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後悔はなんだった?  作者: 木嶋うめ香


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第47話初めての魔法の授業4

「キム先生、昨日ごめんなさい」


 次の日の朝目を覚ました私は、パティにいつもとは違う食堂に案内された。

 いつもとは違う見慣れない食卓には、すでに両親と兄様が席に着いていてキム先生の姿も見えたから、私は先生に近付いて昨日の謝罪をした。

 昨日私が挨拶をしただけで倒れてしまったから、キム先生は屋敷に泊まったのかもしれない。

 宮廷魔法使いをしているキム先生は忙しいだろうに、本当に申し訳なくていたたまれない。


「ミルフィ、ごめんなさい」


 先生は昨日の黒いローブとは違った薄い灰色の服を着ている。

 細いけれど背の高いキム先生が黒いローブで体の殆どを覆っていると、ちょっと迫力があり過ぎるけれど灰色の服ならそれは少し薄れるように思う。

 だけどキム先生は灰色の眼と髪をしているから、この色の服だと肌と唇以外すべて灰色になってしまう。

 昨日着ていた服だと色が暗すぎで圧迫感があるけれど、この灰色ばかりもどうだろうと疑問を覚えるが、以前の私のドレスや装飾品が私に本当に似合っていたかと言われたら多分違うと言い切れてしまうので、他人の服の好みをどうこう言えはしない。

 以前の私は高級品を身に着けている事が大事だった、似合っているより珍しくて高級な物を身に着けていないと誰かに馬鹿にされる気がして落ち着かなかった。

 高級なドレスや宝飾品が好きなのではなく、そうしないといけない気がしていたのだ。

 その頃の私を両親や兄様が見たら眉をしかめただろうし、あのドレスや装飾品を何かに追われる様な気持ちで選んでいた自分自身が恥ずかしい。


「おはようございます。ミルフィーヌお嬢様、どうして謝られているのでしょうか」


 キム先生の服を見て以前の自分を思い出していた私は、不思議そうに私を見ているキム先生の視線に我に返る。

 キム先生は、わざわざ席を立ち私の前にしゃがみ込んで視線を合わせて話してくれた。

 子供の扱いに慣れているのだろうか、でも表情から感情は読み取れない。

 灰色の目に怒りは見えない、ただ私を心配しているように思う。


「昨日、ミルフィお行儀悪くしたから」


 怒りが見えないことに安心して、おずおずと口を開く。

 まだ三歳のミルフィが、昨日の事を反省し謝るならこれが精一杯だろうと言葉を絞り出す。

 泣いていないと大声を上げて部屋の隅に逃げ込むなんて、きっと本当は両親も兄様も呆れていたと思う。

 兄様は一緒に眠ってくれていたようで、朝目を覚ますと隣にいてくれたけれど、きっと本当はとても呆れて恥ずかしい思いをしたと怒っていたと思う。

 なにせ私はみっともなく錯乱したあげく意識を失い、気が付けば朝だった。

 まだ魔法を習うには早すぎる子供のために、わざわざ屋敷に来てくれた人の前でするにはあまりにも酷いことをしでかしてしまったのだ。

 

「ミルフィーヌお嬢様、もしお許し頂けるならこれからミルフィ様とお呼びしても良いでしょうか」


 キム先生は私に視線を合わせ、そう言いながら微笑んだ。

 たぶん微笑んだのだと思う、口角が僅かに上がり目が細くなったからそう見えた。

 以前の私も笑うのが苦手だったけれど、もしかするとキム先生もそうなのかもしれない。そう思うと、少しだけ親しみのようなものを感じる。

 

「キム先生、怒ってないの? ミルフィって呼ぶの嬉しい、ミルフィって呼んで!」


 何故急にそんな事を言い出したのか分からずに、でも親しくなれたら嬉しいと素直に喜んでみせる。

 私の喜ぶ姿をキム先生はぎこちない微笑みを浮かべ見つめているけれど、その笑顔がとても優しくて私の心の中がぽかぽかと温かくなる。

 灰色だらけなのに、キム先生の笑顔は優しい日差しの様に温かい。

 キム先生の笑顔は、晴れた空の色みたいだ。

 以前の私が一人の部屋の窓から見ていた、綺麗な綺麗な空の色だ。 


「怒っておりませんよ。ミルフィ様、私と仲良くして頂けますか」

「はい、仲良くしてください。よろしくお願いします」


 ジョゼットが教えてくれた淑女の礼を、背筋を伸ばして行うとキム先生は一瞬だけ私と視線を合わせた後立ち上がり「こちらこそよろしくお願いします」と紳士の礼を返してくれた。


「ミルフィ、席に着きなさい」

「はい、お父様」


 後でお父様とお母様にも謝らなければいけない、兄様には目が覚めてすぐに謝ったけれど「ミルフィは悪くないから謝る必要は無いよ」と言われてしまった。

 でもお父様達は私を叱るだろう、それは当たり前の事だ。

 もし、叱られなかったらそれはきっと見捨てられたという事だ。

 以前の私に対して、お父様もお母様もそうだった。ただ私を見てため息を吐き、小さく首を横に振るだけ、何も言われなかったのは問題が無かったのではなく見限られていたからだ。


