どうして、こうなったのかしら?
新幹線の車窓から流れる景色を眺めながら、エノーラは思う。
(どうして、こうなったのかしら?)
ハッキリ言って、気まずい。
娘の合宿に同行する親など、毒親以外の何ものでもない。
もちろん、エノーラが同行するに値する正当な理由はある。ヴォルケーノを解放するというのに、挨拶も何もしないのは、親以前に人として間違っている。剣聖や武仙に任せることが最善で、自分に出来ることがなかったとしても、何もしないのは論外。
それはそれとして、気まずいことに変わりないが。
(しかも、この子が剣聖、なのよね? 親の敵のように単語カードをにらみ付けてるけど、普通の高校生にしか見えないわ)
魔導戦技部の四人に、エノーラが加わったことで、席順が変更となった。
三人席に、ライカ、成美、フレデリカ。
二人席に、エノーラと悠太。
母娘でまとめるのが良いという意見が出たが、悠太が静かに勉強したいと我を通した結果だ。新幹線に乗る前から黙々と単語カードをめくり続けていることも、気まずさに拍車をかけているのだが、高校生の本分は勉強のため間違っていない。
人としては間違っていても、人の親として何も言えない。
「……ふぅ」
悠太は単語カードをテーブルに置くと、目頭を押してマッサージを始める。
そのまま水筒に口を付け、スティック状のチョコ菓子を取りだした。
「食べますか?」
「え、ええ、いただくわ」
ポリポリと、乾いた音が口に広がる。
姦しくトランプで遊んでいる三人席側とは、通路一本分しかないのに、ヒドく遠い。
「自分のことを優先してすいません。来年の受験に向け、少しでも詰め込みたく」
「謝ることないわ。受験勉強を優先するのは、高校生なら当然だわ。私の方こそごめんなさい。ライカちゃんのことで押しかけてしまって。ちなみに、どこを受験予定なの?」
礼儀正しい子のようだと、安堵する。
ライカの一つ下で、剣人会の剣聖になったと聞いて、警戒をしていたのだ。
偏見であることは承知だが、剣人会には良い印象がない。高潔な武人もいるが、大半が力自慢のヤクザ崩れ、というのが一般魔導師の認識だ。力を求めるために、非合法な薬品や術式を躊躇なく使う者が多いのも事実だ。
修羅道か餓鬼道か迷う、とまで称される環境で頂点に君臨すること。
才能や教育はもちろん、それらを凌駕するほどの狂気がなければ不可能だ。
「天魔大です。推薦を取れる学力はないですが、この前のE判定からD判定に上がりまして。なんとかC判定に上げるのが直近の目標です」
「D判定……気を悪くするかもだけど、再考も一つの手よ? というか、剣聖ならどこかの大学で枠を一つもらえるんじゃないの?」
「当然の判断ですが、剣人会の枠はちょっと……贅沢ではありますが、そちらで入れば講義に出るヒマがなくなりますし、出ても付いていけない可能性が高いです。なにより、俺に求められるのは指導者としての立場ですから、学生としては本末転倒になります」
学生という身分でも、剣聖が指導をするなら高額の報酬が必要となる。
入学金や授業料の免除、返済不要の奨学金、進学・卒業条件の緩和などを報酬の一部とすることは可能だが、最低でも奥伝クラスへの報酬を別で用意しなければいけない。
奥伝クラスの報酬は高額であるが、剣聖への支払いと考えれば破格の安さとなる。
だが、これを支払える財力がある大学となると、人気のある一流大学に絞られる。講義の内容も当然一流であり、理解するには相応の学力が求められる。身の丈に合わない学力の大学に進学し、授業に出たとして、得るものがあるだろうか?
