3.襲撃
18/5/13 文言訂正。話の筋に変更はありません。
その日は朝から色々変だった。まず目が覚めるまで変な夢を見ていた。夢の中では誰かが優しい声で繰り返し同じことを言い続けていて、目が覚めてもそれが頭の中でグルグル回っているようだった。『逃げられなければ守り石を取れ、殿下の魔力で遠くへ逃げろ』ってどういう意味なんだろう?
次に、魔導士先生に急用ができたと連絡があり、代わりに剣術の先生がやって来る事になった。王子様は初めて剣を習うので興奮気味だ。今まで僕相手にやっていた剣術ごっことは違うしね。これで王子様に退治される悪役とかも終わりかなぁ。ちょっと寂しい。
空模様も何だか普通じゃない感じ、雲が低いんだよね。城壁の上の辺りがもう雲の中にあるのに、地面は乾いているし。太陽は時々薄ぼんやり見える程度だし。中庭からは分からないけど、お城の外からは一体どんな風に見えてるんだろう?
「おはようございます殿下、私が剣術の初歩の手ほどきをすることとなりました。」
剣術の先生は、僕の従兄で騎士のゲベルだった。これは納得だ。癖が無い素直な剣筋を見せてくれるゲベルは僕にとっても最高の剣の師匠だ。僕の母が王子様の乳母になったのも、ゲベルの家が長年王家に仕えてきたからだし、本当に彼には感謝している。
「えーゲベルがせんせいなの?」
王子様は時々護衛をしてくれる普通の騎士の一人としてしかゲベルを知らないので、ちょっとがっかりしたみたいだ。ここは一肌脱がなくては。
「殿下、騎士ゲベルは僕の剣の師匠です。ゲベルの剣は初めて剣に触る者の手本に最も適した癖の無いものです。基本となる剣筋がしっかりしていないと、剣術は上達しないのです。」
「くせがあるとよわくなるの?」
「お城と同じです。土台になる岩がしっかりしていないとその上の城壁も弱くなってしまうのです。」
「つよくなれる?」
「思った通りに剣が振れる人が剣の達人です。騎士ゲベルの剣は達人と呼ばれたその父の技を伝えています。」
「・・・わかった。きしゲベルよ、さきほどはすまぬ。わたしにけんをおしえてくれ。」
「仰せのままに。・・・カイル、あまり褒めるな、背中が痒くなる。」
「承りました。」
にっこり笑って舌を出すと頭頂部を拳骨で小突かれたが、びっくりした顔の王子様には大丈夫だと笑顔を見せて安心させる。
「さて、それではまず剣の持ち方からですね・・・」
何も無かったかのようにゲベルが授業を始める。王子様用の小さい木剣と僕用の普通の木剣で持ち方、構え方からゆっくり教わっていく。僕にとっても久しぶりの復習だ。
剣を持ち、構え、ゆっくりと振る。勢いに任せた動きは一切無いがそれがかえって難しい。
「けんのさきがふるえる。ゲベルのようにはできぬ。わたしにはさいのうがないのか。」
王子様が僕に言う、悲しそうな顔をされるとつい、先生でも無いのに言ってしまう。
「剣を使う時には、普段と違う部分の筋肉を使っているので最初の内は震えるのは仕方がありません。それに初めての日で自分の剣が思った場所に無いのが判る者はそうそう居りません。殿下には十分な才能がおありです。」
「・・・なんだか誰が教師か分からないな?」
ゲベルに冷やかされたので、慌ててフォローする。王子様に教師への尊敬を教えるのも僕のお世話の一部だ。
「僕が何をやっても勝てないゲベルに敵う訳がないでしょう?でも殿下について詳しいのは僕の方かもしれませんね。」
王子様が疲れた様子なので少し休憩をお願いして水分補給をする。
「ふう。」「はー。」
王子様と二人して木のコップを置くと、ゲベルに「兄弟みたいだな。」と笑われた。
「まあ、殿下が生まれてからずっと一緒でしたし。」
「それもそうか。」
王子様はなんだか嬉しそうに微笑んでいる。と、その時、空が一瞬暗くなった。
「む?」
瞬時にゲベルが空を見上げ、反射的に腰の剣に手を伸ばした。
「殿下!」
僕は護衛の騎士が警戒態勢に入った時の条件反射で王子様の手を握り、一番近い中庭の出口に走る。
「カイル!屋内に入れ!」
「鍵がかかってる!開かないよゲベル!」
「莫迦な!」
その時、ズンという低い音と共に何か大きな物が中庭の反対側にあるアーチを押し潰して着地した。
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前日譚:カイルの「たのしいさんすうきょうしつ」
「どうなさったのですか?殿下?」
「おはじきかぞえるの、キライ。おとこのこは、ままごとは、せぬ!」
「・・・ああ、うーん、数えるだけでは楽しくないですね。」
「楽しくても、イヤ。ボクはおんなのこじゃない!」
「まぁまぁ、王太子殿下にお仕えする人には、林檎を数えたり、剣や槍を数えたりする人がいっぱいいます。殿下が林檎を数えたり、剣や槍を数えたりしてあげれば、王太子様はきっと喜ばれますよ?」
「あにうえも、リンゴやけんがすきなの?」
「勿論です。男子とは、ご婦人の作る林檎の焼き菓子の為に剣を振るうものなのです。この国全ての男子が忠誠を誓う王太子様もお好きなハズです。」
「あにうえ・・・。このくにで、いちばんリンゴをかぞえるのがはやいのは、だれかな?」
「うーん・・・多分宰相閣下ではないかと思います。」
「さいしょうさまよりはやくなれる?」
「え?・・・そうですね・・・ちょっと難しいかもしれませんが、えーと9掛ける9で、81個の呪文を覚えて修行をすれば、早くなれるかもしれません。」
「じゅもん?むずかしい?」
「一つ一つは簡単ですが、数が多いですから・・・両手と両足の指の数が4人分位になりますし。」
「カイルは・・・じゅもんをしってる?」
「・・・秘密ですよ?」
「うん!」