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楽2

外では王、皇子達が酒を飲みながら、時に筝をかき鳴らしてみたりして談笑しているのを眺めながら、維月も皆と共に、冷たい茶などを飲みながら、龍の宮から持って来た茶菓子を出して輪になって話していた。

皆が皆、今日の功労者だ。

演奏中、維月は無我夢中になっていたのだが、綾が言った。

「維月様の目が、途中真っ赤になったのですわ。」綾が言うのに、維月はぎょっとした。綾は続けた。「一心不乱に弾いていらしたのですけれど、あれは月の力でありますか?」

維月は、やっぱり月が出ていたか、と思い、渋々頷いた。

「そうですの。我は陰の月で、普段は抑えておりますけれど、必死になると出てしまうのですわ。陰の月と申すのは、何と申しますか、催淫の気なども持っておりまして。普段は不要であるので隠しておるのに、やはりあのような時には気が緩んで、思いがけず。」

晶子が、驚いたように袖で口を開いた。

「まあ…存じませんでしたわ。もしかして、だからあのような感情が湧いて参ったのでしょうか…。」

維月は、恋するような感情のことか、と思い、首を傾げた。

「どうですかしら。ですが、可能性はあるかと思いますわ。目が赤くなっておったなら、月の力が降りておったのだと思いますし…。」

大事にならなくて良かった。

維月は、思った。もっと強い力が放たれたら、あっちでもこっちでも婚姻だなんだと大騒ぎになってしまったかもしれない。

瑤子が、やはり控えめに少し後ろで微笑みながらそんな様子を聞いてみている。

維月は、瑤子に話しかけた。

「瑤子様の、胡弓もやはり素晴らしかったですわ。皆様聞き惚れていらっしゃいましたもの。あれから、宮でも随分と精進されましたのね。」

瑤子は、頭を下げた。

「はい。畏れ多くも龍王様からこのように素晴らしいお品を頂き、宮で弾くようにと王にも申されてという事で、毎日のように。」

それは良かったわ。

維月は思っていた。綾が、隣りで息をついた。

「それにしても…瑤子様の楽を聞きたいと何度も椿から申し入れさせて頂きましたのに、お受けいただけなかった時には恨みも致しましたけれど、本日こうして聞くことが出来て良かったですわ。」

維月も、瑤子も、ピタと停まった。

綾は、瑤子の胡弓を聞きたかったのか…?

「まあ綾様には、瑤子様の胡弓がお聞きになりたかったと…?」

維月が言うと、綾は何度も頷いた。

「はい。我は楽に飢えておったのですわ。何しろ、あちらの宮ではそれだけは誰も嗜みませず。瑤子様がお弾きになると聞いた時には、真っ先に椿に聞かせてくださるようにとお願いしてと申しましたの。」

瑤子は、じっと黙って下を向いている。

維月は、これは恐らく、椿がそれを伝えなかったのだろう、と思い、言った。

「あら…?それはおかしいですわ。」維月は、鎌をかけてみることにした。「椿様には、綾様は瑤子様の楽にご興味ないとお聞きしておりましたけれど…。」

維月が本当に案じるように視線を落とすと、綾の顔色が見る見る変わった。

そして、キッと瑤子を見ると、その手をガシッと掴んだ。何をするのかとハラハラして見ていると、綾は言った。

「申し訳ありませぬわ。誠、もしやとは思うておったのです。ですけれど、瑤子様が何も仰らないのをいいことに、もしや椿はあなた様に嫌がらせをしておるのではありませぬか?」

皆が、一瞬にして固まった。

維月も、綾の直球な質問にどうしたものかと思っていると、脇に座る侍女が、思い切ったように膝を進めて言った。

「はい!綾様、瑤子様にはこれまで、数々の…、」

「三条!」

瑤子が、鋭い言葉でそれを咎めた。三条と呼ばれた侍女は、途端に涙目になり、頭を下げると、後ろへと下がる。

瑤子は、綾に深々と頭を下げた。

「申し訳ありませぬ。我が至らぬばかりにこのような。我が気付いておらぬだけであるのです。椿様は、きっと何度も我に問い合わせてくださっておったのだと思いまする。」

維月は、それを聞いて感心した。

ここまで、徹底して自分の誇りと品位を守ろうとする皇女が、今こちらの島に居るだろうか。

かくいう自分だって絶対我慢など出来ない。きっと、維心に言う前に、自分で仕返しをしてしまうだろう。

維月が黙って見ていると、綾がじっとそれを聞いていたのだが、口を開いた。

「瑤子様。」と、諭すように言う。「我は、その昔鷲の正妃でありました。そこでは、後宮の争いなど日常茶飯事。たくさんの妃達の中で、正に食うか食われるかの恐ろしい戦いであったのですわ。我だって、対抗していろいろと戦いました。そんな毎日は王が亡くなると共に去り、そうして只今の王、翠明様に嫁いだのです。我は、それから平穏に暮らして参りましたわ。ですが、あの頃のことは覚えておりまする。もう二度と、己の近くでそのようなことがあってはならないと思うておりますの。もし、我が娘があのような事をしておるのなら、親として諫めて止めねばなりませぬの。絶対に良い事にはならないのですから。女は、最後は穏やかな者が勝つのです。強く出れば、神世の男は皆逃げてしまいまする。我は、経験上それを知っておるのですわ。どうか、我が娘が何かしておるのなら、お教えくださいませ。手遅れにならないうちに。」