ないとは言わないが、極めて少ないと答えざるを得ない。
ならば、二流や三流であろうとも、身の丈に合った大学に進学した方が得るものが多い。
人脈や実績を求めるとなれば話は別だが、悠太はそもそも剣聖。人脈も実績も、死ぬまで困らない程度にはあるのだ。
「……驚いたわ。深く考えているのね。私が高校生の頃は入学するだけで手一杯で、魔導資格を取る以外には考えてなかったのに……」
「将来、食うに困らない人間と一緒にすべきではないです。本当にスゴいのはライカ先輩や……後輩みたいな人間です」
後輩、と口にするのを僅かばかり躊躇したが、エノーラは気付かなかった。
娘の名前が出てことに驚き、他のことを気にすることができなかったのだ。
「娘のことを、随分と評価してくれるのね」
「もちろんです。俺が会った時は、不安定なところを見せられましたが、それを除けば安定していました。幼い精霊を抱えたまま制御し続ける、呪力のない俺が理解することは出来ませんが、似たような事例を側で見続けてきました。それ以上の苦労があったことは確実ですし、それなのに真っ直ぐに成長されているのは、純粋にスゴいです」
「……べた褒めね。ちなみに、似たような事例というのは、同じ名字のフーカさん?」
「ええ。たらい回しにされたあげく、呪力はなく、当時は初伝でもない俺の弟子になるしかないほど、壊滅的に不器用で。気の遠くなるような反復練習を積み重ね、なんとか魔導師の真似事が出来るようになりました。……ただ、フーの呪力はそれでも自身のもの。精霊という別存在由来と比べれば、恵まれていたとしか言えませんね」
比べることに意味はない。
フレデリカの努力が、ライカに劣るとも思っていない。
その上で、ライカよりも恵まれていたと評するしかないほど、精霊は爆弾なのだ。
「……ライカちゃんがあなたのことを頼る理由、少しだけ分かったわ。迷惑をかけてしまうけれど、同行して良かったわ。あなたのような子を育てられたんですもの、きっとご両親や、師である武仙様も人格者なのでしょうね」
リップサービスが露骨かとも思うが、言わざるを得ない。
無頼漢やヤクザ崩れかもと警戒していた自分が恥ずかしくなるほど、悠太は理性的であった。その悠太が、苦々しく顔を歪める。
「両親や親戚については、善人の部類ですし、素直に尊敬も感謝もしています。……が、武仙については…………」
「無理にとは言わないけど、覚悟くらいはしたいから、教えて欲しいかな……」
聞くのが怖くなる黙り方だ。
経験上、碌でもない内容だろうが、知らないのはもっと怖いので続きを促す。
「基本、酒好きの老人です。地元に住み着いているのも、その方が酒や肴を求めやすいからですね。時代に合わせる柔軟性もありますが、本質は人斬りです。相手は選びますが、談笑しながら殺気も動作もなく斬り殺すくらいは平気やります」
「…………聞かなきゃ良かったって思いと、聞いてもどうすればいいのって思いになる話ね」
「武仙はまだマシです。少なくとも、斬って問題にならない相手にしかやらないので。……本当に問題にするべきは、姉弟子の方ですね」
「姉弟子というと、武仙様のお弟子さん?」
「一言で言えば愉快犯。言葉を費やすなら、人斬りの理由を探して戦地を渡り歩く求道者。それでいて、年に一度は師に挨拶に来る常識を持っています」
武仙の二番弟子。
京都で悠太と相対した奥伝、鬼面が感情的になる付喪神。
とてもではないが、まともとは言えない相手である。
「…………スゴくイヤな予感がするのだけれど、もしかして」
「時期はズレます。世界中を渡り歩いているので、どうしてもズレますが、基本的には年末年始の時期に帰ってきますね」
もろに、今の時期であった。
「なので、その……姉弟子と遭遇しないことを祈っていただければ、と」
エノーラは、なんとなくだか、思った。
単語カードをにらみ付けていたのは、勉強が主な理由だろう。
ただ、理由の一部に、現実からの逃避が含まれていたのではないかと、思うのだった。
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次回は、5月13日(水)1:00 を予定しております。
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