処遇が勝手に
「でもでもぉ、個人的には以前よりも人らしくなったことが、嬉しいですねぇ」
「姉弟子よりも人間ですし、人間らしいですよ、昔から」
「ノ~ンノ~ン。空を斬ろうと人格否定どころかぁ、人格不要の領域に足を踏み入れたことをー、言ってるんですよ~」
悠太はアリエルに対し、絶招魔剣を開示したことはない。
至ると同時に捨てただけでなく、人外のアリエルとあまり変わらない思想を肯定したなど、死んでも認めたくないからだ。
「…………何を根拠に」
「絶招の空虚を見れば~、行き着く先なんて想像がつきまぁす。皆伝の後に修めた虚空と旋空を見れば~、本当に望む境地くらい分かりまぁす。剣を通してになりますがぁ、どれほどの人間と関わってきたと思ってるんです~?」
悔しいことに当たっている。
虚空と旋空はともかく。空虚を使用しないのは、知られたくないことを知られるから。空虚を修めた時はまだ、彼我合一の道が正しいと考えていた時期。姉弟子に一本取ってやろうと何度も使っていた。
自分の未熟を知り尽くした相手に、苦手意識を持つなとうのは無理な話だ。
「危うい道を歩んでいると分かっているなら、なぜ止めなかったんです」
「過程ことが重要だからですしぃ、道を踏み外しても戻ればいいですしぃ、外道に落ちきったなら斬れば問題ありませぇん」
「……だから人外言われるんですよ」
「さすがに極論ですよぉ。落ちきる前に止めますし-、説得もします。――だからぁ、嬉しいのは本当なんです。間違った道だと自分で気付けたこともぉ、空を斬った後に次の目標を見つけたこともぉ、苦手ながらも人間を楽しんでいることもぉ、ぜぇんぶ、です」
剣士の理屈でしか動かない化け物だが、最低限の情緒と倫理観はある。
人間社会の害にしかならない朱い妖精と比べれば億万倍マシだが、アリエルに元々備わっていたのか、武仙が教育した結果なのかは、悠太には分からない。
人にとって善寄りの存在であると言えるが、情緒も倫理観も枝葉に過ぎない。
アリエルの本質は日本刀、すなわち武器なのだ。
「フレデリカちゃんへの教育でも分かってましたがぁ、やっぱり師匠よりも悠太くんに任せるのが良いかなぁ?」
「まて、飛んだぞ。何の話だ。すっごくイヤな予感がする」
「あれぇ? 聞いてませんか、私が弟子を取ったって、師匠から」
「…………年末に、軽く……話題に出したとは、つまり?」
「何年かぁ、私の代わりに指導して欲し~いなぁ、って」
「自分で育てろ!!」
年末に武仙から初めて聞いた話なのだ。
弟子入りして一年未満。下手をしたら剣を握って半年も経っていない、よちよち歩きのヒヨコの可能性すらある。
「他の武門に出すならぁ、初伝は必要じゃないですかー。でもぉ、同門なら別にぃ。私だってフレデリカちゃんの面倒見たこともあるから、お相子ってことで~」
「頼んでもないのに勝手に関わっただけでしょう! というか、面倒見切れないのに弟子を取るな! 犬猫拾う子供より質が悪い!!」
「まぁまぁ、落ち着いて~。ちょっとぉ、事情があってー。まずは聞いて欲しいなぁ」
悠太だから怒るのではない。
同門だから怒るのではない。
武人なら誰だって怒るし、下手をしたら皆伝の剥奪すらありえる醜態だ。
剣士の理で動くアリエルも理解しているはずなので、湧き上がる衝動を祓魔剣で切り伏せてから、続きを促す。
「前提なんだけどぉ、五岳剣派について知ってるぅ?」
「詳しくは知りませんが、剣人会に仙人思想を足したとか、水滸伝の梁山泊が複数集まってるとか、権力大嫌いのマフィア結社とか、そんな話を聞いてますが」
「最後はともかく、他は近いですねぇ。思想的に剣人会との相性は悪いというか-、向こうは東夷だからって認めませんがライバル関係ですねぇ。つまーりですねぇ、とぉっても仲が悪いんですよぉ」
あー、と納得する。
