8.発明家は儲からないけど
今、僕達 ― 僕と王子様と鋳掛屋の娘さんのマチルダちゃんとそのおばあちゃん・・・ふう、ちょっと多いよね? ― は木工職人の親方の家に居る・・・昨日僕がでっち上げた洗濯板のせいで。
今日はお昼まではいつも通りの日で、鋳掛屋さんもゲベルも既に外出していた。残りの僕達がお昼ご飯を食べ終わったのを見計らったように、突然、立派な髭をキレイに整えてる職人風の男の人が訪ねてきて、挨拶もそこそこに「洗濯板を見せて欲しい。」って言い出したんだ。
おばあちゃんが「あらまあ、ちょっと待ってくださいな。」と言って石壁の棚から僕の洗濯板を渡すと。男の人は何やら唸りながら石の板を調べ出した。
「むーう、うむむ・・・む?むうー。」
一通り唸り終わると、その視線がギロリと僕を見る。なんだろう?洗濯板なんて見れば分かるよね?
「これを作ったのはお前か?」
男の人が尋ねてくるけど、特に隠す事でもないので素直に「はい」と答える。そうすると、今度はおばあちゃんに向かって話し始めた。
「モディ、済まんが・・・この子を借りられんかな?」
ええ?いったい何で僕を貸す話になるんだろう?僕がびっくりしている間におばあちゃんが応えてくれる。
「まったく、誰に似たんだかせっかちだねぇ・・・。この子はウチで預かっている大事な子ですよ?犬の子じゃあるまいし、そんな勝手な事が出来る訳がないよ!教会で神父さんに懺悔してから出直して来な!」
おう、凄い。おばあちゃんにかかれば大の男も子供扱いだ。
おばあちゃんの拒絶に、男の人は困り切った様子で泣きついてくる。
「・・・そう言わずに、頼むよ!今朝から近所中の女将さん達がやってきて矢の催促なんだよ。・・・このままじゃ俺の工房は女将さん連中に押し倒されて潰れちまうよ!なぁ、先々代からの長い付き合いじゃないか。今年の秋には新しい大鍋を頼むからさ、考え直してくれよ・・・。」
うわ!それなりの立場にいる人かな?って思ったら、何と「俺の工房」を持ってる親方さんだったんだ・・・。立派な髭が少し垂れ下がってきてる、こんな風采が良い男の人が泣き落としって・・・そんなに困っているの?ここは行ってあげた方が良いかも・・・。
「あ、あの、僕なら、その。」
僕が言いかけると、おばあちゃんがにっこり笑って、「大丈夫よ。」と言って更に親方さんを責め立てる。
「まったく幾つになってもおしめを変えてやった頃から変わらないね。世話が焼けること!この調子で奥さんにも迷惑かけているんじゃないだろうね?」
「そ・・・そんなこと無いよ!ウチのカカアなら、近所の連中と一緒に洗濯板!洗濯板!って俺を責め立ててるよ!」
・・・出た!必殺「おしめを替えてあげたのよ」攻撃だ!これをされると本当に立つ瀬が無いというか・・・勝ち目がなくなるというか・・・。僕は絶対に王子様のおしめを替えた事を口にしない!僕はこの秘密を墓場まで持っていくという誓いを立てているんだ!
・・・神よ!哀れな子羊と目の前の親方さんをお助け下さい。
* * * * *
・・・結局、おばあちゃんが親方さんの工房まで「奥さんとお茶を飲みに行く」ので、子供達も一緒に連れていくという話に落ち着いた。僕としては親方さんの泣き落とし拉致に抵抗できなかったのをちょっと反省している。こんなお人好しで命を狙われているかもしれない王子様を守れるのだろうか?うーん。
家の扉を閉めたら、向こう三軒両隣に「ちょっと木工工房までお呼ばれして行ってくるのでよろしく。」と使えたら出発だ。ご近所さんが家の鍵の代わりなんだね。
おばあちゃんがマチルダちゃんを抱っこして、僕が王子様を背負って、てくてく歩くと3分も経たずに工房に到着した。結構近いんだね?
