勇者でなければならない
……導かれるように。
エルは心の中でアイシスの言葉を繰り返す。
アイシスは更に言葉を続けた。
「何、その時がくれば分かることもあろう。妾とてお主たちと同じく、ここに導かれているようじゃ。妾が何の罪を背負い、何を調停するのか。その時にお主たちも妾と一緒に知ることになるのかもしれぬな」
「何だ、まるで謎かけみたいだな。ちんちくりんが何を言っているのか、さっぱり分からない」
マーサが再び不平の言葉を漏らす。エル自身もマーサと同じ思いだった。
やはり何かがこれから始まるのだろうか。王都サイゼスピアに足を踏み入れる前から、そのような予感めいたものがエルの中には確かにあった。
ならば一体、何が始まるというのか。
掴みどころのない漠然とした不安を感じながらエルは、そんな答えが出るはずもない自問を繰り返すのだった。
王宮は王都サイゼスピアのほぼ中央に位置していた。王宮の周囲は深い堀が巡らされており、その内側に位置する王宮は巨大な城といっても差し支えがなかった。堀に架けられている王宮に続く巨大な城門。今は全てを拒むように固く閉じられていた。
深い掘沿いには多数の巡廻する兵士たちの姿を目にすることができた。自分を警戒してのことなのだろうかとファブリスは思ったが、それを即座に否定した。
アズラルトが自分を恐れたり警戒したりすることはないだろうと思う。ファブリスが邪神の力を継いでいると知っているとしても。
アズラルトは邪神討伐の勇者なのだ。ならば、アズラルトが邪神を恐れる理由はないように思えた。
果たしてこの王宮にアズラルトがいるのだろうかとファブリスは思う。いや、きっといるのだろう。そう思うとファブリスの口の中に苦い味が広がっていく。
自分が現れたことをアズラルトが知れば、必ず姿を現す予感がファブリスにはあった。それは最早、ファブリスにとって確信に近いと言ってよいかもしれない。
そう。奴が邪神討伐の勇者である以上、それは間違いないはずだった。
……アズラルトは邪神を恐れない。なぜならば、アズラルトは邪神を倒す勇者でなければならないのだから。
だが、邪神を倒す?
どのようにして?
ファブリスは心の中で呟いた。
邪神を封じる唯一の剣はファブリス自身が持っている。ならば、どのように邪神の力を持つ自分を排除するというのか。
そんな自らの考えにファブリスは、不敵に笑ってみせる。
いいだろう。勇者だというのであれば自分を殺し、滅ぼしてみろとファブリスは思う。自分が邪神そのものであるのかはファブリスにも分からなかった。だが、自分は邪神の力を持ち、魔族も人族も根絶やしにしようとする存在であることは間違いないのだから。
このまま邪神封じの大剣を抜いて城門に向かいたくなる衝動を抑えつけながら、ファブリスは不敵な笑みを浮かべ続けるのだった。
宿屋の前に戻ってきたファブリスは、入口の横で赤毛の少女が座り込んでいることに気がついて足を止めた。赤毛の少女はまだ自分の近くで足を止めたファブリスに気がついていないようだった。
そんな赤毛の少女を見ながら、ファブリスは不思議な少女だなと思う。マーサにしても妙に彼女には心を開いているようだった。例え他に行き場所がないとしても、そもそも安全とは言えない血生臭い旅に彼女がいつまでもこうしてついてくる理由が分からない。
「エル、何をしている?」
エルは何かを考え込んでいるのか顔を軽く伏せていた。いつまでも気がつく様子がないエルにファブリスが声をかけると、エルは勢いよく顔を上げた。
「ファブリスさん……」
顔を上げたエルは驚いたような表情を浮かべていた。名前を呼ばれたぐらいで、そんなに驚く必要もないだろうとファブリスは思う。
「こんな宿屋の外で何をしてる? マーサとアイシスはどうした?」
「部屋にいますよ。二人とも喧嘩には飽きたようで、今は大人しくしているはずです」
エルはそう言って苦笑を浮かべながら言葉を続けた。
「私は少し頭を整理しようと思って……」
エルは言葉を濁す。