剣人会は大きな武術組織だが、内情は剣術どころか魔導と武術の闇鍋組織。日本は当然、洋の東西問わずどころか、新大陸や暗黒大陸にまで手を伸ばし、技術や思想を取り入れて、自分たちの扱いやすいようにカスタマイズしている。
これだけでも憤慨モノだが、それを躊躇なく門下に開示するのだ。
トドメとばかりに、剣人会への加入はユルいときた。さすがに中伝以下に開示することはないが、奥伝以上になればアクセスできる情報が増える。
人類全体の底上げに貢献していると言えば聞こえは良いが、無節操に騒乱のタネを撒いていると言い換えることも出来るのだ。
「率直に言って、だろうな、としか言えませんが。仲が悪いことと育成を放棄することがどう関係するんですか? 向こう側の弟子を無理やり奪ったとかですか?」
「んんー、それだったら師匠に押しつけるなぁ」
悠太も同意見とばかりに頷いた。
「五岳剣派の一つである華山派とぉ、五岳剣派と敵対する魔教とぉ、私とでぇ、三つ巴の戦争になっちゃってましてー。どっちか一つなら、弟子を育てながら守れるんですけどぉ、三つ巴だとさすがに無理なので-。状況が落ち着くまで面倒見てて欲しいな~、てぇ」
目頭を押さえて天を仰ぐ。
斜め上でも、予想外でもない。考え得る限りの最悪として、五岳剣派全てと抗争中と言われる覚悟がったので、それよりはマシだ。一対五と、一対一対一の三つ巴なら、後者の方がマシであろう。
一人なのに流派と戦争できるのかと問われても、アリエルは正真正銘の化け物だ。
こと武力に限れば朱い妖精と同格の存在。一人で軍隊を滅ぼせるので、三つ巴という表現は至極真っ当なもの。
天を仰いでいるのは、なぜ抗争を越えて戦争に発展しているのか、という点。
「華山派……さっき、華山派の達人が使ってた技を使用しましたが――原因はそれですか?」
「鏡花水月の件はぁ、日清戦争の時に手打ちだから~違います、よ。今回の火種は弟子の方というかぁ、資質とか体質とかのぉ、不可抗力の部分でね。師匠としても、流派としても、退くわけにはいけないんだ~」
多少ではあるが、感心してしまった。
師匠としての自覚が多少なりともあることに。
「では、ここに分霊の方が来たと? 太刀でなく打ち刀を振るっていたので気になってはいましたが」
「そうそうぉ。主義には反するけどぉ、もしもの時用の虎の子をねー。十何年か前に拾った冬内の習作の分霊でぇ、ぎりっぎりぃ、かなぁ」
アリエルの本体は、戦国時代に鍛造された太刀。
人を斬り、魔導を斬り、魔導災害を斬り、血と呪詛と怨念すらも斬り捨てた果てに、自我と現体を獲得するに至ったアーティファクト。
剣士が自分を振るうことを拒み、自分で自分を振るうことを選んだ特異な付喪神。
逆を言えば、自分以外を振るうつもりのない剣士。
それが他の日本刀を依り代にして動いているのは、相当に不本意な状況と言える。不本意を呑み込んで実利を選ぶだけの度量と自我があるとも言える。
「師匠でなく俺に預ける理由は、それだけですか?」
「お見通しかぁ。うんうん、頼もしい――人としての生活を学んで欲しいんだよぉ。剣を振るうだけの機械なんてぇ、剣士である理由がないですからぁ。何を斬るために剣を振るかとはぁ、何のために生きるかと同義なんですぅ。悠太くんならこの意味、分かりますよね」
「分からないなら、とうの昔に外道に落ちてます。日本へはいつ頃?」
「三月末かぁ、四月頭にはぁ。――そういえばぁ、日本では新学期の時期でしたねぇ。剣人会の伝手を使って、学籍も用意してあげますかぁ」
アリエルの弟子がどのような性格かは知らないが。
自身の処遇が勝手に決められている様に、隠さない同情を向けた。
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次回は、11月7日(土)1:00 を予定しております。
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