第二十七問
私、大森 桜は悩んでいた。
「名前どうしようかなぁ」
一応、薫と二人で話し合って考えたりしたのだが決まらなかった。女の子だから花に関連する名前がいいと言ってみたり、言葉の響きも良いものがいいと言ってみたり。漢字に私たちの想いや願いを込めたいと薫は言う。あー、それもアリだね。
「キラキラはやめよう」
「うん、それには同意」
イジメられる名前にはしたくないからね。ある程度は自分で誇れる名をあげたい。
「あと、画数も気にしたほうがいいのかな」
「…きりがないね」
候補として上がったのは遥ちゃん、舞ちゃん、咲ちゃん、苺花ちゃん、百花ちゃん、愛ちゃん…etc
考えれば考えるほど思いついてしまう。じゅげむじゅげむごこうのすりきれ…。昔聞いた話じゃないけど、長い名前をつけたくなる気持ちもなんとなく分かりそうだった。短いのを付けよう。
「なに悩んでるの?」
カラカラと扉が開いて薫が入室してきた。
「名前だよ」
私がそう言うと薫はニヤニヤした様子で近寄ってくる。薫はどんな名前がいいか、すでに心の中で決まっているのだろうか。
「私はコレがいいと思う」
私の妻が候補を書いた紙の一部をチョコンと指差す。なるほど。何が“なるほど”なのかツッコまれてもスルーするとして。
「うん、良い。可愛い素敵な名前」
「……まぁ、実は前からコレがいいと思ってたんだけどね」
「へぇ…いつから?」
「………」
「私が妊娠した時?」
沈黙、つまりそれを意味するのは肯定。それだけ思い入れのある名前なら私も大賛成だ。
「よし!コレにしよう!」
私たちの長女の名前が決まった。
私にとって授乳の時間は“舞”ちゃんとの繋がりを感じられる大切な時間だ。大きな声で泣きじゃくる舞の頭を撫でたり、背中を擦ったり、沢山言葉をかけたりしても止まない。でも授乳している時は静かになる。口が塞がるからじゃない理由があると思う。ミルクをあげる直前は大人しくなるからだ。こんなに幼いけれど分かっているんだね、と二人で言った。
それからは本当に忙しくなった。部屋の温度、テレビの音量、ミルクの後のゲップ、オシメも替えなくてはいけない。そして舞はよく深夜に泣いてしまう子だった。その度に二人とも目をこすりながら愛しの姫の元へ駆け寄って抱き寄せるのだ。子守唄なんて馬鹿にしてたけど意外と効果があるらしいので薫に歌ってもらった。ただし、私も眠くなるので気を付けなきゃいけないけどね。
ようやく眠ったとしても油断はできない。ゆっくりと舞のベッドに降ろしたとしても手を離した瞬間、泣いてしまうからだ。泣いたらまた抱き上げなければいけない。すると安心したのか、スウスウと寝息を立てるのだ。本当は起きていて、私たちが離れたら声を上げているんじゃないか?と疑問に思うくらい赤ちゃんは賢い。舞は賢い、天才なのでは?
