第23話ジョゼット達を巻き込もう
目を覚ますと部屋が暗かった、私は泣きつかれて眠ってしまったのだと思い出す。
熱を出して、ガスパール先生の治療を受けて、お母様の前で泣いた。
今が何時なのか分からないけれど、喉が乾いていた。
「ん」
起き上がったものの、小さな体ではベッドから一人では出られない。
サイドテーブルの上に水差しはあるだろうか?
ベッドから遠いテーブルに、小さな灯りが灯っているのは私を怖がらせないためだろうか。
灯りの魔道具を夜中に点けているのは珍しい、私が目を覚ますかもしれないと気遣ってのことだろうか。
考えていたら、クゥとお腹が鳴った。
「お嬢様?」
「ひっ」
不意に声が聞こえて、私はビクリと身体を震わせた。
「パティ?」
何故ここにいるのだろう?
椅子にも座らず、パティはドアの辺りに立っていた。
灯りから離れた場所にいたから気付かなかったけれど、なにかおかしなことを言ってはいなかっただろうか。
「お目覚めになられたのですね。お水は飲まれますか?」
「うん」
パティは私に近付きながら部屋の灯りを点けてテーブルに置いてあった水差しからグラスに水を注ぐと私の手に持たせ、手を添えて飲ませてくれる。
サイドテーブルには、呼び鈴すら置いていなかった。
私が目覚めても、サイドテーブルまで手が届かないからかもしれない。
「パティ。お母様は?」
「奥様はもうお休みになられました。奥様は昨日一晩中お嬢様のお側にいらっしゃいましたので、旦那様が今日は早めに休むようにと」
子供にそんな説明をしても普通は分からないだろうに、パティはお母様が私を見てくれていたのだと話す。
こういうところが生真面目なパティらしいけれど、話の内容に私は目を見開く。
お母様が一晩中私の側にいてくれたなんて、信じられない。以前の私にはしてくれたことはなかったし、今の私にもそんなことをしてくれたことなかったと思う。
「えと、ミルフィ」
「お腹は如何ですか、スープでもお持ち致しましょうか」
「パティ、一晩って?」
「一晩は、夜に寝てから朝になるまでという意味です。昨日授業の後でミルフィ様は熱を出されて、ガスパール先生が治療をされた後も目を覚まされませんでした。漸くお目覚めになったのは今日の夕方近くで、奥様がお嬢様とお話をされたそうですが、その後またすぐにお休みになられたと聞いております」
幼いミルフィとの夢は一瞬の様に思えたけれど、かなり長い時間私は眠っていたようだ。
二人の意識が混ざり合うには、それだけの時間が必要だったのだろう。
「申し訳ありません。説明が難しかったですね」
「パティ、お腹すいた」
「すぐ厨房にいってまいります。一人でお待ち頂けますか?」
「うん」
考える時間が欲しくて、空腹だと言ってパティを部屋から出ていかせる。
空腹なのは事実だから、嘘ではない。
「夫人はどうなったのかしら」
先生、いやもう先生ではないのだから夫人でいいだろう。彼女の様子をお父様は見ていたのだから、さすがに私の授業を彼女にさせはしないと思う。
お母様はさっき何も教えてくれなかったけれど、私の家庭教師は辞めさせただろう。
「子供に詳しく説明するわけがないわね」
膝を抱えて考え込む。
行儀はよくないけれど、こうして考え込むのは昔からの癖だった。
小さく身体を丸めていると何故か安心する、座る時だけでなく眠る時も膝を折りまげ小さくなって毛布に包まって眠ると安心できた。
「失礼致します」
「ジョゼット?」
「パティが厨房に行くというので急ぎ参りました。この様な姿で申し訳ございません」
寝支度をした後なのだろう。
長い髪をひとつにしばっただけのジョゼットは、寝巻きと思われる簡素なワンピースに厚手のショールを羽織っただけの姿で部屋に入ってきた。
私を心配して来てくれたのだろう、ジョゼット行動は乳母の責任感からのものかもしれないけれど、急いできてくれたのが嬉しくてジョゼットに向かい微笑む。
「ご気分は悪くございませんか?」
「うん。ねえ、ジョゼット」
ベッドに近付いてきたジョゼットに、聞いてみることにした。
詳しくは知らなくても、ジョゼットなら何か教えてくれるかもしれない。
「はい」
「先生は?」
「先生? ガスパール先生でしょうか」
「ううん。あの」
「夫人は、オーレンス子爵が連れてお帰りになりました。もう二度とこの屋敷に訪れることはないでしょう」
いくら夫人がお母様の友人でも、さすがにお父様が夫人を許すとは思わなかったけれど、夫人の夫である子爵の兄であるダーニャ伯爵家にはお母様の妹が嫁いでいるから今後関わりが全く無くなるとも思えない。
それなのに、ジョゼットは夫人はもう二度とこの屋敷に来ないだろうと言うから驚いてしまう。
使用人のジョゼットがこんな風に言うということは、そういう話をお父様かお母様から聞いたことになる。
「本当? もうミルフィを打たない?」
それが信じられなくて、ジョゼットに確認する。
本当にもう私の前に、夫人が現れることはないのだろうか。
「お嬢様、お可哀想に怯えていらっしゃるのですね。お守りできず申し訳こざいません」
「ジョゼットはミルフィを打ったりしない。怒鳴ったりしないって分かってるよ」
子供の言葉で信用を伝えるのは難しい、ジョゼットは信用できる。
でも、他の大人はどうか分からない、ジョゼットやガスパール先生は大丈夫でも、他の大人は?
夫人の代わりに新しく教師を雇うとしても、その人がどんな人間か分からないから怖いのだ。
「ミルフィ、怖いよ。また先生に打たれる?」
「そんな事ございません。もう子爵夫人はお嬢様に近付けませんから」
「ミルフィのお勉強は?」
「それは、新しい先生を」
「新しい先生? また打たれる? ずっと立っていなさいって、謝りなさいって言う?」
想像するだけで体が震えてしまう、次がまともな人だとどうして言える?
兄様ならともかく、私では不満だと相手が考えないとどうして言える?
考えるのは怖いし、そもそもよく知りもしない他人が私は怖いのだ。
以前の私も今も私も同じく、他人が怖いのだ。
「お嬢様、そんなことございませんから、どうか怯えないで下さいませ」
「本当?」
「ええ」
頷くジョゼットを見ながら考えていた。
ジョゼットを先生にしたらどうだろう?
私が子供の振りに失敗しても、ジョゼットならお母様達に言わないかもしれない。
それにジョゼットは元々男爵家の夫人だったから基本的な礼儀作法は問題ないし、以前の私はジョゼットに学校の宿題を度々手伝ってもらっていたから幼い子供の勉強を教えるのはできると思う。
「ジョゼットが先生ならいいのに」
「お嬢様?」
「ジョゼットなら打たないし怖くないよね」
もう少し大きくなれば他人への恐怖も薄まるだろうけれど、今は無理だ。
せめてもう少し私が成長して、他人との関わりに慣れて恐怖を感じなくなるまで、それまではジョゼットには頑張って貰おう。
明日の朝、お父様にお願いしてみよう。
心に決めた私は、ジョゼットの手を掴んでにっこりと微笑むのだった。




