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ジェマたちが今回襲われたサンダーアラクネの縄張りに到着したころには、すでにハンターハプテの襲撃は終わっていた。焦げ付き転がっているハンターハプテの死骸と、攻撃の余波で放電しているサンダーアラクネの族長クロム。
「クロム! 被害状況は?」
リコリスが珍しく急くように問うと、クロムはギリッと奥歯を噛んだ。
「10体連れ去られた。若いやつや子どもばかり」
「そうか」
クロムの眼鏡の奥の鋭い眼光が、ウインドシールドから飛び降りたジェマに向く。そしてすぐに視線が逸らされたかと思うと、またジェマを見る。
「どうやってリコリスについてきたんだ?」
クロムの率直な疑問。喪失感の中でも、その異常性からは目を背けることができなかった。けれどもう諦めたリコリスはそれには答えず、被害状況を確認していく。
「伝達からどれくらいで襲撃された?」
「いや、襲撃からスリーズに伝達して、警告を出してもらった。今回はブラッディアラクネの縄張りを通らずに襲撃を仕掛けてきたらしい」
「はぁ。ブラッディアラクネの分体には気が付かれている、か」
リコリスは髪をかき上げ、ガシガシと後頭部を掻きむしる。クロムは落ち着きなく眼鏡の位置を何度も直す。
そうしている間に他の族長たちも集まり、縄張りの中央にある広場で会議を開くことになる。襲撃後は対策を講じるためにいつもそうしているのだそう。
「あの! 私も参加して良いですか?」
ジェマが手を挙げる。族長たちはたじろぎ、視線を交わす。そんな中、フローズンアラクネの族長アクアが1歩前に出た。
「もちろんだ、妹よ。それから、弟たちもな」
アクアがそう言って視線を向けた先。全力疾走で追いかけてきた騎士たちが膝に手をついて息を荒げている。シヴァリー、普段から諜報部隊として走り回るナンとカポックの3人は飄々としているが、他の騎士たちは辛そうだ。シヴァリーたちの速度に置いて行かれないように走ることは容易ではない。
「確かに、たまには違う視点があっても良いかもしれないな」
ポイズンアラクネの族長ウィスタリアも賛同すると、他の族長たちも頷いた。そして族長たちは糸を辿って高速で中央にある広場へ向かう。その姿に騎士たちが絶望する表情を見せると、ジェマは【マジックペンダント】にさっきより多く魔力を流した。
「風よ、我が呼びかけに応え、具現化せよ」
現れたのは2メートル四方のウインドシールドが2つ。ジェマは1つに飛び乗ると、騎士たちを手招く。
「皆さんも乗ってください」
騎士たちは一瞬たじろいで、けれど次に全力疾走すればジェマを守る体力は残らないと判断して決死の覚悟で乗り込む。当然だ。普通の人間は時速100キロを超える乗り物に安全ベルトなし、風よけなしで乗りたくはない。
「よっこいしょ」
さすがにジェマもそれを考慮したのか、ウインドシールドの進行方向にもう1つのウインドシールドを斜めに立てかける。
「それじゃあ、出発します」
その声に頷く間もなく出発する。ウインドシールドの風よけのおかげで空気抵抗はない。けれど安全ベルトはないわけで。騎士たちは必死に足を踏ん張る。ダークアラクネの糸から発される引力よりも強い力に振り落とされそうになる。
「ジェマ、なんでこれは平気で、ダークアラクネの糸の引力には飛ばされそうになったんだ」
シヴァリーが轟々と音を立てる空間の中で叫ぶと、ジェマはニパッと笑ってみせる。
「慣れです!」
確かにジェマは軽く踏ん張るだけで乗りこなしている。シヴァリーはその原理を慣れで片付けて良いものかと考えるが、ジェマのことは考えたとて分からないことが多いと、思考を放棄した。
「そろそろ停まりますよ」
ジェマが言い、また頷く間もなく急停止する。準備が間に合わなかった騎士たちは、慣性の法則に従って正面のウインドシールドに叩きつけられそうになる。
「危ないっ」
ジェマが咄嗟に腰に下げていた【次元袋】から取り出した【マカロン】の糸で騎士たちを絡め取って転倒を防ぐ。ジェットもそれに倣って糸を吐いて騎士たちを引き留めた。
「た、助かった」
シヴァリーたちはゆっくりと下ろされる。将棋倒しになって圧迫、窒息することを免れた騎士たちは安堵の息を吐く。そしてふらふらしながら立ち上がる。高速移動に踏ん張り過ぎた反動で力が入らなくなっている。
体力の消耗は少ないものの、気力はかなり削られた。そんなことは露知らず、ジェマはジャスパーとジェットとともに先に到着していたアラクネ種の族長たちの元に駆け寄る。
「あれ、何ですか」
そう呟いたのはサンダーアラクネの族長クロム。ダークアラクネの族長リコリスは遠い目をし、プラントアラクネの族長ビリジアンは顎が落ちるほど唖然としていた。何故か満足気なフローズンアラクネの族長アクアとウィスタリア。
その背後でホールアラクネの族長ジンクは隠蔽が解けて存在がはっきり認識できるようになっている。ブラッディアラクネの族長スリーズも、右手からパペットのロッソを取り落とし、ロッソが地面にぐったり横たわっていた。
その様子に騎士たちが共感し苦笑いするが、当のジェマは何が起きているのか分からなくてそれぞれの顔をキョロキョロと見回すばかりだ。