「さあ、遅くなってしまったが今日の恵みを下さった精霊神様に感謝して頂こう。豊かな恵みを感謝致します」


 パティの介助で椅子に座った私を見てからお父様がいつもの様に精霊神様への感謝の祈りを捧げるから、お父様の声に合わせて頭を下げる。

 キム先生の前で嫌いな野菜を食べるのは嫌だなと考えながら、カップに注がれた水を一口口に含み今朝の朝食を見渡した。

 スープが白くとろみがあるから、これは芋を潰し牛乳と混ぜたスープだろう。柔らかく焼いた卵には輪切りにして甘く煮た人参が添えられている。最近の私は甘く煮た人参なら食べられるようになった。

 食べやすい大きさに切られたキャベツとキュウリのサラダ、今日は嫌いな野菜が何もないと安堵する。


「お嬢様、パンにジャムはお付けいたしますか、それともバターがよろしいですか」

「ジャムはいらない。バターだけつけて」


 私の後ろに控えていたパティが声を掛けて来る。

 今日のジャムは柑橘系の物の様だから、バターだけで良い。


「お嬢様、どうぞ」


 ミルフィの手の力ではまだパンを一口大にする事は出来ないから、パティが小さくしたパンにバターを塗ってくれている。

 記憶を取り戻し偏食をしないと誓ったばかりの頃みたいに、パティやジョゼットに食べさせて貰う様な無様な真似は今は流石にしていない。

 こんな私でもほんの少しの成長はしているのだ。


「さすがスフィール侯爵家ですね、朝から豪華です」


 私と兄様以外は、大人の食事は朝でもサラダ、スープとパン、肉料理、果物、紅茶と一品一品出て来る。

 幼い私ではサラダとスープでお腹が苦しくなりそうだが、キム先生は食べる量が多いのか肉料理をお替りし、パンも沢山食べている。

 キム先生の前にはお皿ではなく、籠に盛られたパンが山盛りになって置かれているようだった。沢山のパンに合せてバターとジャムもそれぞれ小さな壺に入ったものが置かれていて、キム先生はそれを沢山パンにつけている。


「魔法使いは大食漢なもので、つい遠慮なく頂いてしまいました」


 お父様とお話をしながら、肉料理だけでもお父様の三倍以上食べていたキム先生に驚いていると少し恥ずかしそうにしながら果物を食べ始めた。


「気に入って頂けた様で何よりですわ。そうだ、料理人が焼き菓子を沢山作りましたの。こちらもいかがですか」


 お母様が珍しく勧めているけれど、あれだけ食べた後で焼き菓子は流石に食べないだろう。なんていう私の考えは間違っていた様だった。


「焼き菓子、是非頂きたいです」


 キム先生があっさりと返事をするから、私は目を丸くする。

 魔法使いが大食漢なのは、以前の私も知っている知識だ。

 治癒師は一度に沢山の魔力を使わないし、私はそもそも治癒魔法を自分以外に使わなかったから食事の量に影響が出る程では無かったけれど、魔法使いは魔力を使えば使う程空腹が酷くなるというのは常識だった。


「キム先生のお好きな物を盛りつけさせますので、料理長説明して差し上げて」


 お母様の指示で料理長と料理人達がそれぞれ配膳用の台車に焼き菓子を沢山乗せキム先生の側に近付いて行くと、甘く香ばしい香りが食堂内に広がる。


「ご説明いたします。まずこちらがキングオーク肉のひき肉を使ったパイでございます。こちらは甘みをつけていない代わりに香辛料をふんだんに使って仕上げております。その隣りは迷宮林檎と干した迷宮葡萄とホロホロ魔鳥を甘く煮こんだ物を入れ焼いたパイでございます。魔物肉を使用した焼き菓子はこの二種類でございます。次に迷宮産の木の実を入れて焼いたケーキと、同じく迷宮産の果物を入れて焼いたケーキです。こちらは……」


 兄様が用意して下さったお茶会のお菓子も凄かったけれど、この焼き菓子は更に凄いとしか言いようがない。

 迷宮産の果物や木の実は、王都ではかなりの高級品だ。

 スフィール侯爵家の領地には普通の魔物が出る迷宮の他に果物や木の実が採取できる迷宮があるけれど、以前の私は殆ど口にしたことは無かった。

 夫や子供達は食べていたのかもしれないけれど、私の食事はそこまで立派なものは無かったのだ。


「魔物肉のパイは両方頂きたいです。木の実のケーキも果物のケーキも、どれも美味しそうで悩みますね」

「悩まずに全部召し上がって、残りは部屋に運ばせますし足りなければいくらでも作らせますから」

「それは嬉しい。では遠慮なく」


 キム先生の言葉を聞き、料理長がそれぞれをお皿に盛りつけてテーブルに並べていく。

 キム先生の前にだけ、大量のお皿が並んで驚いてしまう。

 食事をした後で、こんなに食べられるものなのだろうか。


「ミルフィ、セドリックには先程話したが今日は午前中にキム先生に授業をお願いしたから、そのつもりでいなさい。食事が済んだなら先に部屋に戻っていい」

「はい、お父様。失礼致します」


 お父様が部屋に戻っていいと言うなら、もうここに居てはいけないということだ。

 やはりお父様に昨日の事で呆れられたのかもしれない、謝ってももう遅いのかもしれない。

 私は落ち込んだ気持ちを隠して、食堂を出るしかなかった。

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