ、怪異じゃなくてモンスターね。いやーでもあんなに来てくれるとはね。合計で二十ぐらい? いやー良い経験値になったなー」
「呑気か。そんでもって二十は狂気すぎるだろ。こっちもだんだん、怪異って余裕に倒せるのかって思っちまったんだが。これ、一体でも倒すのはやばいんだが……」
「倒せるよ。俺は六歳ぐらいから倒してたし」
黎明は当たり前のように言ってのけた。
その顔が、余計に腹立つと一瞬そう思ったが、黎明が嘘を言ってないのは分かる。だからこそ、微かな希望を持ち始めていた。
「もしかして、怪異って倒せるのか……?」
その蓮の希望に蓋をするように、紅は彼の肩を叩いて首を振った。
「蓮、バカな気は起こさないで。ワタシ達の仕事は封印。無理なら諦める、それだけよ」
「……分かってる。でも、あいつはあんなあっさり倒してるだろ」
「それは、例外なんでしょう。それだけよ。ワタシ達とは違うの」
「……そうか。いや、違う可能性も」
「ないわよ」
紅は黎明が自分とは違う生物に見えていた。だからこそ、可能性は一切湧かなかった。
人間の皮を被っているだけで、中身は絶対に化け物が入っている。そう思い続けている。
「蓮、大人になって。子供じゃないんだから。それと黎明くん。助けてくれてありがとう。あなたがいなければワタシ達は、死んでいたわ。ただ、忘れられたと思ってちょっと不安にはなったけど……」
「あー……レベリングに夢中になっちゃって」
悪びれない。まるで宿題を後回しにした中学生みたいなノリで言う。その言い回しに蓮は少し、疑問の声を上げる。
「……レベリングって言葉、現実で使うやつ初めて見たな」
「あ、そうなんだ」
「そもそも怪異を」
「モンスターね」
「……怪……いや、あいつらを倒せる存在がいないからな」
蓮は黎明に訂正されたが、それでもモンスターと呼ぶのは抵抗があったため、折衷案をとった。
強者とは露骨な衝突を避ける、名家の立ち回りである。
蓮は黎明の祖父のように、柔軟性が高かった。あるいは、強いものの言うことは正しいという、脳筋体質なのかもしれない。
「あー、そんなことも言ってたかも。じーちゃんが俺は特別って言ってたし」
「その話だと、お前の祖父も陰陽師関係なのか? 苗字は黎明と同じで東雲か?」
「……あー、そうだったような? あんまり俺も知らないんだよねー」
黎明は祖父についてそこまで詳しく事情を知っているわけではない。しかし、全く知らないというわけでもない。
ただ、あまり自身の家族関係を話しすぎないように詩に言われてる。だからこそ、分からないフリをした。
特に黎明は祖父と祖母に、何かしらの面倒ごとが行くのを避けるべきと考えている。
「そうなのか」
「うーん、そうそう。俺はただ戦ってきただけなんだよね」
「あの量の……あいつらを余裕で倒すくらいだからな。どんな霊力の総量してるんだよ。それなのに全然感じない、どんな術なんだ?」
「霊力、そう言う人いるのは知ってるけど。MPだよ。それでMPは、あんま出すとモンスターが逃げるから普段はMP出してないよー」
怪異を倒せるということは凄まじい霊力を保有している。それは二人でもわかった。しかし、問題はそれを全く感じないと言うこと。
その事実に対して、疑問がつきない。しかし、黎明の回答はかなり緩めでざっくりとしていた。
二人は色々と聞きたいこともあった。だが、ずっとここに留まっているの無駄だと思った黎明は急に歩き出す。
そろそろ、モンスターが狩りたくてうずうずし始めたのだ。
彼は冒険者のように、自由なのだ。
「ここに居てもモンスターは来ないし、移動しようかな。それと二人はどうする? ここから出たいなら、一緒に行く?」
「……あぁ、そうさせてもらう」
「そうね。うん、黎明くんと一緒じゃないとほぼ死んだみたいなものね」
二人とも、黎明の実力を知っている。そして、この村も異様な霊力に包まれている場所だとも分かっている。
だから、黎明のそばにいるのが一番安全だと思った。RPGに出てくる勇者の仲間のように、後ろをついていく。
「なら、行こっか。ついてきてね。あ、そう言えば二人はどうしてここに来たのー?」
「オレ達は国家公認の陰陽師なんだ。それで、色んな場所の異変を調査している。その最中で、この付近の霊力……、お前が言うMPがおかしいとわかり、調査員として来たんだ」
「あー、そうなんだ」
(えっと、この二人は詩と似たような感じかな?)