瑤子は、じっと綾の目を見つめていたが、目を潤ませて、下を向いた。

「…誠に言いにくいことをお聞きになられます…。我が宮の恥ともなることでございますので、これ以上は…。」

綾は、それを聞いて、確信した。やはりそうか。

「…ご無理を申しましたわ。きっと、良いように致しまする。」と、パッと明るい顔をして、皆を見た。「さあ、では何か弾きませぬか?瑤子様は筝もお上手だとか。今度は我が十三弦を弾いてみますゆえ、合わせてみませぬか?」

維月も、それを聞いて微笑んだ。

「まあ。是非に聞いてみたいですわ。」

そうして、それからは何事も無かったかのように、皆で楽しくいろいろな曲を弾いたりしながら談笑し、楽しく過ごしたのだった。


炎嘉が、顔を上げた。

「お。この十三弦は誰か?」

皆が顔を見合わせる。焔が言った。

「…綾ぞ。」翠明までが驚いた顔をする。焔は続けた。「宮の名手に幼い頃からついて習ったもの。あれは楽には殊の外才能があるのだ。」

一緒に聴こえる箏の音を労るように、何やら優しい音だ。

「維月の十七弦は聴けぬかのう。」炎嘉が、物欲しげに建物の方を見た。「忘れておったような胸の高鳴りや痛み、疑似であっても心が沸き立ったものよ。」

維心が、脇から首を振った。

「常の維月はあそこまでではない。恐らく皆の前で力が入って、月が出ておった維月が奏でておったのだろう。夢を見ずに(うつつ)を見ぬか。」

「己が幸福だからと」炎嘉は、愚痴る。「ああいう気持ちはもう、我らには遠く忘れていたものなのだ。夢でもまた見てみたいと思うて何が悪い。」

志心が、同情したように十七弦を押した。

「そら、ならば主があれを思い出して弾いてみたらどうよ。それとも、維心の前では弾けぬか。」

炎嘉はムッとした顔をした。

「何を?こやつは技巧だけで情が薄いわ。」と、十七弦を引き寄せた。「聴いておるが良い。」

炎嘉は、宵待の恋、と言われる曲を爪弾き始めた。

それは美しいが、この曲の哀愁よりも、あまりに華やかで細かい音に、艶ばかりを感じる。

焔が笑った。

「選曲を間違っておるわ。主には幸福な恋情の曲の方が似合うぞ。」

炎嘉は、手を止めた。

「何を申す!」と、十七弦を脇に押しやった。「まあ、それは常、言われるわ。そろそろ弾けるかと思うたが、まだ無理だったか。」

翠明と駿が黙っている。

彰炎が、気を遣ってそちらに声を掛けた。

「主らはやらぬか。我は笛や笙ばかりで弦楽器はまだまだでな。」

翠明は、首を振った。

「我は誠に田舎者で。楽器に触れた事もなく来たのでの。」

駿も、答えた。

「我は父がさすらってやっと宮が形になったという風での。雅やかなものには縁なく来てしもうて。最近少し、瑤子に教わって胡弓に手を触れた程度なのだ。」

それを聞いて誓心が自分の胡弓を押した。

「ならば一度弾いてみよ。なに、我が教えてやるゆえ。」

志心が、頷く。

「我も最近、誓心に教わって胡弓をやるようになったぞ。座興なのだ、弾いてみよ。」

駿は、渋々それを手に取った。

そして、月想歌を弾き始めた。

確かに少し拙い様子だったが、聞き苦しい事はない。

宇州が、それに笛を合わせ始めた。

「…良い感じよ。」と、匡儀が箏を引き寄せた。「では我も。」

箏が加わり、更に曲は深みを増す。

維心が、黙って十七弦を引き寄せた。そして、先ほどとは打って変わってそれは艶のある胸が苦しくなるような音色で、花を添えた。

そうやって二度ほど曲をループしたところで、駿が演奏を終える。

合奏したのは初めてだろうが、それが楽しかったのか少し顔を上気させていた。

「…良かったではないか。」炎嘉が、手を叩いた。「最初はそんな感じで良いのだ。皆が助けてくれるからの。」

駿は、何度も頷く。

「己が弾いておるのに聞き惚れるほどであった。特に維心殿の音は…思わず続けたくなるようなせつない音で。」

炎嘉は、途端に顔をしかめた。

「こやつには月想歌などどはまりの曲ぞ。いつも月を想うておるのに。のう、維心よ。」

維心は、炎嘉を軽く睨んだ。

「先ほどの維月の演奏で思い出してしもうただけよ。その頃の心地で弾いた。今は想うばかりでないわ。」

焔が笑った。

「良いものを聴かせてもらったわ。」と、建物の方を見る。「…そろそろあちらは退出するようだの。」

見ると、侍女達が忙しく行ったり来たりし始めている。

維心は、立ち上がった。

「では、我も控えに帰るかの。」

「そうするか。」と、炎嘉も立ち上がった。「では、此度はこれまで。またどちらかの宮で集まろうの。」

そうして、王達はそれぞれの部屋へと引き揚げて行った。

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