「将来、舞は学者になるかもしれない…」
「何を言っているんだ、お前は」
「舞は賢いなぁ、って話だよ」
「桜…疲れているんだね。抱っこ交代してあげる」
「別に平気だけど、代わってくれるならしてもらおうかな」
そっと、そっと、ゆっくり預ける。薫に抱かれた瞬間に泣かないか私たちはヒヤヒヤしたけれど舞は変わらずスウスウと言っていた。寝ている顔は可愛い。やっぱり薫に似ていると思う。薫も寝顔は可愛いし、目元なんてそっくりだ。
「どこまで終わったの?」
私は家事の進行状況を尋ねた。
「あとは洗濯くらいかな」
「わかった、やっとくね」
「ありがとう。でも、無理せず休んでからでも…」
薫は舞よりはいかないけれど、私にも気を遣うようになった。気持ちは嬉しいけれど薫にも休んでもらいたい。ピッと洗濯機のスイッチを入れながら薫に何かできないか、考えていた。
夜、舞はありがたいことに大人しく寝てくれていた。今すぐにでも横になって薫にお休みのキスをしてもらいながら眠りたいが、ここは我慢だ。
「あ、ありがとう」
薫が飲み物を淹れてくれた。ススっと一口。あぁ、疲れた体に染み渡る。
「色々やってくれてありがとね」
「どうしたの、急に」
「なんか言いたくなったの」
いくらフウフとはいえ、互いに負担がかかっているのだから感謝の気持ちくらい言わせてほしい。
「ほら、おいで」
私は両手を広げて薫を呼んだ。
「えぇ?恥ずかしいからいいよ」
「いいからいいから、ほら!おいで〜」
「…馬鹿にしてるでしょ」
と言いつつ私の腕に抱かれる彼女は満足そうにしている。
「今日もお疲れ様」
ヨシヨシと頭を撫でると薫の耳が少し赤くなっているように見えた。
「もう!恥ずかしいって!」
「しーー」
「あ、ごめん…」
舞が寝ている方から何も音がしないことを確認して再び薫とスキンシップを始めた。撫でる髪は艶々でシャンプーの匂いが私をくすぐる。同じモノを使っているはずなのに、ドキドキしてしまうのは何故なんだろう。
「桜だって…」
「ん?なあに?」
わざと聴こえないふりをする。
「桜だって頑張ってるよ。私の方こそ感謝しても足りないくらい」
私の胸にうずくまる薫の両手が背中をまわって抱きしめ合う形になる。ギュッギュッギュッ、強く強く強く。もっと強く抱きしめられたいと思ってしまうから、もしかしたら私はMなのかもしれない。優しく薫に抱きしめられるのも、それはそれで好きだから良いけどね。
「…もう、そろそろ寝ようか」
時計の針がこれ以上回ると明日の朝が悲惨なことになるから。そっと薫を引き離すと、シュンと寂しそうな顔をしていた。……………こ、堪えろ、理性。
「ほ、ほら、明日はお母さんたちが来るから」
「…そうだね」
そう、明日は私の母親と薫の母親が様子見に来るのだ。色々説教されるんだろうなぁ、と思うと少し憂鬱になる。だけど舞の為になるならダメ出しも受け入れなくちゃ。親として出来ることは全部してあげたいから。
「寝ようか」
「うん、お休み」
お休み、舞、薫。
明かりを消して布団に入る前に私は薫の頬にキスをした。グイッと顔を押さえられて今度は私が“お返し”された。
「おやすみ」
その夜、良い夢をみたのは確かなのだけれど、内容を忘れてしまってガッカリした。
次の日、予定の時間に二人はやって来た。
「舞ちゃん泣いてるの?」
部屋に響き渡る我が娘の泣き声を聞くやいなや開口一番に言ったのは私の母だった。最悪のタイミングというやつだ。
「お邪魔します」
薫の母は丁寧に挨拶をしてから私と舞ちゃんの元に駆け寄ってきてくれた。
「ミルクじゃないの?」
「でも、さっきあげたばっかりだし…」
「それでも!はやくやりなさい」
叱られて仕方なく飲ませてあげた。すると咥えないと思っていたのに舞はチュウチュウと吸ってきた。あれでは足りなかったのか。私たち二人が分からなかった舞が泣く原因を一発で当てる母にすっかり感心してしまった。これが親というやつなのか。
その後も赤ちゃんがもっと楽になる抱き方や私たち二人の生活にも指摘された。私の母親が多くダメ出しして、薫の母親が「でも初めてでここまで出来るなんて凄いわ」とフォローしてくれた。まさか二人同時に来ると聞いた時は驚いたけれど、意外と相性のいい二人なのかもしれない。
それから後は順番に舞ちゃんを抱いて、満足したのか二人ともお昼前には帰っていってしまった。孫を抱く気持ちってどんな感じなのだろう。薫に言ったら、
「その頃になったら私たち、皺だらけだね。でも、その前に舞の結婚式があるし」
「舞は誰にもやらん!」
「お父さんかよ」
「お母さんだよ!」
変なコントを繰り広げながら、舞の将来を少しだけ思う二人なのでした。
舞「ウエーーーーン」
桜「あーよしよしよし、どうしたんでちゅかぁ?」
薫(赤ちゃん言葉……可愛いな)