黎明は詩と同じと思ったが、特に口を挟まず続きを促す。続きを話してと、暗に言われていると気づき蓮も口をひらく。
「あぁ、それでここに来たら、異様な場所だったわけだ。まさか、ここまでとは思わなかったがな」
「全国的に、こういう場所は多いの?」
「……いや、そこまでではないとは思う。ただ、全国的に封印が緩み始めてる場所が多いようには感じる。今後こう言う場所が増えてくる可能性はあるかもな」
「へー、それは、嬉しいね」
「いや、嬉しいのはお前だけだ」
あ、そうなんだと黎明は適当に相槌を打った。彼からすれば怪異が沢山なのは嬉しいのである。
しかし、常識的に考えれば最悪の事態なのだ。だから、蓮の顔が引きつる。そして、紅は目を伏せた。
ただ、蓮は顔を引きつらせながら、説明を続ける。
「安倍晴明が数多の怪異を封印をして、それぞれの場所で封印を維持する。それによって今の平和があった。だが、維持の面が大分、不安定になっている。このままだと、日本は、壊滅する可能性があるとオレは考えている」
「へー、それは世界の危機だね。なんか熱い展開だね。世界の危機って」
「いや、熱い展開なのはお前だけだ」
あ、そうなんだ。と黎明は思った。熱いと思うのは自分だけで、ぼっちなのかと僅かに黎明は落ち込んだ。
そんな彼に少しずつ慣れて来た蓮は話を続ける。
「封印、その維持が不完全になりつつある。陰陽師全体として、今までが大丈夫なら大きく変える必要がないって考えを持つのが多い。だが、オレはこのままだと……近いうちに本当に恐ろしい未来があるような気がしている」
「ふーん、そうなんだ。ここも一応、安倍晴明が封印した場所って認識で大丈夫?」
「いや、ここは違うらしい。各地には独自の形式で封印などをしている場所もあったりする。封印されている場所が全部安倍晴明が関わっているわけではない」
「へぇー。ここって、最近になって異変があったんだっけ? なら、封印の維持の魔法とかが切れちゃったって感じなのかな?」
「それは調べてみないと分からないが」
「まぁ、どうでもいいよね。封印されてようが、ボスを倒しちゃえば良いんだから。やっぱりシンプルなのが一番だよー」
「いや、そんな発想が出るのはお前だけだ」
怪異とは本当に恐ろしい存在なのだ、陰陽師でも対処困難。封印の手順を間違えれば、町が一つ死んだりすることもある。だからこそ、こんなに呑気な黎明が不思議に思えた。
「二人は安倍晴明の子孫なんだっけ。その人たまに名前聞くけど、どんな人なの?」
「さぁ、それはオレ達も知らない。ただ、女だったとは聞く」
「ほほう、そうなんだ。安倍家って言ってたから、二人以外にもいる感じ?」
「……いや、一部を残して全員死んだ」
「あ、ごめん」
「いや、大丈夫だ。オレ達は吹っ切れている」
吹っ切れている、とは言うが蓮の表情からそんな雰囲気はしないなと黎明は感じる。
だから、あんまり聞かない方がいいのかなと黎明は思ったので、それ以上は聞かないことにした。しかし、逆に蓮は聞いて欲しいのか、淡々と続きを語り出した。
「……四年前の京都の事件、大量の死者が出たのを知ってるか?」
「京都? え、知らない」
「……テレビとか見ないのか? かなり報道されてたが」
「あー、あんまりテレビ見ないんだよね。ニュースとかってプロパガンダとか多いって前の親も言ってたから、どこまで本当なのかも分からないし」
「……そうか。お前も複雑な家庭なのかもな」
少し、黎明の語り方や語る内容で蓮は何か事情があることに気づいた。ただ、それは今は関係ないと、続きを語る。その時、蓮の声音が低くなった。
「約四年前だ。京都で――六百九十二人が原因不明の大量出血死。そんな事件があった。この真相は呪いの伝染、とある神の封印が解かれそうになったんだ」
「神様ね……」
「あぁ、《《ナギサマ》》。と言われる神だ。詳しくは知らんが、途轍もない神だと言われている。その封印がわずかに解け、その呪いが吹き出し、人に伝染した」
