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騒動

「炎嘉!」

維心は、北の回廊の方に炎嘉を気配を辿って着いた。そこには、同じように炎嘉の慌てた気を感じ取った志心や焔、彰炎も来ていて、庭の方に浮いて下にある何を覗き込んでいる。

炎嘉は、維心が来たのを見て、言った。

「維心か。」と、そこを顎で示した。「主、これをどう思う。」

維心が見ると、そこには獅子の宮の侍女達が倒れていて、更に駿が庭の直に膝をついて、必死に何かを覗き込んでいた。

若い侍女が、その脇で泣きながら座り込んでいる。

維心は、眉を寄せた。

「…何ぞ。あれは瑤子か。そもそもなぜにこのような場所に来たのだ。北の端であろう。」

炎嘉は、頷く。

「あの若い侍女、三条が申しておったが、常盤という侍女が道を知っておるからと近道しようとしたようだ。瑤子は最後に出たゆえ、もう我らが引き上げておらぬのを見て、焦ったのだろうの。駿を待たせてはと、あちらの主回廊を使わなかった。」と、炎嘉は、眉を寄せた。「だが、なぜに北に参る。近道と申したら一度主回廊に出て東へ参った方が客間には近い。こちらに来る者がおらぬからここには灯が入っておらぬのだ。つまりは来るはずない場所に来ておったわけよ。」

維心は、まだ気を失っているらしい、瑤子を気遣う駿を見下ろした。瑤子の回りには、鳥の宮の治癒の者達が取り囲んで診察しているようだ。

「…その常盤という侍女はどこぞ?」

炎嘉は、首を振った。

「我が宮の侍女だとか申したらしいが、そんな者は知らぬ。末端まで知っておるわけではないが、我の侍女に聞いてみたら知らぬと申しておる。ここまで連れて参って、突然声を上げて倒れ、それと共に侍女達が一斉に倒れたのだとか。残ったのは瑤子と、そこで座り込んでおる三条の二人。他の侍女達はもう意識が戻ったので治癒の対へと行かせたのだが、あの三条だけがどうしても瑤子の側を離れぬと申すのでな。」

維心と炎嘉は、駿の側へと降りて行った。駿は、倒れる瑤子の顔を覗き込んでいる。

炎嘉が、回りの治癒の鳥達に言った。

「どうよ。」

鳥が、振り返って言った。

「はい、王よ。瑤子様にはご懐妊されておったので…。まだお子がご無事かどうかは、分かっておりませぬ。只今から治癒の対へと運んで、そちらでお調べしようとお話しておった次第です。」

駿は、治癒の鳥達に言った。

「瑤子を頼む。」と、三条を見た。「主はついて参れ。我はどうしてこのような事になったのか、調べねばならぬ。」

三条と呼ばれた若い侍女は、頭を下げた。

そして、鳥達が気を使って瑤子を持ち上げ静かに運ぶ後ろから、足早について行った。

それを見送ってから、駿はこちらへ振り返った。

「…それで、瑤子がなぜにこちらへ来ることになったのか分かったか。」

炎嘉は、首を振る。

「三条が言うておった常盤という侍女はこの宮には居らぬのだ。誰かが名を偽って瑤子をこちらへ誘導した可能性はあるがの。だが、我が宮の者がそんなことをする理由がない。」

維心も、頷く。

「倒れておったとて、誰かに襲撃されたわけでもあるまい。当身のように気を放ったとして、殺しもせずにどういう事ぞ。倒れておった侍女や瑤子には、誰かの気の残照は残っておったのか。」

駿は、首を振った。

「いや、何も。瑤子がまだ帰って来ておらぬと気にしておったので、三条の叫びに気が付いたのは我が一番早かった。ここへ来た時にはまず、回廊の上に侍女達が倒れ、回廊のすぐ下の庭の土の上に瑤子が倒れていて三条がそれに縋っていた。特に何の気も感じず、すぐに瑤子の様子を見るために下へ降りた。炎嘉殿が来て治癒の鳥を呼んでくださり侍女達が目を覚まし、今瑤子を治癒の対へと運んで行ったという流れぞ。」

維心は、怪訝な顔をしながら聞いた。

「侍女達とは皆、主の宮の者か。」

駿は、頷く。

「全員が我の宮の侍女ぞ。瑤子が連れて来たのは、あの三条一人で。後は臣下が選別してつけた者達。遠い地に連れて参るのは哀れだと、あの乳兄弟の三条だけを連れて来たのだと聞いておる。」

ふむ、と炎嘉は顎に手を置いた。

「…とはいえ、これが襲撃だったとして、何をしたかったのか分からぬのだ、この犯人は。身分は低くないが新参者であるから最後に出たのを狙われて、こちらへ誘導され、侍女達の気を失わせて…。そこまでするなら、命を狙おう。だが、命に別状はない。大した被害ではなく、何を狙ったのか分からぬ。どういうことぞ?ただの嫌がらせか?」

駿は、それにキッと炎嘉を睨んで言った。

「瑤子が庭へと落ちて怪我をした上、腹の子もまだ無事であるか分からぬ状態ぞ!大した被害では無いとはどういうことぞ!」

それには、維心が言った。

「腹の子が仮に男であっても主の宮を狙った事ではないと申しておるのだ。主には騮と騅が居る。子が死んでおったとしても何ら獅子の宮の存続に問題はなかろう。ゆえに炎嘉は大した被害ではないと申しておるのだ。もっと広い視野を持て。確かに主にとっては子の事であるからそう思うのはしようが無いが、我らから見たら、この相手は大したことはしておらぬ。というか、目的が見えぬ。」

