星空
「何だ?」
言い淀むエルにファブリスは続きを促した。
「ファブリスさんは、これからどうするつもりなんですか?」
一瞬だけ逡巡するような素振りを見せたものの、エルは意を決したように一気に言葉を吐き出した。
言葉を吐き出したあとは迷う様子も見せずに、エルは赤色の瞳をファブリスに向け続けている。
エルの言葉を聞いて、ファブリスは同じことを自身に問いかけていた。自分はどうするのだろうかと。
アズラルトには代償を払ってもらう。それは間違いない。マルヴィナとガルディスも同様だ。
ならば、そのあとは?
ファブリスはそこで思考に行き詰まり、エルに意識を戻した。エルは先程と変わることなく、無言で赤い瞳をファブリスに向け続けていた。
かつての邪神がそうだったように、全ての人族と魔族の死を願うのか?
以前は自分も漠然とそう思っていたはずなのでは?
ファブリスは自問したが答えが出ることはなかった。
人族や魔族への怒り、恨み……。
その根源のような負の感情が以前には間違いなく自分の中にあった。
その怒りや恨みが、今は綺麗に霧散しているなどと言うつもりはない。ただ、こうして自問し考えてみると、怒りや恨みといった負の感情が以前とは性質が異なっている気がしていた。
やはり、自分の中で何かが変わりつつあるのか。もしくはすでに変わったということなのだろうか。
「根絶やしだ……」
ファブリスが呟くと、瞬時にエルの表情が強張る。そんなエルの顔を見て、やはり何かと分かりやすい娘なのだとファブリスは思う。
「そう思っていたはずだったのだが……」
「今は……違うのですか?」
エルの探るような言葉に、ファブリスは無言で濃い灰色の頭を左右に振った。正直、自分でも分からなかった。全ての人族、全ての魔族を憎む気持ちは確かに今でもここにあるのだから。
「分からないな。アズラルトたちに罪を償わせる。それは間違いない。だが、そのあとに俺が何を思い、何をするのか……」
ファブリスはそこまで言って口を噤む。自分は何を言い出すつもりだったのだろうか。
そして、改めて不思議な娘だと思う。感化されたなどというつもりはない。だが、エルには他人を無防備にさせてしまうような何かがあるようだった。
自分が以前と変わりつつある一因も、やはりエルによるものなのだろうか。
「エル、俺が人族、そして魔族も憎んでいる気持ちに嘘はない。その気持ちは、これからもなくならない気がする」
エルは無言で頷いた。それと同時にエルの顔に悲しげなものが浮かぶ。そんなエルの顔を見ていると、ファブリスは自分の心がざわついてくるのを感じる。
そのざわつきを感じながら、ファブリスはそうなのかと気がつく。自分はこの顔が苦手なのだ。エルのこういった顔を見ていると、妙な居心地の悪さを感じてしまうのだ。
なぜか……。
答えは明白だった。考えるまでもない。そのことに自分は今まで気づかないふりをしていただけなのだ。
自分は変わりつつある。もしくは変わったと認めざるを得ないのかもしれなかった。正確に言えば、元に戻りつつあるといったことなのだろうか。
そう思いながらファブリスは赤毛の少女を見つめた。
やはり自分を変えた一因はこの赤毛の少女にあるのだろう。ファブリスは再び口を開いた。
「約束はできない。だが、努力はしよう」
そう言ってファブリスは、あとに続く言葉を飲み込んだのだった。
エルはファブリスの言葉を聞くと、少しだけ安堵した様子だった。そして、僅かに微笑みながら赤い瞳を夜空に向けた。
「ファブリスさん、星がたくさん……とても綺麗ですよ」
エルの言葉に促されてファブリスも夜空に顔を向けた。空を見上げることなどはいつ以来だったろうか。
エルの言う通り夜空には数え切れない星が瞬いている。それらを凝視していると、星との距離感が分からなくなってくるのが不思議だった。