工房の周りには、4,5人の女の人が居て何やら楽しそうに話している。中の一人が僕達を見て「鋳掛屋の子供が来たよ!」と叫ぶ。おおぅ、なんだか注目されてしまいましたよ?思わず後ろを振り返って「え?誰か有名人でも居るの?」とかパントマイムをやりたくなるけど、我慢我慢。前にやったらあんまり受けなかった・・・っていうかすべったんだよね・・・とほほ。・・・でもいいもん、王子様は笑ってくれたもん。
女性たちの熱い視線を集めながら工房に入ると、そこでは職人さんや徒弟さんが思い思いに木の板を削っていた。どうやら洗濯板を作っているらしい。
・・・けど、なんだか変だな?板の中心から同心円状に凹凸を付けている人も居れば、鋸で妙に細かい刻み目を付けている人も居る。中には黙々と唐草模様みたいな植物っぽい連続した模様を板に書いている人も居るけど・・・あれは下絵なのだろうか?どの板の大きさも妙に小さい。これって・・・
僕が職人さん達の様子を見終わったのを見て、親方さんが話してくれる。
「あー見ての通りでな。女将さん連中から色々話を聞いて作ってみたんだが、どれをみせても「これじゃない」って言われちまってな・・・。噂の元になってた本物も見せて貰ったんだが・・・あれは本来の形を真似た物なんだろう?」
うん、確かに、僕の作った洗濯板は、小さいし、全体に歪んでるし、刻んだ波も揃って無いし、色々至らない稚拙なシロモノだ。アレを見てお手本があると見当がつくのは流石にプロって事だよね。流石だよ。
「はい、僕が作ったのは間に合わせの代用品です。本物の形を説明しますね。」
「おお!頼む!」
それから、僕は洗濯板のおおむね正しい形を説明して、職人さん達に洗濯板を何枚も作って貰った。板の大きさはそれを使う人の腕の長さに応じて決めるといいんじゃないかとか、波の高さや幅は人の指の太さより少し小さい方がよさそうだとか、波の形は直線でも問題ないけど、ちょっと弓なりにすると使いやすいとか・・・なんだか偉そうだけど、首を長くして待っているお客さん達の熱意と、それに応える職人さん達の喜びや降って湧いた儲け話へのちょっとした欲に押し流されてしまったんだ。
その間、王子様とマチルダちゃんは、おばあちゃんや近所のご婦人方とその子供達と一緒に、煎り豆とか焦がし麦のお茶をのんびり楽しんでいた。子供が本職の職人に混じってアレコレ指図するのは、結構楽しい見世物になったみたいだ。時々額の汗を拭ったりすると、マチルダちゃんが一緒に居る近所の子供達と声を揃えて「カイルがんばれー!」とか言ってくれるのはうれしいけど・・・恥ずかしいよぉ。
やがて、お日様が傾き、その光が赤みを帯びてきたので、僕達は帰ることになった。親方さんの奥さんが平たい種なしパンと、やっと出来上がったばかりの木製の洗濯板をお土産に持たせてくれる。奥さんがアレコレと親方さんに注文を付けて作らせた入魂の洗濯板だ。
「良いのかい?こんなに立派な洗濯板を。」
おばあちゃんが尋ねると、奥さんは満面の笑みで「当分ウチの商売は安泰だから問題ないよ!」と言ってから、親方に「夕飯前にあと3枚だよ!」と言い渡していた。親方も「まかせろ!」とかカッコよく返事をしてから、僕に向かって親指を立てる。
「坊ちゃん!今日はありがとよ!何か困ったことがあったら何でも言いな!」
・・・お城に帰る方法以外には、特に困った事も無いけど、何かあった時に相談できるのは心強いかも。
「はい、ありがとうございます。何かあったらご相談に参ります。」
「・・・はあ、そんな恰好をしていても本当に育ちが良いんだなぁ。この辺りのガキ共と付き合うのは良くないのかもしれんが、まぁ仲良くしてやってくれや。」
「はい。」
僕はにっこり笑って頷くと工房を辞した。・・・まだ翌日からの環境の急変など想像すらしていなかったんだ。
本日の参考文献:リン・ホワイトJr著『中世の技術と社会変動』・・・に出てくる、便利な道具と伝わるクランクの“想像図”。
いや、それ、クランクじゃないから、何だか良く判んない枝分かれした棒だから。