志心も、じっとそれを聞いていたが、維心の言葉に頷いた。

「…嫌がらせとて…最後に出たからたまたま瑤子だったのか、それとも最初から瑤子を狙っていたのかで意味は変わって来よう。聞いた所、パッと見鳥の宮の侍女にしか見えなかったようなので、最初からこの宮の着物を着て待っておったという事。誰であれこちらへ連れて参ってこちらに放置するつもりであったということか?」

維心が、首を振った。

「最初から瑤子を狙っておったな。」志心と駿が維心に問うような目を向けたので、維心は続けた。「維月はここの宮を知っておるし我の侍女もぞ。綾の侍女もここへ来るのは初めてでは無いし綾もそう。晶子と舞子は高瑞の宮の侍女を連れておるだろう。あれらも上位の宮の侍女達であるから、この宮の中は何度か来て知っておるしな。誰であれ、近道だと北へ連れて行かれるような事はない。だが、瑤子は知らぬ。瑤子しか、この手に引っ掛かる女はいなかった。」

炎嘉が、怪訝な顔をした。

「獅子の宮の侍女だとて知っておろう。我は獅子とも交流があるのだからの。まあ、新しい侍女なら知らぬやもしれぬが。」

じっと黙って聞いていた、焔が後ろから、暗い声で言った。

「…椿ではないのか。」

皆が驚いて振り返る中、駿はすぐに首を振った。

「あれは何かあってはならぬから、宮にわざわざ置いて参ったのだ。様子は(りゅう)(すい)が見ておくと申しておったし、宮を出たりしたらすぐに知らせが来ることになっておる。それに、この宴には機嫌良く送り出してくれたのだ。あれが手を回すのは無理ぞ。」

確かに椿の気配はない。

しかし、焔は続けた。

「そんなもの。何年獅子の宮に居るのだあれは。侍女のほとんどはこれまであれの指示に従っておったのに、此度瑤子が増えて、そちらへ振り分けられたという事では無いのか。主の宮の侍女という事は、椿の息が掛かった侍女なのではないかと申しておるのだ。」

駿は、言われて言葉に詰まった。言われてみて思ったが、宮の侍女の数は同じで、瑤子のために新しい侍女を宮下から召したという事はない。何しろ、キチンと躾けられた侍女が良いと思っていたので、椿が育てた礼儀に通じた侍女が良いと、駿が思ってそうしたのだ。

しかし、侍女が我に逆らって瑤子を傷つけると…?

「…侍女が、王の我に逆らって妃を傷つけるなどあるはずはない。」

炎嘉は、黙っている。焔が、駿を睨んだ。

「女同士というのはそんな甘いものではないわ。よう考えて見よ、瑤子はなぜここに居た。侍女達が倒れておって、なぜ三条は無事だった。…我はの、妃の争いを甘くみて、気の弱い方の妃を死なせてしもうたことがあるのだ。小さな嫌がらせの積み重ねで、遂には心労で少し怪我をしただけでショック死してしもうたわ。よく調べよ。恐らく、これは炎嘉の宮の問題ではない。主の妃の問題ぞ。」

駿は、言い返そうとして、出来なかった。言われてみたらここへ来て、瑤子をこんな場所で足止めして鳥に何の得があるだろう。維心が言うように目的が見えない。

だが、ただの嫌がらせだと言うのなら確かに分かる。

「…まあ、恐らく焔の言う通りやもしれぬな。」炎嘉が、息をついた。「誰も殺しておらぬし、あれぐらいの時があったら瑤子を攫えただろう。それも無い。その上、皆が気を失っておったのに誰の気の残照も気取れぬ。どうせあれらは、気を失ったふりをしておったのではないのか。」

維心が、息をついてもう、部屋の方へと飛び始めながら、言った。

「証拠は出ぬ。直後に動かしておらなんだら分かったがな。それに、もしそれらが犯人だったとしても、椿の事は漏れぬであろう。我らも確信がない。主が調べるしかないのではないか?我らが主の奥の事を調べる訳には行かぬしな。」

炎嘉も、もう諦めたように飛び始めた。

「そうよな。」と、維心を見た。「主、まだ着替えておらなんだのか。どうせ維月とべたべたしておったのではないのか。それにしても着替えてからぬせぬか。」

維心は、フンと鼻を鳴らした。

「うるさいわ。何をしようと我の勝手であろうが。」と、まだ暗い顔をしている焔を見た。「焔、過去のことなど思い出さずで良いと申すに。炎嘉が暇であるから、酒でも共に飲んだらどうよ。」

炎嘉は、維心の腕を掴んだ。

「何を申す!ならば主も来い!酒ぞ酒!」と、志心を見た。「主もぞ志心!」

維心は、その隙にするりと炎嘉の腕から逃れると、さっさと飛び去りながら言った。

「維月が待っておるから我は無理ぞー。」

「あ、こら維心!」

炎嘉はそれを追って行く。

だが、維心はもう遥か向こうへと飛び去ってしまっていた。

駿は、取り残されて、まさかとひたすらに考えていた。


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