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集いしは竜の民

ササとツバメが俺の山小屋に転がり込んできてから、数ヶ月が経った。

その間、俺は来る日も来る日も『鑑定絵巻』を呼び出し、貪るようにこの世界の歴史、地理、そして人間と他種族の関係性を調べ尽くしていた。

紐を解いては細かな墨文字を目が悪くなりそうな勢いで追い、時にササの淹れてくれた茶を啜り、時にツバメの「またへんなの読んでんの?」という毒舌をあしらいながら、俺はこの異世界の「構造」を理解していった。

……ちなみに俺は「魔力」というものを持ってはいるが、肝心の「魔法」は使えないらしい。これが使えれば、もう少しばかりおもしろいことができると思ったのだが。

この世の構造を一通り理解し、俺は一つの結論に達した。


「…人間の数が多すぎる」


俺たちがいた日ノ本だってそうだ。人間は虫を除けば一種族としては最も数が多く、すべてを自分たちの糧にしようとする。同じ人間ですら争いが起こるのだ。当り前といえば、当たり前なのだろう。


「……ならば答えは一つ、か」


俺はニヤリと笑い、腰を上げた。

日ノ本で果たせなかった、大望。

誰もが対等に暮らすことができる国。

誰もが俺にひれ伏す天下。

この世のすべてを手中に収めることは不可能かもしれない。だが、いつかは。

誰もが幸せに暮らすことができる国を。そしていずれは、天下を。その第一歩として、散り散りになって隠れ潜んでいる同胞たちをすべて、この山に集める。


「お前ら。でかい声出すから、耳塞いでろ」


俺は眼帯を外し、鮮やかな紫色の目を全開にする。 そして、体内の魔力と、右目の奥に眠る龍の覇気を極限まで練り上げ、天に向かって放った。


――『龍王大号令』


目に見えぬ紫紺の波動が天空を揺らし、波紋のように世界全土へと広がっていく。それは人間には聞こえず、龍の血を引く者たちの魂にだけ、絶対的な引力として直接響き渡る王の呼び声。



その効果は、劇的だった。

数日のうちに、世界中に隠れ住んでいたドラゴニュートたちが、魂の呼び声に導かれるようにして、続々とこの山へと集結し始めたのだ。その数は、数百にものぼった。

が、当然、誰もが大人しく従うわけではない。


「アタシたちをこんなところに呼び集めて、一体何のつもりだ!」

「人間の回し者か! 命が惜しければ、さっさとここを通せ!」


広場に集まった同胞たちは、長年の迫害で心を荒ませ、互いに殺気立っていた。

武器を取る者。おびえる者。ほかのものにケンカを売る者…。

不穏な空気が満ちる中、俺は星空の水玉陣羽織を羽織り、彼らの前に毅然と立ちはだかった。


「お前らを集めたのは俺だ!言い分はわかった。突然どこの馬の骨とも知らない奴に呼び出されて、納得がいかねえって奴も多いだろう」


俺は『燭台切光忠』を鞘ごと地面に突き立て、不敵に笑いかけた。


「単純にいこうじゃねえか。少しでも不満がある奴は、全員まとめてかかってこい!俺を倒せたら、好きにどこへでも失せるといい。だが、俺が勝ったら……大人しく、この俺の言葉に耳を傾けてもらう」

「ふざけるな! 人間の若造が!」


激昂した裏子の生えた四肢を持つ戦士たちが、我先にと俺に襲いかかってきた。 カシャシャシャッ! と甲高い金属音が響き、俺の全身に漆黒の『黒漆塗五枚胴具足』が展開する。額には黄金の三日月と黒漆の吹き返し。


