第50話授業を終えて1(キム先生視点)
「先生、ミルフィはどうして眠ってしまったのですか」
眠ってしまったミルフィ様を心配そうに見ているセドリック様は、とても五歳とは思えない程にしっかりとしている。
しっかりしているとはいえ幼い子供だから適当に誤魔化す事は出来るが、セドリック様の場合下手な誤魔化しはしない方が良いようにも思う。
親はどう判断するだろうと、ちらりと侯爵に視線を向ければ小さく頷いたから私は心を決めた。
「初めて魔力を制御したのでお疲れになったのでしょう。ミルフィ様はかなり魔力量があると思われますので制御にかなり体力と精神力が必要なのです。でもまだ幼いのでその辺りが難しいのかと」
私の言葉にセドリック様は眉をしかめた。
ミルフィ様は私の話し方だと理解が難しい様だが、セドリック様にはその心配は無いらしい。
「魔力量が多いとどのような問題がありますか」
魔力量が多ければ魔法を沢山使えるのか、とはセドリック様は聞かなかった。
この位の年齢であれば興味があるのはまず自分の事だろうに、セドリック様は自分のことよりもミルフィ様を気にしている様に感じる。
昨日の彼の様子を思い出しても、セドリック様はミルフィ様を大切にされているのだろう。
「魔力量が多い方が魔力制御するのは最初は苦労するかもしれませんが、しっかりと訓練を行っていけば何も問題はありません。ただミルフィ様は少し動揺されやすい様ですから、私が許可するまでは私の前以外では訓練は行わない方がいいかと」
「両親の前でも許可出来ないという事ですか」
「その通りです。魔力制御が上手く行かない場合魔力暴走というものを起こす可能性があります。これは魔力量の多い少ないに関わらず起きるものです」
「先生が一緒であればその魔力暴走というものが起きた時に対処できるのですね」
本当に彼は五歳とは思えない。
これが侯爵家の教育の結果なのかと思うと恐ろしくなる。
「そうです。私が側にいてミルフィ様の様子を確認しながら魔力制御を訓練するのは問題ありません。先ほどミルフィ様は魔力暴走になりかけましたが、私が対処できましたのでご安心ください」
魔力暴走になりかけても、暴走の原因となる魔力を私が吸い出してしまえば暴走は治まる。
「ミルフィの魔力量が多いから、気をつけなければいけないのですね。つまり、僕よりもミルフィの方が魔力量は遥かに多いのですね?」
今の会話で気が付いてしまったのだろうが全部話した方がいいのだろうかと、再び侯爵を見ると頷いた。
元々侯爵にはミルフィ様の魔力量は多いのかもしれないという話をしていたけれど、侯爵は全く慌てている様子が見えない。
初めて魔力循環を行う子供が魔力暴走を仕掛けるなんて、普通はあり得ないし魔力暴走を起こし掛ける魔力量を三歳の子供が持っているのもあり得ないんだが、これを見ても侯爵には慌てる様子が見えない。
「先生、ミルフィの魔力量はどのくらい多いのですか」
どう話をしたものかと悩む私に、セドリック様は更に問いかける。
魔力量は五歳のセドリックさまよりも、三歳のミルフィ様の方が多いと思う。
魔力を二人に送った時に感じたかすかな反発具合でも分かるほど、二人の魔力量には差がある。
魔力を流した時の反発は、流す相手の魔力量そのものだ。
セドリック様からの反発は普通の子供並みで、ミルフィ様は宮廷魔法使いに近い反発だった。
兄であるセドリック様は、自分の魔力が年下の妹よりも少ないという現実を受け入れられるだろうか。自分と兄達の関係はこれで壊れたから心配になる。私の兄達は、魔力量が私より少ないと知りそこから私を敵視するようになったのだ。
「ミルフィ様の魔力量は、一般的に魔法の勉強を始める年頃の子供の三倍はあるかもしれません」
「三倍ですか」
予想しているよりも少ない数字をセドリック様に告げる。
授業を始める前はその程度かと考えていたけれど、魔力を流した時の反発でそんなことはないとはっきりと分かっってしまった。彼女の魔力量はとても子供だとは思えない。
「魔力は訓練しなければ体の成長と共に少し増えていく程度ですが、ミルフィ様は治癒魔法の才能があるとの事ですからこれから訓練を積めばガスパール先生以上の治癒魔法の使い手となるかもしれません」
侯爵達に説明をしながら、貴族の令嬢がそこまでの訓練はしないだろうと内心で毒づく。
上級の治癒魔法が使える治癒師は少ない、魔力は誰にでもあるものだが平民で魔力量が多い者は殆どいない。
上位貴族になればなるほど魔力量が多くなる傾向にあるけれど、金に困っていない上位貴族は宮廷魔法使いならともかく治癒師になろうという酔狂な人はまずいない。
せいぜいが慰問で神殿にある治療院に気まぐれに行く程度で、それすらしようとしない者が殆どだ。
とんでもない理由から無意識に治癒魔法を何度も使っていたらしいミルフィ様は、その理由から魔力量が増えていったのだと思うがこれを訓練していかないのは勿体ない話だ。
せめてミルフィ様が男子であればと思う、貴族家の次男や三男なら将来のため魔法の訓練を積極的にするものは多いから、折角の才能を伸ばさず終わることはない。
「治癒魔法、確かに私の母も治癒魔法の使い手ではありましたけれど、ミルフィにその才能が」
侯爵夫人は悲し気に呟く。
ミルフィ様が治癒魔法を無意識に使っていると分かった理由が酷いものだけに、素直に喜べはしないのだろう。
「侯爵、ミルフィ様は今ぐっすりと眠っておいでです。今なら血の検査が出来るかもしれませんが如何致しますか」
「血の検査。針を刺すのだったか」
「通常であれば一滴あれば足りますが、詳細検査をお望みであれば少し量が必要になります」
「詳細検査、それは宮廷魔法使いでなければ受けられないものでは無かったか」
侯爵は詳細検査と聞いて眉をひそめる。
普通であれば通常の血の検査だけで済む話だけれど、ミルフィ様の場合は詳しく調べた方が今後の為には良いと思う。
詳細検査を行えば、さっき簡易検査で確認した魔法の適性だけでなくどの程度魔力があるのかも分かるしどんな魔法を覚えているかも分かる。
三歳で治癒魔法が使えるなんて、それがそもそも異常なんだから出来る検査はしておいた方がいい。
水晶を使えば血を採取する必要はないが、まだ魔力循環すら出来ないのでは水晶の検査は出来ない。
「僕が最初にそれを受けてもいいでしょうか」
「セドリック様」
「どの位血が必要なのか、痛みはどの程度あるのか分からないままミルフィにさせたくない」
昨日もそうだったが、セドリック様は母猫が子猫を守る様に威嚇しながら私を見る。
幼いミルフィ様に行った家庭教師の暴力をご存じだからこそなんだろうが、小さい子供に警戒されるのはちょっとだけ辛い。
顔なのか、私のこの顔が悪いのか。
ミルフィ様も同じなんだろうかと考えると、悲しくなってくる。
笑ってみればいいのかと、無駄なことを考える。
私の顔は、怖いと評判の母方の叔父によく似ているのだから、笑顔で話そうと頑張っても無理な気がする。
「では、まずはセドリック様から検査を始めてよろしいでしょうか」
「そうだな、セドリック針で刺す痛みは僅かだから耐えられるな」
「勿論です。無様に泣くなどしません」
五歳の子供が無様って言うんだもんなあ。
思わず素が出てしまいそうになりながら、私は検査の準備を始めた。