「それで、出血死、毒みたいなもの?」
「あぁ、死んだのは約七百……そのうち二百人は呪いの感染が疑われたから、殺されたって記録になってる」
「ふーん、大変なことだったんだ」
黎明はなんて言うべきか、ちょっとだけ悩んだ。どう考えても二人は関係ありそうであるし、余計なことをこれ以上言うと、トラウマとか思い出させそうだったからだ。
ただ、そのタイミングで今度は紅が、口を開いた。
「大変なんてレベルじゃないわ。封印が解けたのは自然的な現象じゃない……真相は、安倍家の一人が……精神異常を起こして、封印の一部を解放した」
「え、封印を解いた?」
「……そうよ。さらに驚くべきは、封印が解かれて出てきたのは本体ではなく、分体だったの。それなのに信じられない被害が出たわ」
「そんなに凄いんだ」
自身も山神の封印を無理やり解いたりしてたなと思ったけど、それは今言うべきではないので黎明は黙った。
そして、紅の声が、少しだけ掠れた。
「えぇ、凄まじいわ」
「でも、封印が解かれて、出てきたのは分体だったのはどうして?」
「本体と分体はそれぞれ別の場所に封印されていたの。それで封印が解かれたのは分体の方だったわ。ただ、分体であっても、ナギサマは常軌を逸していたわ。封印が解けた際に瘴気が漏れ出した。それが京都全域に拡散したの」
「そんな凄いんだね。ナギサマ、か。聞いたことないな」
「ナギサマは『生物の終着点』みたいなもの。死と怨みの集合体。……分体でもこの被害だとすると、本体が出てきたら世が終わるわ」
紅の説明を補足するように蓮が続ける。
「凄いモンスターなんだ。分身でもそれほどってことは、相当な経験値を感じるね。ただ、そんな強力なのに、よくもう一回封印できたねー」
「封印は一時的に破られただけで、時間経過で元に戻るはずだったから。ただ、時間が過ぎるまで、ナギサマの分体が暴れ回ってここまでの被害になった」
「なるほどね」
「ワタシ達の一族は結界術で身動きを封じようとしたわ。それと朝霧家と言う名家からも五人ほど結界術の補佐をしてくれた。でも、その殆どが死亡。霊具も全部使ったのに、生き残れたのは安倍家の数人のみ」
「……朝霧、ね」
黎明はそこで、朝霧という名字に引っ掛かりを覚えたがそれについても黙った。そして、安倍家の一族を数人を残して、という部分についても、そこである程度の事情は察した。
紅はそれについて語り続けた。きっと、話を聞いてほしいのだろう。本当なら、口にしたくない言葉が、次々と出てくる。
「安倍家は九割以上の人間がその事件で死亡したわ。その代償で……安倍家は壊滅。封印の維持力も大幅に低下したわ。安倍家には分家の土御門家があるんだけど、そっちがほぼ宗家のようになり、封印などを取り仕切っているの」
「なるほど」
「それで、ワタシ達はその土御門家の命令もあり、全国を回っているの。異変があれば報告するように言われてね」
分家が宗家に命令をする。そんなのはあり得ないが、パワーバランスを崩壊させるほどの大事件があった。
それこそが、京都の怪死事件。それについて、朝霧も関わっているという事実。
(色々複雑なんだね。よく分からんけど。でも、結局、全部モンスター倒せば大丈夫ってことでいいんだよね?)
(じーちゃんも封印の維持の人柱とか言ってたし。結局、レベリングね、レベルを上げて全部倒す、これが最善最速の手段ってわけだ)
(そのためには、ここのモンスターを全部狩る。ただ、ここには俺達以外にも人間がいるっぽいんだよねー。MPが散乱してて場所が分かりづらいけど。それを拾って、外に出して、モンスターを全部狩ろうかな)
(二人は暗い感じだけど、俺はやるべきことが明確になったから、気分がそこまで重くないなぁ。まぁ、元々やるべきことは分かってたけど)
(さて、レベリングに行こうかな)
──黎明は全部の話を聞いて、脳筋的な解決の仕方を考えていた。




