なんとかなる
「よし、これならなんとかなるだろ」
「そうですか……」
綾瀬さんに、対椎谷先輩の特訓を受け初めてから一週間。
ようやく、オーケーが出た。
ここのところ、休み時間も全て潰して特訓していたので、顎と喉が疲れている。
「明日はゆっくり休め。いいな」
「了解っす」
「よし。……伶、そっちはどうだ?」
ああ、と答える黒鳥さんは、いつものようにPCに向かっている。
この一週間で黒鳥さんは新しく動画を二つアップしていた。恐るべきスピードのはずなのだが、本人は疲れている素振りを全く見せていない。なんだかんだで、彼女が一番、情熱を燃やしている。
「真君が片っ端から荒らしコメントを消去してくれているから、新しく投稿した二つは綺麗なままだ。ただ、予想していたことだが、コメントを消していることに関する批判もきている。これ以上やると逆効果になるかもしれないな」
黒鳥さんの向かいに座って、同じようにPCを操作していた真も頷く。
「ですね。なかにはコメントが書き込まれた直後に消しているのもありますから……」
それを聞いて、綾瀬さんはそうかと相槌を打つ。
片っ端から荒らしコメントを消すのはリスクが伴う。そのコメントが荒らしになるかどうかは実際のところ、周りの反応に委ねられるのだ。どこまでが荒らしで、どこまでが荒らしではないのかという線引きがないが故に、消しすぎると「ここまで徹底して消す必要はあるか?」と批判を受ける。
「コメント数と流れるコメントの数に明らかな開きがあれば誰だって気づくからな。あたしらが気に入らないという理由で消したなかには、ただのネタだったものもあるかもしれない」
「とはいえ、放っておけばまた荒れるかもしれない。結局は、もとを断たないと、どうしようもない。我々が一時的にこうして食い止めても、無意味だ」
「そうなるな」
二人はそこで会話をやめて、チラリとこちらを見てくる。
期待されていた。
「……」
全部が全部、椎谷先輩による荒らしではないだろう。
あの人だって、れっきとした学生だ。年中暇なわけがない。ただ、現状、MDKに対して明らかな敵対心を持って攻撃してきているのは彼女なのだ。おそらく、新規に書き込まれる荒らしコメントのうち、半分以上は椎谷先輩によるものだと思っていいだろう。
「俺のはもう手のつけようがないから諦めたけどな」
憮然とした調子で真がぼやく。
「今、コメント数どのくらい?」
「とっくの昔に二○○○越えてるよ」
「……」
苦笑いするしかなかった。
黒鳥さんの動画は、普通のコメントも加えてそのくらいだが、真の動画はほぼ全てが荒らしコメントだ。それだけきたら確かに、諦めるしかないだろう。コメント消去は手動でしなければならないため、一括で消すことはできないのだ。
「ま、とにかく、あとは芽依任せだ。アポはあたしらが取るが、それ以外は任せたぞ」
「……会うのって、やっぱり俺一人だけだよね?」
自分でも往生際が悪いは分かっていたが、尋ねずにはいられなかった。
あの先輩と二人きりで話をするとか、気が進まない――いや、正確に言えば、生理的に受け付けないのだ。目的のためにそうするべきだというのは十分頭では理解できているし、受諾したことだ。今更なのは分かっている。けれども、たった一人で椎谷先輩と対面するというのはなかなか勇気がいるというか――
「あ? 説明しただろうが」
ギラリ。
綾瀬さんに睨み付けられた。
「ですよねー」
まあ、受け入れてもらえるわけもなく。
俺はすごすごと引き下がった。
「寂しいってんなら、隠れて見てるのもアリだが、あいつのことだ。もしばれたら話の腰を折るどころかそのまま帰りかねないぞ?」
「分かってるって」
答えつつ、思う。
綾瀬さん、黙っていた時は普通にいい人だったんだけど今はむしろ恐――
「おっと」
「うおっ!?」
いきなり、シャーペンが吹っ飛んできた。
「悪い。手が滑った」
実に自然な手の滑り方だった。
「……」
心のなかであっても、悪口を言うのはやめよう。
「連絡は伶に任せる。いいな」
「ああ。同学年だし、講義も被っているのがいくつかある。ちょっと会って話すくらいはできるだろう」
「よし。じゃあ、あっちの都合もあるだろうからいつとは言えないが、近日中に、決着をつける。芽依は勘が鈍らないようにしておけよ」
「おっけ」
「真は引き続き、これ以上荒れないよう、コメントの消去を頼む」
「了解」
綾瀬さんが次々と指示を出し、俺たちは頷く。
もう慣れてきたが、事実上、現在MDKを支えているのはリーダーであるはずの黒鳥さんではなく、綾瀬さんだ。黒鳥さんは熱くなりすぎているが故に、最近、冷静な判断ができていないことが少なからずある。本人もそれは自覚しているようで、綾瀬さんが仕切ることに不満は示していない。
「それじゃ、あとは野となれ山となれだ。芽依、頼んだぞ」
「おっけ」
ばしっと肩を叩かれて、俺は笑顔で応じた。
皆の期待を背負って立つことなど、今までの人生にはなかった。
――なんとかなる。
そう、思うしかない。