「――おらっ、来いよ!」


俺も、のうのうと戦国の世を生き抜生きたわけではない。楽をして、好きなように生き抜いてきたわけではない。

光忠を鞘のまま振るい、襲いかかる巨漢の戦士の武器を叩き折る。間髪入れず前に踏み込み、別の戦士の懐に入り込んで峰打ちを叩き込む。

隙など作らない。戦場では隙など、ちらとでも見せればそれすなわち、死だ。

どこかの島津を思い出すが……何かを目指すのならば、前進のみだ。

十人、二十人、五十人――。

傷つけることなく、だが確実に、立ち向かってきた戦士たちを次々と地に伏せさせていく。

彼らが俺の振るう刃に怖気づき、圧迫されてきた、その時だ。


「……さすが、政宗様。隙がなさすぎる……」

「へえ、アタシたちを置いて、一人でいい格好しちゃってさ。……でも、アタシたちのことも忘れてもらっちゃ困るんだけど!」


人だかりを割って飛び出してきたのは、ササとツバメだった。


「来るか…!」


ササが目にも留まらぬ速さで冷気を帯びた槍を突き出し、ツバメが鋭い爪を光らせて死角から同時に襲いかかる。

二人の連携は、完璧というほかなかった。彼女らも、ただで迫害を受けてきたわけではないのだろう。

普段はお淑やかで無口なササが、今は隙を一切作らない精密な突きの軌道を描く。その影から、いつも通りの雰囲気を纏ったツバメが、獲物を狩る肉食獣の如き速度で斬り込んでくる。

キィィィンッ! と、激しい火花が散る。

俺は光忠の鞘でササの槍を受け止め、同時に鞘から抜き去った刃でツバメの爪を受け流した。

じりじりと、三人の武器が噛み合い、互いの魔力と覇気がぶつかり合う。


「グ…!」

「まだまだぁ!」

「ハハッ! さすがにいい腕だ!」


二人の猛攻を全身で受け止めながら、俺の脳裏には、鑑定絵巻で得たこの世界の知識が去来していた。


――竜人族は確かに強い。だが、その絶対数はあまりにも少ない。彼らだけで人間に戦いを挑めば、いつかは数で押し潰され、滅ぼされるだろう。もともと希少な種族なのだろう。

そして、絵巻にはこうも書いてあった。

この世界で虐げられているのは、竜人族だけではない。蛇人族、馬人族、狼人族……。人間以外の多くの獣人や人型種族が、不当な差別と暴力に晒されているのだ。


「だったら……話は簡単じゃねえか」


俺はグッと足に力を込め、二人の武器を力強く押し返した。

ササとツバメが、驚いたように後方に跳んで着地する。

俺は二人の刃を見つめ、そして、広場を埋め尽くす数百の同胞たちを見渡した。


「おい、お前ら! よく聞け!」


眼帯を外したままの俺の声に、今まで殺気立っていた奴らも全員こちらを見る。


「竜人族の数は少ねえ。人間どもと真っ向からぶつかれば、いつかは全滅だ。いや、いつかはこのままでも、全滅は不可避だろう。……だが、虐げられているのは、お前らだけじゃねえだろ。 蛇も、馬も、他の奴らも、人間どもに好き勝手やられて悔しくねえはずがねえ!」


ザワッ、と同胞たちの間に動揺が走る。


「この山に基盤を作る。人間どもが手を出せねえほどの、頑丈で、美味い飯が食えて、最高に自由な国を、俺たちがここに建国する!」


俺は光忠の切っ先を天に掲げ、不敵な笑みを浮かべた。

その額の黄金の三日月が、木漏れ日を反射して眩しく輝く。


「全ての差別されている種族をここに受け入れる。俺たちが手を結べば、人間どもなんて敵じゃねえ。対等に、いや、それ以上に渡り合える国を創ってやる。」


俺は光忠の切っ先を、まっすぐ前に振り下ろす。日の光を浴びて輝く刀身が、はっきりと公衆の前に影を作る。


「我が名は伊達 政宗!……俺の家臣として、世界を驚かせる大バカな天下を創りたい奴は誰だ!」


沈黙。

最初に動いたのはササだった。

彼女は静かに槍を引き、胸に手を当てて、俺に向かって深く頭を下げた。


「……政宗様。この命、どこまでも」


その可愛い声には、一分の迷いもなかった。

続いて、ツバメがフンと鼻を鳴らし、嬉しそうに尻尾を大きく振りながら言った。


「しょうがないわね。お姉ちゃんもやるって話だし……それにその国、楽しそうだし。アタシが、アンタの一番の矛になってあげる!」


二人の言葉が引き金となった。

地に伏していた戦士たちが一人、また一人と立ち上がり、武器を掲げて歓声を上げ始めた。

その歓声は、やがて山を揺るがすほどの地鳴りとなり、彼らの絶望を、未来への確固たる希望へと変えていく。


「これでやっと一歩…か」


俺はつぶやき、眼帯を整え、集う民たちを見つめる。満足なぞ、してられない。


「お前ら、やるぞ!」

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